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日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録  作者: 龍々
第弐拾参章:世界混濁
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第70話:山神の祟り

 黄昏街から脱出し雅ちゃん達と別れた私と紫苑ちゃんは自分達が任されている拠点、亜実つぐみ地区へと向かうために人気ひとけの無くなった町を走っていた。情報改竄により全ての公共交通機関が停止しており、自らの足を使うしか戻る方法は無かった。まだ骨が治っていない妹を走らせるのには心が痛んだが、彼女は不機嫌そうな顔をしたまま文句も言わずに姉である私に付いて来てくれていた。

 スマホの地図アプリを頼りに目的地まで向かっていると突然紫苑ちゃんが足を止めた。何事かと振り返って見ると、彼女の目線の先には一台の車が停まっていた。恐らく避難誘導を受けた市民が乗り捨てていった物であり、エンジンを切り忘れたのか稼働音が僅かに聞こえていた。


「紫苑ちゃんどうしたの? 早くしないと~!」

「……これ使おう」

「えっ?」

「ここから亜実までどれだけあると思ってんの。車使った方が速いでしょ」

「い、いやいやぁそれ人の……」

「四の五の言わずに乗って。姉ちゃん免許持ってたよね?」


 そう言うと反論を許さないといった態度で後部座席に乗り込んだ。本来であればこんな事をすれば窃盗にあたいするが紫苑ちゃんの言う事もごもっともであり、世界の調和が懸かっているこの現状ではそんな私の考えは綺麗事なのかもしれない。そう感じた私は必ず元通りの場所に戻しておく事をここには居ない持ち主に誓いながら運転席へと乗り込んだ。


「はぁ~~……絶対まずいよねこれぇ……」

「いいから行くよ。出して」

「うん……」


 アクセルを踏んで車道で停止している車の間を縫う様に進み、少しでも早く亜実へと戻れる様にと少しずつ速度を上げていった。途中で見つけた街頭テレビでは雌黄ちゃんが流している偽装情報が放送されており、それのおかげでまだ真実は隠されている様だった。


「紫苑ちゃん、右腕大丈夫?」

「あたしは平気。…………ねぇ姉ちゃん」

「何?」

「あの子……菖蒲……大丈夫だよね」

「……分かんないよ。お姉ちゃんにも分かんない。でも、大丈夫にしよう? 一緒にやれば絶対何とかなるって~……」

「……そうだね」


 ただでさえ末っ子である菖蒲ちゃんの事を大切にしていたこの子にとって、この状況はいつも以上にストレスが溜まるのは当たり前の事だった。幼い頃に起きた怪異による両親の殺害、そして菖蒲ちゃんの昏睡。この子にとってはトラウマと言ってもいい事件であり、未だに目覚めない菖蒲ちゃんはこのまま眠り続けてしまうのではないかと考えているのは私も同じだった。


「あの時……」

「紫苑ちゃん」

「あの時あたしが……」

「紫苑ちゃんストップ。お姉ちゃんいつも言ってるよね? 紫苑ちゃんのせいじゃないって」

「でもあの時、あそこに居たんだよ? 助けようと思えば出来た筈じゃん……」


 あの時私達を襲ってきたのは巨大な毛虫の様な怪異だった。当時山へと遊びに来ていた私達がテントの中で眠っていると、外から物音が聞こえてきたのだ。私達姉妹は両親とは違うテントで寝ており、物音に気が付いた私が外を覗いてみると、そこには大量の針の様なもので滅多刺しにされた両親のテントの姿があった。小さく悲鳴を上げてしまった私の声に気が付いたのか、その化け物はこちらを向いて地を這ってきた。


「……無理だったんだよ。私も、紫苑ちゃんも……あの時の私達じゃ無理だった……」

「でもあたしなら!」


 あの時恐怖に駆られた私は最初の悲鳴以外に何も声を上げる事は出来なかった。しかしそれでも、何とか二人だけは守りたいと直感し行動に移したのだ。灯り用に枕元に置いていたランタンを掴むと思い切りその毛虫の化け物の頭部目掛けて叩きつけた。予想外の反撃に化け物は声を上げ、それによって眠っていた二人が目を覚ましてしまった。今思えばあの判断が誤りだったのかもしれない。


「無理だったよ紫苑ちゃん。私も紫苑ちゃんも、ね」

「それは!」

「私の判断ミスだったんだよね~。ほんと……今思えば他のやり方も沢山あったなって」


 目の前の化け物を見た紫苑ちゃんは、まだ意識がはっきりと覚醒していなかった菖蒲ちゃんを守ろうと抱き寄せていた。それが良くなかった。そうさせてしまった私のミスだった。さっさと逃げる様に言うべきだった。

 相手が動かなくなるまでひたすらに殴り続けた私は化け物の返り血に塗れていた。その体から生えていた大量の針の内の何本かが体に刺さるのもお構いなしに攻撃していたのだ。そしてその化け物はまるで赤ん坊の様な鳴き声を上げると、ぐったりとして動かなくなってしまった。


