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日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録  作者: 龍々
第拾壱章:生死の境目
24/85

第24話:見えるんです

 『件』の死からしばらく経ち、彼が残した予言を意味する様な事柄は何も起きなかった。相変わらず『箱入り鏡』の所在は不明なままだったが、自分達の命に別状は無かった。

 そんな中、10月も中旬に入り翠の通っている高校で文化祭が開催された。毎年行われている恒例行事らしく、かつて自分が通っていた別の場所にある高校でもこういった行事は行われていた。翠曰く、クラスごとに行う出し物は違うらしく、露店の様なものを出すクラスもあれば、教室そのものを使うクラスもあるらしかった。あまり部外者が行くのもどうかと思ってはいたが、日が近付くにつれて期待の眼差しを向けられたので、せめて翠のクラスにだけはと行く事になった。

 幸いにも土日開催であり、朝から夜ノ見高校へと出向いてみると父兄と思しき人々で賑わっていた。普段は在校生や教師くらいしか居ない場所に似つかわしくない年齢の人々が居るというのは、何とも不思議な雰囲気だった。


「みやちゃーん!」


 こちらを見かけた翠はいつもより昂った様子で駆け寄ってきた。やはり祭りの雰囲気といったものは大人しい子でも高揚させるものらしい。


「おう、来たぞ」

「ありがと! あのね、私の所はカフェみたいなのやってるんだ!」

「らしいな」


 事前に受け取っていた地図の載った小冊子に各クラスが何をするのかは書かれており、事前に翠がどういった事をするのかは知っていた。翠は嬉しそうに手を引いて自分のクラスへと案内してくれた。階段を上るのは少しきつかったが、支えてもらいながら登ったためいつもよりは楽だった。

 案内されて入った教室は様々な装飾が施されており、机にはテーブルクロスが敷かれ、しっかりとした内装になっていた。メニューを渡されて色々見ている間、翠はずっと横に立って落ち着かない様子だった。


「翠ちょっとは落ち着いたらどうだ」

「ご、ごめんね。でも嬉しくて……」

「そんなにか?」

「うん!」


 とりあえずお茶やケーキ類を適当に選び、運んできてもらった。その後も翠は側から離れようとはせず、ニコニコと嬉しそうに笑っていた。恐らくこの後交代する時間になった際に、一緒に色んな所を見て回ろうと考えているのだろう。昔自分が文化祭の出店に出ている時に翠が見に来た事があった。その時も一緒に見て回ったため、この子にとってはそれが普通になっているのだろう。いや、もしかしたらそれが世間での普通なのかもしれない。


「……後で周るか?」

「う、うん! この後私交代だから!」

「ああ。せっかくだしアタシも色々見ときたいしな」


 出された飲み物を口にしながら冊子を開いて、どんな店が出ているのか確認する。お化け屋敷なんて典型的なものもあれば占いなんてものをやっている所もある。文系の部活は絵を飾ったり、演劇をやっていたりするなど、ここぞとばかりに自分達の成果を披露している様だった。

 そういや昔は自分の学校のでもあんま見て回らなかったな……ひねてたって言うか、あんま興味が無かったって言うか……。まあ今じゃ翠も居てくれるんだし、そんな穿った目で見る必要も無いか。

 食事を終えると翠はすぐに着替えを済ませて鞄を持ち、準備を済ませた。クラスの子とも仲が悪いという訳ではなく、ただ単に一緒に見たいという感じだった。他のクラスメイトの反応を見るに、普段からアタシの事を話しているらしく、いつもの事といった様子で翠を見送っていた。


「ねっねっ! 何見る?」

「ちょっとは落ち着けって。別に逃げやしねェよ」

「もーみやちゃん、こんな日くらい楽しまないと!」

「分かった分かった。それでどこ行くンだ?」

「えっとねぇ……」


 そう言って翠が冊子を見ている横で在校生が何やら会話をしていた。話を聞くにどうやらあるクラスが行っている占い屋がよく当たるとの事だった。どうやら二年生がやっているらしく、去年ある生徒がやった占いが異常な程に的中していたらしい。それ故にか今年もその生徒が居るという理由だけで、そのクラスは占いをやる事になったらしい。


