第31話:彼らを止めるな
碧唯さんの力を頼りに暮見通りまでやってきたアタシ達はすぐに周囲を見渡した。休日で更に商店街という事もあってか人通りが多く、七紫野の姿は見つからなかった。しかし碧唯さんは鼻を鳴らしながら歩き、路上でティッシュ配りをしている人物に近寄った。後を追ってその顔を見てみると植物園で見た七紫野と同じ顔だった。相変わらず何の特徴も無い顔であり、何も知らなければ見逃してしまいそうだった。
「七紫野さん」
「おや刑事さん。今日はよく会いますねぇ」
「お話があります。何故逃げたんですか?」
「逃げただなんてとんでもない! 僕の役割を果たしただけですよ」
七紫野は悪びれる様子もなくそう答えた。まるで自分はあそこの職員なのだから、そうするのが当たり前だと言っているかの様だった。他人から見ればその意見も納得だが、彼が普通の人間ではない事を知っている自分達からすれば、取り繕うためにそれらしい事を言っているだけにしか聞こえなかった。
「……まあいいわ。お話しましょう」
「ええ。じゃあどこか喫茶店か何か……」
そう言ってその場から動こうとした七紫野の腕を碧唯さんが掴む。
「ここで結構です」
「でも立ちっぱなしというのも疲れるでしょう?」
「私は一向に構いません。いいですね?」
「ええ……そう仰るなら」
「では改めて……七紫野さん、貴方にお聞きしたい事ですが、経歴についてです」
「経歴?」
碧唯さんは懐からスマホを取り出すと少し操作するとその画面を相手に見せた。一瞬見えた限りだと、七紫野の経歴をまとめたものと思しきファイルだった。
「奉夜小学校卒業、卯柳中学校卒業、毘多留高校卒業、桧緒大学卒業、その後自衛隊、警察、消防、医師、漁師、学者、その他諸々……これが貴方の経歴で間違い無いですね?」
「ええ、何かありました?」
「……おかしいと思いませんか? 今は挙げませんでしたけど、細かい飲食や販売の仕事も含めたら更に数は増えるんです。こんな経歴の人間はありえません」
「おかしいと言われましてもねぇ……実際に務めてましたし。僕の事を知ってる人間も居ると思うんで聞いてみてください」
「碧唯さん、ちょっと見せてもらってもいいすか」
「ええ……」
碧唯さんは七紫野から視線を外さない様にしながらスマホをこちらへ渡した。
画面上には確かに今挙げられた職業がずらっと並んでいた。書かれている職業だけでもその数は50を優に超えており、とてもこれだけの数の仕事をこの一人の人間が全てこなしてきたとは思えなかった。中肉中背であり、あまり体力がある様には見えず、体力が必要になる自衛隊などを彼が出来るとは思えなかったのだ。
自分のスマホで書かれている学校名を調べてみると、どれも実在する学校である事は間違いなかった。しかし姉さんが言っていた様に、この男は何故か様々な人間から知り合いとして認識されているらしい。もし確認を取ってみても帰ってくる答えは一つしかないだろう。
「とにかく、貴方の経歴はおかしいんです。こんな事は有り得ない」
「ですから事実なんですって。大学の友人に瀬糺洲茉莉って人が居るんで聞いてみてくださいよ」
「……もう聞きました」
「知ってるって言ってたでしょう?」
「ええ。それで大学の在籍履歴も調査しました。でもどこの年にも貴方の名前は無かった。更に言えば桧緒大学の理事長は貴方の事を知らないと言ってました」
「そりゃいちいち覚えてらっしゃらないでしょう」
確かに大学の理事長がただの一生徒を覚えている訳がないのは当たり前だった。しかし、彼の異常性によって一部の人間にのみ記憶の異常が発生しているのは間違いないため、彼を知らないと言っている人間が正常なのは間違いないのだろう。
「七紫野さん、アタシからもいいっすか?」
「うん? そう言えば君は? 君も警察の人?」
「まァそんなもんス」
「いいですけど、何ですか?」
「貴方の……」
その時、突如後ろから衝突音の様なものが響き渡った。振り返ってみると道路を走っていたバイクが電柱に衝突した音らしく、ひしゃげたバイクと倒れているライダーの姿が目に映った。衝突の衝撃のせいで電柱は大きく傾いており、上を通っていた電線がブチリと切れてこちらに迫って来た。
