やはりボクが一番優秀である事は間違いないみたいですねAIを作る時はボクを参考にしていいですよ?……おや、何でも書いていい欄ではないんですね。ではこちらをどうぞ。第47話:ミス・不在存在
数分程食卓で待っていると玄関が開き、翠が入って来た音が聞こえてきた。その足音は迷う事なく真っ直ぐにこちらへと向かい、翠がすぐそこから顔を出したのを感じる。
「みやちゃん、あのっ!」
「おかえり。雌黄から話は聞いてるか?」
「え、えっと詳しくはまだだけど……」
「申し訳ありませんが翠さんには伝えるつもりはありません。ボクのデータによればこの家で封印術を使えるのは貴方だけの筈です。貴方は雅さんと聡明なボクの指示の下で行動してください」
「それで、どうすりゃいいンだ?」
「ではご説明致しましょう」
そう言うと雌黄はこちらのスマホへと戻ると作戦について説明を始めた。
現在対象は夜ノ見駅から移動して町中を徘徊しているらしく、その動きに規則性は見られないとの事だった。対象が自分達日奉一族に対してどの様な印象を抱いているのかは不明らしい。作戦決行前に全員が認識阻害の影響を受けてしまったのだから当然と言える。そのため今回は自分がスマホを見ながら認識阻害の影響を逃れながら捜索を行い、翠のスマホから雌黄が目視で確認を行うのだという。そしてその状態で二人で説得や説明を行い、危険な人物だった場合は翠が封印するという手筈との事だった。
「ボクもまだ対象とは会話を出来ていませんから性格や趣味嗜好などの情報は収集出来ていません」
「説得出来たらどうするンだ?」
「独断ですが、我々の一族に加えるのが無難かと。あの異常性に対する対処法が発見されない限り、恐らく生きていく事は不可能でしょうから」
「え、えっと……話がよく見えてこないんだけど、私はどうすればいいの?」
「翠はアタシや雌黄の指示に従ってくれればいい。なるべく騒ぎにならない様にするから」
「そうですね、雅さんは見かけや喋り方によらず意外にもしっかりした知性派の様ですのでボクの知能も合わせれば楽勝かと」
「やっぱり失礼だな君……」
翠だけはいまいち作戦の意図などが理解出来ていなかったが今回はその部分を説明する訳にはいかなかった。もし彼女に関する説明をしてしまえば『情報が伝わった』と判定されて即座に忘却してしまう可能性があるからである。あくまで翠には緊急時の要員として付いていてもらうという役割に留まってもらう必要があった。
「では行きましょう。対象は現在字見公園に居る様ですよ」
「分かった。黄泉川、ちょっと行ってくる」
「ん……」
「よ、黄泉川さん、美海ちゃんの事お願いね!」
翠がそう言うと縁は膝の上に抱いていた美海を離そうとしたが懐かれているらしく美海はそこから離れようとはしなかった。彼女が少しずつ家に馴染み始めているという事実が嬉しかったが、今は彼女がどんな表情をして美海を抱いているのかもはっきりとは見えなかった。
山を下りると翠が先頭に立って字見公園へと向かう事になった。いつもであれば後ろを付いてくるのが彼女のスタイルだが、今回は自分がスマホから目を離せないため率先して行動してくれていた。
「おや」
「どうした?」
「対象が公園で遊んでいる子供達の輪に入りましたね。ですがやはり認識はされていない様です」
「どこから見てるンだ?」
「公園には子連れの母親も居ます。親馬鹿極まる母親の携帯から見ていますよ」
「君の前じゃプライバシーもクソも無いな……」
「そうですね、ボクを家にお出迎えするというのであれば見られたくないデータは削除しておく事をお勧めします。もっともデータの復元が出来ないとは言ってませんが」
この子は何歳なんだろうか……? 見た目はまだ小学生くらいにも見えるが、随分としっかりとした口調で喋るし、実際は成人しててこの姿はあくまで仮のものだったりするんだろうか?
