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日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録  作者: 龍々
第弐拾伍章:落日
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第85話:この青い青い空の下で

 事件が完全に収束したのは翌日の明け方だった。姉さんは警視庁刑事部異常事件対策課を通して政府に話を通すと、大勢の記者の前で会見を開いた。その内容は言うまでもない、今まで自分達日奉一族が隠してきた怪異の説明、日奉一族の歴史、そして今回起きた事件が如何にして起きたのかというものだった。姉さん一人では全ての説明が難しいと考えたのか、会見終了後全ての放送電波がジャックされ、雌黄による詳細な説明が行われた。

 首相は日奉一族の存在及び怪異の実在を隠蔽していた事を追求されていたが、それもまた雌黄によって擁護された。日奉一族と関わりを持っているのは一部の一族や警視庁くらいだったのだ。国のトップでさえも日奉一族の存在は知らされておらず、歴史の影へと隠れていた日奉一族の事を知っていたのは本当に極一部だった。

 かつて関わりを持っており、一族へと任を与えていたという皇室は一応その存在を知ってはいたらしく、遠い昔に日奉一族から一方的に関係の断絶を言い渡されたと説明をした。だが、それが日奉一族の誰によって行われたのかははっきりとしていないらしく、恐らく何らかの方法で認識か記憶を改竄されているのだろうと思われた。


「みやちゃん、大丈夫そう?」

「んー……ああ、いけるかな」


 夜ノ見町にある家の居間で座っていたアタシは肩を回し、問題無く体が動く事を確認する。畳の上には翠によって作られた虎を模した折り紙が置かれており、その折り紙達の中心に自分は座っていた。

 あの時、桜が死亡する事によって彼女が掛けてきた祟りの力は完全に消失した。本来呪いなどというものは一度掛かってしまえば術者が死亡しても発動し続けるものだが、桜が仕掛けてきたそれは神の力を使った祟りの様なものだった。恐らく使い手であり現人神である桜が死亡した事によって、その神は存在していないという事になり祟りが完全に消滅したのだろう。


「えっと……『日爆』だっけ? もう平気?」

「翠のおかげでな。マジで死ぬかと思ってたが、弱まるとまァこんもんか」


 翠が展開してくれていたのは『威借りの陣』だった。虎を模した折り紙で対象を囲う事によって異常性を低下させる。それは同じ日奉一族の一人である自分も例外ではなく、それによって『日爆』による高濃度霊力を希釈したのだ。元々自分の霊力から作られたものという事もあってか、少し経つと自分の体の中へと同化していった。

 自分の下へと寄ってきた美海の喉元を撫で、机を支えにしながらゆっくりと立ち上がると食卓で待っている翠と教授の所へと向かう。夜行との戦いの後、縁を東雲病院へと運んでいったらしい教授は、全てが終わった後にここへと訪ねてきた。心配して来たというよりもこれからの事を話し合うために来たらしい。


「やっヒマちゃん。無事だったんだね~」

「おかげさまで……。教授、いいんすか?」

「何が?」

「いや、大学の方でも安否確認とか復旧作業があるんじゃないですか? そっち行った方がいいんじゃ……」

「あーいいんだよいいんだよ~。面倒だし、ああいうのは体力自慢に任せとけばいいだよぉ」

「……それで、話したい事って?」

「これからの事だよ。どうも報道ヘリに撮られてたっぽくてねぇ~、昨日記者に声掛けられちゃって」


 雌黄による大規模な電波ジャックが行われていたものの、完全には隠蔽出来なかったらしく一部の関係者が特定されてしまったらしい。そういったものを好まない教授にとっては記者は面倒くさい相手であり、出来る限り関わりたくないと思っている様だ。


