第9話:赤ちゃんは、皆望まれて生まれてくる(きれいごとだね。おとうさん、おかあさん)
数回のコール音の後に姉さんが出てきた。あの死体に関する細かい情報を話そうとしたところで百さんの残したメモから察するに、あの存在は外部の人間に情報として知らせる事が出来ない。やったところで正しく認識されない可能性が高かった。
「はい、茜です」
「姉さん。例の調査の件だけど」
「何か分かりましたか?」
「多分認識系で間違いないよ、多分今ここで伝えても理解出来ないと思う」
「そうですか……では何故電話を?」
「ちょっと確認して欲しい事があるんだ」
アタシはここ一年で起こった事故や事件がどれだけ存在するのかを調べてもらう事にしたのだ。赤ん坊が死亡しているという情報は言うだけ無駄だと考えて伝えなかった。
「……ふむ、そういった事件が起きていないかを調べればいいのですね?」
「うん。頼むよ」
「分かりました。各地の人員に確認させます」
「お願い」
電話を切りスマホを仕舞う。自分の予感が当たっていない事を祈りつつも、ほぼ正解に近付いてしまっている様に感じて額を押さえる。
「みやちゃん……?」
「翠……もうちょっとだけ調査に付き合ってくれるか?」
「う、うん。それはいいけど……みやちゃん、大丈夫なの?」
「ああ……ああ、大丈夫だよ……」
ベンチから立ち上がり再び調査を開始する。まずは目の前にある本屋に立ち寄る事にした。先程目が合った死体は相変わらず本棚の中からこちらを見ていた。見ていたと言っても目が開いているだけで生命反応は確認出来なかった。体は今までの死体とは違って酷く痩せ細っていた。まるで内臓が存在していないかの様に痩せこけ、骨格がはっきりと見て取れる程だった。
手を伸ばして目を閉じさせたが、手を離してすぐにその目は開けられた。
「みやちゃん……」
「そうだよな……お前ェは……君は、きっと……」
「……どうしたの?」
「もうちょっと探そう。もしかしたら見つかるかもしれねェ」
本屋から離れてショッピングモール内を探して回った。今まで発見した死体達は相変わらずその場に留まっており、動いている様子などは見られなかった。様々な店を見て周る内についに自分が探していた死体を発見した。発見場所はアウトドア用品店であり、そこで見本として置かれていたテントの中に座る様な姿勢で死亡していた。
その死体は体に複数の打撲痕があり火傷痕まで付いていた。相変わらず誰も彼の姿を見ても気付いていないかの様に振舞っており、しっかり認識しているのは自分と翠だけらしかった。
「ここに居たのか……」
「え、みやちゃん……?」
「なあ翠、ちょっと見張っててくれないか。他の人がこのテントに入らない様にしててくれ」
「う、うん……?」
翠を出入り口に立たせて一人でテント内に入った。杖を床面に置き、左足を伸ばしたまま座り込んだ。目の前の彼は目を閉じたまま微動だにしなかった。
「……やあ」
「……」
「君の事、知ってるよ。テレビに出てたよね」
「……」
「何となくそんな気はしてたんだ。これは原因不明な怪異じゃない」
「……」
「君達を見て感じたんだ、アタシによく似てるって」
スマホがバイブ振動をする。彼から目を離さない様にしながら電話に出た。
「もしもし」
「雅、先程の事ですが」
「うん。その中で子供だけに対象を絞ってくれるかな」
「え? ええ……ではまず……」
姉さんは要望通りに一年以内に死亡した子供の情報を話してくれた。警察内部だけでなく病院関係者にも一族は潜入している。いつどこで怪異や異常現象が発生するか分からない以上は、こういった方法で監視しているのが一番いいのだろう。
姉さんが話す情報によると、一年以内に死亡した子供の数は数十人にも達しており、死亡者が出ていない件も含めると更に数が増えるらしかった。そしてその中には朝のニュースで報道されていた少年の名前もあった。これで自分の中での憶測が確信へと変わった。
