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日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録  作者: 龍々
第弐拾章:口は見た目程にものを言う
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第56話:憤慨する神格の様なもの

 雅と翠が家をしばらく空けると聞き、最初に私の頭に浮かんだのはあの子の事だった。三瀬川賽、わざわざあの藪の中で私を助けに来たお人好しな子。血の繋がりも何も無いというのに何故か私の事を全て受け入れようとしてくれたあの子。そして何故か私の心から離れていかない、不思議な彼女。

 家へと電話を掛けて今から向かうという旨を伝えると雅達が家を出る前に彼女の家へと向かった。本当は一人で行くつもりだったが、あの黒猫が足元に引っ付いてきて鬱陶しかったので仕方なく抱き上げて連れて行く。

 既に日は暮れ始めており、町に暮らす人々は学校や仕事から帰り始め、主婦と思しき人々は商店街などで買い物をしていた。まだ幼い子供達は母親の後を付いて回り、母親の姿をじっと見上げたりダダをこねたりしていた。


「……馬鹿みたい」


 一体今ここに居る家族の中で心が繋がっている人々はどれだけ居るのだろうか。親だから、子供だからそうやって家族をやっているのではないだろうか。もし血の繋がりが無ければ、そもそも大切にしようともしないのではないだろうかという考えが浮かぶ。恐らくそんな考えは端から見れば捻くれた思考だと取られるのだろう。だが私にはどうしても、仲良しごっこをしている様にしか見えなかった。

 賽の家へと到着しチャイムを鳴らすとすぐに彼女が顔を出した。真っ直ぐな笑顔をこちらに向け、母親に泊まりに行く事を告げるとリュックを背負って家の外へと出てきた。


「縁ちゃん誘ってくれてありがとう」

「別に……」

「嬉しいけど、何かあったの?」

「……理由いるの?」

「……ううん。ごめんごめん、じゃあ行こっか」


 きっと彼女は何故家へと誘われたのか疑問に思っていた筈だった。しかしそれについては深く聞こうとはしなかった。気を遣ってくれたのは明白だったが、少し自分で考えればすぐに答えが出てきそうで少し不安だった。

 賽は私の隣に立って歩き、時折抱かれている猫の頭を撫でたりしていた。まるで我が子かの様に慈しんだ表情をしており、彼女は生まれつき世話焼きで穏やかな性格をしているのだという事が伺えた。そんなどうでもいい感想を抱きながら山を登り家へと辿り着くと、賽は荷物を居間へと置いて周囲を見渡した。


「雅さんと翠ちゃんは?」

「何か用事があるって」

「あーそうなんだ」

「……ごめん」

「え? 何が?」

「急に呼んだりして」

「何だそんな事か~。いいよ気にしないで」


 賽はニコニコと笑いながらこちらを見つめる。そんな彼女に対して何をすればいいのだろうかと考えを巡らせたが、何も答えが出てこなかった。人を家に招いた時にはどんなもてなしをするべきなのか私には何一つ浮かんでこなかった。単に経験が無いからなのか、それとも私自身の生まれ持った性質なのかは分からなかったが、いずれにしても何ももてなせていないのは事実だった。


「縁ちゃん」

「ん……」

「お腹空いてない?」

「……別にどっちでもない。食べなくても変わらないし、食べても変わらないから」

「そ、そっか」

「…………雅には言ってるし、そっちがお腹空いてるなら付き合うけど」

「じゃあ何か作るね!」


 そう言うと賽はリュックの中からいくつかの食材を持ち出すと台所へと向かっていった。どうやら初めから何か料理を作るつもりだったらしく、台所へと向かう彼女の顔はにこやかなものだった。

 私には真似出来ない。あの子みたいにはなれない。どうせ食べなくても変わらないんだから、作る意味がない。もうお腹が空く事も無くなったんだから。

 猫を床へと降ろすと共に食卓へと向かう。既に何かを作り始めており、食材を切る音が聞こえてきた。完成するまで時間が掛かりそうだったため仕方なくテレビを点けてみる。丁度夕方のニュースをやっており、様々な情報を伝えていた。そんな中、ある一人の動画投稿者についての報道がされていた。


「……」


 その内容には呆れる他無かった。その人物はCGで出来ていると思しき仏像の様な姿で動画配信をしているらしく、その内容というのが今の日本や世界を批判するというものだった。しかし見てみれば強い言葉を使っているだけで、実際にはあまり頭が良くないというのが丸分かりな口先だけの主張なのは一目瞭然だった。だがその過激な発言を信奉している者達も居るらしく、危険な発言や思想故に炎上しているそうだった。


