第六話 『不思議な果実』
「ねえ、あの時マコトが言った作戦変更って、結局どういう意味だったの?」
「ああ、そのことか」
馬車に揺られながら、僕はふと疑問に思ったことをマコトに質問した。
あの後、野盗によって全滅させられた(ことになっている)五人の護衛+野盗との交戦で気絶した(ことになっている)仲間(女神様)を馬車の荷台に押し込んだ僕たちは、アトラさんの厚意で城まで馬車に乗せてもらえることになっていた。
ちなみに、そのアトラさんはここにはいない。僕が麻酔銃で御者さんを仕留めちゃったので、代わりに御者台で手綱を握っているのだ。
「たしかに、最初は適当な金持ちを捕まえて身代金を要求しようと考えていた訳だが、相手が王族ともなれば話は変わってくる」
「どうして?」
「国そのものと敵対することになるからだ」
その回答だけで、頭のいい僕は全てを察した。
真面目な顔で頷き、口を開く。
「つまり?」
「あの場は無理に危ない橋を渡るより、王族に恩を売る方が賢いと判断した。結果的に見れば、当初の資金調達も褒美という形で達成された訳だしな」
マコトの説明を聞き終えて、僕は腕を組みながら「ナルホド」と深く頷き、
「実は僕も全く同じことを考えて」
「寝言は永眠して死ね」
――つまり二回死ねと?
「俺は眠い。少し寝させてもらう。着いたら起こしてくれ」
一方的にそう告げると、目を閉じたマコトはすぐに寝息を立て始めた。
わざわざ無防備な姿を晒してくれるとは好都合。その快眠を永眠へと変えるべく、僕は手頃な凶器を探して馬車の中を物色する。
「――ん?」
座席の下に何か四角い物体を見つけて、僕はそれを引っ張り出してみた。
その四角い物体の正体は小さな黒塗りの箱だった。蓋を開けてみようとするも、がっちりと施錠されていてびくともしない。
――お宝の予感。
鼻歌交じりにリュックを漁り、一本のクリップを取り出す。
それを鍵穴に刺し込んで、ちょちょいと弄ればあら不思議。あっと言う間にロックが外れ、素晴らしいお宝とご対面だ。
「……果実?」
箱の中には、団子ほどの大きさをした果実が二つ入っていた。
七色に輝く不思議な色合いの果実は、見ようによってはお宝と呼べなくもない。だけど、残念ながら僕の求めていたお宝とは少し毛色が違う。
「うーん……ま、いっか!」
多少の肩透かし感はあったけど、せっかくなので頂いておくことにする。ちょうど小腹も空いてたところだしね。
「…………」
施錠し直した箱を元の場所に戻して、いざ実食しようとしたところで、僕はふと動きを止めて考え込むように果実を凝視した。
ややあって、果実の片方を隣で眠るクズの口にねじ込み、顎を掴んで強引に咀嚼させて飲み込ませる。そのまましばらく反応を観察してみるも、残念ながら悶え苦しみ出すようなことにはならなかった。
「うん、どうやら食べても平気みたいだね!」
毒見を済ませ、安全性も確認できたので、僕は果実を一口で頬張った。
咀嚼した瞬間、濃厚な果汁が一気に弾け、口の中いっぱいに幸せが広がる。
「はふぅ~」
幸福に頬が緩むのを感じながら、僕は満足げに吐息した。
誇張抜きに、今までに食べた果実の中で一番おいしかった。毒見の為とはいえ、マコトに一つ食べさせたのを後悔するほどに。
ともあれ、小腹も膨れて満足した僕は、到着までの時間を外の景色でも眺めて過ごすことにした。窓の縁に頬杖を着いて、何気なく外に目を向ける。
『――HEY!!』
――森で遭遇したあのフレンドリーな巨鳥が馬車と並走していた。
「ほう」
目が合うと、気さくな感じで片翼を上げてくる鳥に僕は真面目な顔で首肯。
そして後ろに振り返れば、眠るマコトの膝上にちょこんと座る見知らぬ和服姿の少女とばっちり目が合った。