「以上です。何か参考になりましたか?」
「うん、ありがとう」
「対処は出来そうですか?」
「もうちょっと調べて考えるよ。じゃあね」
「ええ」
電話を切り、深呼吸をする。彼はまだそこに居た。きっとこれからもそこに居るのだろう。
「やっぱり君だったんだな」
「……」
「君だからここに居るんだ。他の皆も自分が好きな所に居る、そうなんだろ?」
「……」
「アタシも同じだ」
左足を引き摺る様にして彼に近付くとその体を抱き寄せた。小さくて、もうどこにも温かさなんて存在しない体だった。抱き締めるとその体が少し動いた。しかし生き返った訳ではないと直感していた。ただ肺の中の空気が外に漏れただけなのだから。
辛かったんだろ……意味も無く殴られて、その傷はタバコのせいか……? 君は孤独だった。青い空は君にとっては酷く恐ろしいもので、爽やかな風は君の体を痛ませた、そうだったんだろ? だからここに居るんだ。ここなら誰も君を傷付けないから。青い空も体を撫でる風も……君を痛めつける親も、絶対に立ち入ってこられないんだから……。
「あのぉ~お客様ぁ」
「……」
「あまり長居されますと他のお客様にご迷惑ですのでぇ……」
「えっと、みやちゃん……?」
「……ええ、そうですね。今出ますよ」
腕の中には誰も居なかった。冷たくて小さい、少し力を強めれば折れてしまいそうな体はもうどこにも見当たらなかった。杖を手に取り外に出ると店員に頭を下げて店から出た。他の彼らはまだそれぞれの位置に居た。
「み、みやちゃん、あの子はどこに行ったの?」
「……さあな。天国なんてモンがありゃ見せてもらいたいもんだが……」
「えっ、じゃあ消せたの? どうやって?」
「単純な話だ。あの子達はただの犠牲者なんだからな。ちょっと考えれば分かる話だったのかもしれねェ」
ショッピングモール内を歩いて服屋に居る子の所へと向かう。その子はまだ店内のハンガーで吊るされた服の中に居た。
姉さんからの情報の中で該当する子が居た。服も着せてもらえずに凍死した子が一月に存在していたとの事だった。その子はまだ幼く、自分で箪笥から服を出す事すら出来なかったらしい。とても親がする所業とは思えなかった。そんな連中が平気な面をして人間として生きている事に嫌気が差した。
服ごとその子を抱えて試着室に入る。時間は少しだけで良かった。あの子が教えてくれた事だ。
「えらいな……自分で服、着れたじゃないか……」
服のおかげで温かった彼は数分抱いているだけで姿を消した。塵の様に消える訳でもなく、最初から存在していなかったかの様に忽然としてその姿を消滅させたのである。それを確認して試着室から出るとすぐに服を戻した。
次に向かったのは最上階にある映画館だった。丁度上映開始時間と重なっていたのかロビーに居る人々はまばらであり、容易に椅子に座っている彼女に近付く事が出来た。その視線の先には子供向け映画の予告が流れていた。
「翠」
「な、何?」
「この映画のチケット、買ってきてくれるか。三人分で頼む、ほら金」
「……うん!」
翠は自分達が何をすればいいのかを理解出来たらしく、すぐに券売機へと向かってチケットを購入してきた。幸いにも上映開始は十分後であり、それまでこの子を膝の上に乗せておく事にした。当然だが暴れる事など無かった。
映画が始まってからも彼女は何も言わなかった。ただ虚ろな目でスクリーンを凝視しているだけで、他の子供達が声を上げたりしていても、彼女だけは大人しく見続けていた。映画の内容はよくある魔法少女ものだ。悪い奴らを少女達が倒す、よくあるヒーローものだった。翠もこういった作品が少し好きなのかスクリーンに釘付けになっていた。自分にはよく分からなかったが、まあ悪くはないと思えた。