「そんでさぁ~ちょ~っとだけ匿ってくれない?」

「匿うって……」

「大丈夫だよ翠ちゃ~ん。新しい家が見つかるまでの間だよ~。今の場所は記者とかにバレてるみたいで、待ち伏せしてる人居たんだよね~」

「アタシは少しだったらいいっすけど……国内でも国外でもバレるんじゃないですか?」

「それなんだけどね~……悪いんだけどさぁ、ここみたいな家作ってもらえる様に頼んでもらえないかなぁ~?」

「……はぁ。まあ一応姉さんに後で聞いてみますよ」

「ありがとヒマちゃん~! やっぱり持つべきものは生徒だねぇ~」


 教授は嬉しそうに笑うと、まるで我が家の様にリモコンを持ちテレビを点けた。どのチャンネルも今回の事件の事で持ち切りとなっており、被害に遭った人へのインタビューや行方不明者情報、そして今回の事件に大きく関わっていた者へのインタビューまで行っていた。


「あっ、みやちゃん!」


 翠が声を上げる。それも無理もない。テレビに映っていたのは東雲病院の廊下で記者に囲まれている真白さんと縁だったのだ。


『あんた達出て行きな! ここは怪我人や病人が来る所だよ! 健康な人間は帰りな!』

『日奉真白さんですね? 今回の一連の事件に関与しておられるとの噂ですが?』

『帰れって言ってんだろ! あれに関しちゃ茜が説明しただろう! アタシは医者だ! あんたらに構うのが仕事じゃないんだよ!』

『そちらの方は黄泉川縁さんですよね? 行方不明になっていると記録されているらしいですがここに居られる理由をお聞かせ頂けますか?』

『何で話さなきゃいけないの? あなた達は私の何? 家族? 親友? 恩人? 違うでしょ。赤の他人。話す事なんて無いよ』


 真白さんは何とか記者を追い出そうとしていたが取り囲まれているせいか、ただ怒鳴るだけしか出来ていなかった。縁は冷たい目つきをカメラに向けており、あまり感情的にならずに淡々と対応をしていた。事件のすぐ後に知った事だが、紫苑が怪異を道連れにするために死亡し、魔除け歌で大量の怪異を封じた賽は体調不良に陥り、今がまさに峠という状況らしい。紫苑は正確には完全に死亡したという訳ではないらしいが、その肉体は生理学的には機能を停止して死亡しているらしい。


『はいはいお客さんちょっと通してよぉ~?』


 そう言いながら割り込む様にして画面へと映り込んだのは腕の治療に向かっていた桔梗さんだった。カメラの前で笑顔を見せた彼女が目の前で指を縦に振り下ろすと、一瞬にして画面が砂嵐へと変わってしまった。恐らく彼女の裂け目によって狭間の空間へと送られた事で電波が届かなくなったのだろう。


「何か、どこも大変みたいだね……」

「ああ……碧唯さんも死んじまって……紫苑もだ。まだ復旧作業も終わってねェし、滅茶苦茶だ……」

「みたいだねぇ~。君達に否定的な人達も居るみたいだよ~?」

「否定的っていうのは?」

「『妖怪も幽霊も一つの種族である。彼らを封印する事は差別である』ってねぇ」

「そ、そんなっ! 皆が居なかったら大変な事になってたのに……!」

「檻の外に居る観客は皆そう言うものさ。自分達とは無縁な所に居るものほどよく叩くものだねぇ。まっ、これはいつの時代も一緒だよ~」


 しかしその意見を完全に無視するのはどうなのだろうかという考えも自分の中にあった。今まで自分は愚直に任務を遂行し、数々の怪異を翠と共に封印してきた。だが薊さんから聞いた話が本当なのだとすれば、如月が今回こういう事件を起こしたのも元はと言えば人間からの差別だった。これまで当然の様に共に過ごしていた者達から突如として迫害を受け、忘却の街である黄昏街へと追いやられた。人間と妖という区別をいつの間にかしてしまっていたから、こういう事が起きてしまったのではないだろうか。これは自分達日奉一族の、いや人間の罪なのではないだろうか。