「なっ!?」
咄嗟に翠を引っ張る様にして飛び退き尻餅をついた。碧唯さんもすぐに距離を取り対処を取っていた。しかし、すぐに七紫野の方を見てみるといつの間にかその場から消えていた。自分達が目を離してしまったのは間違いなかったが、やはりそれも数秒の事であり走って逃げる事は不可能な筈だった。
碧唯さんは七紫野が居なくなった事に気付きながらも警官という立場もあってか、現場の保存や聞き込みのために動き出した。残されたアタシと翠はとにかく垂れている電線に触れない様に距離を保つ事にした。
「み、みやちゃん、さっき何を聞こうとしたの?」
「アイツの両親についてだ。もし居ないなら怪異で間違いないし、居るならアタシらと同じ様に特殊な力を持った人間だ。それを確かめたかった」
「でも、嘘つかれるかもしれないよ?」
「ああ。だが今のではっきりした。アイツは今意図的にこの事故を起こした筈だ」
「え?」
「植物園の火災も碧唯さん曰く、急にタバコが現れたらしいじゃねェか。そんなの普通じゃねェだろ。今のだってそうだ。ここは商店街だ、道路も直線だしこの辺にカーブは無い。わざとスピード出して突っ込まない限りはこうはならない」
どうもアイツは自分の細かい過去を探られると困るらしいな。植物園で連行されそうになった時も、それに今もそうだ。きっとアイツに親は居ない。自然発生した何らかの怪異だ。だが妙な点があるな。どうしてこういう事故を意図的に起こせるのに直接狙ってこないんだ? もしアタシらが邪魔なんだったら、それこそもっと事故に見せかけて殺す事くらいは出来る筈だ。何故そうしない……?
聞き込みを終えた碧唯さんは夜ノ見町管轄の警察署に連絡を入れて何やら指示を出していたが、それを終えるとこちらに戻って来た。
「大丈夫でした?」
「急にバイクの速度が上がって視界が霞んだらしいわ。あの人が嘘をついてないんだとしたら、持病も無いみたいだしホシが何かしたんでしょうね」
「碧唯さん、その事なんすけど」
自分の気になった点や意見を伝えるために碧唯さんに自分の考察を話した。それを聞いた碧唯さんは何かに気付いたらしく、アタシに渡していたスマホを手に取ると何かを調べ始めた。すると何か納得した様子でその画面をこちらに向けてきた。そこには様々な人名がずらっと並んでいた。
「あ、碧唯さん、これって……?」
「ホシの事を知り合いって認識してた人間のリストよ。今雅ちゃんに言われて気付いたんだけど、この人達にはある共通点があったの」
「共通点?」
「……この人達は皆何かしら事件に巻き込まれてたり、もしくは何かの功績を残してる人なの」
「まさか……」
「ええ……そこには必ずホシが居たそうよ」
七紫野が関わった人間は必ず何らかの形でイベント事に巻き込まれている……アイツが現れるからそうなるのか、あるいはそういう事が起こる場所に導かれてやってくるのか……どっちだ。
「それにこの人達、皆それなりに有名な人達なのよ」
「ど、どういう意味ですか……?」
「まず上から、ファミレス経営者の田奈部公彦、ある村で起きた虐殺事件の犯人だった戸井睦三、新種の菌を発見した北方猫楠、UFOにアブダクトされたと証言する研究家の椰追純二……その下も皆何かしら有名な人達、そこには日奉一族の一人も含まれてるの」
「名の知れた人ばっかりって事ですか」
「ええ。それでもしホシがそういった人ばかり狙ってるんだとしたら、私達に残されたチャンスは後一回しかないわ」
碧唯さんが言わんとしている意味が何なのか分かった。つまり七紫野が狙っているのは何かしら有名になっている人物であり、そこに日奉一族の人間も含まれているという事はアタシ達もターゲットであり、既に二回事件が起きている。一つ目は植物園の火災。二つ目はバイク事故だった。次が三回目であり、今ここに居る日奉の人間はアタシと翠、碧唯さんの三人だ。もし三回目で捕まえられなかったら、七紫野は次の標的を求めてここから離れるだろうという事だった。
