第67話:時代遅れな老人と聡明なボク、それと透
ネット上への書き込みやマスコミによる生放送など、あらゆる電子情報へと介入して隠蔽工作を行っていると雅さんがスマートフォンを起動したのを探知した。全く忙しい状況だというのに困ったものだったが、頼られるのは悪い気分ではなかったので寛大なボクは出て上げる事にした。
透が所有しているスマートフォンから電波に乗って彼女の下へと素早く移動し、プログラムへと侵入しながら画面上へと自らの姿を模したアバターを表示させる。
「どうしましたボクが忙しいと知っていてやってるんですよね?」
「悪い雌黄……君に追加で頼みたい事がある」
「何ですか手短にどうぞ」
「今目の前に荒波々幾を名乗ってる存在が居る。もしかしたらマジの神格かもしれねェンだ……」
近くに設置してある監視カメラへと瞬時に移動して確認してみると、なるほど確かに異様な雰囲気を放っている老人が道端に座っていた。周囲には自分達が避難させた筈の人々が当然の様に歩いており、荒波々幾によってもたらされた現象なのだと直感的に理解した。
「なるほど、それでボクに何をしろと?」
「この町に近寄らない様に追加の情報規制を敷いてもらえねェか。もう翠の『四神封尽』も通用しないし、殺す訳にもいかない……」
「そうですか。ではボク達にお任せください、代わりにやっておきましょう。お二人はさっさと夜ノ見町へと戻ったらどうですか、こんな所で時間を食う訳にはいかないのでしょう」
「……いいのか?」
「逆に聞きますが他に何かいい方法があるんですか? あるんだったら是非教えて欲しいですね」
「……悪い、頼む」
そう言われスマートフォンの電源が切られる前に透の下へと戻った。現在彼女にはボクの仕事をサポートさせるためにある放送局へと侵入させており、隠蔽情報を拡散するための手助けをさせていた。周囲にはここで勤務している職員達の姿もあったが、高い認識阻害能力を持っている透であれば誰にも感知される事なくそこで作業を進める事が出来た。
「雌黄ちゃん! どこに行ってたの?」
「呼び出しがあったのでそちらに行ってました、それよりも現状はどうですか?」
「うん……ここの人達が総出で正しい放送が出来る様に色々やってるみたいだけど……」
透はますます薄幸に見える表情をすると見やすい様にとスマートフォンのカメラを室内へと向けた。確かに様々な職員が放送を行おうとあれこれ作業をしていたが、それも無意味な行為だった。自分が流した避難勧告放送は未だに全チャンネルで繰り返し放送されており、もし仮に修正されたとしても即座に元通りにする事が可能だった。
「透、ここはもういいです。それより他の現場に向かいましょう」
「い、いいの? 私に出来る事あんまり無いんだけど……」
「それくらい分かっていますし別に必要以上の期待なんてしていません。ですが今回は透の力が必要になりそうです」
「そうなの? 何か複雑だなぁ……好きでこんな体になった訳じゃないし……」
「それは日奉一族のほとんどがそうですよ、ボクくらいですかね欲しかった力を手に入れられたのは。まぁそれはいいです、早く行きますよ」
透はあらゆる人間の認識を掻い潜りながら放送局を出た。避難誘導の成果のおかげか外を出歩いている人の姿は見当たらず警察による誘導が上手くいっているのを確認出来た。スマートフォン内の地図アプリを起動させて問題が起きている箇所へとマーカーを付ける。先程の神格が存在していたのは葉木と呼ばれる町らしく、普段であればそこまで人が多い訳ではないという情報をネット上から引き出した。普段であればそこまで役立つ情報ではなかったが状況が状況であるため仕方なく自らのデータの中へと追加しておいた。
「あらゆる公共交通機関が停止している様ですが問題ありませんね、ここから歩いても行ける距離です。長い事彷徨っていた透であれば容易でしょう?」