闇のような瞳と長い黒髪、真っ黒な和服には赤い腰帯が巻かれ、髪の横に一輪の彼岸花を咲かせた、どこか日本人形のような十歳くらいの女の子だ。
「……呪い殺すよ?」
「ほほう」
綺麗な黒髪をさらりと揺らして小首を傾げる少女、その愛らしい唇から放たれた突然の呪殺脅迫に、顎に手を当てた僕は再び真面目な顔で首肯。
「ぁ、れ……? 私、どうしてこんな所に……ってぴゃああああああああああああああああああああああああああああうみゃッ!?」
と、荷台で目を覚ました女神様が自分に密着する屈強な男たちに悲鳴を上げ、そのまま二度目の失神を迎えて後頭部を強打する光景が車内の窓から見えた。
以上の出来事を踏まえ、瞑目した僕は深く頷くと、
「カオス……っ!」
一瞬で混沌と化した状況に頬を引き攣らせていると、女神様の悲鳴を聞き付けたアトラさんが何事だと声を張り上げてきた。
「オイ、なんだ今の悲鳴!?」
「聞いて下さいアトラさん! 鳥が並走で和服女児に呪殺脅迫からの女神様が失神なんです!」
「鳥、女児が……は? 待て、何だって?」
ダメだ! アトラさんの乏しい脳みそには情報量が多すぎる!
「とにかく、まずは馬車の横を見て下さい!」
「横って……うおォっ!?」
御者台から身を乗り出したアトラさんが馬車に並走する巨鳥を見て驚愕する。
その動揺が手綱から馬にも伝わったらしく、馬車が激しく蛇行した。しかしそれも、すぐに手綱を引いて制御したアトラさんによって鎮められ、
「待て待て待て! まさかとは思うが、ありゃ『ショウヘイ』じゃねェか!?」
「え……しょうへい?」
ひどく慌てた様子のアトラさんが鳥の名前を叫ぶように告げる。
ただ、その名前があまりにも拍子抜け過ぎて、僕はぽかんとしながら聞き返す。
「アイツの『HEY!』って呼びかけに対してイカした返事が出来ねェと、種族問わず近くの仲間を呼んで報復に来るっつー厄介極りねェ魔獣だ!」
――なんて理不尽な。
「って、魔獣!? アレって、魔獣なの!?」
「とっくの昔に絶滅したヤツだかんな、知らねェのも無理ねェか……!」
そういう意味で驚いた訳じゃないんだけど……とにかく、どうやらこの世界には魔獣なんて言うモンスターが存在するらしい。
そして、今の話が本当なら――、
「…………」
そっと、僕は開いた窓から後ろを窺う。すると、後方の遥か遠くに大量の土煙を上げながら迫って来る、異形の大群が見えてしまった。
めちゃくちゃに首を振りながら爆走するラリった顔の馬、交尾しながら飛び跳ねる不気味な色の巨大蛙、自分の頭蓋骨を蹴りながら走る人骨、etc……。
「まともそうなモンスターが一体も見当たらない……ッ!」
「ちィッ! 魔獣パレードがもう始まってやがる! 呼びかける前から魔獣どもを引き連れてるなんざ、聞いたことがねェぞ……ッ!」
絶滅種だからまだ未解明の情報が――的なことをアトラさんが恨めしそうに呟く。とてもじゃないけど、僕とマコトが原因だとは言い出せなかった。
だから、せめてもの罪滅ぼしにと、立ち上がった僕はアトラさんに提案する。
「アトラさん! 僕に出来ることがあればなんでも言って! 協力するよ!」
「じゃあ、荷物を減らせ! 座席の下にある小さな箱以外なら何でも構わねェ! とにかく、重い物から優先して放り捨てろ!」
「了解、重い者だね!」
僕は細い体を駆使して車内の窓から荷台に移ると、気を失った護衛たちの中から一番体の大きいちょび髭の巨漢を荷台から外に放り捨てた。
ちょび髭の巨漢は大きく地面をバウンドし、いつの間にか馬車の後ろに回り込んでいた『ショウヘイ』にそのまま丸呑みにされた。
尊い犠牲に合掌する。でも、魔獣の群れとの距離は一向に開かない。どころか、どんどん距離が詰まってきている。
ダメだ! 荷台の重い者を全部捨てても、これじゃ追い付かれる!