少しの間歩いているとようやく目的地である字見公園へと辿り着いた。スマホを顔の前で動かさない様にしながら顔を動かしてみると視界の端に遊んでいる子供達が映った。
「しおちゃん、着いたけど……」
「なるほどやはりそこに居る様ですね、ボールを蹴ったりしていますが他の人間からは認識されていない様です、サッカー選手になれば大活躍ですね」
「ボールが一人でに動いてるって感じか?」
「ふむ……翠さん貴方はあそこにあるボールがどういった動きをするか報告してください」
「え、えっ? うん……」
その後翠は言われた通りにボールの状態を報告し始めたが、それは明らかにおかしなものだった。雌黄はずっと対象がボールを蹴っていると言っているにも関わらず、翠からはボールが動いていない様に見えているらしいのだ。ボールの細かい位置まで報告しているというのに何故か位置が変わったという情報を認識出来ていない様子だった。
「どう思う?」
「これはボクの明晰な知性を持ってして導き出した推察なのですが、恐らく彼女が触れて動かした物体も一時的に影響を受ける様ですね。ボールがそこに存在しているという位置情報が常に元々ボールがあった位置として脳内で更新され続けているといった感じでしょうかね」
「……翠、あの白い鶴あったろ?」
「え? うん、認識能力を補強するものだけど……」
「試しにそれを発動させた状態で見てくれるか」
翠はすぐに指示通りに白い折り鶴を出してボールの現在地を報告したが、その状態でも対象が持っている力からの影響を受けているらしく、やはりその場から動いていないとしか報告されなかった。恐らくこの認識阻害能力は一族が過去対処してきたものの中でも相当強力なものなのだろう。
雌黄は画面内に小さな映像記録の様なものを表示した。
「対象が移動を開始しました。貴方がサボリ魔でないのなら追跡を推奨します」
「どっち方面だ?」
「今ボクが表示したこの映像は近くにあった監視カメラからのものです。横断歩道を渡っていますね」
「……悪いが念のため情報の方に集中したい。君が映像の解説をしてナビしてくれ」
「いいですよ。車のナビゲーションシステムよりも高性能だと自負しておりますので安心してお任せください」
「ありがとう。翠、次の場所に行くぞ」
「えっもういいの?」
「ああ」
なるべく画面を見続けながら雌黄のナビを頼りに移動を続けていると少しずつ暮見通りへと近付いている事が分かった。あの場所は商店街であり、まだ時間的にも人が多い場所であるため見失う危険性が高くなった。
雌黄のナビによると対象は周囲をキョロキョロと見回すと八百屋に置かれていたリンゴを一つ盗んで走り出し、そのまま路地裏へと入っていったらしい。
「これは窃盗ですね刑法235条が適用されます」
「追跡は出来るか?」
「ええ、幸い監視カメラが配置されていますから可能ですよ。こんな場所に設置しなければならない治安の悪さが露呈しましたね」
「……そんな言うほど悪くはないぞ?」
「あの、みやちゃん、どうしたの?」
「そこの八百屋からリンゴが一個盗まれたらしい。誰も気付いてないみたいだがな」
「え? さっきそっちの方見てたけど誰も何もしてなかったよ?」
やはり彼女が触れたからなのか、盗まれたリンゴにも能力が適用されているらしい。恐らくあの店主は残った品数と売り上げの相違を見ても何も疑問に思わないのだろう。それだけ対象が持っている力が強力なものであるという証だ。
なるべく杖の音を立てない様に注意しながら案内通りに路地裏へと入ってみると雌黄は勝手にボイスメモを起動させて画面端で小さくそれを開いた。
「初めましてですねボクは日奉雌黄と言います。貴方のお名前を教えて頂いてもよろしいですか?」
「……」
「あまり慌てないでください。ボクの様な素晴らしい存在を見て驚きのあまり言葉を失うのは理解出来ますがボク達は警察ではございませんので」
相手の声は聞こえてこなかった。恐らく雌黄の喋り方からするに何らかの反応や発言はしている様子だったが、能力の影響でか何を喋っているのかまるで分からなかった。どうやら彼女の話す声はしっかりと記憶している状態の人間相手でも認識出来ない様だった。
「怯えているみたいですね。雅さん貴方から事情を説明してください。人相はボクの方がいい筈ですが貴方の方が慣れているでしょう」
