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日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録  作者: 龍々
第拾壱章:生死の境目
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第26話:追儺の魔除け歌

 霊安室へと足を踏み入れると内部は電気が点いておらず、扉を開けていれば薄暗いという程度の明るさだった。賽は部屋の真ん中に立って『桃ちゃん』の名前を呼び続けており、部屋の中は妙な肌寒さがあった。


「桃ちゃん! お願い! 出てきて!」

「翠……」

「うん……何か居るね、この感じ……」


 霊安室の中からは魂から放たれる波の様なものが発生していた。細かい場所までは断定出来なかったものの、室内から来ているものである事は間違いなかった。今まで感じてきた波の中でもかなり大きな部類であり、相当強力な力を持った霊体が存在している様だった。

 すると突然開けていた筈の扉が閉まり、遺体を収めている保冷庫の扉が微振動を始めた。ポルターガイスト現象に類似していたが、この時に感じた波は一つではなかった。もう一つ存在していたのだ。


「桃ちゃん! 桃ちゃん!」

「落ち着いて……」


 賽の言葉の後に聞き覚えの無い声が響いた。かなり幼い少女の声であり、部屋の一か所から発されたという感じではなく、部屋全体から聞こえてくる様な印象を受けた。


「桃ちゃん!?」

「サエちゃん……どうしてなの……」

「桃ちゃん! ねぇ私だよ! 忘れてないよね!?」

「分からないの……?」


 一瞬全身に寒気の様なものが通り、いつの間にか目の前には一人の少女が立っていた。賽は自分の後ろに居るせいで気付いてはいないらしかったが、『桃ちゃん』と思しき少女は確かにそこに居た。まるで生きている人間の様な雰囲気をしており、とても死んでいる人間とは思えなかった。そしてその喋り方は霊体として長い間生きていたからか、どこか大人っぽさを感じた。

 賽は気が付いたらしく振り返ると、嬉しそうな表情へと変わった。


「桃ちゃん!」

「サエちゃん……私ね、もう死んじゃったんだよ……」

「桃ちゃんもよく分からない事言うんだね。それってどういう意味なの? 雅さんも言ってたけど……」

「ミヤビさん……」


 『桃ちゃん』はこちらに振り向くとアタシと翠の二人を交互に見ると、すぐにこちらに寄ってきて見上げた。


「初めまして。私、追儺桃ついなももって言います」

「日奉雅だ。こっちは翠。それで……三瀬川の事なんだが」

「やっぱりサエちゃん、ああなっちゃったんですね」

「……予測出来てたのか?」

「死んじゃってからです。サエちゃん、私が死んじゃっても何故か私の事見えてて、追いかけてこようとして……」

「それについてなんだがな……」


 賽の近況について詳しく知らない様子の桃に事情を話す事にした。彼女は死者と生者の区別が出来ていない事、未だにかつての友である桃を探し続けている事、そしてそれ故に彼女の常識や認識がずれてしまっている事、その全てを話した。

 

