第49話:我が恨み 血筋の裏見 生まれ出で 青筋立てて 血筋は果てて
雌黄と出会ってから何故かパソコンの中に入れた覚えのないファイルが入っていたが、何度確認をしてみてもそれが何を意味するものなのかは理解出来なかった。こちらから雌黄に連絡を取ろうにもあらゆるネットワークと電子機器へと侵入出来る彼女を呼ぶ方法は思いつかなかった。
何か大切な事柄を忘れてしまった様な感覚がしていたが、自分だけでなく翠や縁も何も分からなかったため、仕方なくアタシ達は元通りの日常へと戻っていった。そんな中、もうすぐ12月へ差し掛かろうとしていたある日、家へと電話が掛かってきた。
「もしもし?」
「あっ雅ちゃん、どうも~」
「ああ、百さんですか。何かあったンすか?」
「うん、そうなんだよね。ちょっと私達だけじゃ心許ない感じでさ……」
「何があったンです?」
百さんの話によると、現在百さんと紫苑の二人は幽弥見と呼ばれる地域に住んでいるらしく、その地域は表向きには知られていない土地であり、今自分達が住んでいるこの山の様に特殊な結界によって一般人の立ち入りは出来ない様にしてあるらしい。京都のどこかにあるらしいのだが、結界を解くか手順通りの行動をしなければ侵入出来ない領域のため、他の一族のメンバーでも立ち入る事は基本的に不可能だった。そんな場所に住んでいる百さんがある日定期調査なるものをしていると、ある地域で歩道に車が突っ込む事故が起こり、死者が出たという情報を仕入れたのだという。最初はただの事故だと思ったらしいのだが、その現場に不可解な物が存在していたのが分かったらしく、それが引っ掛かっているそうだった。
「事故っすか……何を見つけたンです?」
「短冊がね……」
「短冊? あの七夕のですか?」
「いやいやそれじゃなくてね、和歌とかを書く時に使う長めのやつだね」
「えっと……それで?」
「うん、ここからが重要な訳。そこには和歌が書かれてて、事故を予言するみたいな内容だったんだ」
予言と言えば『件』を思い出す。もちろん予言を行う怪異というのは世界各地で確認されているが、何となく百さんが話しているそれは予言とは少し違う様な感じがした。言葉の力で超常現象を起こすのは『牛女』を思い起こさせたが、それを文字で行うというのはあまり妖怪の類という雰囲気では無かった。
「それでさ、雅ちゃん達に協力して欲しいんだ」
「それはいいっすけど、京都まで行くとなると結構掛かりますよ?」
「いやいや、京都には来なくていいよ。その事故っていうのがね、別の場所で起きたんだ」
話によると百さんはある和歌の名家に関係があるのではないかと考えているらしい。調査を進めた結果、温湖家という和歌の名家の家系図に不自然に消された痕跡があったのだという。相当昔の人間らしく、和歌の定型から崩した独特な歌を詠む人間だったためか一族の人間から追放された挙句に繋がりを消すためにと殺されたそうだ。
「私はね、その事故現場をネットニュースで見たんだ。そしたら雌黄ちゃんっていう子から現場の写真が送られてきたんだぁ」
「雌黄が?」
「雅ちゃんは知ってる子なんだねぇ。とにかくその写真にはさっき言った短冊が写ってたんだ。それを拡大して調べてみたら名前が書いてあったの」
「名前ですか?」
「そう。歌の最後にね。内容はこう『黄泉の道 行って帰りて 我生き返り 恨み忘れず 恨めしいか』」
「……えっと、名前ありました?」
「最後の部分だよ。その追放された人の名前は温湖詩歌っていうの」
なるほど、『恨めしいか』と『詩歌』が掛かってるのか。別に和歌に詳しい訳じゃないが、何となくこれは駄洒落歌の様な印象を受ける。定型を大事にする家の人間からすれば、こういう歌はレベルの低いものに見えるのかもしれない。しかしそんな事のために人を殺したりするだろうか? それこそただ追放するだけでも良かった筈だが……。
「詳しい話は集まってからにするねぇ」
「分かりました。それじゃあ場所は?」
百さんから提示されたのは烏丸池という場所だった。この夜ノ見町からは電車を乗り継いでおおよそ五時間は掛かる場所であり、今から向かえば暗くなる前には到着出来そうだった。電話を切るとすぐに翠にも事情を話し、準備を進めた。縁は話を聞いていたのか、頭の上に美海を乗っけたままアタシと翠が準備をしている姿を眺めていた。
準備を終えると留守を縁に任せて家を出た。休日という事もあってか電車を利用している人も多く、しばらく立ったままでいなければならなかった。
「ね、ねぇみやちゃん。その和歌なんだけど、もしかしてこれもそうなのかな?」
「うん?」
「これ、今ちょっとSNSを見てたんだけどね、こんな投稿があって……」
翠のスマホにはあるアカウントが投稿している写真が映っていた。どうやらある公園の木に雷が落ちたらしく、近くに居た一人の男性がそれによって心肺停止状態となったらしかった。そしてその写真には短冊が一枚写っており、そこにはこう書かれていた。
『天高く 雷鳴りて 我は神也 落ちし稲妻 落ちた貴方は』
