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日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録  作者: 龍々
第弐拾参章:世界混濁
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第68話:真実を写す者

 雅と翠が仕事のために出て行ってから賽が家へとやって来た。別に一人で留守を任されても問題は無かったが、一緒に居る様にとの事だったので仕方なく連絡をして呼んだのだ。彼女はまるで私の事を妹の様な目で見ていた。生きている長さで言えば私の方が年上だというのに、いつまで経ってもあの頃から変われない体のせいで年下扱いだ。もっとも、今の私が生きていると言えるのかは怪しいものだが。

 本来であれば休日であるため彼女は家でゆっくりしている時間なのだろう。それだというのに事情を話しても彼女は嫌な顔一つしなかった。どこまでもお人好しな彼女が気に入らない。


「あれ……?」


 居間で黒猫と遊んでいた彼女が声を上げた。縁側に座り空を眺めていた私は聞かないのもどうかと思い声を掛ける。


「どうしたの?」

「いや……このメール誰だろ……」

「メール?」


 賽が手に持っている携帯を覗き込んでみると確かにメールが開いていた。差出人の部分には登録されていないアドレスだからなのか名前は表示されておらず、アドレスそのものが表示されていた。そして件名には『真実』と、その下の本文には『全てを知っている。隠している真実を解放せよ』と書かれていた。


「知らないアドレスなの?」

「うん……登録した覚えもないし、迷惑メールかなぁ……」

「じゃあ消しとけば。そんなどうでもいい事で声とか出さないで」

「あはは、そうだね。ごめんごめん」


 そのメールはすぐにゴミ箱へと入れられ消去された。私も怪異というものに特別詳しい訳ではなかったが、雅達の様子を見るに世界が危険な状態になっているらしく、こういったメールみたいなものにも気を付けるべきなのではないかと考えていた。

 それからしばらくは何も起きる事はなく二人でのんびりと過ごしていたが、夕食用の買い物を母親から任されているとかで家から出る事になった。いずれにしても夜には彼女の家でお世話になる事になっていたため、買い物に付き合う事にした。猫はどうするべきかと少し悩んだが心地良さそうに眠っていたため、放置して二人で行く事にした。

 しかし、山を降りてすぐに先程のメールの意味を知る事になった。


「どうも。三瀬川賽さんですよね? 初めまして」

「えっと、初めまして?」


 山を降りた私達の目の前に現れたのは賽と同年代と思しき一人の少女だった。髪を後ろで二つ結びにしており、首からは古い機種のカメラをぶら下げていた。まだ自分がこの体質になる前でも見る機会が無かった様な、相当古い機種だった。持ち歩くのにはあまりにも不便な大きさだった。


「……賽、行くよ」

「そっちは黄泉川縁さんですね?」

「…………だったら何?」

「さっき文屋ふみやの方から連絡を入れさせて頂いたんですけど、捨てましたね?」

「え? は、はい。というかあなたって……」

「知ってるの?」

「うん。確か私の行ってる学校の新聞部が出してる新聞にそんな名前が載ってた気が……」


 賽の話を遮る様に文屋はカメラのフラッシュを焚いた。


「覚えて頂いて光栄です! 文屋千尋ふみやちひろ、夜ノ見高校二年三組、新聞部所属です」

「……それで、その新聞部さんが何の用? 私達今から買い物なんだけど」

「ちょっと待ってくださいねー……」


 文屋はカメラから排出された写真を引き抜くと乾かす様にペラペラと振り、それをこちらに向ける。何も写っていない真っ黒だった写真が徐々に変色していき、やがて一枚の情景が浮かび上がった。それはあの藪の中で私に起きた幻を写したものだった。校庭に倒れている二人の私とそれを助けようとする賽の姿がそこにあった。


