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日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録  作者: 龍々
第弐拾伍章:落日
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第82話:『穢れ祟り』と『御霊穢し』

 こちらへと向かってくる二人の方へと熱源を移動させていたが、桜がこちらへと手をかざすと移動していた熱源の反応が再び消滅し、更に心臓が不可解な拍動をし始めた。それと同時に断続的な痛みも発生し、口内から血が流れ出す。

 痛みで足が止まってしまった一瞬の隙を突かれ、突っ込んできた如月の手が頭へと掴みかかってきた。そのまま抵抗する暇も無いまま『ヒトハシラノカミ』の背中から外へと放り投げられる。このまま地面へと真っ逆さまに転落するものだと思っていたが、先程如月が使っていた物と思しき建物の瓦礫が自分を取り囲む様に集まってきた。やがてそれは四角形の箱の様な形に変形すると内壁が黒く変色し始めた。


「……浮いてる、のか……?」


 閉じ込められているこの空間が落下しているという感覚は無く、箱状のまま浮遊しているのではないかと感じた。しかし、自分を助けるためにやった訳ではないのは確かであり、未だに心臓の痛みが止まずに拍動が乱れ続けているというのは危険な状態だった。そして何より、意味もなくこの形を作る訳がなく、何らかの理由があってこうしているのは確信出来た。


「……っ!?」


 突然むせ返る様な感覚に襲われ、その場で吐血する。内壁の半分は既に黒く変色しており、更に吐いた血を栄養にするかの様に変色スピードは上がっていき、体に掛かっている負担は段々強くなってきていた。

 何とかこの状況を打開するために熱源を足元に移動させたが、床面に付着した瞬間一瞬で消滅した。視界がぼやけ、立ち眩みまでし始め、立っている事も出来なくなり思わず尻餅をつく様にして座り込んでしまう。

 これ以上はどうしようもないかと思ったその時、亀裂が入る様な音がしたかと思うと何かが足に絡みついてきた。目が霞んでいるせいでそれが何なのかは分からなかったが、その何かに引っ張られる様にして亀裂から外へと連れ出された。外へと出るとすぐに視界が戻り始め、自分の足に絡みついているのは山の方から伸びてきている樹木だという事に気が付いた。


「弥生さん……っ……助かった……」


 樹木はぐんぐん成長を続け、再び『ヒトハシラノカミ』の背中へと伸びていった。姉さんは桜と距離を保ったまま睨み合っており、如月は巻き込まれるのを避けるためか二人から距離を取っていた。自身が作ったあの瓦礫の箱が破壊された事に気が付いていたのか、下方では瓦礫がバラバラに崩壊して落下していく。


「弥生の者か。我らと同類だというのにヒトに味方するか」

「あれを突破しましたか。別に構いませんよ。貴方を死へといざなう手段は他にもあります」

「こちらを向きなさい。貴方の相手は私ですっ」


 樹木によってそっと『ヒトハシラノカミ』の背中へと降ろされると杖を左腰に構え、右手を添えて抜刀する構えをとる。翠が展開してくれている『龍仙の陣』は未だに効果を発揮し続けており、桜の恐らく神格と思しき能力を受けても立っていられるのは彼女のおかげなのだろう。そして桜や姉さんが『龍仙の陣』の効果を受けない、反応出来ないというのであればこのチャンスを逃す訳にはいかなかった。


「来い、よ……如月。テメェのその感じを見るに、姉さんの能力の前じゃテメェも無力、なンだろ……」

「それは貴様も同じであろう日奉の仔よ。あの女、日奉茜のそれはあらゆる異なる者を排除するのだろう?」


 如月の言う通り、姉さんの『正常化』の能力は細かい制御が利かない。恐らくあの力に対抗出来るのは今戦っている日奉桜だけなのだろう。同等の神格レベルの存在である彼女でなければあの力の前では無力だろう。