「好きで彷徨ってた訳じゃないけどね……でも私、何すればいいの?」
「それを今から説明します」
自身の中へと取り込んでおいた日奉一族の資料やネットから拾ってきておいたデータを画面上に表示する。荒波々幾と呼ばれる存在の起源は未だに明らかになっておらず、恐らく日奉一族が活動を始める遥か前から存在していた可能性がある。そのためどの情報が虚偽であり真実なのかを見極める事が難しく、とにかく関係しているあらゆる情報を基に精査する必要があった。
「対象の名称は荒波々幾、古くから語られている神格です」
「えっと、アラハバキ……? しんかくって?」
「そのままの意味ですよ。つまり神と同等の存在、あるいは神そのものです」
「えっ!? それって……どうにか出来るものなのかな……」
「当然です、古くより我々日奉一族は相手の強さに関わらず封印してきました、それこそ相手が神であろうとそれが人々に危害を及ぼしたりするのであれば対処するのです」
「そ、そっか……」
透はまだ一族に加入して日が浅いという事もあってか少し恐れている様に見えた。しかし彼女がどんな感情を抱いていようとも関係無い。今はまさに正念場であり、僅かな判断ミスや躊躇によって世界崩壊の危険もある。
「対象は客人神として信仰されています、恐らく葉木の町に避難した筈の人々が集まっているのはそういう能力によるものでしょう」
「まれびと……?」
「客人の事です」
「人を引き寄せる力があるって事かな?」
「ボクの集めた資料によるとその様な能力は確認されていませんね、荒波々幾は起源がはっきりと分かっていないという事もあって『祖霊が蛇』だとか『塞の神』だとか『鉄の神』だとか様々な説が存在するのです」
「何だか変な感じだね……どれも関連性が無い様に思うんだけど」
透の言う通りであり、恐らくそれが一番の問題点であった。起源が一切不明という事はつまりあらゆる起源を吸収出来るという事である。荒波々幾はどんな力でも持てる神格へとなっており、先程カメラ越しに確認したあの老人の姿は一部それの影響を受けているのだろう。
「あれの起源がどこであるのかというのはボクらには関係ありません、一番の問題は『境界』が解放された以上は封印も不可能という点です」
「話は聞いたけど、その『境界』って所を閉じればいいんじゃないの?」
「完全な閉鎖は出来ません、ボク達が生きているこの世界と封印先であるあの町は鏡映しとも言えるのです。どちらにもお互いの世界の光が差し込む様になっていなければならないのです」
「じゃあちょっとだけ閉じた状態にすれば……」
「そうですねそれが出来ていればこんな状況にはなっていませんよ。どこかの誰かさんが完全に解放してしまったのでしょう、今から修繕するにしても時間が掛かります」
どのような手段を使ってあの『境界』を完全に解放したのかは不明だったが、今の自分に調査する事は不可能だった。あの場所は異常な程電波が不安定であり、長時間留まれば撤退も不可能なまま消滅してしまうかもしれないのだ。
透は地図の表記に従いながら最短ルートで葉木町へと歩き、そして一時間程経った頃ようやく辿り着いた。先程カメラで確認した時と比べても人の数が増加しており、もしこの場所へ敵対的な怪異が侵入した場合の被害者数は頭を抱えたくなる程のものになるのは明白だった。
「透、地面に座っている老人が見えますか?」
「あそこのお爺ちゃんの事?」
「酷くみっともない汚らしい布を服として着ている老人であればそれです」
「そ、そんな言い方しなくても……。それで、私は何をしたら?」
「そうですね、まずは透の力がどこまで通用するのか見たいので近寄ってもらえますか」
「大丈夫なんだよね……?」
透は恐る恐るといった様子で荒波々幾へと近寄るとしっかり視界に映る様にと正面に立った。しかしその目が開いているにも関わらず透が接近してきている事には気が付いていないのか、何の反応も示さなかった。