「えっ、それ……」

「文屋には全部お見通しなんですよ。三瀬川さん、貴方がついてる嘘は全部見えてるんです」

「ま、待って! 嘘って何の事!? どうやって今の……」

「文屋の力なんです。これはきっと神様からのプレゼントなんです。全ての不正を暴けという思し召しなんです」


 どういった理屈でそれが起きているのかは分からなかったが、どうやらこの文屋千尋という少女には『写真に嘘を映し出す力』があるらしかった。そんな彼女が何故賽に絡んできたのかが不明だったが、いずれにしてもこれ以上彼女と関わるのは時間的にも無意味だと感じた。


「賽、行こう。そんな奴放っておけばいいよ」

「い、いやでも……」

「駄目ですよ三瀬川さん。文屋ずぅっと前から貴方の事怪しいと思ってたんです。貴方の占い、絶対何か裏があるって。貴方は何か隠してるって」

「賽行くよ」

「う、うん」


 私が強く手を引くと賽はそれに従って付いて来た。文屋は何も言わずに私達が走り去っていくのをその場で見送っていた。わざわざメールアドレスまで特定して連絡を取ってきたというのに後を追ってこないというのは少し不可解だったが、これ以上関わると何をしてくるか分からないため今はとにかく距離を取る事にした。


「縁ちゃん……」

「あいつ、関わらない方がいいよ。何か分からないけど変だよ」

「うん。でも文屋さん、どうして私に声を掛けてきたんだろう……何を知りたがってるの?」

「あいつ……さっき写真撮ってたよね。嘘がどうとか言ってたけど」

「何も嘘なんかついてないよ!」

「……別にどうでもいいよ。賽がどんな奴かとか、どうでもいい」


 賽は文屋が何を考えているのか気に掛かっている様子だったが、相手に触れない限りは何も分からない彼女は一旦考えるのをやめて買い物へと向かう事にした。それに付いていきスーパーへと辿り着くと彼女が色々と買っているのを隣で眺めた。賽は普段からこういった事を任されているのかメモを見ながらテキパキと必要な物を籠へと入れていった。

 さっきの文屋、嘘を極端に嫌ってるみたいに見えた。私も別に嘘が好きな訳じゃないけど、わざわざ親しくも無い人間に絡みに行く様な真似はしない。あいつは……何かおかしい。


「ケホッケホッ……」

「……賽?」

「あ、ごめんね。ちょっと咳が……」


 そう言った直後、賽は突然意識を失ったかの様に崩れ落ちた。野菜売り場にもたれかかる様に意識を失っており、声を掛けてみても揺さぶってみても何の反応も返って来なかった。買い物客達はざわつき始めており、近くで陳列を行っていた店員はこちらに駆けつけた。


「お客様大丈夫ですか!?」

「……救急車を」

「えっ?」

「聞こえないの? 救急車。東雲病院。早くして」

「は、はい!」


 店員が慌てて電話を掛け始めたのを確かめると、集まって来ている野次馬へと目を向ける。先程の事もあって文屋が何かしたのではないかと見回したが、どこにも彼女の姿は見当たらなかった。しかし賽に持病があるという話を聞いた事はなく、また何か治療中であるという話も聞いていないため、何らかの怪異による攻撃が行われたのは確かだった。

 どこから何が起きたのかと考えていると賽の携帯に何かの着信が入ったらしく、小さく振動する音が聞こえてきた。嫌な予感がし賽の持っている携帯を確認してみると、そこには一通のメールが届いていた。


『嘘は許されない。真実を見ろ。これが真実である』


 そう書かれていた本文には一枚の写真が添付されており、開いてみるとそれは薄汚れた床の上に置かれた木製の仏像の写真を撮影したものだった。その写真にはペンか何かで文字が殴り書きされており、その文面は以前賽が使っていた歌の歌詞だった。

 この仏像、この間賽が歌で封じた時の奴……それにこの歌詞、その時に歌ってたのと同じだ。まさかあいつ、もう一枚写真を撮ってた? あいつから逃げる時に背中を向けた。あの時撮ろうと思えば撮れた。