「ああ……アタシも……テメェも……姉さんの前じゃ、無力、だ……っ」

「そうか。では儂はこのまま貴様が死に絶えるのを待つとしよう」

「何……?」

「気付かなかったか? 意味も無くあんな箱を作るとでも?」

「……分かってるさ。アイツの力を使うためだろ……」


 現人神あらひとがみである日奉桜の能力がどれほどの事まで出来るのかは分からなかったが、いずれにせよ彼女のそれは呪いを超えた祟りの領域へと至れるものであるのは確かだった。そしてもし、先程の巨大な箱がそれを補助するための道具だったとしたら、彼女が起こしたその祟りは『コトリバコ』に似た力なのだろう。自分はあの中で吐血してしまった。あの箱が穢れそのものだったとしたら、その中で血を吐いてしまった自分もまた祟りの道具にされたという事である。かつて『光の巫女』と呼ばれた日奉一族の自分が穢れに侵されれば、何が起こるのか予想出来ない。


「貴様は祟りそのものとなった。何をしようとそれは変わらん。如何様な手を尽くそうとな」

「関係ねェな……アタシがやる事は一つだけだしな」


 右手で杖を掴み、足元を払う様に薙ぎつける。『ヒトハシラノカミ』の背中に大量の連続した熱源が付着する。


「無駄だ。ヒトハシラノカミは実体と非実体の狭間にある。いくら貴様が手を出そうと殺す事も出来なければ傷つける事も出来ん」

「勘違いすンなよ。言っただろ。アタシがやる事は一つだけだってな……このデカブツの事はあの子達に任せる」


 集中して一気に如月の左足へと連続した熱源を付着させると急激に加熱させる。本来であれば頭部にまで移動させたかったが、手練れである如月と桜の前ではそれだけの事をする余裕は無かった。


「『日断ひだち』ッ……!」


 如月の左足は『日断』によって焼き切られた。その場に膝をついた如月の左足切断面からは一滴たりとも出血はしていなかった。どうやら加えた熱の量が強すぎて傷口の筋肉が収縮し、出血が抑えられている様だ。


「ッ……なるほど。だが無駄な事だぞ。儂を殺そうが何も変わらん。桜が……ヒトハシラノカミが世界を変えてくれる」

「いいや……っ……変わらねェよ。テメェらが何をしようがっ……変わらねェンだ」


 如月が重傷を負った事に気が付いた桜は姉さんから一瞬目を離すと、彼の方へと駆け寄りながらこちらに手を向けた。更なる祟りが向けられるのかと身構えたが、自分と桜の間に割り込む様に姉さんが飛び込むと桜へ手をかざした。


「……大丈夫ですか雅?」

「う、うん……でも、まずいかも……」

「すぐに終わらせましょう。貴方を死なせたりはしません」

「ありがとうっ……」


 桜は如月に寄り添いながらこちらに殺気に満ちた目を向ける。


「慙愧……ここは私にお任せくださいな。貴方は下に」

「すまんが任せるぞ……」


 そう告げると如月は地上から瓦礫の塊を飛ばしてくると、それに捕まりその場から撤退していった。どちらも逃してはならない相手ではあったが、地上では翠達が戦ってくれているため負傷している如月を見逃し、一番厄介な相手である桜を倒すのを優先する事にした。


「愚かしい……やはり日奉一族というのは何処までも愚かしい……」

「寝返るだけであればまだしも、この様な事を行う貴方に言われる筋合いはありません」

「何が愚かしい、だ……こんだけの騒ぎ起こしてンだぞ。仮にテメェらの目的が、成就したとしても……上手くいかねェぞ。こんなやり方じゃ争いの繰り返しだ……」

「私を説得しようとしているのですか?」

「いいや、テメェは大馬鹿だって言いてェンだよ……」

「お馬鹿さんは貴方の方ですよ。ここで私を殺して生き残ったところで、貴方の穢れは消えません」

「待ちなさい桜、今貴方何と……?」

「これ以上話すつもりはありません」


 自分の穢れが消えないのは分かっていた。姉さんの『正常化』の力は、その体の中心から球状に広がる様に発生するのだ。自分の体に宿っている穢れだけを取り祓うというのは不可能に近い。この穢れを完全に消滅させるには世界にとって『異常な存在』であるアタシごと消さなければならない。姉さんがそこまで非情になり切れない人だというのは今までの生活の中で分かり切っていた。だからこそ桜はこちらに祟りを掛けたのだろう。姉さんが何も出来ない事を分かった上で。