「本当に失礼だな君は……。えー……アタシはこの雌黄の仲間で日奉雅ってモンだ。君みたいなちょっと変わった子の手助けをしてる。良かったら事情を説明してくれないか?」
「みやちゃん誰と話してるの……?」
相変わらず声は聞こえなかった。しかしボイスメモに表示されている音の波形には確かに誰かが喋っているものと思しき変化が確認出来た。
「どうだ?」
「お静かに、今話しておられます」
数分程波形は動き続けようやく終わると雌黄はまた別のアプリの様なものを画面上に所狭しと並べ始めた。かなりの負荷が掛かっているらしくスマホかなりの熱を放っていた。
何らかの作業を終えたらしき雌黄は開いていたアプリを全て終了させ、対象に関する情報だけを画面上に残した。
「みやちゃん、結局どうなったの? 私、もういいのかな?」
「どうなンだろうな……」
「ご心配なく。恐らく世界一のスパコンよりも優秀であるこのボクが彼女の話した言葉を合成音声によって誰でも聞ける様にしておきました。これならば認識阻害能力の影響は受けない筈です」
「聞いてみてもいいか?」
「ええ、ご自由に。ネットワークを調べてみたところどうやら彼女の携帯はまだ充電切れしていない様ですのでお二人が聞いている間にボクから細かい説明をしておきましょう」
そう言うと雌黄は一つの音声ファイルを起動させてノイズと共に姿を消した。
音声ファイルの内容によると、対象は元々普通に暮らしていた中学生だったらしい。しかしある日些細な事で両親と喧嘩をして家出をしたそうだ。その際、路上で奇妙な男と出会い、その男から何か香水の様なものを吹きかけられたらしく、それ以降誰からも反応されなくなってしまったとの事だった。
再生が終わると同時に雌黄が戻ってくる。
「ご理解頂けました?」
「こ、これ誰が喋ってたの?」
「この男ってのは……?」
「それに関しては継続調査を行う必要があるでしょうね。これに関する調査を行うには現地の監視カメラ記録やその他ネットワークに侵入する必要があります」
「じゃあ頼めるか?」
「もちろん構いませんが今日は止めておきましょう。ボクは疲れ知らずですがお二人にも協力してもらう必要があるので明日に備えて休むのを推奨しますね」
そう言うと雌黄は画面上から消えて少し離れた場所から声が聞こえ始める。
「今夜は対象の携帯にお邪魔します。明日再び貴方のスマホにアクセスしますのでその時までお待ちください」
「オイ待てよ。まさか明日までずっとこれ見とかなきゃいけねェのか……?」
「状況説明用に専用の動画ファイルを入れておきました。明日お邪魔する時にそれを再生させて頂きますのでボクの手を煩わせる事を心配しているのでしたら大丈夫ですよ、もっともまた説明する事になっても寛大なボクは怒りませんが」
「その子は今夜どうするンだ?」
「ボクの手に掛かれば自分の口座内にあるお金を電子マネーとして対象の携帯内に移動させるのは簡単です。どこかそこらの安ホテルにでも泊まりましょう。…………彼女も賛成の様ですよ?」
そう言うと雌黄は一言別れの挨拶を告げると喋らなくなった。恐らく対象がその場から移動したものと思われたが足音一つ聞こえなかったため、実際には何が起こったのかは分からなかった。翠もまた一人だけ状況を理解出来ていないため不安そうな顔をしていたが、自分もまたこの画面を閉じてしまえばこの作戦の事を全て忘却してしまうと考えると少し気持ちが悪かった。しかしそろそろ目が限界に達しそうであったため仕方なく明日の自分に託す事にした。
「みやちゃん、私もうする事無いの? それに『その子』って誰?」
「……え? 悪い、何の話だっけか?」
「え、いや、しおちゃんが作戦がどうこうって言ってて……それでみやちゃんから助けて欲しいからって言われて付いて来たんだけど……」
「……すまん翠、雌黄もアタシもそんな事言ってたか?」
「あ、あれぇ~~……?」
何故か暮見通りの路地裏に立っているのが奇妙だったが翠の言っている事も妙に引っ掛かった。この子の言っている作戦というのが何の話なのか理解出来なかったが、何か大事な話だった様な気だけはした。しかしいくら思い出そうとしても何も頭の中に浮かんでこないため、仕方なく二人して困惑しながら家へと帰る事にした。




