第2話 禁止されてないなら持って行ってもいいよね
「魔力操作」のスキルをもらえたようだが、特に何の変化も感じない。
言語理解の時のような違和感があるかと警戒したが肩透かしにあったようだ。
俺は、書庫に戻り読み残しがないか確認。
灰色にここのものは持っていけるのか確認したところ、「わからないが禁止されているというわけではない」と言うので、
属性が存在しないと書いてあった一冊だけ鞄に突っ込むことにした。
キッチンに戻りそのまま食べれそうなハムや干物、酒を数本見繕って鞄に突っ込む。
他に必要なものはないかと改めて確認する。
衣食住と考えた場合、今の格好はいかにもなスーツのサラリーマンでこれはいろいろと問題がありそうだ。
食事についてはキッチンから頂いたものでしばらくは過ごせるだろう。
住むところ、もちろん家などは持っていけるわけはないがテントのような野宿に必要なものはあった方が良い。
灰色に服や装備、野営に必要なものはないか聞いてみると、灰色は別の部屋に案内してくれた。
そこは物置や倉庫といった位置づけの部屋のようで、雑多なものが棚に整理されていた。
野営セットらしきテントや寝袋も見つけることが出来た。
装備についてはスーツよりはましな動きやすそうな服と、革製らしき鎧、剣を一本見つけることが出来た。
ただ量がそれなりになるため、今持っている通勤に使っていた鞄には当然入るわけがない。
灰色に、この大量の荷物を運べそうな鞄はないか聞いてみる。
灰色は残念なものを見るようにこちらをうかがったような気がしたが、奥の棚から指輪を一つ持ってきてくれた。
「保管庫の指輪を使えばよい」
いきなりよくわからない指輪を渡されたが、これがいわゆる「異世界もの名物」の「アイテムバック」ということなのだろうか。
利き腕だと邪魔になるかと思い左の人差し指に嵌めてみた。
「指輪をかざして「格納」といえば収納される」灰色は親切にも説明してくれた。
野営セットに左手を向け「格納」とつぶやくと、一瞬で野営セットが消えた。
「その指輪に意識を向ければ、収納されているものがわかる」親切な灰色が続けてくれる。
言われた通り指輪を見つめてみると、「野営セット一式」という文字がイメージに浮かんだ。
続けて皮の鎧と剣も「格納」する。感覚的にまだまだ収納可能な気がする。
荷物を持ち歩かなくてよいならと、改めて倉庫の中を物色して回ることにした。
どうやら現金は見当たらないので、換金できそうな貴金属や宝石を「格納」していく。
改めてキッチンに戻りさっきは鞄に入らなかった食料を手当たり次第に「格納」し、当然酒も全部「格納」した。
書庫にも寄り、地図や歴史、風俗や民間伝承といった昨夜寝ぼけながら読んでいた本を「格納」しておいた。
めぼしいものは格納し終わったので、約束通り転移するか。
その前に親切だが不愛想な灰色に「助かったよ、ありがとう」と感謝を述べておく。
そして、つぶやいた、
「転移...」
灰色はめぼしいものを根こそぎ持って行った俺から、礼を言われて呆然としているようであったが、
その姿を見ることはなかった。
「面白い人間だな、興味深い」
渋い声が誰もいなくなった空間にこだまする。
転移先は見晴らしの良い草原だった。
少し歩けば森があり、かなり大きな規模の深い森のようだ、森の端が見えず奥行きも全くわからない。
その森沿いの道の先に町のようなものが、かすかに見える。
足元にペットボトルや菓子の袋が散乱していなければ、非常にのどかな風景だったのだが…。
おそらく先に転移した学生の散らかしたものだろう。異世界にペットボトルがあるとは思いたくない。
周りに姿が見えないことから、すでに町に移動したのだろうと思われる。
同郷のものとして恥ずかしいので、ごみをまとめて「格納」しておく。
ひとまず日差しを避けるためにも森に向かうことにした。
町に入る前に、現状の分析と戦力の確認が必要と考えたためでもある。
あの部屋の渋い声が言っていた内容も気になる、少なくとも自分の能力程度は把握しておきたい。
森の端の倒木に腰掛け、「ステータス」と声に出してみる。
するとまるでゲームのように半透明のスクリーンが表示される。
「転移者」
能力値:3,000
スキル:
「魔法」
「魔力操作」
ステータスの数値については他人と比較しないとどうしようもないので検証は後回しだ。