「面白かったね……!」
「ああ」
アタシと翠の間に座らせていた彼女の姿はもうどこにも無かった。映画の感想すら語る事もなくここから消えてしまっていた。生前は厳しい家庭だったらしく、かなり勉強をする事を強いられていたとの事だった。彼女は春頃に中学受験をする前に命を落とした。その日は近所の電車が止まったとの事だった。
「これでいいんだよね、みやちゃん」
「ああ……少なくともアタシにはこれしか思いつかねェよ」
次に向かったのは玩具屋だった。今まで見た中で最も惨い姿をしていた子が居る場所だった。しかし彼らが何者なのかが分かっている今からすれば、ただ同情の念しか無かった。
彼か彼女かは分からないが、とのかくその子は今もそこに居た。隣に居たぬいぐるみは売れてしまったのか、パッケージに包まれたその子はただ孤独にそこに居たのだ。
「翠、見ない方がいい」
「ううん……きっとその姿が、その子の生きた証なんだよ。だったらちゃんと見るよ。目を背けちゃダメだよ、きっと」
「……そうか」
パッケージに包まれたその子を抱いてレジへと向かった。相変わらず店員は何も違和感を感じていないらしく、他の商品と同じ様に会計を済ませた。値段は9万円。ATMから貯金を崩して購入した。この子が生きた証だと思えば決して高いとは言えなかった。むしろ安すぎる程だった。そしてその子の姿は店を出る頃には消滅しており、手元には文面が変化したパッケージだけが残されていた。
『あかちゃんはうりきれちゃった! かってくれたひとはごめんなさい! またどこかであおうね!』
次は距離的にも近い本屋へと立ち寄った。彼は本棚の中で目を開き続けており、当然ながら誰も彼を手に取る様子は無かった。そしてその視線の意味が今になって分かった。その視線を追って反対側にあった児童書を翠に購入させて、彼を抱きながら先程休憩する時に使ったベンチへと移動した。
「むか~しむかしある所に……」
彼を膝の上に乗せながら翠はその本を読み始めた。誰しも一度は読んだ事がある内容のものだった。昔母さんに読んでもらった事もあったが、母さんよりもずっと心が籠っている読み方だった。もちろん贔屓目に見ているのかもしれないが。
「そうして皆はいつまでも仲良く暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
物語が終わるのと同時に彼の姿も無くなっていた。だがそれは彼の物語が終わった事を意味するのではない筈だ。姉さんの教えが本当ならば人の魂は輪廻する。彼の物語は再びどこかで始まる筈だ。
「次はどうする?」
「薬局に行こう。取りあえず自分達でどうにか出来る子は助けよう」
「うん」
薬局に行くとその子はやはりそこに居た。包帯で全身がぐるぐる巻きになっており、姉さんの情報が正しければ親が留守中に鍋に入っていた熱湯を被り大火傷を負って亡くなった子が二月に居たとの事だった。親も殺すつもりはなかったと供述していたそうだが、それが本心だとして管理が行き届いていないのは事実だった。
「あ、あのすみません。火傷に効くお薬ってどれですか?」
「火傷ですとそうですねぇ……」
翠に薬の購入を任せてその子を片腕に抱いたまま店外へと出た。適当にベンチを探して座ると、ゆっくりとその包帯を解いた。彼女の体には全身に火傷痕が残っていた。ニュースに出ていた彼とは違う重度の火傷であり、確かに幼い子供が治療もされずに放置されていれば死亡するのも納得のものだった。
「みやちゃん戻ったよ!」
「よし。じゃあ治そう」
翠と共に近場のトイレへと向かい、水道水でその小さな体を冷やした。とっくの昔に冷えてしまったその体を更に冷やすというのは心が痛んだが、他の子供達の消滅状況を考えるにこれしか方法は考えられなかった。