「それ、大変みたいだね」

「何が?」

「今テレビで流れてる人。日本を良くしたいって思いは本当なんだと思うけど、言い方がね……」

「……どうだろうね。こうやってガワを被ってる時点でそれも怪しいものだけど」

「そうかな?」

「ん。そんなに本気でやってるなら素顔でやればいいでしょ。結局注目されたいだけだよ。どうせその程度なんだ」


 賽は何も言わずに何故か座っている私を抱き締めた。突然の事であったため何も反応出来なかった。そのまま優しい手つきで頭まで撫で始め、何故彼女がそういった行動を取ったのかが理解出来なかった。


「……何?」

「ううん。縁ちゃんは真っ直ぐな子なんだなって思って」

「……そんな訳ない」

「そうかな? 縁ちゃんはしっかり自分の言葉で伝えたいって事だよね?」


 私はそんな高尚な人間じゃない。何か言いたい事があってもはっきりと口に出せた事は無かった。だから家でも学校でも居場所が無かった。きちんと伝える力があるなら、今頃普通に何の変哲もない人間として生きてた筈。もしちゃんと話せる人間なら、きっともっと早くに何か行動に移せた筈。

 賽はひとしきり撫で終えると調理へと戻っいった。テレビで流れているニュースは既に別のものへと変わっており、動物園のペンギンが人気だとかの特に何の得にもならないニュースを流し始めた。興味を失った私がテレビを消すと、居間の方から微かに声が聞こえてきた。


「……ちょっと向こう行ってる」

「うん。出来たら呼ぶからね」


 音の出所を確かめようと居間へと行ってみると、雅が使っているパソコンの画面にフードを被った小学生くらいの少女が映っており、その声は雅が雌黄と呼んでいた人物のものだった。確か私の不老不死にも関わっていると思われる人物を追跡していた筈であり、雅や翠が今は留守にしている事を知っている彼女が連絡を取ってくるのは妙な感じだった。


「おや来てくれましたか」

「雌黄、だっけ。あの二人なら居ないけど」

「ええ、それはもちろん知っていますよ。ですが貴方が居るのは知っていましたので連絡をしたのです」

「何? 別に協力とかは出来ないけど」

「そう言われても困ります、ボクが対処しても良かったのですがどうやら完全な封印は出来そうになかったので貴方にお願いしたいのです」

「……何?」

「これです」


 雌黄は画面上にある動画サイトを開いた。かなり大手のサイトであり、相当数の動画が投稿されており、その総数がどれほどのものなのかは想像も出来なかった。そんな中から彼女が開いたのは先程テレビでも流れていた炎上投稿者の動画だった。相変わらず過激な政府批判などを行っており、コメント欄は長文で荒れ、評価数もプラスマイナスどちらも異常な数を記録していた。


「それで……?」

「これが今回ボクが観測した怪異です、本来であればボクが動画を改竄したりしてアカウント凍結に持ち込めばいいのですがそれが不可能だったため協力して頂きたいのです」

「……私は別に仲間じゃないんだけど」

「ええ重々承知しています。ですが貴方が一番対象に近いのです」


 雅達の会議を聞いていたため下手に関わると厄介な事になると感じ無視しようと思っていたが、私が話している声が聞こえてきたのか賽が台所からやって来た。彼女が雌黄と会うのは初めてであったため驚くだろうと思っていたのだが、賽はすぐに彼女の事を受け入れた。私の心の中へと入り込んできた彼女の能力から考えるに、恐らく彼女にとっては雌黄の様な存在でも生きている者としてすぐに受け入れられるのだろう。


「えっと、じゃあその動画の人を捕まえればいいのかな?」

「ええ、別にただ大声で喚いているだけなので実害は大して無いのですが何度アカウントを凍結してもすぐに再投稿を始める以上封印せざるを得ません」

「私達の仕事じゃないでしょ」

「危険性は大してありませんからご安心を、それに貴方であれば死亡する事はありませんし危険などあって無い様なものではありませんか?」

「縁ちゃん、行ってみようよ。私も縁ちゃんも雅さん達に助けてもらったんだし、たまにはお手伝いしようよ」

「……好きにすれば」

「契約成立ですね、それでは。……ええ透、今行きます」


 雌黄はその対象が居るという場所について記載された地図を表示すると画面上から姿を消した。見てみるとその場所は夜ノ見町に存在しているらしく、ここからでも徒歩で行ける距離だった。行く気は無かったが賽が勝手に承諾してしまったため、仕方なく私も行く事になってしまった。賽は台所へ戻ると切っている途中だった材料にラップを掛けて冷蔵庫へとしまった。


「ごめんね縁ちゃん、お腹空いてたよね……」

「別に……そうでもないけど」

「帰ったらすぐに作るね」

「……好きにすれば」


 無意味な賽の心配を振り払うと二人で家を出た。猫は来たそうにしていたが、どうせ連れて行っても足手まといになるのが目に見えていたため置いていく事にした。何度かこちらを止める様に鳴き声を上げていたが迷惑を掛けられるのは嫌なので無視して家を出た。現場に向かう間、賽はしつこく何度もお腹が空いていないかと尋ねてきた。

 一体何をそこまで気にしてるんだろうか。さっきも別にお腹は空かないって話した。食べらなくはないけど食べなくても平気。まさか私が空腹になると機嫌が悪くなる人間だとでも思ってるの? もしそうなら少し嫌な感じがする。私はそんなに幼く見えるの?

