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日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録  作者: 龍々
第拾陸章:阯ェ縺ョ荳ュ
42/85

第42話:三瀬川賽は愛の中

 その藪は何だか不思議な感覚がする場所だった。生き物の鳴き声どころか死んでしまった生き物の魂すらも見当たらなかった。もちろん全ての魂がこの世に残る訳ではないと思ってはいたが、それでも一匹も居ないというのは奇妙であり、本来ならばどこでも必ず一匹は居るものだった。

 どこに行っちゃったんだろう……心霊スポットなんて行くべきじゃないって言うべきだった。せめて私も一緒に行くべきだったかもしれない、そうすれば何か変なのに遭っても会話が出来たかもしれない。

 後ろを振り返り縁ちゃんの姿を確認する。生気の無い虚ろな目でこちらを見ると少しだけ眉をひそめた。まだ私には心を開いてくれていないらしく不機嫌そうだった。

 縁ちゃんに笑みを返すと頬にポツリと水滴が落ちた。歩みを進めながら上を見上げてみるとそこにあるのはただ広がる木々だけだった。葉に覆われているせいで天候がどうなっているのかは分からなかったが、決して雨が降る様な天気ではない筈だった。


「今日雨降るんですかね?」


 返事は無かった。見上げていた顔を正面に向けると目の前に居た筈の翠ちゃんや雅さんが居なくなっていた。それと同時に握っていた手の感覚が無くなり、背後に居た縁ちゃんの姿すらも消えていた。ただ姿が見えなくなったのかと一瞬思ったが、魂すらも見えなくなっていたため三人共どこかへと消えてしまった様だった。

 目に水滴が落下し、痛みのあまり思わず目を閉じる。何とか目を擦って開けてみるとそこは病室だった。私が雅さんと翠ちゃんに同行してもらった、あの病院だった。

 病室に居たのは幼い頃の自分と在りし日の桃ちゃんだけだった。当時は他にも入院している人が居た筈だが、何故かその人達は見当たらなかった。


「桃ちゃんお話聞かせてー」


 かつての私はそう桃ちゃんに懇願した。お話というのは当時桃ちゃんが話してくれていた昔話の事だ。当時は何とも思っていなかったが、今になってみれば彼女が話していた昔話はどこにも存在しないオリジナルのものだった。不思議なお供を連れて悪い鬼を懲らしめる。どこか桃太郎を思い起こさせる様な話だった。あの時の私はそのお話が大好きだった。


「むかーしむかしある所に、一人の女の子がいました」


 その小さな女の子は不思議な力を持っていた。それは相手の心に寄りそう力。一人で泣いている心に寄りそう、ただそれだけの力だった。ある日その少女は自分と同じ様に不思議な力を持っている二人の子供達と出会った。その子達はその力で悪い鬼を倒そうとしていたのだ。しかし、少女は鬼にも何か事情があるのかもしれないと考えると二人を説得して鬼が住む場所へと向かった。


「どうして悪い事をするの? そう尋ねると鬼は言いました」


 鬼はただ寂しかったのだ。本当は人と仲良くなりたいと思っていたが、大きな体と頭の角のせいで怖がられていた。だから少しでも構ってもらいたくて悪い事していた。そうすれば皆が自分に構ってくれるから。


「じゃあ一緒に私と行こう? 私が皆とお話出来る様にしてあげるよ!」


 そう言われた鬼は少女と一緒に人間が住んでいる村へと向かうと彼女の協力によって人間と仲良くなった。力持ちで優しい鬼は村の皆から愛されて幸せに仲良く暮らした、そういうお話だった。


「こうして悪い鬼は懲らしめられていい鬼になって、皆と一緒にいつまでも仲良く暮らしましたとさ」


 今聞いても大好きな話だ。誰も不幸にはならない、皆が救われる話だったからだ。そしてそれを優しい口調で語ってくれる桃ちゃんの事も大好きだった。

 幼い私が咳き込む。


「サエちゃん、今日はもうお休みしよ? 疲れちゃったんだよ」

「うん、ごめんね……明日はお絵かきしようね!」


 小さな咳を続けながらベッドへと戻る。嫌な感じがした。忘れる訳がない。あれが私の聞いた桃ちゃんの最後の声だったのだから。

 まるで時が飛んだかの様に部屋が暗くなる。ベッドで寝息を立てている私の所へ桃ちゃんが近寄る。本当ならば寝ていなければならない時間だというのに、まるでこの時間を見計らっていたかの様に桃ちゃんはすっくとベッドから起き上がってきたのだ。