「翠、タオルは?」
「う、うん。一応貸してもらえたよ」
手渡されたタオルを濡らして小さな体を包み119番へと連絡をする。もちろんきちんと相手してくれないとは分かってはいた。しかし彼女の魂を救うにはこれしかないと確信していた。
「はい119番です。消防ですか? 救急ですか?」
「赤ん坊が全身に火傷を負ってます。すぐに来てください! 場所は……」
「えっと、あの……それは見た目で判断されているのですか? 確実に火傷を負っているという証拠はありますか?」
「間違いありません。火傷です、応急手当てをしましたが入院が必要な筈です」
「申し訳ございませんがいたずらでのお電話は止めていただけると……」
「みやちゃん」
翠に声を掛けられ彼女の手元を見てみると、そこには濡れたタオルだけが存在していた。薬局で購入してもらった軟膏やガーゼやらも使う必要は無かった様だ。
「……解決しました、失礼します」
「は、はぁ……」
電話を切り鏡を見る。少し疲れているのが自分でも分かった。
「みやちゃん、休憩する?」
「いや……取り合えずここに居る子だけでも助けてからだ」
一番奥の個室トイレへと近寄り中を見る。そこにはやはり死亡している赤ん坊の姿が残っていた。便器の中へと頭を突っ込み動かない彼は、姉さんの話に該当する子が居た。
その子はまだ一歳だったという。彼の両親はまだ幼い彼の事を車中に残したままパチンコに行っていたのだという。今年の七月の事だった。他の利用客に発見されて店員達に救助された時には既に、重度の脱水症状で息を引き取っていたという。
「ほら、そんなとこに居ちゃダメだろ?」
便器の水で顔を汚した彼を抱き上げて水道水で丁寧に頭を洗った。なるべく水で溺れない様にと洗い、先程のタオルで拭き取った。どうせ死んでいるから丁寧にやる意味が無いと言えばその通りだが、そんな人間にはなりたくなかったし、なれなかった。
「翠、アタシの鞄から水出してくれるか」
「うん」
アタシの肩から下がっているショルダーバッグからペットボトルを取り出した翠は、キャップを外してこちらに手渡した。目を閉じたままの彼の口にそっと近付けて水をゆっくりと流し入れる。むせない様にゆっくりゆっくりと。
「……もう暑いのは無いぞ。今までの分、いっぱい飲んでいいからな」
飲ませ初めてから数分後、彼の姿は消滅した。ペットボトルの中身はすっかり空になっており、その事実だけが彼がここに存在していた事を証明していた。
「……次だ」
トイレを出て向かったのは水槽が置かれている魚料理屋だった。既に昼時はとっくに過ぎており、レストランが並んでいるエリアは人通りが少なくなっていた。しかしその子は他の魚に囲まれる様に水槽の中で浮かんでいた。
五月頃に小学生の少女が海で溺れるという事件があったらしい。元々海が好きな子で友人と海辺に遊びに来ていたらしいがそこで行方不明になり、後に海女さんに発見されたらしい。どうやら潮の流れによって岩礁付近へと流されていた様だった。友人達は彼女が足を滑らせるのを目撃したが怖くて言い出せなかったらしく、それで発見が遅れたのではないかというのが警察の見解だった。
「翠、人除けを頼む」
「うん、分かってるよ」
翠はすぐに『玄武ノ陣』を展開して人が寄り付かない様にした。その領域は店内にも達しているらしく、次々と店員達が各々別の用事で出てきた。その隙に店内へと入り、厨房奥の倉庫から見付けたハシゴを持ち出して水槽の裏に立て掛けた。
「み、みやちゃん、私がやろうか?」
「いやいい。翠は結界の方に集中してくれ」
何とかハシゴの最上段まで上ると壁を支えにしながら水槽の蓋を開けて彼女を何とか掬い上げた。水によって膨れ上がっているからか今までの子よりも重く、そして色白だった。