「あの火事の時は多分、碧唯さんを標的にしてたんだと思います。バイク事故はアタシか翠のどっちかだった」
「え、えっ? あの、碧唯さん、どういう事ですか?」
「ホシにとっての今の標的は雅ちゃんか翠ちゃんって事よ。護符や折り紙のおかげで認識干渉は受けてないけど、私達は既にホシを知ってしまった。多分あれは知らない方が良かった存在よ」
「同意見っすね。害を成す存在じゃないかもしれないですけど、知り合いを増やす度に事故や事件を起こされたら堪ったもんじゃないっすからね」
「ええ。次で捕まえるわよ」
アタシ達はこれ以上七紫野について細かく調べたり聞き出す事を止めて、見つけ次第すぐに封印する事にした。相手にこちらを認識させない内に素早く翠の結界で囲ってしまえば済む話であり、彼の過去について詮索する事はむしろ墓穴を掘る事に繋がっていた。
碧唯さんは再び匂いを嗅ぎながら追跡を始めた。十分程歩き続けてついに辿り着いたのは駅だった。まるで七紫野がこの町に来た時を再現するかの様に戻って来たのは恐らく偶然ではなく、誘われたものと思われた。
近くにあったバス停の掲示板に隠れながら周囲を観察していると、駅の中からスーツを着た七紫野が出てくるのが見えた。片手には鞄を持っており、まさにどこにでも居る普通のサラリーマンといった風貌だった。
「来たぞ。翠、頼む」
「う、うん」
翠は宙に四つの折り紙を放ってそれぞれを東西南北の配置に付けた。全て物陰に隠れる様な配置のため、まず気付かれる事はなく範囲内に入ったらすぐに『四神封尽』で七紫野を封印する手筈だった。
七紫野は腕時計を見ながらさも忙しそうに足早に歩いていたが、やがて結界の射程内に入った。それを見て翠の顔を見ると、すぐに『四神封尽』が発動した。七紫野は自分の身に起こっている現象が理解出来ていない様子であり、何も抵抗する事すら出来ずに発光しながら消滅した。
それから少しの間は何かが起こる事を警戒していたが、事故も事件も起こる様子が無かったためホッと胸を撫で下ろした。
「やった……」
「これで終わりね。茜さんに報告するわ」
碧唯さんが姉さんに報告をしている間、翠は折り紙を自分の下に呼び寄せていた。そんな中、自分の中に何かもやもやが残っていた。
アイツは何も抵抗しなかった。そうするだけの力を持っていない訳でもない筈だ。それなのに何故そうしなかった? こっちを認識出来ていないにしても事故を起こすなりいくらでも方法はあった筈だ。それなのにそうしなかった理由は何だ?
「みやちゃん、どうしたの?」
「いや……妙に簡単に封印出来たなと思ってな。あれだけ色んな事を起こす奴が抵抗もせずに捕まるもんだろうか?」
「う、うーん……どういう条件で力を使ってたのかが分からないから何とも言えないよ……」
「だよな……」
「何ですって!?」
突然電話中の碧唯さんが声を上げた。何やら相当動揺している様子であり、只事ではない何かがあったらしかった。
「ええ。ええ……分かったわ、切ったらすぐ確認する。うん……うん」
こちらを振り向く。
「そうね、ええ……分かったわ。ごめんなさい……」
そう言うと碧唯さんは電話を切りスマホを十数秒程見つめていたが、やがて眉間を指で押さえてこちらに戻って来た。
「どうしたんすか?」
「……取りあえず七紫野権平の封印は完了よ、お疲れ様。ただ……」
「た、ただ……?」
「アレを知り合いだって認識してた人間が全員消えた」
「……え?」
「茜さんも調査をしてたみたいなんだけど、集めた資料が全部白紙になってたらしいの。そこで更に調べたら関係者全員の戸籍やら何やらが全部消えてたって……」
碧唯さんは先程のスマホの画面を見せてくれたが、そこに確かに記載されていた筈の人名が全て消失しており、残っていたのは最上部に記載されていた『七紫野権平 関係者』というタイトルのみだった。しかし、よく見てみると他に何も書かれていない筈だというのに何故か下へとスクロールが可能になっていた。
「碧唯さん」
「何……?」