なるほど、透の力が通用するという事は目の前のこの人物は実体を持っていて尚且つ脳を持っているという事ですか。神などと言っても所詮は人によって創造された存在、人間をモチーフにされている時点でその制約からは逃げられないのでしょうね。
「えっと……どうすれば……?」
「どこでもいいので体に触れてみてください」
「うん……」
透はペタペタと荒波々幾の体に触れてみたがやはり何の反応も返って来なかった。彼女が持っている認識阻害能力は視力だけでなく聴力や嗅覚にも適応されるのは確認済みであったため、触覚すらも彼女の事を検知出来ないのだろう。そして初めて出会ったあの日、彼女は公園でボールを蹴っていたにも関わらず、ボクを除いた誰もがその違和感に気付けなかった。
「やっぱり触っても……」
「結構です、封印が出来ないのであれば仕方ありません」
封印が不可能とあれば始末する他無いのだろう。一族の流儀に反する行為ではあるが、今最も避けなくてはならないのは怪異の世間への露呈である。現状はかなり危険であり、もしこのままの状態が続けば情報の隠蔽にも無理が出てくるだろう。そうなった場合隠蔽は不可能になり、世界は混乱に包まれるだろう。
「透、今からボクの言う通りにしてください」
「な、何するの?」
「彼を始末します」
「こ、殺しちゃうって事!?」
「ええ、それしか方法はありません、雅さんは怒るかもしれませんがボクとしてはこれ以外の方法は無いと思っています」
「私、そんな事出来ない……」
「別に透にはそんな事期待していませんよやるのはボクですから。ただボクではどうしようもない部分があるのでそこだけ手伝って欲しいのです」
「……雌黄ちゃんにも、人殺しになって欲しくないよ」
「透には関係無いでしょうボクが人殺しになろうが貴方には前科はつかないのですから、それにそもそも透が何かやったとしても認識出来るのはボクだけですし」
透は荒波々幾から距離を取ると近くの壁にもたれかかりながら頭を抱えて座り込んだ。その際手に持たれたままだったせいで彼女の顔を見れなくなり、会話をする上での表情の確認が出来なくなってしまった。そのため仕方なく一旦彼女のスマートフォンから離れ、ネットワークを使って近くに存在するパソコンやスマートフォンへと次々と侵入して使える物を探す事にした。
使えそうな電子機器はいくらでも揃っており、更にある料理店の厨房奥には荒波々幾を倒すのに使えそうな道具が置いてあった。あれと電子機器を使えば簡単に尚且つ事故に見せかけて始末する事が可能だった。
再び透のスマートフォンへと戻る。
「透、聞こえますか」
「……」
「いいですか透、今この町には相当な人数の人間が集まっています。幸いにもあれ以外の他の怪異の姿は確認されていませんが、もしここに強い敵意を持った怪異がやって来たらどうなるか分かりますか?」
「……」
「君にとってはどうでもいい事かもしれませんが日奉一族として見れば大惨事になります。それで怪異の存在が表沙汰にでもなればもう目も当てられません」
「……そんな事」
「何ですか?」
「どうでも良くなんてない! でも、でも私!」
「どうでも良くないのであれば手を貸してください、透の力が必要なのです。他の人では出来ません、他の人がやれば間違いなく事態が悪化するでしょう、ですが透とボクであれば問題なく対処出来ます」
透は少しの間声を震わせながら深呼吸をしていたが、やがて決心がついたのかスマートフォンを顔の前へと移動させこちらと顔を合わせた。
「…………何を、すればいいの?」
「近くに龍虎軒という中華料理店があります。そこからガスボンベを持ってきてください、それと客が置き忘れていったスマートフォンがカウンターにあるのでそれも忘れずに」
