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日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録  作者: 龍々
第弐拾伍章:落日
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第80話:神がかり

 『夜行』なる妖怪を縁達に任せたアタシと翠は姉さんからの指示を守るべく自分達の家へと足を進めた。空は夜闇に呑まれ始めており、このままの状態で夜へと突入すれば怪異達にとって絶好の機会になってしまう。あの巨人への対処法すらも浮かんでいないこの現状はまさに最悪と言っていいものだった。

 いつも通りの順路を通って最後の鳥居を潜ると、ようやく家へと辿り着いた。何か異常は無いかと急いで家の中へと入り居間へと足を踏み入れる。すると畳の上に置かれていた机の下から美海が姿を現し、足元に身を寄せてきた。


「美海、大丈夫だったか……?」

「怪我とかない……?」


 翠はまだ動かす事が出来る右腕で美海を胸元に抱き寄せた。美海は強い不安でも感じているのか甘える様に彼女の腕の中で丸まった。


「妙だな……美海がそこまで怯えるなんて。今まで威嚇するってのはあったが、そこまで怯えるのは見た事ねェぞ?」

「う、うん……もしかしたら、もうどこかに……」


 翠が言わんとする事は理解出来た。自分達がここに帰ってくる前に何者かによって罠が仕掛けられているのではないかという事だ。それも強力な能力を持っている美海ですら対処出来ない程の凄まじいものがあるのかもしれない。仮にそういったものではないとしても、この子がここまでの反応を見せるというのは奇妙な事だった。


「……一応探してみよう。翠、絶対離れるなよ」

「うん……」


 もしもの時に備えて部屋へと持ち込んでいた杖を畳に触れさせると、そこから熱源を複数展開させてそれぞれを別々の方向に移動させて何か変な物が置かれていないかを確認する事にした。もし家の中に不審物が置かれていたのなら、熱源がそこに接触した段階で自分に伝わってくる。

 しかし、家中くまなく調査したものの不審な物体は存在しなかった。目に見えないものや実体の無いものだった場合は熱源に引っ掛からないが、もしそういった類だった場合は妖気などを発している筈なのだ。しかしこの家からは何も感じない。いつも通りの我が家だった。


「フガーッ!」


 突如美海が外の方へと毛を逆立てて威嚇した。その瞬間、外に何かが居るのがはっきりと分かる様な霊気が家の中へと流れ込んできた。思わず鳥肌が立つ。


「……翠」

「うん……」


 翠は美海を頭に乗せるとショルダーバッグから折り紙を複数体取り出すと、アタシ達を取り囲む様に浮遊させた。恐らく相手が何を仕掛けてきてもすぐに対処出来る様にするためにこうして色々な種類を出したのだろう。そうして折り紙達に守られる様にしながら玄関へと向かうと、意を決して扉を開けた。するとそこには自分達が対処しなくてはいけない相手と、もう一人謎の人物が立っていた。

 一人は間違いなく、あの『黄昏街』で出会った如月だった。真っ黒なトレンチコートに山高帽を被った身長4メートルはあろうかという大男。こちらの世界と黄昏街を繋ぐために『境界』に細工をしていたらしい鬼の一人。如月一族のかしらを務めてまとめる者。

 もう一人は巫女の様な服を着た三十代程の女性だった。どこか姉さんを思い起こさせる様な綺麗な艶のある黒髪をしており、その目はこちらの心を見透かす様に奇妙な透明感があった。


「如月……」

「先程振りだな日奉の仔よ」

「なァ……マジでやめねェか。今までこの仕事やってたから分かるンだ。アタシら人間と怪異は……絶対共存出来ねェ……」

「……何か勘違いをしていないか日奉の仔よ」

「……何?」

わしがそんな事のために世界を繋げたとでも?」

「違うのか……?」

しかり! 儂の目的は一つ! 人間共への復讐よ」


 最早彼の中には人間に対する憎悪や嫌悪しかないのだろう。弥生さんの話が事実なのであれば、彼ら如月一族は人間に裏切られたという事になる。それも散々利用された挙句に関係を切られるという最悪の形での裏切りだった。恨む気持ちは理解出来る。だが日奉一族の人間として、雅という一人の人間として如月を見逃す訳にはいかなかった。