「雅さん、何話してるんですか? その『しぬ』って何なんですか?」

「……サエちゃん。あのね、私はもう違う世界に居るんだよ?」

「え? 桃ちゃんここに居るじゃない」

「ねぇ……いい加減目を覚ましてよ。サエちゃんだって分かってる筈だよ。サエちゃんなら分かる筈だよ」

「よく分かんないよ! 桃ちゃんいつの間にか難しい事言うようになったんだね」


 桃は少し沈黙すると賽の手を掴んだ。何故か賽はその手を振り払おうとしていたが、桃の手は食い込む様にして逃さなかった。


「サエちゃん……私を見て」

「見てるよ桃ちゃん。急に掴まれたらびっくりしちゃうよ」

「ううん、見てない。さっきミヤビさんの話を聞いて分かったよ。サエちゃんは本当の力を隠してる。しっかり見て」

「な、何も隠してないよ! わ、私は魂が見えるだけだもん! それだけ!」

「そんな訳ないよ。私が死んじゃったのもサエちゃんのためだったんだから……」

「やだ! やだやだやだ! やだやだやだやだ!!」


 賽は必死に抵抗していたものの、桃からは逃れる事は出来なかった。そんな中、桃は静かにかつて何があったのかを語り始めた。魂の波は大きくうねり始めていた。


「サエちゃんの本当の力は、共感する力なんです。優しい子だから共感しちゃう。だからサエちゃんは、昔から変なものをよく引っ付けてたんです」

「変なモン?」

「それってえっと……幽霊とかかな?」

「私には見えなかったけど、でも何かが憑いてるのは分かったんです。だから私……」


 霊安室の中から感じていた魂の波はどんどん力と数が増えていた。危険を感じた翠は『威借りの陣』を展開する事によって内部の力を抑え始めた。


「この感じ……まさか……」

「昔、ママから教えてもらった歌……魔除けの歌……私、それで……」

「封じ込めようとしたのか……?」

「私本当に、本当に魔除けだと思ってて……そしたら、そしたら、私の方に全部来て、そしたら……」


 どうやら彼女の母親は何らかの退魔の力を持つ家系だったらしい、しかし現在の桃の様子を見るにその歌は魔除けではなく、封魔の力を持つ歌だったらしい。そしてその行先は桃本人だった。一体二体程なら大した問題は無かったのかもしれないが、桃の言う様に賽に良くない存在を引き寄せる力もあるのだとしたら、相当な数が憑いていたのだろう。


「やだやだ! 知らない! 私知らないもん!!」

「ううん……知らなきゃダメだよ。恨んでる訳じゃないけど、でもサエちゃんはいい加減……ちゃんと認めなきゃダメだよ」

「やだ! 桃ちゃん居るもん! ここに! ここにっ……!!」


 賽はもがきながらポロポロと涙を流し始めたが桃は放すつもりはない様だった。そんな中彼女はこちらへと振り向いた。


「ミヤビさんとミドリさんでしたよね」

「ああ」

「私、もう楽になりたいんです……だから、だから助けて……」

「ど、どうすればいいの?」

「今から私に憑けたのを出しますから、全部やっつけてください……」

「アタシじゃ難しいかもしれん。翠、いけるか?」

「う、うん……何とかいけるかな……」


 翠は『四神封尽』の配置に折り紙を移動させて準備を始めた。そんな中、賽は泣きながら叫び声を上げ始めた。


「サエちゃん……」

「居る! 桃ちゃん居る! 桃ちゃんは! 桃ちゃんは!!」

「違うよサエちゃん……ちゃんと見て……認めて……」


 桃はすっと息を吸うと民謡の様なものを歌い始めた。


「舞い給え うたい給う 夜見やみの果てに朽ち果てて 海に浮かべて 流しましょう~」

「やだやだ桃ちゃん!!」

「浮き給え 揺られ給う みの果てに疲れ果て 逢魔ヶ刻おうまがどきに 流しましょう~」

「やめて桃ちゃん桃ちゃん!! やだ! 一人にしないで!!」

み給え 夜見給う 夜宵やよいの空に散り果てて あかつき信じて 流しましょう~」


 桃が歌い終わると同時に室内が凄まじい邪気や妖気に包まれた。しかし準備を終えて待機していた翠はすぐさま『四神封尽』を発動させて、現れた存在達を一気に封印してしまった。どうやら桃に封じられていた怪異達はそこまで強力な存在ではなく、複数集まっている事によって力を増しているだけらしかった。桃という器から追い出された彼らは、最早ただの低級怪異でしかなかった。

 賽の手を掴んでいた桃は突然その場に膝をつく様に崩れ落ちた。賽もそれに引っ張られる様にうなだれて膝をついた。


「つ、追儺さん!」

「オイ大丈夫か」

「……サエちゃん、これで分かったでしょ? 見えたでしょ?」

「やだ……やだよ……私、私、桃ちゃんが初めてのお友達で……」

「だからだよ。私はもう……生きてちゃいけないの。さっき私が見えたでしょ? 私の過去が……私の記憶が……私の思いが……」

「やだ、よ……」

「サエちゃん。生き物はいつか死んじゃうの。私だけじゃないよ。ここに居るミヤビさんもミドリさんも……もちろんサエちゃんもね」


 賽は真っ直ぐに桃の顔を見ていた。しかしその口元は震えており、桃の言っている事を出来れば理解したくないといった様子だった。


「サエちゃん、見えてるからって生きてる訳じゃないよ。私やサエちゃんみたいに強い力を持ってる人は残りやすいよね。そうでしょ……?」

「……うん」

「ほらね……気付いてたんだよサエちゃんは。だから、ね……」


 桃の体は足元から霧の様に霧散し始めた。散った部分は揮発するかの様に消滅し、今まさに彼女の魂までも消滅しようとしていた。本来ならこんな光景は見られる筈がなく、いくつもの怪異を取り込んで魂が異形と化している彼女ならではの現象と思われた。