「どうすれば……っ!」
手詰まりの状況に歯軋りして、僕の顔が焦燥感に歪む。
と、その時だった。何か体の奥底から途方もない力の奔流が溢れてくるのを感じて、僕は自分の胸にそっと手を当てて俯いた。
「なんだ、これ……?」
疑問の声が漏れる。でも、すぐに顔は持ち上がり、前を――魔獣の群れを見た。
確証もなければ、自信もない。でも、確信はあった。産声を上げるこの『力』が、僕に囁きかけてくる。解き放てと。みんなを救えと!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
雄叫びを上げて、僕は手の平を魔獣の群れに突き出した。
何が起こるのかは分からない。でも、何かが起こるのは分かった。
「ちょび髭さんの仇ぃ――ッ!!」
次の瞬間、突き出した僕の手から眩い光の衝撃波が放たれた。その光の衝撃波は僕を呑み込み、錐揉み回転で後方に吹き飛んだ僕は、先ほど通ってきた車内の窓を貫通――し切れず、綺麗に肩から上だけが窓枠に挟まった。
「…………」
ふと視線を感じてそちらを見れば、あの和服少女と目が合った。
少女は未だに熟睡中のマコトの膝に座りながら、どこから取り出したのか藁人形を小さな手で弄りつつ、まるで生ゴミを見るような目で僕を見ていた。
なので、ひとまず僕は爽やかな笑みと共にウィンクを飛ばし、
「万事休す!」
「…………」
ウィンクを連打する僕に向けて、少女が凍え切った眼差しを向けてくる。懲りずにウィンクを続けていると、不意に少女の小さな手が僕の顔に伸びてきた。
「分かった。キスだね?」
意図を察した僕が目を閉じると、こめかみに手が触れる感覚があった。
そして、唇に柔らかい感触が押し当てられる幸せなイメージを粉々に打ち砕くほど深刻な激痛と共にこめかみの毛根が死滅した。
「いだぁッ!?」
堪らず悲鳴を上げて目を開けると、涙で霞んだ視界の中にひと房の金毛を片手に持った和服少女の姿が見えた。
少女は僕から毟り取った毛の束から一本だけ引き抜くと、あとは窓から全て放り捨て、抜き取った一本を持っていた藁人形に結び始める。
何をしているのだろうかと涙目で見ていると、少女は僕の髪の毛を結んだ藁人形を無造作に窓から外へと放り投げた。
「?」
その行動の意味が理解できず、僕は眉を寄せて首を傾げる。
そんな僕に視線を合わせず、眠るマコトの胸に背中を預けた和服少女が一言。
「これで解決」
「え? それってどういう……あ、痛い。ちょっと、あ、痛い!? ねえ、凄く痛いんだけど!? 何これ、どうなってんの!? 痛い痛い痛い痛いッ!?」
窓に挟まって身動きが取れない僕の全身を不可解な激痛が襲う。
目に見えない誰かにひたすら殴られるような感覚だ。
「よっしゃ! よく分かんねェが、魔獣どもが一か所に群がってやがる! 今の内に一気に巻くぞ! 舌ァ噛むなよ――ッ!!」
そんなアトラさんの声と共に、馬車が荒っぽく急加速。魔獣の群れからぐんぐんと遠ざかり、やがてその影も完全に見えなくなる。
こうして僕たちは、辛くも魔獣の群れから逃げおおせることが出来たのだった。
「起きろマコトぉ――ッ!! 起きて僕を助けろ、このクズ野郎がぁ――ッ!!」
――結局、クズは到着まで一度も目を覚ますことはなかった。