「余計な事考えるのはやめときなよヒマちゃ~ん」

「え?」

「人間と怪異は絶対分かり合えないよ。考えてもごらんよ~? 今まで私達人間という種族は何百年も生きてきた。記録外のものも含めれば何千年だよ? それだっていうのに歴史を見てごらんよ。戦争は何回起きた? 殺人は何回起きた? 窃盗は何回起きた? 差別は何回起きた? ……分かり合えてたらこうならないでしょ~?」

「それは……」

「信じたい気持ちは分かるよ~? でもねぇ、歴史は事実なんだよ。同じ人間同士で仲良く出来ないのに、怪異と仲良く出来ると思う?」


 教授の意見ももっともだった。同じ人間同士でも戦争し合うというのに、それが見た目も生態も何かもが違う怪異と仲良く出来るだろうか。声高に叫んでいる人々はいざその時に受け入れられるのだろうか。


「でもまぁ~……」


 教授が背もたれにもたれる。


「だからといって何もしないっていうのはどうかと思うけどねぇ私は~」

「……はい?」

「あ、あの化生さん、どっちなんですか……?」

「翠ちゃ~ん、別に私は『だから無駄だ』なんて一言も言ってないよ~? 確かに今まで私達人間は同じ過ちを繰り返してきた。だけど、だからってそれで諦めちゃうってのは違うでしょう?」

「でも、じゃあどうすればいいんすか」

「ちょっとずつ変えてけばいいんだよ。誰しもすぐに! ってのは無理だしさぁ。ちょっとずつちょっとずつ、社会に彼らの存在を浸透させていくしかないと思うよ」

「……上手くいきますかね?」

「やる前にあれこれ考えるのは良くないなぁ。現に君はあの黒猫ちゃんやメリーさんとも仲良くやってるんでしょ?」


 いつの間にか足元に来ていた美海が足に頬ずりする。


「……そう、ですね。やる前に諦めちゃ、何も変わらないか」

「そそっ。今まで散々無茶やってきたんでしょ~? だったらこの程度今更じゃない」

「そ、そうだよみやちゃん! 私達が……私達でやらなきゃダメなんだ! もうあの二人みたいな思いをする怪異が居なくて済む様に……!」


 そうだ。あの二人は……如月慙愧と日奉桜は人間を殲滅し、自分達が支配種に立とうとしていた。正直言って彼らがあれだけの事を起こすために準備した日数は凄まじいものだっただろう。それこそ無茶な計画とも言えた。実際黄昏街に住んでいた者の中には事件が起きてもそこに留まっている者も居たそうだ。最早そこに居るのが当たり前になる程の月日を過ごした者達だ。それだけの年月を経て彼らは計画を準備し、実行したのだ。そんな彼らの姿を自分も見習うべきではないのだろうか。


「そうだな翠……アタシ達だからやらなきゃならねェ。もうあんな事が起きない様に。これからは人間も妖も仲良く過ごせる様に」

「んじゃあ行っておいで。何か電車のレールが滅茶苦茶になっちゃってて修復に困ってるんだってさ~。ヒマちゃんなら能力的に役立てるんじゃない?」

「そうですね。まずは出来る事から……。翠、行こう」

「うん!」


 教授と美海に見送られ、アタシと翠は家を出た。山に敷かれた鳥居の結界を潜っていき、いつもの町へと辿り着く。そこでは壊れた家々を自衛隊や警察達と協力して直そうとしている住民達の姿があった。これからも過ごしていく自分達の町があった。

 青々とした空を見上げ、肺いっぱいに空気を吸い込む。胸の中が爽やかな冷たさで満たされた。

 新たな第一歩の幕開けを告げるため、声を張り上げる。


「日奉一族夜ノ見町担当! 日奉雅! 救援に参りました!!」

「お、同じく日奉翠!! お手伝いに来ました……っ!!」


 少し困惑した様子だった翠へと顔を向け、お互いに笑い合う。


「よし行くぞ翠!」


 お天道様は爛々らんらんと輝いていた。

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