何とか下へと下ろし終えると、その体を仰向けにさせて心臓マッサージを開始した。もちろん心臓が再び動き始める事などない。しかし少しでも圧迫すれば肺の中の水を吐き出させる事が出来る筈だと思えたのだ。実際小さな口からは水が少しずつ零れ出した。そして百回にも及ぶ心臓マッサージの後、もう一度胸を押そうとしたところでその体は消滅した。勢い余って両手が地面に付き、手の平はびしょびしょに濡れていた。
「お、終わった?」
「ああ……ちょっと待ってくれるか、片付ける」
倉庫へとハシゴを仕舞いに行き、掃除用具入れからモップを持ち出して彼女の痕跡を消した。多少の濡れは消せなかったが、いずれそれも乾いて消えてしまうと思いそのままにしてモップを片付けに戻った。店を出ると翠はすぐに結界を解除し、再び店内には店員が戻り始めた。水槽の中の魚達は先程よりも勢いよく泳いでいる様に見えた。
「……大丈夫?」
「ああ……あの子達が受けた仕打ちに比べりゃ安いもんだろ」
「うん……」
「……次が最後だ。行くぞ」
「そう、だね」
最後に向かったのは最初に入ったカフェだった。店員に案内されてテーブル席に着き、適当な料理や飲み物を頼んだ。そして何気なくトイレに向かう様に立ち上がり、カウンター席に座っていた子を右手で抱きかかえると再び席に着いた。誰も気にも留めなかった。
「その子は何をしてあげればいいの?」
「姉さんの話によると六月に死亡した子が居るらしい」
「ぎゃ、虐待?」
「……ああ。もっとも本人にそのつもりは無かったらしいが……」
少し経つと頼んだ物が運ばれてきた。ミートスパゲッティにオムライス、翠の好きなオレンジジュース、自分用の紅茶、そしてミルクだった。
「食べよう」
「うん。いただきます」
「いただきます」
食事を開始してまずは彼女を抱きかかえた。他の子に比べてもかなり軽く感じたのは気のせいでは無いのだろう。おしぼりで入念に手を拭き、左手人差し指をミルクに浸けて彼女の口の中へとゆっくりと入れた。当然反応など無かった。赤ん坊というのは口に何か当たれば自然と咥えたりするらしいが、彼女にはもうそんな力はどこにも残されていなかった。
「その子……何されたの?」
恐る恐る質問してきた翠に応える。
「……親がな、ヴィーガンだったんだとよ」
「それってえっと……菜食主義の人だっけ?」
「ああ……別に個人の主義主張は勝手だと思うし、アタシも好き嫌いがあるから人の事はどうこう言えた筋じゃねェが……正直この子の親は擁護出来ねェよ……」
「何があったの……?」
もう一度ミルクを口へと運ぶ。
「この子の親は子供にもそれを強要したんだ。まだミルクしか飲めない子にな」
「そ、そんな事あるの? だって……だってまだ赤ちゃんだったんだよね?」
「……世の中には信じられねェ大馬鹿が居る。しっかり学校で学んでりゃ分かる様な事すら理解出来ないのが居るンだよ」
「じゃあその子は……」
「栄養失調だとよ。……やってらンねェよな、せっかく生まれて死因がそれとか、本当やってらンねェよ」
十分以上は経っていただろうか、何度目かのミルクを与えようと口に触れたその瞬間ついに彼女は消滅した。顔を上げると慌てた様子で談笑に戻る客の姿が目に映った。周りからすれば料理に手を付けず、不可思議な行動をしているイカレた人間に見えていたのだろう。
「消えちゃったね……」
「次はちゃんとした所に生まれればいいがな……」
テーブルに運ばれていた食事に手を付けてすぐに平らげると料金を払って店外へと出た。そろそろ日が沈み始めており、ショッピングモール内の人の数も少なくなってきていた。ツッカツッカと歩きながら姉さんへと電話する。
「はい、茜です」
「姉さん、お願いがあるんだけど」
「今度はどうしました?」
「対処法が分かった。蛭水町に駐在させられる人って居る?」
「蛭水町にですか? ふぅむ……二人程送れそうですね」