鞄から書庫から持ち出した魔法書を取り出し改めて確認する。
「魔法とは術者のイメージの再現である」、「イメージを明確にするために4属性に分けるとよい」
やはり、基本4属性とは後付けの感がぬぐえない、検証あるのみだろう。
まずは火魔法の基本とされるファイヤーボール、単純に火の玉を作り飛ばすという魔法だ。
「ファイヤーボール」
イメージして名前を声に出すと、単純な魔法だけあって草原に向かって発動に成功した。
単純ではあるが、人生初魔法に年甲斐もなく興奮してしまった。
そしてこの時点で詠唱が必要というルールは不要であることが証明された。
魔法書には、この年で人前で口に出すなどとても耐えられないような恥ずかしい文言が長々と記載されていたが、
これを使わずに済んだことは、非常に大きい。戦闘時にこんな長い文言を唱えている間はないだろうし、特に俺の精神衛生上、詠唱が不要なことは非常に大きい。
ただ、上級者になれば、詠唱を省略して魔法名だけでも発動できるそうなので、俺が上級者並みという可能性も残ってはいるが。
しかし改めて考えると、いい年をした大人が「ファイヤーボール」と言っている絵も少し、いやかなり恥ずかしい。
この辺りは今後の課題としておこう。
まあ、魔法が一般的な世界ならば恥ずかしいと思う方がおかしいということも十分あり得ることだ。
次はこの火の玉の温度に変化を与えてみたい。
高温のイメージの青い火の玉を想像し、「ファイヤーボール!」と声に出す。
するとイメージ通りの青いファイヤーボールが発現した。
ここまでは想定通りである、次に低温をイメージするが低温の火の玉ってところで悩む。
そもそもこの火の玉はどこから出現して、何が燃えているのだろうと。
大気中の物質が高温になることで発火しているのならば、低温になれば凍結するのでは?
そこで水蒸気が凍る様を想像し、「ファイヤーボール」と声に出す。
すると空中に握りこぶし大の氷の塊が出現した。
「...もう「ファイヤー」では無いな」
だが、これで「ファイヤーボール」で氷が出現することが確認できた。
やはり4属性魔法というのは、書庫から持ち出した魔法書にあるようにイメージを明確にするための分類でしかなさそうだ。
改めてステータスの内容を思い出す。
「魔法」
これは本来なら「火魔法」のように属性付きで表示されるのではないか?
魔法書を読んだ俺は4属性を信用していない。
その結果ステータスに属性なしの「魔法」のみが表示されているのではないかと考えたが、これも他人と比較しなければわからないため一旦考えるのをやめる。
それよりも今は自分の能力を確認する方が先決だ。
さっきと同じ水蒸気が凍る様を想像し「アイスボール」と声に出す。
先ほどと同じ握りこぶし大の氷の塊が出現した。
これでイメージが同じなら魔法名が違っても結果が同じになることが確認できた。
念のため全く関係のない言葉で同じイメージでつぶやいてみる。
「黒ビール...」
同じ氷の塊が出現できた、出来てしまった...
発する言葉は発動するきっかけでしかないのではと思い、同じように発動まで含めたイメージを無言で行った。
氷の塊が出現したその時「「無詠唱」スキルを習得しました!」と頭の奥から声が聞こえた。
何やらスキルを習得できたらしいので、確認してみる。
「転移者」
能力値:3,500
スキル:
「魔法」
「魔力操作」
「無詠唱」
「無詠唱」スキルが追加されていた。
あとステータスの数値も増えてないか?
結構簡単にステータスってのは上昇するんだな。だがこの分だとこの世界の一般人は俺よりも大分強いことが想定されてしまう。
いくら初期値が高く成長率が良いといっても、ついさっきこの世界に来た俺と長年暮らし続けたこの世界の人が同じと考えるのは、
少し都合が良すぎる気がする。
このステータスのまま町に向かえば、抗うすべもなく言いなりになるしかない未来が待っているかもしれない。
先に行った学生連中がすでに町に向かっている状況とすると、このまま向かって良いカモがもう一匹増えただけになるのは避けたい。
食料と酒はある程度持つぐらいは鞄に詰めてきたので、しばらくこの辺りで対策しておく必要があるな。
まあ、ここで酒の心配をしている程度には焦っていないのだろうが。