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日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録  作者: 龍々
第弐拾壱章:てうぶく
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第59話:うたき

 大学へと到着するとまずは受付へと向かい縁の入定許可証を受け取った。猫である美海はしれっと敷地内に侵入していても問題にはならず、メリーさんも人形であるため鞄に隠しておけばいいが、人間である彼女はそういう訳にもいかず以前の様にやらざるを得なかった。


「……図書館にでも居ればいいの?」

「え? あーそうだな……でも一応気を付けといてくれ。多分大丈夫だとは思うが……」

「ん……」


 縁は小さく了承を意味するのであろう返事を返すと図書館がある方へと一人歩き始め、美海はそれを追う様にトコトコと歩き後を付いていった。それを見送ると一限目の講義へ出るために教室へと向かった。その際中も周囲に気を向けていたが、やはり何も異常な事などは起きておらず皆いつも通りの生活をしている様に見えた。

 やがていつも通りに講義が始まり、出席を取るために各々の学生証を機械へと通して後ろへ後ろへと回していった。しかしその時、一つだけ不自然な事があった。一瞬であったため勘違いの可能性もあったが学生の一人が機械に学生証を通していなかったのだ。もちろん偶然持ってくるのを忘れていただけというだけなのかもしれなかったが、今の自分にはそれが酷く不可解に思えた。

 講義を終えたアタシは次の講義が始まるまで一時間近くあるため、先程の人物について調べてみる事にした。まず最初にその人物の近くに座っていた学生に話を聞いてみたが、特に知り合いという訳では無いらしく何も知らないと返されてしまった。仕方なく敷地内を移動し始めた対象を追跡しようかと考えていると後ろから肩を叩かれた。


「やっ」

「教授……」

「どしたのさ~何か今日のヒマちゃん変だよ?」

「教授、あの生徒の名前分かりますか?」

「何々~? もしかして色恋? きゃっ」

「悪ふざけはいいんで」

「……いーや知らない。それでどしたのさ、君らしくないなぁ」


 『ゾーン』以外の事で巻き込んでもいいのだろうかと少し迷ったものの、民俗学に関しては教授の方が広い知見を持っているだろうと考え、力を貸してもらう事にした。深夜に発生したあの不可解な映像について話し、あれが一体どういったものを意図しているのだろうかと尋ねてみると教授は自身の考察を話し始めた。


「君が見たそれが本当なんだとしたら縁起が悪いどころじゃないよねぇ。だってほとんどが逆さ事なんでしょ?」

「はい。それに……アタシや翠以外の同じ一族の人達も見たらしいんです」

「まぁ何かの呪術の類なのは間違い無しだけどー……君が聞いたそれって逆再生で喋ってたんだっけ?」

「そうですね、多分その筈です」

「ふーん……何か特徴的な部分が無かったぁ? 言葉だけじゃなくてさぁ」


 どこもかしこも不可解なシーンしかなかったため、すぐにこれといった部分を出す事は出来なかったが、一つだけあった逆さ事とは無関係な点を挙げた。


「あの映像に映ってた男の子、顔が歪んでました」

「ノイズが入ってたとかじゃなくてぇ?」

「はい。何かこう……骨格? 皮膚が歪んだ様な……」

「ふぅん……考えられるのはハンセン病かな~全員がそうなるって訳じゃないけど、そういう症状が出た人も居たみたいだからねぇ~」


 その症状には身に覚えがあった。以前『件』の願いを叶えるために『牛女』と戦闘した際に言霊ことだまによって感染させられた。あの時はまだ症状が軽く済んでいたが、かつては誤解から多くの差別を生んだ病だった。もしあの男児の顔が歪んでいたのが単純に映像の歪みではなかったのだとしたら、彼はハンセン病によって差別された人々の一人という事になる。


「じゃあ差別された事への復讐っすかね……」

「どーだろうねぇ。君達が今まで封じてきたのは『ゾ~~ン』みたいなものなんでしょ~? だったらまた別の何かがあるんじゃないかなぁ」

「動機は不明か……教授、あの映像は何のためにやってたんすかね。アタシも翠も、あの後に映像の少年を見たんです」

「話を聞く限りだと嫌がらせにしか見えないんだよねぇ~……どうやってこっちの世界に電波繋げたのか知らないけどぉ、いくら逆さ事やっても何にもならないんだよねぇ~」


 それは確かにその通りだった。姉さんから逆さ事について教わったが、それはあくまで縁起が悪いからしてはいけないというものだった。それをやったからと言って何か超常的な事が起こるなどという話は一度も聞いた事が無かった。しかし、事実あの男児が家の中へと現れた以上はあの映像に何らかの意味があったのだけは確実だった。