「ごめんね……私のために……」

「ううん、私もごめん……ごめんね桃ちゃん……」


 桃は賽の方へと倒れ込みながら霧散していった。それを最後に部屋の中に存在していた魂の波は消失した。霊安室に保管されている遺体からも発生する可能性もあったがそれも無く、どうやらそれだけ強力な力を持っていたのは彼女だけらしかった。

 賽は少しの間うなだれながらすすり泣いていたが、少し落ち着きを取り戻したのか若干ふらつきながら立ち上がった。


「……大丈夫か?」

「は、はい。私……認めたくなかったのかもしれません。桃ちゃんの姿が見えてるんだから、生きてるに決まってるって……」

「三瀬川さん……」

「でも、桃ちゃんが見せてくれて分かったんです。生きるってどういう事なのか、死ぬってどういう事なのか」

「なァ、さっきも追儺が言ってたが、どういう意味なんだ? 見せるって何を……」

「手、出してくれますか?」


 そう言うと賽は右手をこちらに差し出した。言われた通りにこちらも右手を出すと彼女はその手をぎゅっと握った。すると突然桃が亡くなる時に見たと思しき映像が頭に流れ込んできた。いや、流れ込んだという表現も正確ではないのかもしれない。まるで桃の記憶を追体験しているかの様な感覚だった。息が出来なくなり、一瞬にして心臓が止まる。恐ろしい記憶だった。


「っ!?」

「見えました?」

「みやちゃん?」

「……まさか追儺が言ってた君の本当の能力ってのは……」

「はい。魂が見えるのは本当ですけど、もう一個あるんです。桃ちゃんも言ってた『共感能力』、それが本当の力なんです。触れば感情も記憶も何もかも読めちゃうんです」

「じゃ、じゃあ占いに使ってたのは!」

「うん、魂を見たってそんなの分かんないんだよ。雅さんの名前も触ったから分かったの。翠ちゃんのもそう」

「……意図的に隠したのか?」

「無意識だったのかもしれないです……私、怖くて……」


 恐らく彼女は自分の『共感能力』を完全には制御出来ていないのだろう。だからこそ占いから逃げようとしていた。もし自分が触った相手が死者だった場合、死という概念を認めてしまわなければならなくなる。それを無意識に避けようとしていたのだろう。


「まあちゃんと死が理解出来たなら良かった。納得は出来たか?」

「はい。桃ちゃんが教えてくれましたから」

「そうか。じゃあそろそろ出るぞ」

「あっ待ってください」


 立ち去ろうとすると手を引っ張られる。


「何だよ?」

「桃ちゃんの記憶、もっと見てください。見せてってお願いされたんです」

「……分かった」


 再び賽は強めに手を掴むと力を発動させた。彼女が流し込んできた桃の記憶は、彼女が賽に憑いた怪異を封じようとしていた時の記憶だった。部屋が暗く、幼い賽も寝ている事から恐らく深夜だと思われる。その中で桃は賽の側に寄ると小さな声で歌い始めた。その歌は先程歌っていた魔除けの歌だった。すると歌が終わると同時に賽の上にどす黒い何かが現れて桃の中へと入り込んだ。視界が大きく揺らぎ、ふらつきながらベッドに倒れ込んだ。


「……夜中だったンだな」

「はい……多分私に気を遣わせない様にして……」

「そうだな……しかし追儺は何でこの記憶をアタシに……」

「まだ続きがあるんです。記憶というより言葉? 思考? って感じですけど」


 次に流し込まれたものは桃が頭の中で考えていた事だと思われた。まるで脳にそのまま沁み込んでくるかの様な感覚だった。


『ミヤビさん。あの歌を封じてください。あの魔除けの封じ歌はただ封じる歌じゃありません。あれは歌い手の魂を依り代にして怪異を封じる歌なんです。だから他の人が使わない様にしてください。私からの最後のお願いです』


 それが桃の伝えたい事だった。桃のあの記憶が確かなのであれば、あの魔除け歌は使用した人間の魂ごとまとめてしまう力があるのだろう。だから彼女は地縛霊の様になってこの病院に残り続けていた。いくつもの怪異を抱えて、それを抑え込みながらずっとここに居たのだ。彼女の母親はそれを分かった上で教えていたのだろうか。