「みやちゃん?」

「え、ああ悪い」

「どうしたの?」

「いや、占いがどうとか言ってただけだ」

「あー三組のやつだね。去年凄い当たってたみたい」

「そんなにか?」

「うん。百発百中で、友達も家族構成まで当てられたって言ってたよ」


 その人物がどんな人間なのかは不明だが、わざわざ調べる必要も無さそうだった。占いというのは適当に当たりそうな事を言ってそれで騙すものだ。それで救われる人が居るなら悪い事だとは思わない。いちいち調べるまでもないだろう。


「そりゃ大したもんだな」

「だね。私達みたいな力持ってる人なのかな?」

「仮にそうだとして関わる必要もないだろ。悪い事してる訳じゃないんだしな」

「うーん、まあそうだね」

「ほら、それよりどこ行くんだ」

「あっそうだね! えっとね!」


 本来の目的を思い出した翠は手を引いて行きたい場所へと向かい始めた。

 着いた場所は中庭だった。様々な露店が並んでおり、翠は次々と色々なものを買い始めた。学生の身ではあるが、日奉一族としての使命もあるため普段あまり遊ぶ事は出来ない。彼女くらいの年齢であれば部活をしたり、放課後に友人と遊びに行ったりするのが本来の青春なのだろう。彼女がこれだけ興奮した様子なのも、普段出来ない買い食いが出来ているからなのかもしれない。


「美味いか?」

「うん! 食べる?」

「一口貰おうかな」


 そうして翠が頼んだものを二人で食べていると何やら中庭が騒がしくなり始めた。何事かと見てみると学生が群れを成して歩いていた。その中心には一人の女学生が居り、自らを取り囲む他の学生達に愛想笑いの様なものを向けていた。長い髪をおさげにしており、若干垂れ目のためか気が弱そうな印象を受けた。


「あれ誰だ」

「ああ、あの子だよ。さっき言ってた占いの子」

「あの子か。……随分人気なんだな」

「特に今日みたいな日はね。普段はあんまりそういう事してくれないから」


 どうやら取り囲んでいる学生達は彼女に占ってもらおうと付いて回っているらしい。教室から出ているという事は恐らく休憩中なのだろう。しかしそれを許されない程の人気があるというのは中々のものだった。単に彼女にカリスマ性があるというだけならそれでいいのだが、もし洗脳の様な事をしているのなら放っておくのはまずい気がした。


「大変そうだね……」

「まさにカリスマだな」

「だね。普段は凄い大人しい子だから。こういう状況に慣れてないだろうし、きつそう……」


 しばらく見ていると中心に居た彼女は突然走り出してこちらへと近寄るとアタシの後ろに隠れた。突然の事で困惑していると後を追ってきた人々に囲まれてしまった。


「オ、オイオイ何だよ……」

「助けてください……」

「だ、大丈夫? 確かあなたって……」


 取り囲んでいる人々は概ね「自分も占って欲しい」という様な事を言っていた。中にはやつれた風貌の人物やお年寄りも混ざっており、どうやら学外にも彼女の噂が広まっているらしかった。しかし後ろに隠れた彼女は最早愛想笑いも出来ない程に怯えており、流石に見ていられなかった。


「あー……ちょっと一回落ち着かないっスか」

「何だお前は! その人に用があるんだ、さっさと退け!」

「お願いです! うちの息子の、息子の病気は治るんですか!?」


 どうやら切羽詰まった様子の人間も居るらしく、こちらの話に耳を貸してくれる様子は無かった。すると翠は鞄から亀の折り紙を取り出し、鞄の中に隠している瓶に手を触れながら力を発動させた。

 人除けに使われる『玄武ノ陣』を発動させた事によって、人々はふっとこちらへの関心を失いその場から散り散りになっていった。それから少しして落ち着くと、後ろに隠れていた彼女は背中から離れた。