「……ま、そんなに気になるなら私の方でも調べといたげるよ~。君は君の方に集中しなよぉ」

「アタシの方?」

「君は一応うちの学生なんだからさぁ勉強が本分でしょ?」

「まァそうっすね」

「分かればよろしい~。んじゃ私は研究室戻っとくからぁ」


 そう言うと教授は相変わらずヒラヒラと手を振りながら自身の持っている研究室へと戻っていった。彼女の言う事ももっともではあったが、この一族としての使命がある以上は放置する訳にはいかなかった。教授と話している内に先程の生徒の姿は見えなくなっていたが、いずれにしてもこれ以上追跡したところで本当に怪異に関わっているとは限らないため今は諦める事にした。

 その後残された講義を終えて待たせてしまった縁を迎えに行くと図書館のどこにも見当たらず、しばらく探し回っているとトイレの入り口からひょこっと顔を出して手招きした。


「どうしたンだ」

「……絡んでくるのがうるさかった」

「絡んでくる?」

「私の事誰かさんの妹か何かだと思ってるらしいよ。ほんと邪魔」

「あーそういう事か……遅くなって悪かったよ」

「別にいい。それより、何か分かった?」

「いや。そっちは?」

「全然。色々見てみたけど、話に出てた逆さ事くらいしか見つからなかった」


 やはりいくらそういった資料が充実している大学でも怪異に対処出来る様な情報が載っている物は無さそうだった。これ以上ここに居ても仕方がないため二人で図書館を出ると、近くにあった植え込みから顔を出した美海を連れて家へと帰る事にした。

 帰路について町中を見て回ったがやはり朝と同じで何の変哲も無い風景が続いていた。学生達は楽し気に会話をしながら家路についており、主婦達は買い物をしたり主婦仲間と世間話をしたりしていた。明らかに何かが浸食してきているにも関わらず、いつもと変わらない日常が続いているというのは中々不安を煽られた。


「……あれ」

「どうした?」

「あの人達……」


 縁が指差した方を見てみるとその先には歌を歌っている人が居た。聞いた事のない歌であり、またかなり訛りが強く、この辺りの出身ではないのが一目で分かった。しかしそれにしても聞いた事のない訛りであり、かなり奥地の方の出身なのではないかと感じた。


「ハイユヌカーナス 佐良浜 ハイミャよ ハイユヌカーナス」

「何て言ってる?」

「いや、アタシにもよく……」


 周囲からも浮いている様子ではあったが、ふらふらと覚束ない足取りで歩いている事から早くに酒を飲んで酔っ払っているだけの様に見えた。自分はあそこまで酔う程飲酒をした事は無かったが、それでもあのレベルまで酔う人が居るというのは知っているため偶然やって来た旅行客といった印象だった。


「……多分ただの酔っぱらいだろうな」

「調べなくていいの?」

「調べるっつってもアタシ一人じゃ封印も無理だしな。今は帰って他の人の連絡を待とう」

「ん……」


 家へと到着すると美海は黒電話が置かれている台へとひょいと飛び乗ると、じーっと電話を眺め始めた。初めて家へと連れ帰った時にもしていた行為であり、その時を再現するかの様に電話が鳴り始めた。


「もしもし」

「雅、怪我はありませんか?」

「え? 大丈夫だけど……何かあったの?」

「ええ……紫苑が負傷した様です」

「……紫苑が?」


 姉さんの話によると、紫苑はいつも通り自らが通っている高校から管理用の家に帰っていたらしいのだが、その際中に複数の人間に襲われ負傷したとの事だった。魂に触れる事が出来るというのが彼女の力であり強みでもあったが、あくまでもそれ以外は普通の年相応の少女なのだ。不意打ちで複数人から襲われれば抵抗出来ないのは仕方がない事だった。


