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日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録  作者: 龍々
第弐拾肆章:夜ノ見は 国の真秀ろば 畳なづく 青垣 山籠れる 夜ノ見 麗し
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第72話:ふわふわ、ひえひえ、しんしん

 雌黄へと連絡して荒波々幾アラハバキへの対処を頼み終えたアタシは翠と共に、自分達の拠点である夜ノ見町へと向かった。神格存在の出現だけでなく、波山バサンと思しき妖怪による街への直接的な被害が発生してしまった以上は隠蔽も困難になるのは目に見えていた。今はまだ雌黄によるテレビ放送への介入やネットでの情報規制によって何とか怪異の存在が知れ渡らない様に出来ているが、人間一人一人の認識まで書き換えるのは相当難しく、案として挙げるにはあまりにも非現実的なものだった。

 しばらく歩いているとスマホへと着信が入った。出てみると姉さんからであり、どうやら日守さんと薊さんの二人と合流したらしかった。


「早かったんだね」

「ええ。黄昏街に通じている別の『境界』を通って来た様です」

「良かった……それで、現状は?」

「最悪と言っても良いでしょう。各地で様々な類の怪異が確認されています。一部海外でも確認されている様です」

「海外でも……?」

「ええ。ですがその報告以降、連絡がつかなくなっているのです」


 海外にも日奉一族が居るというのは初めて知る事だったが、今はそれよりもその人物との連絡がつかなくなったという点が気になった。わざわざ報告をしてきたという事は対処をしようとしている一族と見て間違いないが、それと連絡がつかないという事は何か最悪の事態に巻き込まれた可能性が高い。自分達日奉一族と怪異の数を比べてみれば明らかにこちらの方が数で負けているだろう。


「他の人とは?」

「少なくとも日本で活動している者とは連絡がついています。ですが日本だけでこの状況となると……」

「海外じゃもっとまずい事になってるかもね……」

「そうですね……。ですが取り敢えずは目の前の事に取り組む他ありません。作戦を思いつき次第連絡します」

「分かったよ。気を付けて、姉さん」

「貴方と翠も気を付けてください」


 もう少しその声を聞いて少しでも心を落ち着かせたかったが、今はそんな悠長な事をする訳にはいかなかった。電話を切ってスマホを仕舞い、真っ直ぐに夜ノ見町を目指す。


「あか姉、何て?」

「どうも海外の日奉一族と連絡がつかなくなったらしい。もしかしたら殺されたのかもしれねェ」

「海外でもこんな事になってるの……?」

「どこまで大事おおごとになってるのかは知らねェが、少なくとも何かがあったのは確かだ」

「そ、それで私達はどうすればいいの?」

「ひとまずは町に帰るぞ。あそこは他と比べて怪異が集まりやすい。『箱入り鏡』が無い今、あいつらからすればあそこは絶対に落としておきたい拠点の筈だ」


 歩みを進める最中、大量の人々を乗せたトラックが横切った。雌黄が見せてくれたあの画面に碧唯さんと共に映っていたトラックと同種の物であり、警官らしき服装をしている事から彼女が所属している異常事件対策課の面々が運転している様子だった。どこへ避難させるのかは末端である自分には不明だったが、とにかく町から避難させている事は間違いないらしく碧唯さん達の避難誘導が上手くいく事を祈るしかなかった。

 トラックを見送り歩みを進めていると空から雪が降り始め、頬にそれが当たる度に沁みる様な冷たさを感じた。しかしそんな降り落ちる雪の中に奇妙な存在があった。それは他の雪と比べると大きめの白い綿の様なものだった。風に流されるかの様にふわふわと浮遊しており、自我を持って移動している様には感じられなかった。


「みやちゃん、これって……」

「……今は急ぐぞ。何か分からン以上は触らない方がいい」


 何らかの怪異である可能性もあったが、今は夜ノ見町へと急ぐ事が先決であると考えて無視して進み始めた。しかしその綿毛はまるでこちらを追跡するかの様にふわふわと移動し続けていた。何度か蛇行するかの様に動いてみると、こちらの通ったルートを辿る様に浮遊した。一旦立ち止まって追いつかれる前に移動するという動きをしてみると、その綿毛もまた同じ様に一時停止してから動き出した。


「こいつ……生きてる、のか……?」

「ね、ねぇみやちゃん。あれってもしかして、資料に載ってたのじゃないかな?」


 翠曰く、家に置いてある資料に似た様な存在が記載されていたらしく、その名を『ケサランパサラン』というらしかった。記録によると江戸時代以降からその存在が確認されているらしく、未だに正体は分かっていないらしい。日奉一族による封印が行われていないにも関わらず、いつしか表沙汰に語られる事は無くなり、それ以降調査が止まってしまったそうだ。白粉おしろいなどを主食とすると記録されてはいるがあくまで民間に広まった言い伝えであり、日奉一族によって公式にその様子が確認された事は無いらしい。


「ヤバイ奴なのか?」

「ど、どうだろう……記録には人に幸運をもたらしてくれるって書いてあったけど、あくまで民間伝承らしいし……」

「もし幸運云々が事実なんだったらいいが、違ったらまずいな……。何とかして撒こう。殺すのは簡単だとは思うが、今はまずい……」


 例え小さな怪異であろうと、殺してしまえば黄昏街に居た存在達のいくつかが敵に回るだろう。中立の立場だった者達までそうなれば更に被害が増える事になってしまう。そうなれば最早自分達だけでは止められない全面戦争になる。