「これ、まだ下にスクロール出来ますよ?」
「それだけの人数を書いてたからね」
「いや、姉さんのところは全部白紙になってたんですよね? あの人はあんまり機械関係は得意じゃないから多分紙を使ってる。だから紙だけ残ったんだと思うんすよ。でもこれは電子データですよね? 情報そのものが消えるなら空白が残るのは変じゃないですか?」
「……それもそうね」
碧唯さんは画面をスクロールし始めた。かなりの人数が記されていたためか、数十秒もの間スクロールしていたが、やがてその指がピタリと止まった。
「何か見つけましたか?」
「有り得ない……こんなの書いた覚えは……」
「見せてください」
困惑している碧唯さんの手元からスマホを取るとその画面を見た。そして何故彼女がそこまで動揺しているのかがすぐに分かった。
画面は一番下までスクロールされており、そこにはこう書かれていた。
『通行人A役 七紫野権平 SPECIALTHANKS 日本列島各地の皆様』
「みやちゃんこれ……」
「何だこれ……」
通行人A役だと……? 何でこんな事が書いてあるんだ……こんな、まるで何かの映像作品みたいに……。
その時ふとある事に気が付いた。七紫野はこれまでのどの事例でも必ず事件の中心人物ではなかった。アタシ達から見れば七紫野が自分で引き起こしているという認識だったが、他の人間から見ればそうではなかった。ファミレス経営者の知り合い、殺人犯の知り合い、学者の知り合い、研究家の知り合いというあくまで『知り合い』という立ち位置だった。七紫野自身が有名になっている事案は一つもなく、植物園での火事もバイクでの事故もあくまでそこに居ただけの人間だったのだ。あの男はいつでもその他多数の人間に徹していた。
「まさか……」
「何か分かったの雅ちゃん……?」
「アイツはずっと脇役を演じてたんすよ。他人の人生というドラマに介入して、そこに登場するその他の一人として振舞ってた。だから色んな人間と知り合いだったんですよ。アイツにとっては、全部ドラマや舞台に過ぎなかった……」
「だから、通行人A役……? でも、そうだとしたら何でアレを知ってた人達が消えたの?」
「アタシの判断ミスだ……アイツは封印しちゃいけなかった。いや封印するにしても、自分から封印させるべきだった。アタシらが封印してしまったから、アイツは主役もしくは準主役になってしまった……」
七紫野が何を考えていたのかは分からないが、いずれにしても他人の人生に知り合いとして介入していたのは事実だ。そんな、その他大勢役で有り続ける必要があった存在が急に『自分主体の物語のキャラ』になったらどうなるか……これがその答えだ。アイツ自身のアイデンティティが崩壊して、今までアイツが介入してきた全ての事例に影響が出た。あらゆる場所に色んな役職の役で登場していたアイツに勝てる経歴の人間なんて居ない。アイツが主役になってしまった時点で、他の皆の人生は食われてしまう。
「そ、そんな……わ、私が……」
「いや、翠のせいじゃない。アイツの真の異常性を調べもせずに答えを急いだアタシの責任だ。封印する事を焦り過ぎた……」
「いいえ、この一件は元々私の受け持ちなのよ。だから私が全責任を持つわ。いずれにしても、これ以上はどうしようもない。後は細かい処理をするくらいね」
「しょ、処理っていうのは……」
「まず消えた人達の本当の知り合いに対する聞き込みね。もし記憶からも消えてるならそれでいいけど、記憶には残ってるなら事故死なり自殺なりで隠蔽をしないと」
「すみません、碧唯さん」
「いいのよ。一応戻す方法も模索しとくし、その時には手伝ってもらえるかしら?」
「ええ、ぜひ」
「ありがとう」
これ以上はこの町に居る必要性が無くなった碧唯さんはスマホを仕舞って駅へと歩き出した。アタシと翠は見送りをするために後を付いていった。しかしまだ次の電車が来るまでは少し時間が掛かるらしく、碧唯さんは時間が来るまで改札を通らずに構内の人通りが少ない場所で待つ事にしたらしかった。せっかくなので共に時間まで待つ事にしたが、黙っていた碧唯さんがふと口を開いた。