 杖からさり気なく地面へと熱源を伝えて如月の方へと向かわせようとした瞬間、彼の隣に立っていた巫女が右手をスッとこちらに向けた。すると地面上を移動させていた熱源が突如消失し、心臓に強い痛みが走った。突然の事に膝をついてしまう。


「みやちゃん!?」

慙愧ざんき。行きましょう」

「うむ。さらばだ日奉の仔よ。貴様の顔くらいは覚えておいてやろう」


 そう言うと慙愧と呼ばれた如月と巫女は鳥居を潜って家の敷地から姿を暗ました。追跡するためにせめて熱源の一つでも付けようとしたものの、何故か力が上手く出せず、心臓からは蝕まれる様な痛みが断続して発生していた。


「みやちゃん……! どうしたの!? いったい何が……!?」

「あい、つ……っ! アイツだっ……! この力っ……間違いねェ! アイツが……!」

「えっ……?」

「宮古島の家で見つけたあの日記……あいつらを騙した、巫女……アイツだ……さっきのあの女……っ!」


 翠の頭の上で美海が警告する様に鳴き声を上げる。その理由が分かり始めたアタシは出口の方へと体を引き摺りながら動き始める。翠は右手で支えてくれた。


「今分かったンだ……何で美海があそこまで、怯えてるのか……どうして、何も見つからなかったのか……」

「な、何でだったの……? 美海ちゃんでも勝てない相手って事……?」

「ああ……美海が威嚇してた相手の中で一番記憶に残ってるのはっ……『コトリバコ』だ。あれは穢れに穢れを重ねて祝詞すらも利用した呪物だった……。あれはあくまで穢れだった……でももし、穢れと真逆の力を悪用出来たなら……?」

「……まさか」

「外れてて欲しいがな……でも敷地から妖気も霊気も感じなかったって事は……アタシらには観測出来ない、いや日奉一族の記録にすら残ってない力なのかもしれねェ……」


 『コトリバコ』のあれは呪物を更に強力な呪物で包む事によって生まれた神格レベルの力だった。そしてそのかなめだったのが、四角の燃やされた祝詞が書かれた紙だった。本来神聖な物を穢れさせる事によって強力な呪物へと変化させ、それを更に『コトリバコ』に隠す事によって効果を倍増させていたのだ。あれはまさに神格呪物だった。だがもし、穢れなど使わずに神格レベルの力を制御出来る人が居るとしたらどうだろうか。もしそんな力があるとしたら、それから発されるのは何だろうか。霊気でも妖気でもない何かが出ているのだろうか。出ているとして、それを探知する事は可能なのだろうか。

 家の敷地から出る事が出来たアタシは強まる心臓の痛みに再び膝をついてしまい、吐血する。


「みやちゃんっ……!」

「……クソ……あれは呪いでも祟りでもねェ……! 多分アイツはそんなのは超越した力を持ってるぞ……!」

「う、動かないで……! 結界で何とかしてみる……」

「無理だ翠……!」

「し、『四神封尽』はダメになったかもしれないけど、でも他に方法があるかも……!」

「そうじゃねェ……これは多分、アタシ達のそれに近いものなンだ」

「近いもの……?」

「姉さんが昔言ってた。日奉一族はかつて『光の巫女』とも呼ばれていた。アタシ達みたいな不思議な力に目覚めた人間は……神に見初められた存在だってな……」


 それぞれ得手不得手や能力の強弱はあるが、確かに一般人から見ればどれも神の力と言ってもいいものである。自分と翠とでは、明らかに翠の力の方が強い。一切の制御をせずにこの子が結界を展開させれば周囲一帯の物を吹き飛ばす事くらいは容易いのだ。それに比べれば自分のそれはそこまで強力ではない。大技も翠の協力あってやっと使える程度だ。そして、何事にも例外はある。その例外がいつ来るかなんて誰にも分からない。例外が何をするかなんて誰にも想像が出来ない。

