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日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録  作者: 龍々
第拾陸章:阯ェ縺ョ荳ュ
38/85

第38話:心霊スポットの中

 『ゾーン』への一時的な対処を終えた翌日、目を覚ますと縁側に縁が座っていた。こちらに背を向けていたためはっきりとは見えなかったが、美海のしっぽの様なものがチラリと見えており、どうやら膝の上に抱いている様だった。

 昨日の疲れのせいかまだ眠っている翠を起こさない様に体を起こして縁へと近付く。


「起きてたのか。昨日どこに居たんだ?」

「……台所の方。別に一緒に寝る必要とかないでしょ」


 縁は話しかけられると抱いていた美海をすぐに手放した。美海はぴょんと膝から飛び降りると庭でうんと伸びをした。縁はこちらに顔を向けようとはしなかったが何故か手元にスマホを持っており、それをこちらに向けた。


「それアタシのか? どうしたンだよ」

「昨日、夜二人が寝てる時にメールが入ってた。何かブーンって鳴ってた」


 確かあの島に行っている間はマナーモードにしていた筈だ。疲れていたからかそのままにして眠ってしまった。縁が何故そんな時間に起きていたのかは気になるが、そんな時間にメールが入るというのは奇妙だった。

 受け取ってメール欄を見てみると賽からの着信だった。何事かと開いてみるとどうやら彼女や翠が通っている高校の生徒が行方不明になっている様だった。何でも一部の生徒達の間で話題になっている心霊スポットがあるらしく、そこに行った者の中には彼女の友人が混じっているらしく、捜すのを手伝って欲しいとの事だった。


「何て?」

「アタシの知り合いの一人からSOSだ。心霊スポットに行った友達が帰って来ないらしい」

「……自業自得じゃないの? あなた達ってそんな事もしなきゃいけないんだね」

「まァ出来れば何もねェのが一番なンだがな……マジモンの怪異が世間に露呈すンのはまずいンだよ」

「ん……だから隠蔽するんだね。私みたいに」

「そういう訳でもねェよ。ただ君はもう20年も前に行方不明になってンだ。今になって当時の姿のまま世間に出たら絶対探られるだろ?」

「……どうだか」


 縁は背を向けたまま立ち上がるとそのまま台所の方へと歩いて行ってしまった。

 あの子は自分が誰からも必要とされてないと思ってるのかもしれないな……親からも学校からも見捨てられたせいなのか、それとも単に元からそういう思考回路なのか。何とか普通の人間に戻してやりたいが、何をしてやればいいんだろうな……。

 縁を助けたい気持ちはあったが、今は賽からのメールに書かれていた心霊スポットについての調査をするために行動を開始する事にした。まずはメールに返信を行い、詳しい場所を聞いてWebクローラー『てんとう』を使って細かい情報を集める事から開始した。

 賽からのメールはすぐに帰って来た。それによるとその心霊スポットは夜ノ見町の外れである『伏見ふしみ』と呼ばれる地域にあるやぶらしかった。調べてみると『てんとう』はいくつかの重要そうな検索結果を弾き出した。

 見た感じだとどのアカウントも藪に入る前の所で投稿が止まってるな……ただ話題に出しているだけのアカウントはその後も問題なく投稿が続いてる。という事はただその場所の情報を認識するだけなら問題はないって事か。どうも中に入るとヤバイっぽいな……。


「みやちゃん……?」


 翠は丁度目を覚ましたらしく眠たげな声を出しながら目を擦っていた。


「おはよう。早速だがまた問題発生だ」

「うぅん……何ぃ……?」

「翠のとこの生徒が行方不明だとよ。賽から連絡が来た」

「……えっ!? ちょ、ちょっと待ってて……っ!」


 翠は洗面所で頭をすっきりさせるためか千鳥足で廊下へと出て行った。途中で縁にも声を掛けていたが、いつもの様に「ん」と返されていた。

 壁を支えにしながら棚からこの町の新旧の地図を引っ張り出すと机の空いている場所にバサッと広げて見比べた。地図によるとその藪はずっとその場所に存在しているらしく、不自然な程に開拓が進んでいなかった。もちろんいくつかの新居は建っていたが、商店街がある暮見通りの様な発展は見られなかった。地理的に見ても開拓がしにくい場所ではなく、手がつけられていないというのは妙だった。