 40分程歩き続け、町から離れた所にある林の中に立っている小さな神社へと辿り着いた。幼い頃からこの町に住んでいた私だったが、こんな神社が存在しているというのは聞いた事が無かった。既に人の手を離れてかなり経っているのかやしろはボロボロになっており、もうすぐ12月になろうかという時期にも関わらず敷地内には彼岸花が咲き乱れていた。


「ここだね」

「気をつけて。何かあっても助けないから……」


 中心にある本殿の方へと近寄ってみると中から誰かの話し声が聞こえてきた。その声はあの動画で聞いた人物のものと同じであり、雌黄からの情報が正しいものだったという事を示していた。扉を開けるために階段に足をかけようとすると突然賽が声を上げて腕を掴んできた。


「待って!」

「……何?」

「そこ危ないよ縁ちゃん。階段、古くなってるみたい」


 見てみると確かに私が上ろうとしていた部分は腐敗しているらしく、そこだけ色が黒くくすんでいた。


「……何で止めたの?」

「えっ? だって危ないよ。怪我しちゃうかもしれないし」

「……私は死ねないの。だからわざわざ助けなくていい」

「そんな事出来ないよ。いくら死ななくても痛いものは痛いでしょ?」

「……」


 理解出来なかった。何故そうまでするのだろうか。死なない私に何が起こったところで何も問題はない。痛みなんてものはとっくの昔に慣れている。私の心配なんてしている暇があるのなら、もっと自分の身を守る事を考えてみればいいというのに。

 今度は大丈夫そうな場所を通って短い階段を上り終えるとすぐに引き戸を開いた。中に入って見るとやはり管理がされていないらしく荒れ果てており、そんな部屋の真ん中には一台のパソコンとカメラ、そして木彫りの仏像が置かれていた。


「あれ……」

「理解したか愚かな政治家共! 汝らが如何に愚劣で恥ずべき存在なのかこれで分かったであろう!」


 私はさっさと仕事を終わらせるために近寄ると仏像を掴んで持ち上げる。


「いかん! 政敵より攻撃を受けておる! 諸君見たか! これが奴らのやり方だ! 言葉で敵わぬと見ればすぐに暴力へと訴えかける蛮族なのだ!」

「うるさ……」

「あの~ちょっとお話しても……」

「外道! 何たる外道! 我が小柄である事を見越しこの様な図体のデカい者を送るとは!」


 仏像は捕まっている間、終始私や賽に対する批判を述べ続けており、パソコンの画面上を見ると生配信をしていたらしかった。これ以上騒がれると厄介な事になりそうだったため、賽に配信を終了してもらい仏像を持ったまま外へと出た。敷地外へと出ると先程まで咲いていた筈の彼岸花は全て姿を消し、ますます仏像はうるさくなった。


「ええい! あ奴ら何をしておる! 我が外道共の毒牙に掛けられそうになっておるというのに何故誰も助けにこん! 我を誰だと思っておるのだ! さてはこ奴らの同胞だったのか!?」

「ねぇ、黙って」

「お願いだから静かにしてください……お話はちゃんと聞きますから……」

「戯言! 何たる戯言よ! その様に言って約束を守った政治家などがおったか!? いやありえん! 所詮貴様らは嘘吐きなのだ! 恐れおののけ! 我を崇めよ! 我を称えよ! 我こそは世を統べるに相応しき者!」


 賽は来ていたコートを脱ぐと震えながら仏像を包んだ。相変わらずあれこれと騒ぎ続けていたが、そのおかげでかなり静かになった。私の空いている手が賽の手に触れる。


「あっごめんね縁ちゃん」

「別に……」

「きょ、今日寒いね……あはは……」

「ん……」


 手を繋ぐ。別に何か変わった意味がある訳ではない。ただ彼女が寒そうにしていて見るに堪えなかったからだ。隣でブルブルと震えているのを町の人間に見られたら怪しまれてしまう。それを避けるためだ。そのために繋いだに過ぎない。


「ありがとう縁ちゃん」

「…………ん」


 彼女は邪気の無い笑顔を見せ、家に向かって歩き始めた。震えている賽の方が暖かい手をしていたのは少しだけ、ほんの少しだけ悲しかった。

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