「私も何回も巻き戻したりしたんだよね。でもダメだった。もう遅すぎたんだ。お父さんもお母さんも死んでからとっくに一分以上経ってたからさ~……」

「菖蒲は……?」

「……今なら完璧にやり直せると思うよ~。でも何も知らなかったからさ、あの時は」


 テントから抜け出した私達はすぐにキャンプの管理人の所へと助けを求めに行った。通報を受けた警察はすぐに駆け付けてくれたものの、両親のテントの方ではなく私が殺した化け物の方を調べていた。今思えばあの人達は碧唯さんも務めているという警視庁刑事部異常事件対策課の人達だったのだろう。その人達によって保護された私達は警察へと連れて行かれ、そこで事情聴取を受けた。しかし、その時だった。菖蒲ちゃんが突然意識を失って倒れたと紫苑ちゃんが部屋の外から駆け込んできたのだ。


「……あの時、戦うべきじゃなかったんだよ。大人しく逃げるべきだった」

「あいつ……結局どんな奴だったの? あたし、あの時混乱してて……」


 話を聞きつけた茜さんが警察へとやって来た時、紫苑ちゃんは酷く混乱していた。いつも可愛がっていた妹が昏睡状態になったのだ。パニックを起こすのも仕方のない事だった。何とか平静さを保てていた私は困惑しながら茜さんの話を聞いた。それが私とあの人の初めての邂逅かいこうだった。


「名前はシシノケ。詳しい事は分かってないらしいんだけど、落ちぶれた神様の一種なんじゃないかって」

「神様……」

「そ。ネットとかにもあれと遭遇した話が載ってるみたいだし、他にも居るのかもねぇ……」

「殺せたんじゃないの……?」

「これは私の推測なんだけどね~? あれさ、多分囮みたいなものだったんじゃないかなって」

「囮?」

「うん。多分あれの本体は今もどこかで生きてる。シシノケの目的は自分の分身体を攻撃させる事だったんじゃないかな」


 ネットに載っているというその情報にも攻撃した人物が災難に遭ったという事が書かれていた。私達にとっては菖蒲ちゃんが昏睡した事がその災難に当たるのだろう。


「多分あれは厄災をばら撒く山神の分身……媒体って言った方がいいのかなぁ。そうやって自分の存在をアピールしてるんだと思うよ」

「……じゃああいつはまだ……」

「馬鹿な事は考えないでね紫苑ちゃん。今のあれは放っておくしか出来ないんだよ」

「……分かってるよ。ていうか……姉ちゃんも神格、殺ってたんだね」

「そう、だね」

「ごめん」

「……うん」


 私が神格を殺していたという話を聞いて、紫苑ちゃんはコトリバコの時の事を思い出したのか珍しく素直に謝ってきた。あの時私がこの子を止めたのは神格を殺すという事が何を意味するのかを知っていたからなのだ。荒魂あらみたまとなった神格は最早ウィルスに等しい。完全に止めるにはそれ相応の対価を支払わなければならないのだ。もしコトリバコに宿っていたあの神格の力が更に強くなっていれば、きっとあの時全滅していただろう。

 少しでも近道が出来る様にと山道へと入りグネグネと曲がっている道路を進んでいるとバックミラーに何かが映り込んだ。後方から白い何かがこちらに向かって近寄ってきており、紫苑ちゃんもそれに気が付いたのか振り返っていた。


「姉ちゃん! 何か来る!」

「見えてる……ちょっと勘弁してよ~……」


 白いそれは段々距離を詰めて来ており、その姿が少しずつ見えてきた。それは一本足の頭部の無い人型の存在で、胸部に当たる部分に顔があった。体を滅茶苦茶に振りながら一本の足で走っており、それにも関わらず車にも追いつく程のスピードを出していた。


「姉ちゃんスピード上げて!!」

「これ以上は危ないってぇ……! 曲がれなかったら落っこちるよ~っと!」


 何とか振り切ろうと速度を保ちながらカーブを曲がっていたが、その度に距離はどんどん縮まっていきとうとうそれは車と並走するまでの距離へと辿り着いた。バン!と窓にそれの手が引っ付き、車体が揺れる。


「テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……」

「クッソこいつっ……!」

「紫苑ちゃん触らないで! 多分それは!」

「分かってる……多分こいつはっ!」


 紫苑ちゃんは後部座席で突然後ろに倒れ込む様な動きをすると目に見えない何かを抑える様に自らの左手を顔の前で握っていた。恐らく私の目には見えない何かが車内へと侵入し、彼女に襲い掛かったのだ。


「テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……」


 車体に張り付く様にして並走しているそれを振り切るために勢いよくハンドルを切ってカーブを曲がる。こうして車に引っ付いているという事は少なくとも実体があるという事を示している。それであれば、これで一旦振り落とす事が出来る筈だった。

 私の目論見通り、白いそれの姿は見えなくなり、ミラーを見てみても追跡してきている描写は無かった。


「よし……紫苑ちゃん、大丈夫だった!?」

「……」

「……紫苑ちゃん?」

「姉、ちゃん……」


 車を停め、目を閉じて意識を集中させる。一分前のあの景色を頭の中で浮かべながらそこへと自らの意識を放流させる。私一人ではこれを倒せないから。紫苑ちゃんでなければ、対処出来ないから。


「はいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれた」


 紫苑ちゃんの無機質な声が響くのと同時に私の意識は時を超えた。

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