 洗面所の方からドタドタと音が鳴り、翠が戻って来た。かなり急いだのか顔を完全に拭き切れておらず、所々に水滴が残っていた。


「ご、ごめんみやちゃん! それで何て……!?」

「この伏見って場所にある心霊スポットに行った生徒が帰ってきてないらしい。今ちょっと調べてみたんだが、どうも妙な感じなンだ」

「…………本当だ。この地図、昔も今もここだけ変わってない……」

「それもだが、そこに入った人間のアカウントがそれ以降一切投稿をしてねェンだ」

「し、心霊スポットって言うくらいだし、呪われちゃったとか……?」

「殺されたって意味ならありえるな。一族の資料にもマジの心霊スポットを封印したって書いてあった」


 その資料を見たのはまだ姉さんの所で暮らしていた頃だったが、記憶が正しければ心霊スポットの封印を行うのはそこまで難しい事ではないらしかった。そういうポイントに居る霊というのは一種の地縛霊の様な存在であるため移動範囲が限られており、外部から封印を行えば一方的に対処出来るらしいのだ。しかし今回は明確に行方不明者が出ており、更に捜索を行わなければならない以上そういうやり方をする訳にもいかなかった。


「翠、確認なンだが……もし魂か何かを捕らえる怪異が居たとして、そいつが捕えている魂ごと封印したらどうなるンだ?」

「わ、私もやった事ないから正確な事は言えないけど、多分その魂も怪異の一部として封印されちゃうかも……」

「そうか。……じゃあやっぱり直接入って助けるしかねェか」

「で、でも私達まで出られなくなったら何も出来なくなっちゃうよ……?」

「……それなんだがな」


 もちろん翠の言う通りその藪がどんな力を持っており、どういった原理で行方不明者を出しているのか分からない以上は迂闊に入るべきではなかった。しかしだからといって見捨てる訳にもいかず、封印しないという訳にもいかなかった。そのためアタシは彼女の協力を仰ぐ事にした。この状況に適応出来る可能性が少しでもあったからである。


「あの子に……黄泉川に頼もうと思ってる」

「えっ!? で、でも縁ちゃ……黄泉川さんは……」

「あの子は不老不死だ。死んでも三分すれば霊体になって、四分もすれば復活する。相当複雑な呪いが絡み合ってるンだ。上手くいけばこの藪の異常性から逃げられるかもしれねェ」

「だけど逃げられたとしてどうするの……?」

「……一人でも生きて出られれば一族の人間に伝えられる。一番ヤバイのは本当の異常性を誰も知らないままになる事だ。そうなれば同じ日奉一族の人間でも取り込まれて出られなくなるかもしれねェ」


 自分達は日奉一族の一員である。姉さんに救ってもらった恩義がある。姉さんや翠はこういう考え方を嫌うかもしれないが、もし助けてもらえなかったら、今の自分は間違いなくなかった。どこかで野垂れ死んでいるか、あるいは警察の世話になっていたかもしれない。だからこの命を預けてみたい。アタシ一人の命である前に姉さんへの命でもあるのだ。


「保険が必要だ。もしもの時に外の人間に伝える保険が」

「で、でも……そんなの……」

「別にいいけど」


 ふと声が聞こえて廊下を見れば、そこには縁が立っていた。スッと部屋に入ってくるとパソコンを覗き込み、今回相手をする怪異が何なのかを見ている様だった。


「よ、黄泉川さん、ダメだよ! 危ないから!」

「知ってるでしょ。私は死ねない。今更何かあったところで何ともないよ。それに死んだら死んだでそれでいいし」

「頼まれてくれるか?」

「ん。別に助けるつもりは無いけど、何かあったら茜とかいう人の所に電話すればいいんでしょ」

「ああ、それだけでいい。それ以上はしなくていい」

「ん。じゃあ行こうよ」


 縁はこちらを待とうともせずに玄関の方へと向かい始めた。アタシと翠は昨日雨竜島に行った時のバッグをそのまま持って後を追い、三人で家を出た。美海はもう慣れた事といった感じで一声鳴いて見送ってくれた。