「無事なの?」

「幸い通りがかった人が通報したらしく、命に別状はない様です。ただ、酷い暴行を受けたらしく骨折をした様です」

「姉さん、その犯人って……」

「それが本題なのです」


 どうやら通報を聞きつけた警察は監視カメラの映像等から犯人の追跡を行い、その内の一人を見事確保する事に成功したらしいのだが、その人物についてどれだけ調べても何故か個人情報が割り出せないらしいのだ。この情報は碧唯さんや共に行動している雌黄にも行っているらしいのだが、やはり雌黄でも検索不能な情報らしかった。


「警察のデータベースにも残ってないって事?」

「それだけではないのでしょう。私はこういった事に詳しい訳ではありませんが、雌黄が見つからないと言うからにはあらゆる電子媒体に情報が残っていないという事かと」

「そんな事有り得るのかな……」


 紫苑が襲撃されたという情報と犯人の身元が不明であるという情報のせいで混乱しているところに更に追い打ちを仕掛けるかの様に美海が威嚇する様な鳴き声を上げた。するとトイレの方から誰かの声が聞こえてきた。何かの歌の様なものを歌っており、先程見たあの酔っぱらいの様な人物も何か関与しているのではないかと感じ始めた。


「雅、どうしました?」

「……誰か居る」

「見に行ってはいけません雅……今すぐ外に出てください」

「うん……」


 静かに受話器を置くと警戒している様子の美海を空いている右腕に抱き、縁と共に静かに庭へと出た。それにも関わらず聞こえる声の大きさは何も変わっておらず、その歌詞が断片的にだが聞こえてきた。


「……道ぬ 目高よ 下ぬ家……ぬ家 ありゃどゥい ハイユヌカーナス」

「これさっきのと同じリズムじゃないの?」

「ああ……迂闊だった。さっきの奴の仲間かもしれねェ」


 何であの時見逃してしまったんだ……? いつもだったら少し怪しいと思ったら調べる様にしてるってのに、どうしてあの時だけ見逃してしまった? あんな酔っぱらいこの町じゃそうそう見ない筈だろ。何か認識を歪めてくる力でも持ってるのか……? 紫苑が襲われて重傷を負ったのも接近を許してしまうくらい認識がおかしくなってたのか……?


「ハイユヌカーナス……せいば 下ぬ家 潮ぬん…… 上ぬ家……」

「どうするの……翠の方は大丈夫なの?」

「そうだ、翠……!」


 そろそろ学校が終わっているであろう時間帯であったため急いでスマホから電話を掛ける。すると数コール後に繋がり翠が出た。かなり焦燥している様子であり息が大きく乱れていた。


「翠? 翠!?」

「み、みやちゃ、わ、私……っ!」

「どうしたンだ!? 何があった!?」

「が、学校から帰ろうとしてたら……っう、うし、後ろっ……!」

「後ろ!? 後ろがどうしたンだ!?」


 ガタガタと物音が聞こえたかと思うと翠ではなく賽の声が聞こえてきた。


「雅さん……」

「三瀬川! 一緒に居るのか!?」

「は、はい……っ私から説明、します」

「大丈夫か……?」

「はい……帰ろうとした時、急に後ろから襲われたんです。うちの、生徒でした……」

「襲われた……?」


 その言葉を聞いてか縁はスマホを引っ手繰ると代わりに会話を続けた。


「どうしたの?…………ん。……ん、今は? ……ん…………そっか。分かった。今代わる」


 聞きたい事を聞き終えたのかすぐにこちらへと返してきた。


「もしもし、隠れてるのか?」

「はい……ごめんなさい雅さん、助けてくれませんか……」

「分かってる! 場所は!?」

「縁ちゃんに、言いました……お願いします……」

「みやちゃん助けて……」


 泣きそうな声をしている翠の救援要請を最後に電話は切れてしまった。どこかに隠れているという都合からか話し声でバレるのを防ぐために賽が切ったのだろう。縁は服の裾を引っ張ると無言で家の外へと出る様に促してきた。美海も現状が異質な状況であるという事を察しているのか一声鳴くと縁の頭へと飛び乗った。


「……分かってる。行こう」


 いつもよりも強く杖を地面に突きながら翠と賽の下へと歩き出した。家の中からは未だに歌が聞こえ続けており、一瞬視線を向けた際には縁側の奥にある居間の影からこちらに笑みを浮かべている男児の姿があった。自分達の家が占拠されているという気持ち悪さはあったが、今はそんな事を後回しにしなければならない程緊迫した状況だった。

 とても笑顔なんて作れる状況ではなかった。

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