「ねぇ雅ちゃん、翠ちゃん」
「はい?」
「何ですか?」
「今まで日奉一族の仕事で蒼乃宮村に行った事ってあるかしら?」
「いえ……どこっすかそれ?」
「いや、行った事ないならいいの」
碧唯さんはそれ以上は語ろうとしなかった。何故急にそんな事を聞いてきたのかは分からなかったが、話を逸らされた以上はあまり詮索するのは良くないかと考え、黙っている事にした。
やがて電車が来る時間になり、碧唯さんは別れの挨拶を告げると改札を通ってホームへと消えていった。それを見送ったアタシ達は他にする事も無いため家に帰る事にした。
家へと着いたアタシは今回の一件の顛末と判断ミスによって生じた改変現象について話した。やはり七紫野を知り合いとしていた人物は全員戸籍ごと消えているらしく、護符や折り紙を身に着けていたアタシ達だけが無事だったらしかった。
それらを聞き終えたアタシは、ふと碧唯さんの事が気になり姉さんに尋ねる事にした。
「姉さん、ちょっといいかな?」
「ええ、どうしたのですか?」
「碧唯さんに蒼乃宮って村に行った事ないかって聞かれたんだけど、何か分かる?」
「……そうですか、碧唯が聞いてきたのですね」
「何か、知ってるの?」
「ええ。あそこは碧唯の生まれ故郷なのです」
姉さん曰く、蒼乃宮という村に生まれた碧唯さんはそこで七歳まで過ごしていたそうだが、ある日その村の人間が突然消失したらしかった。彼女の両親も友人も他の村人も全員消え、ただ一人彼女だけが取り残されたらしい。生まれつき能力を持っており、何かを感じ取った彼女は村中を探し回ったそうだが、結局何の痕跡も見つけられず、ついには助けを求めて駐在所の電話から警察署に助けを呼び、その際に派遣された一族の一人によって救出され今に至るとの事だった。
「何で消えたか分かったの?」
「いいえ。集団失踪事件は世界中で報告されていますし一族が残してきた資料にも記載されていますが、共通点が見つからないのです」
「そっか……。じゃあその後碧唯さんは姉さんの所に行ったんだ?」
「まだ当時は私も子供でしたし、当主でもありませんでしたから正確には違いますね。当時は確か紅葉様だった筈です」
「その人は今は?」
「蒼乃宮村の調査中に命を落としました……何があったのかは不明ですが、回収出来たのは腕だけでした」
「それは、何というか……」
「貴方が気にする事ではありませんよ雅。ただ、同じ目に遭わない様に翠共々気をつけてくださいね」
「うん、分かってるよ。ありがとう」
電話を切って壁にもたれる。
やっぱりもう少し考えて、アイツの特異性をしっかり理解してから対処すべきだった。関係者が全員消えたっていうのも碧唯さんからしてみれば過去の事を思い出してしまう現象だ。トラウマになっていてもおかしくない様な気持ちだった筈だ。更に彼女を助けた紅葉っていう人まで死んでる。
もしかしたら碧唯さんは蒼乃宮村の異常現象を封じようとしているのかもしれない。今回こういう事になってしまって、当時の事を思い出してしまったかもしれない。もしそうだとしたら、アタシはどうするべきだろうか。
「みやちゃん、電話終わった?」
「あ、ああ終わったよ」
「じゃあご飯食べよ。そろそろ五時だし」
「うん、そうだな」
足元で早く早くと急かす美海を抱き上げて食卓へと向かう。
どうするべきかは分からないし、もしかしたら関わっちゃいけない事かもしれない。だが碧唯さんから要請があれば、すぐに駆け付けるつもりでいよう。今回の事だって完全に解決出来た訳じゃない。あれ以上の『知り合い』の拡大を防げたという見方も出来るが、逆にそれまでの人を見殺しにしたとも言えるのだ。助ける方法があるのであれば、実行してみるべきだろう。アタシは姉さんに拾われて、翠と出会って生きてる身なんだ。たまには自分が他の一族のメンバーを助けるべきだ。アタシはただ指を咥えて見ているだけの脇役じゃないし、そうであってはならない。アタシは日奉雅、自分という人生の主役だという事を肝に銘じておこう。