そこはレビュー4点というなかなか悪くない評価をされている店であり、避難勧告を出した時にも多くの客が居た事が店内の様子で伺えた。透は店内が見やすい様にとスマートフォンのカメラを前方に向けながら入店し、カウンターに置かれていたスマートフォンを一台回収すると厨房へと足を踏み入れた。調理にはガスが使われており、そのガスを供給するためにホースとボンベが繋がれていた。店員はなかなか優秀だったらしくガス栓は全て切られており、ガス漏れの心配をする必要はなさそうだった。
「うっ……んっ! 重い……」
「そうですか、ですがボクは見ての通りこれですので透が頑張る他ありませんよ」
「そう、だねっ……!」
うんうんと唸りながらボンベを持ち出した透は指示通り未だに道に居座っている荒波々幾の所へと持っていくと、すぐ目の前へと配置した。
「えっと……この後は?」
「ガス栓を開けてください」
透がガス栓を開けるまでの間に人々を避難させるために彼らが所有しているスマートフォンへと侵入し、虚偽の避難勧告を再発令させた。葉木町内で不発弾が発見されたため駅の方へと全員避難する様にというものだった。元々避難していたにも関わらず荒波々幾の力のせいで呼び戻されていた人々は、不思議そうな顔をしつつも家族や友人などにも声を掛けながら次々と駅の方へと向かっていった。
それを確認してから透の所へと戻ってみるとガス栓を開放出来たらしく、シューシューとガスの音が聞こえていた。荒波々幾は何故か人々が駅の方へと勝手に歩いていくのを見て何やら呪文の様なものを唱え始めたが、ここまで来れば最早それも無意味だった。
「さてそれではボク達も離れましょう」
「うん……」
「……いいですか透、先程拾ったスマートフォンを彼の方に投げてください」
「それだけでいいの?」
「ええ。もう少し……そうですねこの辺りまで離れればいいでしょう、ではどうぞ」
「え、えいっ」
透によって投げられたスマートフォンは弧を描きながら飛んでいくとガスボンベの近くにカチャリと転がった。彼女の能力がまだ僅かに残留していたのか荒波々幾は飛んで来たそのスマートフォンにすぐには気が付けなかった様子だったが、少し経っていつの間にか目の前に置かれていたガスボンベとスマートフォンに気が付いた。
「ではやりますか。透は少し伏せていてください」
返事を待たずに電波を経由して投げられたスマートフォンの内部へと侵入すると全てのアプリを起動し、更に通常であればまず有り得ない量の負荷を掛けた。そしていよいよ限界を迎えようとしたその瞬間に電波を伝って透の下へと戻り、爆炎を見守った。
「し、雌黄ちゃん!?」
「大丈夫ですあの程度でボクは死にはしません。それよりこれで片付いた様ですよ、どこにも居ませんし」
荒波々幾が座っていた場所には爆発による損傷が確認出来たがそこには肉片などは確認出来なかった。しかし透が触れたという点からするにあれが実体を持っていたのは事実であり、いかなる能力を持っていようと逃れる事は不可能だった。ただ人を呼び寄せるだけの存在には対処出来ない爆発だったのだ。そして誰も透を観測する事は出来ず、そして彼女の所有しているスマートフォンに入っているボクもまた、この瞬間だけは観測されていない。つまりこれは事故なのだ。旅に事故は付きものだろう。
「そ、そっか……それじゃあもういいのかな」
「そうですねボク達は放送局へ戻って備えましょう、ボクの放送に対処出来るとは思えませんがもしもという事がありますから」
「分かったよ。じゃあ戻るね……」
そう言いながら透が立ち上がる中、ふと奇妙な電波を感知したため確認を行う。するとある動画配信サイトで生放送を開始している人物が居り、既に視聴者は数百人を超えていた。その動画を開いてボクの目……いやデータに刻み込まれたのは、一つの仏像と正体不明の一人の少女の姿だった。
『待たせたな諸君! 我が軍に新たな朋が加わったぞッ!!』
仏像の張りのある声がデータへと沁み込んだ。