 賽とは問題の藪の前で待ち合わせる事になっており、伏見という地域に近付くにつれて段々住宅の数が少なくなっていった。明らかに異常な雰囲気であり、本能的になのかあるいは暗黙の了解となっているのか、この町の住民も伏見という場所を避けている様に感じられた。

 舗装されている道路から横に外れる様にして獣道に入って数分程進むと、落ち着かない様子の賽の姿が見えてきた。その前には低木や草によって出来た藪への入り口があり、どうやらその先が心霊スポットになっているらしかった。


「あっ雅さん、翠ちゃん!」

「悪い、待たせたな」

「いえいえ。えっとその子は?」

「君と同じ様に能力を持ってる子だ」

「そうなんですか。えっと、私は三瀬川賽って言うの。あなたのお名前は何かな?」


 賽は縁が自分よりも年下だと思っているらしく、目線を合わせる様に姿勢を落とした。縁は相変わらず無表情なままで名前を答えようともしなかったが、賽が全く怯まず笑顔を見せてきたためか勘弁して自らの名前を名乗った。


「……黄泉川縁」

「縁ちゃんか~。恥ずかしがらなくても大丈夫だよ?」

「そういうのじゃない。それと名前で呼ぶのやめて」

「うん、分かったよ」

「それで三瀬川、状況は?」

「あっそうですよね!」


 詳しい話を聞いてみると、丁度自分達が雨竜島へと行っていた時間帯に彼女の友人とその他数名はこの心霊スポットへと入ったらしい。正確な時間までは不明らしかったが、その日にクラスでそういった話をしていたのを聞いたらしく、ほぼその時間で間違いないとの事だった。そして午前二時頃、賽の携帯に着信が入ったらしい。その相手は友人であり、話を聞こうとしたもののノイズとすすり泣く声、その他には水がピチャリピチャリと滴る音しか聞こえてこなかったらしく、どれだけ賽が声を掛けても返事は帰って来ずにやがて電話は切れてしまったとの事らしい。


「それで、今朝になってもやっぱり家に帰ってないみたいで……」

「その子の両親はここに来る事に何も言わなかったのか?」

「それが、共働きで家に帰るのが遅い人らしくて……」

「……なるほど。その声は君の友達で間違いないンだな?」

「はい。それは間違いないです!」


 少なくとも彼女はその時間にはまだ無事だった筈だ。だがその後連絡が入ってない様子を見るに、電話が切れて以降に何かあったのだろう。昨日は雨が降っていなかったというのに水音がしたというのは少し引っ掛かるが、あまり考えている時間は無さそうだった。


「じゃあまずはその子から探すぞ。無事な可能性が一番高いしな」

「みやちゃん、皆で手繋いで行こうよ。どうなってるか分からないし、はぐれたら出られないかも……」

「そうだな……じゃあアタシが先頭に立つ。翠はアタシの後ろに、三瀬川はその後ろ、黄泉川は悪いが一番後ろに立ってもらえるか?」

「あの雅さん、私が後ろに立ちますよ。縁ちゃんみたいな小さい子を後ろにしたら危ないです」

「名前で呼ばないで」

「いや、悪いがその子には後ろに居てもらわなきゃ困るンだ。何かあった時の伝令係だからな」

「そ、そうなんですか……じゃあ縁ちゃん、絶対お手々離しちゃダメだよ?」

「……ねぇ私の話聞いてた?」


 こうしてお互いに手を繋いだアタシ達はアタシを先頭に、朝だというのに薄暗い藪へと足を踏み入れて行った。触れ合った草がカサカサと鳴る。

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