「あ、ありがとうございました。助かりました……」

「あーいやそのだな……えっと……」

「隠さなくても大丈夫ですよ。私も持ってるんです。そういう力」

「じゃあ占いは本当なんだ……。えっと……」

三瀬川賽みつせがわさえ。二年三組。翠ちゃんは二組だよね?」

「えっ? 私の事知ってるの?」

「うん。こっちのお姉さんは雅さんですよね」


 彼女の前で名前を言った覚えは無かった。翠はこの学校の生徒であり、同じ学年であるため知られていてもおかしくはないが、何故自分の事を知っているのだろうか。翠はアタシの事を「みやちゃん」と呼んでおり、本名で呼ぶ事はそうそうない。彼女に名前を知るタイミングなどは無かった筈だ。


「何で知ってる……」

「私、触れば分かるんです。雅さんの名前も翠ちゃんの名前も、お家の構造も分かりますよ」


 賽はにっこりと優しく微笑んだが、全てを見透かされているという部分のせいで恐怖でしかなかった。すると彼女はこちらの心を読み取ったかの様に少し慌てた様子だった。


「あっあっごめんなさい。私その……嫌な気持ちにさせちゃいましたよね……」

「いや、気にすンな……まあそういう力がある人間も居るさ」

「えっと三瀬川さん。どうして囲まれてたの?」

「休憩に行こうとしたんだけど急に囲まれちゃって……ああいう時どうしたらいいのか分かんなくて……。最初はとりあえず笑ってたんだけど、何か段々具合悪くなっちゃって……」

「皆君の占いに縋ってるみたいだったな」

「そっそうなんです! 去年ちょっとした出し物でやっただけなのに……」


 賽は不安そうに周囲を見渡した。


「最初はお遊びのつもりだったんです。でも皆……急に私の事ちやほやしだして……」


 呼吸が乱れ始めている様子だったため背中を擦る。


「無理に言わなくていい。まあ何だ……あんまその力は使わねェ方がいいかもな」

「そうだね。三瀬川さんのためにも普通にしといた方がいいよ」

「だ、駄目なんです! それじゃ駄目! 私……全部見えちゃうんです……」

「全部ってのは?」

「私……魂が見えるんです。それを見ればその人がどんな感情なのかも分かるし、体調がいいか悪いかも分かる。占いっていうのもそれでやってだけなんです。だから止めたくても無理なんです……」

「言わなきゃいいだけだろ?」

「で、でも雅さん……良くない状態の人を放っておくなんてそんな事……」


 どうやら彼女は自分の力を上手く制御出来ていない様子だった。見たくなくても魂の状態が見えてしまい、お人好しな性格のせいで黙っている事も出来ない。彼女の性格にはあまりにも辛い能力だった。


「人が好すぎだ。つけ込まれるぞ」

「三瀬川さん、悪い事は言わないから何が見えても言わない方がいいよ」

「そういう事だ。……なァ、もう大丈夫か? 今はクラスには戻らない方がいいぜ」


 そう言って離れようとすると賽は裾を掴んで止めてきた。


「ま、待ってください……」

「オイ、アタシはあくまで部外者なンだ。これからも守ってやるなんて出来ねェンだぞ」

「いえ、そうじゃなくて……一つ聞きたい事があって……」

「何だよ?」

「……えっと、私小さい頃入院してたんだけど、その時に変な子に会って……」

「変な子?」

「うん……確か三歳の時だったかな。同じ病室でね、よくお話とかしてたんだけど急に居なくなっちゃったんだ」

「居なくなった?」

「はい。看護師さんに聞いても教えてくれないし、退院したのかなって思ってたんです。でもある日見かけたんですよ病院の中で。でも何故かどんなに呼んでも反応してくれなくて……」


 看護師が話してくれないという時点で何となく予測がつく。恐らくその子は死亡していたのだろう。病気か怪我かは分からないが、いずれにせよその子は亡くなった。だが賽はその考えに至ってない様に思える。魂が見えるという特性上、死者と生者の区別がついていないのだろうか。