「じゃあお願いしてもらっていいかな」
「ええ、構いませんよ。すぐがいいですか?」
「いや……後でいいよ。でも早めがいいかな」
電話を切ると二人で駅へと向かった。百さんが残したメモ用紙に必要な対処方法と異常性を書き込むと、再び公衆電話の裏に貼り付けた。これで次にここを担当する一族が何とかしてくれるだろう。
ホームへと入ってくる電車に乗り込んで椅子に座った。夕刻という事もあり朝よりも少し込んでいる様子だった。翠が小声で話し掛ける。
「みやちゃん……他の子はいいの?」
「アタシ達だけじゃ無理だ。それにきっと……これからもあの町はあのままで居続ける」
「どういう意味……?」
「地名には必ず意味がある。あの異常性が分かってから気付いたんだ。多分あの町には蛭子神社がある」
「蛭子って何だっけ……?」
「イザナギとイザナミの間に生まれた最初の子供……詳しくは分からねェが、奇形児だった可能性があるらしい。その子は子供として認められずにオノゴロ島から流された……」
「えっじゃあ……」
「蛭子は水蛭子とも呼ばれたらしいな」
あくまで憶測だった。確認をした訳ではないため、そんな神社は無いかもしれないが、昔の人間は意味のある地名を残している。危険な土地にはそれなりの禍々しい名を付けている。それが蛭水町にも適用されているのなら、有り得ない話とは言い切れない筈だ。
「まあアタシの予測があってるかはともかく、あそこは愛されなかった子達、不慮の死を遂げた子達が集う場所なんだろう。死んだ赤ん坊になって、誰からも傷付けられる事無く、自分の生を見付ける場所なんだろうよ」
「そ、そんな……」
「……アタシらがやった事が正しいとは言い切れねェ。もしかしたら放っておいた方が良かったのかもしれねェ。でもよ……誰からも愛されないってのは……ちょっと違くねェかな?」
「うん……そうだね。私達もあか姉に助けてもらったもんね。だったら同じ様にしないとだよね」
「何があってるかは分からん……ただのエゴだが、アタシにはあれしか浮かばなかった」
「みやちゃんが正しい筈だよ。だって私もみやちゃんと会えて……」
翠の言葉が数秒止まり、その後キョトンとした顔をした。
「あ、あれ? 私何言おうとしてたんだっけ? というか何で電車乗ってたんだっけ?」
「姉さんに頼まれたからだろ。アタシもよく覚えちゃいないが、まあいいだろ……」
「だ、大丈夫なのかなぁ……」
「解決してなきゃ泊まりになってただろうし……」
スマホの着信履歴を見る。
「……きっと上手くやった筈だ」
三十分程して電車は夜ノ見駅へと着き、アタシと翠は家へと戻った。翠はどこかモヤモヤがあったらしかったが、家へと戻り美海に出迎えられるとすぐにいつもの様子に戻っていた。美海を抱いて家へと入っていく翠を見てホッと心が落ち着き、振り返る。
太陽は水平線の向こう側へと沈んでいく最中であり、水面が黄昏色に照らされていた。ここからは町が見えるのに町からはこの家が見えないというのは何とも不思議な感覚だった。
ふと赤ん坊の泣き声の様なものが聞こえて何事かと思ったが、その声の主はいつの間にか足元に来ていた美海のものだった。どうやら腹ペコらしく、急かす様に足元をぐるぐると回った。
「悪い悪い……そろそろ飯にしようか」
「みゃあ」と一声鳴いた美海はタタタッと玄関から家の中へと入っていった。
今日は妙にどっと疲れた。何があったのかは上手く思い出せないが、姉さんにも連絡がしてあるしきっと今日のアタシは上手くやれてた筈だ。そう信じよう。
家へと入り玄関に鍵を掛ける。もうすぐ今日が終わろうしていたが、きっと上手くやれていたと自分に言い聞かせた。明けない夜は無いのだとそう信じた。
窓から差した黄昏色の光が食卓の上に赤ん坊の様な模様を描いていて、少しだけ笑顔になった。