「雅まさか……」

「姉さん……アタシの事……はいいから、今はアイツを……」


 まずは日奉桜を倒さなくてはならないというのは確かな事だった。先程から姉さんが力を使っているというのに『ヒトハシラノカミ』が全く消滅していない事から考えるに、桜が持つ神格としての力が『正常化』を阻害しているのだろう。『ヒトハシラノカミ』がどういった力を持っているのかは定かではないが、如月や桜の様子を見るにこれが彼らの作戦において重要な存在なのだろう。そんな『ヒトハシラノカミ』を倒すには桜をどうにかする他ない。


「おやめなさい日奉雅。貴方がどれだけ足掻こうと運命は決まったのです」

「へぇ……どうしてそう言えンだ? 何か確信を持てる理由があンのか……?」

「……単純な話ですよ。貴方は所詮たかが『光の巫女』。私は現人神とも呼ばれた者。巫女が神に勝てましょうか」

「……姉さん。ヤバそうだったらアタシごとお願い……」

「いいえ、なりません。私は日奉一族現当主、日奉茜です。これ以上被害を増やす訳にはいきません」

「愚かですね……貴方達はどこまでも愚かです」

「いいや。愚かなのはテメェの方だ……」


 桜相手に会話を続けて時間稼ぎをした事によって霊力が溜まってきたのを感じる。翠はまだ『龍仙の陣』を展開してサポートを続けてくれているらしく、もしこの結界が切れてしまえばすぐに立ち上がる事も出来なくなるのは目に見えていた。それほどまでに桜による祟りの力は体を蝕んできており、呼吸をするのも難しくなっていた。

 姉さんに次の作戦を耳打ちする。本来相手の目の前でこういった事をするべきではないのだろうが、今のこの状況ではこうするしかなかった。いや、正確には相手に知られてはいけないのは次にアタシが何をするかなのだ。姉さんが何をするか、どういった連携を取るかは問題ではない。


「悠長なものですね。ですがいずれにせよ滅びゆく運命。最期の一時を楽しみたいのであれば止めはしません」

「悠長なのはそっちの方かもしれねェぞ桜さんよ。アタシはっ……ふぅ……アンタらをどうにかする方法を思いついたンだからな」

「そうですよ桜。当主として、貴方の罪……ここで止めさせて頂きます」

「……そうですか。そこまでして命を浪費したいのであればお望み通りに」


 そう言うと桜はゆっくりと歩きながら距離を詰めてきた。その行動は自分の想定通りのものだった。神格に等しい現人神である彼女だが、その能力には射程が存在するのだ。今までの事を思い返してみれば、彼女は遠距離からこの力を使ってくる事はなかった。必ずある程度近寄ってから使用していた。もし遠距離から狙った相手に好きに祟りを行えるのであれば、もっと早くに攻撃を仕掛けていた筈である。あくまで憶測だが、彼女は対象を目視で補足し、なおかつある程度距離を詰めなければ能力を使えないのではないだろうか。もしそうであれば、勝機はまだ残っている。