「夜ノ見病院です。見た事ありませんか?」

「……悪いが無いな。その子は本当に生きてる子なのか?」

「え? あの、どういう意味ですか?」

「え、えっとね三瀬川さん。みやちゃんは多分、その子が亡くなってるんじゃないかって言いたいんだと思うよ」


 賽はしばらくの間沈黙し、その間ずっと発言の意味を理解出来ていない様な顔をしていた。


「なくなるって……人はなくならないですよ? 物じゃないんですから」

「いやだからな三瀬川、病気か何か分からンがその子はもう死んでるンじゃないかって言いたいンだ」

「しんじゃうって……何ですか?」

「えっ三瀬川さん……?」

「しんじゃうってどういう意味なんですか?」


 彼女のその反応を見て自分の考えが甘かった事を理解した。死者と生者の区別がついていないというだけでなく、死という概念そのものを理解していないらしい。恐らく彼女は魂で生き物を識別しており、それ故に肉体が死亡しても魂だけを見ているため死んだという事に気付けない。


「……三瀬川」

「はい」

「その子がどうなったか調べれば満足するンだな?」

「気になるんです。凄く仲良しだったから……」

「分かった……じゃあ協力してやる。ただし条件がある」

「条件ですか?」

「ああ。どんな結果でも受け入れるって事だ」

「えーっと、よく分からないですけど、会えるならいいですよ」

「分かった。じゃあ後でここに連絡しろ」


 賽にスマホの番号を見せて教えると彼女はそれをすぐにメモした。その後すぐに別れて翠と共に買い食いを再開した。翠は彼女に協力するという考えに困惑しているらしく、その件について尋ねてきた。


「どうして協力する事にしたの?」

「多分あの子は生と死って概念が無い。あの子の目には、脳には……両方の世界が映ってるンだ」

「霊体も見えてるって事……?」

「あの子の言葉を借りるなら魂だな。あくまで予測だが、三瀬川は生き物が死ぬ瞬間を目撃してもそれを死として認識出来ないンだ。魂が残り続けるからな」

「そんな事ってあるのかな。学校とかで学んだりとか、それこそテレビでそういうのを見たりとか……」

「そこは何とも言えねェな。脳が拒否してるのか、それとも単純にあの子自身の考えなのか……ともかくあの子は死人も生者として見えてる可能性が高い」


 自分の考えが合っているかどうかは分からなかったが、いずれにしても死という概念を正しく認識出来ていないのは危険だった。彼女の能力ならば本物の教祖として宗教を作り出す事は容易い。彼女自身にその気は無いだろうが、あのお人好しの性格につけ込まれて教祖に仕立て上げられるかもしれない。赤の他人とはいえ、悪意のない人間が利用されるのは寝覚めが悪くなる。場合によっては彼女自身が人を殺してしまう可能性も出てくる。死を理解していないという事は、人が死に至る様な事も平気でするかもしれないのだ。どれだけ悪意が無くてもそれを決めるのは他人だ。一度そういう事をしてしまえば、彼女は前科者になる。


「悪いが翠、手伝ってくれるか?」

「うん。気にしないで。私ちゃんと楽しめてるよ」

「そうか……すまん」

「もー謝らないで! 私、みやちゃんのそういうところ好きだよ」

「何がだよ?」

「優しいところ」


 翠はクスッと笑い次の商品を買いに露店の方へと駆けて行った。既に能力が解除されていたらしく、今更ながら人通りが戻っている事に気が付いた。

 翠、お前ェは間違ってるよ。アタシは優しい人間じゃないんだ。こんなのただの偽善に過ぎない。犯した罪からは逃れられないんだ。少しでも許しが欲しい卑しい人間なんだよ。さっきのだって昔犯した罪への贖罪に過ぎないんだ。アタシみたいにならない様にするための予防接種みたいなモンなんだよ。

 綿あめを持って翠はこちらに走ってきた。楽し気なその笑顔にアタシはただ、作り笑顔を向けるしか出来なかった。

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