第30話 ゆうしゃ王都に着く
王都へは伯爵である私の名前を出すことですんなりと入ることが出来た。
奴らが何か問題を起こすかと心配していたが、特に問題は起こさなかったようだ。
まあ、ゴブリンに囲まれたことでまだ馬車の中で震えているのかも知れんがな。
本来なら我が伯爵家の王都の館に向かうべきなのだが、奴らを館に入れる気はない。
領兵に先ぶれを出させ、さるお方、ルートヴィヒ公爵の館に直接向かうことにした。
ルードヴィヒ公爵はクラウス国王の弟で、武闘派の筆頭として知られる方だ。
クラウス国王は長年続いた帝国との戦争で疲弊した国力の回復を優先すべきとする、内政派と呼ばれる派閥を従えている。
王位引継ぎの際に兄弟でもめたという話は有名だが、先代の国王により長兄のクラウス様が王位につくと公爵は国王に従うようになった。
内政に力を入れるとはいえ、国防も重要な要素であることは間違いなく、ルードヴィヒ公爵は軍部を従えその訓練と増強に余念がない。
クラウス国王も、国防の範囲に収まる限りルードヴィヒ公爵の好きにやらせているようだ。
公爵の館に到着し案内を乞う。
奴らは私の馬車を見て、自分たちの馬車よりも遥かに高級なことを口々に毒づいていたが、面倒なので聞こえないふりをしていた。
「マルセル、ご苦労だったな」
公爵の私室だろうか豪勢に飾り付けられた部屋に私だけが通される。
武闘派筆頭の名は伊達ではなく、190㎝を超える長身に鍛え上げられた鋼のような筋肉をもつ男が公爵だった。
王家の血を継ぐだけあって金髪を短く刈り上げたその顔は、渋さの漂うナイスミドルでその険のある目が無ければ、多くの女が振り返るような美男子であった。
ただその瞳が鋭すぎる光を発して余人にとって近寄りがたい存在感をまとっていた。
「あの4人が勇者なのだな、どのような奴らだ?お前の感想を聞きたい」
「はっ、あの4名が自称勇者で間違いございません。
自称と申し上げたのは、勇者としては余りにも貧弱であり人格も控えめに言って最悪と感じたからです」
「ふっ、お前がそこまで言うとはそれほどひどい連中なのか」
「ええ、私がこれまで生きてきた中で間違いなく5本の指に入りますね」
「ははは、4人いて5本の指ということは、人生の中で最も最悪ということになるのか」
「あのようなもの、連れてきておいて言うのもなんですが利用価値があるとお考えなのですか?」
「まあ、何とかとはさみは使いようということだ、それより転移者というのは間違いないのか?」
「ええ、奴らの来ていた服は今まで見たことのないものでしたし、こちらの常識を全く知りません
転移者でなく、私の領地にあのようなものが暮らしていたとは考えたくもありません」
「ははは、よっぽど気に食わなかったようだな
転移者であるなら鍛えればそこそこのモノにはなるだろう、過去の文献からも転移者は我々よりも成長が著しいらしいからな。
ご苦労だった、4人はこちらで預かる、急な移動で疲れたであろう屋敷に戻ってゆっくりするがよい
礼は包んでおいたから帰りに受け取ってくれ」
「はっ、ありがとうございます。これで失礼させていただきます。」
豪華な部屋を出て、私は4人には合わないようして公爵の館を後にした。
「4人を連れて来いっ!」
公爵は家人に命令した後4人の扱いを考える。
マルセルの話から、猿程度の知恵はあるだろうが躾のなっていない獣のような奴らだろう。
下手に出るよりも抑えつける方が管理しやすそうだな、獣は鞭で躾けるのが当然だな。
この時が4人の王都での待遇が決まった瞬間であった。
マルセルの馬車が王都に差し掛かる頃、王都の門のそばに人目を避けるように佇む2人の男がいた。
男たちは、王都に到着した伯爵の馬車の後を付かず離れずの距離を保ちながら後をつける。
公爵の館まで尾行した2人のうち1人がその場を離れ、もう一人がそのまま館から距離を取りつつも、入り口が見える位置を確保して見張りを続ける。