「終わりにしましょう」


 そう言って桜が立ち止まったその瞬間、先程伝えた通りに姉さんがその場から飛び退いて距離を取った。その予想外の行動に桜の視線が一瞬逸れた隙に右手の指先に三次元的な熱源を発生させて急激な加熱を行った。これによって右手指先に小さな光球が出現した。そして桜が光球に反応して顔が完全にこちらに向く前に光球を炸裂させる。本来であれば翠の結界で防御してから使うべき技であったが、今のこの状況ではそんな事を気にしている暇は無かった。仮に結界を展開したとしても、既に穢れた自分が無事で済む事は無いが。

 すぐそこに立っていた桜の顔すらも見えない程に眩い真っ白な光が目の前を包み込んだ。空気は轟き、五感が痺れる様な感覚を覚えたがやがてその光は消え失せ、驚いた様な表情をした桜と能力を使って防御をしていた姉さんの姿が現れた。


「……アタシの勝ちだ」

「何をしたのです……今のは一体……」

「雅、今のは……」

「見ろよ……」


 足の力が抜けてその場に座り込むと、震える右手を桜へと見せる。


「何の真似ですか……まだ貴方の体はそこまで穢れては……」

「心配すンなよ……アンタの力の出力は、変わっちゃいねェ……。体が穢れ切る前に……魂を摩耗させるだけさ……っ!」

「まさかっ……」


 こちらに触ろうとしてきた桜は突然力が抜けたかの様によろめいてその場に倒れ込んだ。この場で唯一平気なのは姉さんだけだった。そんな姉さんは事前に伝えた様にこちらに近寄ろうとはしなかった。アタシを守ろうとする姉さんが下手に近付けば、桜が何か仕掛けてきた時に能力を無意識にセーブする可能性があったからだ。


「雅っ、今のは一体……」

「『我流 日爆ひばく』……爆発範囲に居た奴全員の魂をアタシの霊力で汚染する……」

「何と愚かな……この様な事をしても何も変わらないと言っているでしょう……!」

「ああ、だから最後の悪足掻きさ……。アタシの霊力から作られた爆発だ。高濃度過ぎて自分も汚染されちまうが……それでも自分だからな、ちょっとは……耐性がある。でもアンタはどうかな……?」


 桜の呼吸が見るからに乱れていくのが見て取れる。これは一種のアレルギー反応と同じなのだ。自分のものとは違う霊気が混入すれば、上手くコントロール出来ずに拒絶反応を引き起こす。その濃度を『龍仙の陣』で高めれば、それは最早死に至らしめる猛毒にもなる。これで使うのは二回目となる技で細かい威力の調整がまだ出来ないが、日奉桜を止めるというこの状況においてはその調整不可能な部分が活きてくれた。細かく考えず、ただ放てばいいだけなのだから。


「ぅ……くっ……! こんな真似を……」

「……姉さん、撤退!」

「……っ」


 自分の意思を受け取った姉さんは弥生さんが伸ばしたままにしていてくれた樹木へと飛び乗るとそこから姿を消した。こうして『ヒトハシラノカミ』の背中へと残っているのは、お互い限界が近付きつつある自分と桜だけとなった。


「ふ、ふふ……まあ構いません……あの人が……ヒトハシラノカミが、必ず悲願を成してくれます……」

「忘れちゃ、いねェかオイ……下には翠達が居るンだぜ? どんだけ妖怪やら何やらを、兵隊として送り込もうが無駄だ」

「いいえ……っ……貴方達が何人束になろうと無意味です。黄昏街、から来ている彼らは……ただの囮に過ぎません……どうせ、無駄です……」


 お互い喋るのも困難になり始めていた。桜は『日爆』による魂の汚染、自分は彼女が仕掛けた祟りによる穢れと『日爆』による汚染。どちらが先に絶命してもおかしくはない状況であり、戦況としては相変わらず向こうが優位に立っている状態だった。やはり今自分達が居るこの『ヒトハシラノカミ』をどうにかしなければ、彼らの勝ちが確定してしまうという事なのだろう。


「翠……頼むぞ……」


 その場から動く事も出来なくなってしまった自分は、ただ地上で戦う翠達に祈るしかなかった。

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