「……そうか」

「私も出来そうな事なら協力しますよ。お願い出来ますか?」

「別に構わねェよ。ただアタシ一人じゃどうにもならん。一族の人間に頼まないとな」

「茜さんや百さん、紫苑さんとかですか?」

「えっ……」

「そこまで読んだのか……」

「ごめんなさい……でも見えちゃって……」

「……まァいいさ。皆に協力してもらうよ。さ、そろそろ帰るぞ」


 翠は『威借りの陣』と『四神封尽』に使う折り紙を収めると、再び人除け用の『玄武ノ陣』を展開して病院から出て行った。賽は今日の礼を述べると荷物を取りに学校へと戻っていった。それを見送ると翠と共に家へと帰り、姉さんへ今日の事を報告した。

 姉さん曰く、追儺家というのは霊媒師をやっている家系らしく、その筋ではそれなりに名が知れているらしかった。しかし大々的に活動している訳ではなく、霊媒術を用いた除霊を専門にしているらしく、そういった方面に関連がない人々からすれば怪しい一家でしかないらしい。


「何かヤバそうだね……」

「ええ。特に問題行動は起こしていないと思っていましたが、そういった事があったのであれば監視する必要がありますね。調査をさせましょう」

「ありがとう。それで三瀬川だけど……」

「『共感能力』でしたね?」

「うん。人の記憶を読み取れて、自分の記憶や感情を相手に授けられる、そんな力だった」

「彼女は両親共に健在ですか?」

「分からないけど、多分そうだと思う。日奉一族に入れるのはちょっと……」

「いいのですよ。力を持っていてもしっかり人間社会に馴染めているのであればいいのです」

「じゃあ手紙で歌詞送っとくね。口に出して読まないで」

「ええ、分かりました」


 電話を切るとすぐに居間へと向かい、頭の中に残っている記憶を基に白紙に歌詞を記し始めた。まるでこの町を示唆しているかの様な『夜見』という言葉が使われているのが気に掛かったが、自分では理由は分かりそうになかったため、この考察については姉さんや他のメンバーに任せる事にした。

 手紙を書き終えると封筒に仕舞い、明日出せる様にと机の上に置いておいた。ふと隣を見ると美海が畳の上で丸まって眠っていた。まるでアタシや三瀬川が抱えていた悩みなど知りもしない、分かりもしないという様子だった。そんな美海の頭を撫でる。


「美海……生きるってのは何なんだろうな……」


 賽はこれからは自分の力をしっかりと認め、上手く活かしていってくれるだろう。上手くやれば霊になった人々を成仏させる事も出来る様になるかもしれない。彼女が優しい人間なのは事実だ。だからこそあの『共感能力』は真価を発揮する。誰の心でも理解出来て、誰にでも寄り添える。だからこそ桃も彼女と友人になったのだろう。だからこそ、彼女は色んな人間から頼られているのだろう。

 きっと本来なら『共感能力』なんて誰にでもあるものなんだろう。賽はその力が普通の人間よりそれがちょっとだけ強くて、更にそこに魂を見る力があるってだけなんだ。


「みやちゃーん、そろそろご飯食べよー」


 台所から翠の声が聞こえる。もう夕食の時間だ。

 歌は姉さん達に任せて、アタシはこの町や三瀬川の事を監視する様にしよう。あの子自体は悪い人間じゃないし、間違いなく善人だ。だが、まだ完全な制御が出来ていない不完全な能力だ。相手の心が読める力は優しいあの子じゃないと使いこなせない。だからこそ、たまに顔を見せるくらいはしよう。悪意ある怪異にまで感情移入したり誑かされたら危険だ。


「今行くよ」


 机を支えにしながら立ち上がり、食卓へと向かう。

 追儺桃。あの子の事は忘れてはいけない。詳しく知らなかったとはいえ、自らの命を犠牲にしてまで賽を守ったのだ。だからこそ、魔除けの封じ歌と桃の意思は自分達日奉一族が守っていかないといけない。当時まだ三歳だったにも関わらず、友を救うために怪異を祓った桃太郎の如き存在なのだ。彼女は無意識の内に追儺を体現していたのだ。

 全ての神が出雲大社に集う神無月、一番警戒しなければならない時に一般人でありながら怪異を封じた彼女と出会えたのは、偶然だったのだろうか。


「悪い、待たせたな」

「ううん。お手紙は書けたの?」

「ああ。さあ、食べよう」

「うん」


 手を合わせ、翠が作ってくれた煮物に箸をつける。煮物の中の豆は灯りに照らされ、一際眩く光っていた。

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