 電話が掛かってくる。


「……もしもし」

「やっぱり文屋が睨んだ通りでした。三瀬川さんは嘘をついてたんです。この仏像さんと歌を皆に黙ってた」

「どうやったの……」

「文屋にかかればこの位は朝飯前です! どんな嘘も見逃しません! この世のグレーを漂白するんですよ! 文屋の写真は真実を写すのです!」

「待たせたな諸君! 我が軍に新たな朋が加わったぞッ!!」


 どのタイミングで撮られたのかは結局不明だったが、やはり文屋には特別な力があるらしく、それによって仏像と歌の情報を抜き取ったらしかった。しかしそれだけであれば賽が意識を失ったり、仏像がこっちに戻ってきた理由にはならない。


「何をしたの? 倒れたんだけど……」

「文屋はただ真実をお伝えするためにこの歌を読んだだけですよ。凄い歌ですが、まさか閉じ込める歌だったとは! これは差別ですよ! スクープです!」

「何言ってんの……あの子がそれを歌ってたのは……!」

「ふふん! そんなに文屋はもうとっくに知ってます! 確かに善意でやっていたみたいですが、相手の立場には立たなかったのですか?」

「……何が相手の立場? ふざけないで。こっちに危害を加えてきたのは向こうが先」

「どんな理由があっても嘘は許されません! 嘘なんてものがあるから世界は穢れたんです! こんな世界、文屋が綺麗にしてあげます!」


 文屋の嘘に対する敵意や憎悪は尋常ではなかった。何が彼女をそこまでさせるのかは不明だが、何らかの危険思想を持ってしまっているのは間違いない。何とかしなければ雅達が何かをしたところで無駄になってしまうだろう。

 反論しようとした瞬間、意識を失っていた筈の賽の手が私の腕を掴んだ。どうやら意識が戻ったらしく、野菜売り場にもたれながらゆっくりと立ち上がった。


「お客様! 今救急車を呼びましたから、どうか安静に!」

「だ、大丈夫ですよ。ちょっと立ち眩みがしただけですから……」


 賽は人の好さそうな笑顔を見せる。


「賽……」

「縁ちゃん、ごめん……あの歌……」

「あいつが……文屋が歌ったらしいけど」

「うん……私ね、あの歌がもう一度歌われるとどうなるか知ってたんだ。だから、もしかしたら……」


 賽によるとあれは『追儺の魔除け歌』というものらしく、怪異を自らの体へと封じ込めるための歌らしかった。しかしその歌がもう一度歌われれば、封印が解けて一気に外部へと解放されるらしい。別の人間が歌ってもその効果があるのかは不明だったが、現に文屋がこういった状況を作り出した以上はそれが可能だったという事なのだろう。もっともあの写真に何か秘密があるのかもしれないが。


「どうすればいいの?」

「わ、私がもう一回歌ってみるよ。あの藪も仏像さんも一回中に入れたから魂とリンクさせやすいし……」

「……大丈夫なの?」

「うん。多分あの人は何回でも私が諦めるまでやってくるかもしれないけど、あの歌は……私が預かった大事な歌だから」

「…………病院に行って」

「え?」

「賽は病院に行って。あいつは私がどうにかする。出来なかったら誰かに頼んででも止める。だから、今は……大人しく病院に行って」


 賽は私の判断に困惑している様子だったが、店員が呼んだ救急車が丁度到着したらしく彼女は病院へと搬送されていった。本人は大丈夫と言っていたが顔色が悪くなっており、このまま治療を受けさせないのは危険だと直感的に感じた。私が検査を受けた東雲病院であれば、日奉の人間によって管理されているので安全だろう。


「おっと、三瀬川さんがまた歌を歌ってるみたいですね。そうはさせませんよ」

「……」

「舞い給え うたい給う 夜見の果てに朽ち果てて 海に浮かべて 流しましょう~」

「あんたが……歌うな……」


 いつも冷えている体が少しだけ熱くなるのを感じる。

 私は何か手掛かりを掴むのに手伝ってくれる人間はいないかと電話を切り、電話帳を食い入る様に見つめた。

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