どうやらこの写真を投稿したアカウントはいたずらでこの写真を撮ったと勘違いされているらしく、不謹慎だとして少しだけ炎上していた。しかしすぐにその投稿はノイズと共に削除され、代わりとばかりに雌黄が画面上に現れた。現在電車の中に居るという事を把握しているらしく、声は発さずにメモを開いてそこへ文字を記入し始めた。
『おはようございます。優秀なこのボクが発見したこの怪異ですが、今回ばかりはボクはサポートしか出来ません。貴方方に現地で調べてもらう他ありません』
「翠、これ……」
「あっ、しおちゃん」
返事を相手の言葉の下へと記入する。
『君は情報収集とネット上での投稿の改竄を頼む。本体はこっちでやる』
『おや、しっかり自分の役目を理解していらっしゃるみたいですね。結構、ではボクは自分の仕事に戻りますね』
そう書き残すと雌黄はすぐに画面から居なくなってしまった。しかし情報収集という点においては恐らく最も優秀であろう雌黄が協力してくれているというのは心強かった。
「何か見つけてくれるかな?」
「あの子を信じるしかねェな……今はとにかく言われた場所に行くしかねェよ」
それから何度か電車を乗り継いでいき、ようやく目的地である烏丸池へと続く道へと辿り着いた。周囲を木々に囲まれており、駅からは徒歩で十分以上はかかる様な場所だった。どうやら元々は立ち入りが禁止されているらしく、立ち入り禁止看板が立てられていたが既に二人の人間が立ち入った跡が地面に残されていた。
敷地内に入って進んでいくとやがて広い池が見えてきた。池の側にはボロボロになった小屋が建っており、かなりの年月管理されていないのが感じ取れた。そしてその小屋の近くに百さんと紫苑が立っており、こちらを見付けると百さんが手を振ってきた。
「いやぁごめんねホント」
「いえいいすけど。それより詳しい話を聞かせてください」
「うん。ここはね、温湖詩歌が殺された場所なんだよねぇ」
「……じゃあ百さんはここがあの怪異の発生源だと?」
「そそ。可能性は高いでしょ?」
「どうなンすかね……相手が実体のある奴なのか無い奴なのかも分からないと何とも……」
紫苑は百さんが話している中、無視するかの様に眉間に皺を寄せて巻物を見ていた。
「しーちゃん、それは?」
「……見て分からない? 家系図」
「それねぇ温湖家の家系図なんだ。多分私はこの詩歌って人がやってるんだと思うんだけどねぇ」
「どうだか。最初の歌に名前が入ってたからってそうとは限らないでしょ」
家系図を見てみると確かにある一人の部分だけが上から墨で塗りつぶされたかの消されていた。もし仮にこの人物があの和歌を書いている張本人なのだとしたら、何故このタイミングで出てきたのかという疑問がある。もっと早くから活動しているとすれば、もっと早く発見されていた筈である。それだというのに何故このタイミングで出現したのかは不明だった。
百さんは廃屋の方へと視線を向ける。
「ここは追放された詩歌さんが殺されるまで住んでた場所。もしかしたら何か見つかるかもって思ってここに呼んだの」
「相手がもし何かの未練でこういう事をしてるンだとしたら、上手くやれば余計な戦いは避けられるかもしれないっすね」
「そそ。という訳で手分けしよっか」
そう言うと百さんはアタシと共に組み、紫苑は翠と共に行動し始めた。紫苑はあからさまに機嫌が悪く、アタシを無視する様にして池の方へと歩いて行った。相手の能力の細かい特性が分かっていない段階で一人になるのは危険であるため、必ずペアで行動するというのは納得がいく判断だった。
廃墟へ入ってみると外観同様室内も荒れ果てており、恐らく温湖詩歌が殺害された当初の状態そのままで放置されているものと思われた。囲炉裏は鉤帽の部分が外れてしまっており、障子はほとんどが破れていた。
「酷いもんだな……」
「ここで襲われたのは間違いないみたいだねぇ」
百さんと共に屋内を調べていると台所に水瓶と思しき壺が置かれていた。蓋を開けてみると中には水が入ったままになっており、濁っているせいで奥までよく見えなかった。見た限りでは怪しい点は存在しなかったが、何か妖気の様なものが内部から放たれており底に何かがあるのは確かだった。
「百さん、分かりますか?」
「うん。中に何かあるっぽいね」
「……ちょっと見てみます」
そう言い試しに右手の指先を水中へと入れてみるとその瞬間何かが指に絡みつき、引き摺り込まれるかの様に引っ張られた。杖を使って踏ん張ろうにもまるで意味を成さず、あっという間に肘まで浸かってしまった。百さんも救助しようと体に腕を回して引き剥がそうとしてくれたが、全く効果は無くひたすらに浸かっている部分が増えていくだけだった。
「なっ……く、これどうなって……っ!」
「雅ちゃん能力でやっつけられない!?」
「やっつけるも何も相手の姿も見えないンじゃ……っ!?」
必死に腕を抜こうと躍起になっていると、水瓶と壁の間に短冊が挟まっているのが見えた。先程までは間違いなく存在していなかった筈であり、既に自分達が標的になっているという事を知らせるには十分すぎる程だった。
『親殺しは お人好し 水底覗いて 皆そこ覗く それも能わず 哀れ泡吹く』
上半身が引っ張られ、頭が水へと浸かる。