 幸いにも動く速度は遅かったため無視して移動する事は出来たが、歩みを進めれば進める程に雪に混じって降ってくる『ケサランパサラン』の数は増えていった。空中を浮遊出来るという特性のせいか陸路を使わずに一気に各地へと分散するつもりなのだろう。彼らの真意が何なのか分からない以上少しでも阻止しなければならなくなった。


「翠頼む。結界張れるか?」

「う、うん。ちょっと待ってね……」


 翠はまだ動かせる右手を使ってショルダーバッグから青い亀の折り紙を取り出すと自分達を取り囲む様に配置して結界を展開した。移動に合わせて折り紙達も動き、空中を漂っている『ケサランパサラン』は雪と共に結界に阻まれてこちらへは入って来れなくなっていた。

 しばらくはそのままにして進んでいたものの、ふとある点が気になった。それは現在の天候だった。確かに十二月であるため雪が降る事自体はそこまでおかしな事ではなかったが、それにしても少し奇妙な感覚があったのだ。通常であれば雪が降っていればもっと体が冷え込む筈である。しかし、あまりそういった寒さは無く、標準的なただただ寒いというだけの感覚しかなかったのだ。雪が降っている時の体感温度にしてはそこまで寒くない感じがしていた。


「翠、何か変じゃないか……?」

「え? な、何が?」

「雪が降ってンだぞ? それにしちゃああんまし寒くねェ様な気がするンだ」

「確かに……ちょっと暖かめな感じが……」


 その時、パキッという音がしたかと思うと一瞬にして結界が破られた。見てみると折り紙の一つが割れた様な形で地面の上に転がっていた。表面は薄っすらと白くなっており、これにより『ケサランパサラン』が危険な存在であると理解した。急いでその場から離れるために翠の手を引こうとしたが、その瞬間に一匹の『ケサランパサラン』が瞬きした左瞼へと接触した。それを合図にするかの様に急に左瞼が開かなくなり、その部位の急激な冷えを感じた。

 突然の事にバランスを崩して転倒してしまい、開いている右目には降りしきってくる『ケサランパサラン』の姿が映った。翠は咄嗟に次の結界を再展開し、彼らの侵攻を防いでくれた。


「だ、大丈夫!?」

「大丈夫じゃねェな……目が、開かねェ……」

「みやちゃん……」

「……何だ?」

「左側の睫毛まつげに、霜みたいなのが付いてる……」


 その話を聞き、『ケサランパサラン』が持っている異常性が判明した。彼らの異常性、それは温度を奪う事だ。先程折り紙が割れていたのも温度を奪われて水分が凝固した事によって凍りつき、形を保てなくなって崩壊したのだろう。これが攻撃によって行われるものなのか、それともただの捕食行為なのかは不明だったが、温度を奪って低温にするという部分だけは確かな事だった。

 翠が右手を左瞼にそっと当てる。すると少しずつではあったが左瞼が動く様になり、その部分の体感温度だけが高くなっていた。そこだけが冷えているため、翠の手が温かく感じたのだろう。

 杖を手に取り立ち上がるとこれ以上の攻撃を避けるために移動を再開する。その間も翠は手を当ててくれていた。


「だ、大丈夫?」

「いい感じになってきたよ、ありがとう。多分あいつらは周囲に人が居なかったからアタシ達を狙ってきたンだろうな」

「どうしよう? ちっちゃくて数が多いし、もうあっちの世界に送っても無駄だろうし……」

「歩きながら考えよう。とにかく今は急がねェと……」


 天気予報を確認するためにスマホを取り出して調べてみると、やはりこの地域で雪が降るという予報はされていなかった。つまり今も降り続けているこの雪そのものが『ケサランパサラン』の仲間だという事である。雪の姿を模倣して人間社会に侵入し、さも当然の様に空から降下して人体に触れる事によってそこから温度を奪うのだろう。普段であれば最初に頬に当たった時の様に怪しまれない範囲で少しだけ温度を低下させているのかもしれない。そしてこちらが警戒を示したため、こうやって急激な温度低下を発生させて攻撃を仕掛けてきたのだろう。温度を奪うのが捕食によるものなのだとしたら、彼らのその姿は完璧な変装と言えるだろう。雪が肌に当たっても誰も気にせず、『ケサランパサラン』の様なふわふわしたものが漂っていれば思わず触ってしまう人も居るだろう。最早一つの生物種と言ってもいいのかもしれない。

 翠は折り紙が凍らされるのを防ぐために移動させて常にその位置を変化させ続けた。彼らの移動速度は常に鈍足であるため、それを越える速度で折り紙が動き続けていれば温度を奪われる事も無いという事である。とはいえ、常に彼らは降り続けておりその数はどんどん増加し続けていた。折り紙が回避出来なくる前にこの雪に擬態した捕食者をどうにか出来なければ、やがて自分達は全身の温度を奪われて凍死してしまう事になるだろう


「み、みやちゃん……あ、後どのくらいで着くかな……?」

「まだかかるだろうな……皆上手くやっててくれるといいが……」


 何事も無かった様に全てが丸く収まる事を祈りながら、真っ白なそれに囲まれたアタシ達は歩みを進めた。

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