 翠の頭から降りた美海が心配そうに身を寄せてきた。彼女の力のおかげか、少しだけ体が楽になる。


「ありがとう……」

「みやちゃん……それじゃあ……」

「ああ……アイツは、多分日奉一族の裏切り者だ。それも大昔のな……そうじゃねェとおかしいンだ」


 もしあの巫女が現役の日奉一族なら、あそこまで堂々と如月と行動するとは思えない。あの男児達に嘘の結界を作らせたのも彼女だろう。あれは普通の霊能力者では作れない代物だった。相当な力を持った人間が力を貸さなくてはあそこまで強力な物は作れない筈なのだ。それこそ本気の翠かそれ以上の者でなければ。


「追うぞ……一番ヤバイのは如月よりアイツだ……っ」

「で、でもみやちゃん、今のままじゃ……」

「いいから!」


 美海を胸元に抱き上げると順路を通って山を降りていく。翠と美海を連れて降り立った夜ノ見町は地獄と化していた。そこら中で魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこしており、建物は滅茶苦茶に破壊され始め、遠くでは火の手まで上がっていた。そして何より一番目を引いたのは、複数の建物が一ヶ所に吸い寄せられるかの様に集まっているという現象だった。


「な、何あれ……!?」

「弥生さんが言ってた……如月一族は高い建築技術を持ってる。今まで見た事がある訳じゃねェが……ああいう事なんだろうな……」


 積み上がっていく建物を見ていたアタシの視界に数匹の餓鬼がきらしき存在が映った。それらは同じ様にこちらに気が付いたらしく顔を向けると、数秒の間の後突然数匹で襲い掛かってきた。手から杖へと熱源を発生させようとしたその時、突然空間に裂け目が現れ、そこから見覚えのある姿が飛び出した。その動きはまるで流れる水の様に美しく、後ろでキュッと縛られたその黒髪は夜闇の中でもはっきりと見える程の美しい黒だった。

 彼女が手をさっと払うと着物の袖がふわりと舞い、その動きに呑まれる様に餓鬼達はそこから姿を消した。その人はこちらに振り返ると洗練された美しい足運びでこちらに歩いてきた。


「お待たせしましたね雅。よく頑張りました」

「姉、さん……」

「あ、あか姉! 来てくれたんだね!」

「ええ。本当は日灯山ひとうさんで指揮に専念しようと考えていたのですが、どうやら私が直接出なくてはならない様ですので」


 裂け目の向こうからは日守さんやあざみさんも姿を現しており、彼らを連れてきた桔梗さんは他に仕事があるからか何も言わずにすぐに裂け目を閉じた。


「……雅、泣いている場合ではありませんよ」

「な、泣いてないっ……」

「仕方がありませんね……」


 姉さんは袖の中からハンカチを取り出すと、それでアタシの目元を優しく拭った。


「さて日守さん。私達はどうすれば良いのでしょう」

「まず今空に浮かんでいるあの巨人ですがね、あれは『ヒトハシラノカミ』というものです」

「そー。黄昏街で日奉一族に敵意ば持っとった連中の作った人工ん神やね」

「日守さん、その作り方って……」


 教授が話していた作り方の予測を尋ねてみると、どうやら教授が導き出した答えは当たっていたらしく、あの『ヒトハシラノカミ』は二十人を超える怪異や人間から作られているそうだ。


「偉い学者先生は凄いものですな、関心致します」

「教授はその作り方が弱点にも繋がってるんじゃないかって言ってました」

「有り得るでしょうな。何事も表裏一体。完璧なものなどないのです」

「では日守さん。止める方法は?」

「何とも言えませんなァ。出かかってはいるのですが、あたしにはどうにも……」


 そうして日守さん達が悩んでいる間に如月が取り込んでいるであろう建物の数はどんどん増えていき、それは最早一つの生命体を思わせる造形になっていた。このままではまずいと感じたのか薊さんは近くに生えていた二本の山の木に手を触れた。すると突然その木々は不可解な成長速度を見せ、凄い速度で積み上がっている最中の建物達の足元へと伸びていき絡みついた。


「なかなし、あれば止めんっちつまらん。頼むちゃ」

「分かりました。雅、私と行きましょう。翠、ここでお二人を守って頂けますか?」

「う、うん。守りながら待ってればいいんだよね?」

「ええ。雅」

「分かってるよ姉さん。行こう」


 こうして薊さんが建物の集合を食い止めてくれている間に、アタシと姉さんは如月を食い止めるべく行動を開始した。

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