 寝ている私の耳元へと顔を近づける。


「ごめんねサエちゃん……」


 そう言うと桃ちゃんは私の手を握りながら他の患者さんを起こさない様に小さな声であの歌を歌い出した。気付かない内に怪異に侵されていた私を救うために使われた歌だった。


「舞い給え うたい給う 夜見やみの果てに朽ち果てて 海に浮かべて 流しましょう~ 」


 歌い始めた桃ちゃんの側に近寄る。


「浮き給え 揺られ給う みの果てに疲れ果て 逢魔ヶ刻おうまがどきに 流しましょう~」


 小さな友の体を抱きしめる。


み給え 夜見給う 夜宵やよいの空に散り果てて あかつき信じて 流しましょう~」


 温かい体だった。あの時と何一つ変わらない体温だった。しかし歌が終わるとすぐにその体は冷たくなり始めた。それは死が近付いている、そんな冷たさだった。

 桃ちゃんは私の腕に抱かれながら倒れた。どうやらこちらが見えているらしく、その冷たい手を顔へと伸ばしてきた。


「サエちゃん……サエちゃんの、せいだよ……」

「え……?」

「サエちゃんさえ居なければ、こんな、こんな事しなくても……良かったのに……」


 顔に触れたその手は氷の様に冷たかった。


「大嫌い……サエちゃんが死ねば良かったんだ……」


 冷たい手に触れる。やはりそうだった。これはあの子ではなかった。


「違うよ」

「違わないでしょ……サエちゃんが……」

「違う。だって桃ちゃん言ってたもん。『サエちゃんのせいじゃないよ』って」


 雅さん達と共に桃ちゃんに取り憑いた怪異を祓った時、あの子は消える直前に私の方へと倒れ込んできた。その時、少しだけあの子の魂に触れた。だから分かる。私に嘘は通用しない。


「桃ちゃんは最期まで私の事を思ってくれてた。自分の事を犠牲にしてでも助けたいと思ってくれた。だから私は今こうやって生きてられるの」

「違うよ……私、こうしなきゃいけなかった、から……」

「違わない。だって桃ちゃんが最期に聞かせてくれたのは間違いなく『あの言葉』だったから」


 何も言い返さなくなった目の前のその子をしっかりと抱きしめると、その体はまるで溶ける様にして消え去り、残ったのは透明な液体だけだった。ベッドの上の私はまだ寝息を立てていた。

 ゆっくりと立ち上がると寝ている幼い私とおでこを合わせた。見えてきたのは全て私が知っている事だけだった。


「……ありがとう桃ちゃん。絶対に、無駄にはしないから」


 自分が何をするべきかを理解すると病室の扉を開いて廊下へと足を踏み出した。すると一歩足を出した瞬間その景色は姿を変えた。周りに映ったのはあの冷たい藪の景色だった。しかし今の私には何をするべきかが分かっていた。本当はこんな事をしてはいけないのは分かっていたが、今はこれしか方法が無いのも同時に理解していた。きっと桃ちゃんも許してくれる筈だ。だからこそ息を大きく吸う。


「舞い給え 謡い給う 夜見の果てに朽ち果てて 海に浮かべて 流しましょう~」


 空間が歪む様に変形し始め、景色が変わり始める。青空に大きな砂地、そして大きな建物、考えるまでもなく小学校だった。私が小さい頃に通っていたのと全く同じ構造で間違える筈も無かった。そんなグラウンドの上で二人の少女が倒れていた。どちらも全く同じ見た目をしており、違うのはせいぜい服装くらいだった。

 一人は虚ろな目で笑みを浮かべながら手を弱弱しく動かして自分の血で地面を塗り、もう一人は体に見合っていない少しぶかぶかな服装をしており、同じく虚ろな目で空を見上げていた。


「おとーさん……あは、おとーさ……」

「縁ちゃん……これが縁ちゃんの……」


 これが縁ちゃんの過去……今だけは触らなくても分かる。ここがそういう場所だから。ここが私達をそうやって捕らえる場所だから。


「……起きて縁ちゃん。こんな所で寝ちゃダメだよ」

「三瀬、川……? 何で……」

「しっかりして、目を覚まして。縁ちゃんはこんな所で終わっていいの……?」


 動こうとしない縁ちゃんの手に触れると酷く冷たくなっていた。隣に居るもう一人の縁ちゃんは未だに自分の血で何かを描き続けており、こちらには目もくれなかった。


「なま、え……呼ばないでって……」

「……嫌だよ。縁ちゃんは縁ちゃんだもん。縁ちゃんが何て言っても絶対変えないから」

「どっか……行ってよ。もう、もう……どうでも、いい……」

「良くないよ。縁ちゃんは生きてるんだから」


 縁ちゃんはこちらを一瞥するとうんざりといった様子で視線を外し、それ以上は反論すらしなかった。

 ダメだ……こんな所に居ちゃいけない。ここは私達の罪そのものなんだ。だから一人じゃ抜け出せない。どんどん深く嵌まっていく。でも、私なら出来る筈……桃ちゃんの話してくれたあのお話の主人公みたいに……!

 手を握りながら地面の上に目を向けてみると血に塗れた紙の破片の様なものが散らばっていた。それを見てすぐにやるべき事が分かった。この状況から逃れるための一つの方法が見出せた。

 空いた手でその紙片を掴む。決して掴んだ手を離さない様にしながら。

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