やがて、伯爵の馬車が館を出ると男も姿を消した。
「やはり、勇者を呼び出したのは公爵なのか」
ここは王都の王国ギルド本部内のギルマスの執務室である。
白髪が目立つ年齢だがまだまだ現役といっても良いぐらいに鍛えられた身体の男がギルマスのようだ。
「はい、伯爵の馬車ともう一台の馬車が公爵の館に入っていくのを確認しました。
もう一台の馬車に勇者と思われる4人の男女がいたことも確認しています」
そう話すのは公爵の館から先に離れた男だ、ギルドの諜報を担当する部署に属しギルマスの目と耳となって働く男たちの一人である。
「出来れば当たって欲しくない予想ほど当たってしまうもんだな…
おそらくそのまま館に留め置いて戦力として鍛え上げるつもりだろう。
考えたくはないが、戦争を仕掛けるつもりだろうな…」
「この平和なご時世にどことやろうってんですか?」
「ふっ、平和に見えるのは上辺だけだよ、水面下ではいろいろと各国で遣り合ってはいるのさ」
「そんな…うちの爺さんもやっとこの国も戦争の跡が見えなくなったって、平和が一番だってこないだも酔っぱらってたんだぜ
誰も戦争なんか望んじゃいねぇよっ!」
「俺に言われてもどうしようもないだろうが。そもそも戦争をしたがっているのは公爵様だぞ」
「ちっ、何とかならないですかっ!ギルマスなら何か考えがあるでしょう」
「そりゃ何とかできればしたいが、俺の権限より遥かに上の話だからな。出来ることは限られてくるのはやむをえまい。
まあ、傍観するつもりはないし出来ることは全部やってみるつもりではある」
「そうこなくっちゃ!何でも言ってくれ、戦争を回避できるならなんだってやるぜっ!」
勇者が王都に入ったことで、上辺だけでも平和だった王都もゆっくりと動き出すことになる。
「アデーレ今日は勘弁してくれ、たまにはゆっくり寝かせてくれ」
そのころキョウスケは娼館で女たちに搾り取られていた。
寝起きから酒を飲み、女たちと遊んだりと爛れ切った生活を楽しんでいた。
たまに、図書館に行き活字中毒を解消する以外は娼館から出ることはなかった。
会社勤めのキョウスケが元の世界では働きもせずこんな暮らしをしていれば、何を言われるかわかったもんではなく、当然金も続くわけがない。
そういう意味でもいつでも酒が飲め好きなことが出来るこの生活は理想をかなえたといっても過言ではなかった。
そんな夢のような暮らしのある日のこと、いつも通りラウンジでビール片手にヒルダといちゃついていた時のことだった。
「キョウスケさんとお話ししたいって方がいるんだけど…」
店の女の子が俺に声をかけてきた。娼館に居続けて半月ほどになり女の子たちもキョウスケにはかなり砕けた話し方になっていた。
「誰だ?この店で会うような知り合いはいないはずだが」
「ちょっと前にオークキングをみんなにふるまったじゃない?その時に来ていたお客さんらしいよ」
「もうオークキングは持ってないぞ、他のならあるが提供するつもりはない」
「うーん、用件は会ってかららしいけどお肉が欲しいって感じじゃなかったよ」
「そっちの方が面倒な気がするが、まあいいか特に急ぎの用もないし話ぐらい聞いてやるか」
「ふふふ、急ぎも何もお酒を飲むか女の子と遊ぶぐらいしかしてないじゃないの」
「おいおいヒルダがそれを言うか?ほとんど一緒に飲んだくれてるのは一緒だろ」
「あら、私はそんなに飲んでないわよ。キョウスケさんに引っ付いているのが好きなだけよ」
ヒルダは拗ねたような顔をして、俺の腕に胸を押し付けてくる。
「ねえねえ、結局連れてきていいの?」
「ああ、構わんよ」
俺とヒルダがいちゃつきだしたので、慌てて女の子が割り込んできた。
そして、仕立てのよさそうな服を着た俺と同じ位の年齢の男が女の子に連れられてやってきた。
一見黒髪に見える濃い茶色の髪を後ろに奇麗に梳かし付け、一見ホストか何かに見える色男だ。
だがその目は只物ではない知性をたたえていた。