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第四話 『お金を稼ごう』


 舗装された道を真っ直ぐ、豪華な装飾が施された馬車が進んでくる。

 その馬車を先導するのは、武装した四人の男だ。どうやらあの馬車を、厳密に言えば中に乗っている人物を護衛しているらしい。


「――――」


 一方の僕はと言うと、リュックの中に入れてきた雨具で全身をすっぽりと覆い隠し、堂々とした足取りで馬車と対面方向に歩いていた。

 このままいけば、十秒もしない内に彼らとすれ違うことになるだろう。

 道幅は広く、互いに道を譲らなくてもぶつかる心配なんて全くない。



 ――なので。



「おっと足と肘が滑ったぁ――ッ!!」


「ぐぼぅ――ッッ!?」


 すれ違いざまに、うっかり足を滑らした僕のエルボーがちょび髭が特徴的な巨漢の顔面を正確に貫いた。

 鼻血を撒き散らして吹き飛ぶ巨漢を他の護衛がぽかんと口を開けて見送る。

 ただし、一人だけ――、


「――ッ!!」


 赤い髪に赤い瞳、赤い衣服を身に纏った全身真っ赤な青年だけがすぐさま反応し、腰の剣に手を伸ばすのが見えた。

 だけど、その剣が抜き放たれるよりも先に――、


「ぶつかった時の衝撃で因果律が微笑ましいことになり全身の骨が虚空の彼方に吹き飛んだ痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!!」


「なっ……」


 ――地面に身を投げ出し、悶絶する僕の方が一足早かった。


 そんな僕の役者顔負けの演技に騙されて、赤い青年の動きが一瞬止まる。

 その直後、呻き声が二つ上がった。


「これは……っ!?」


 突然、強い眠気に襲われたかのように倒れ伏す護衛の二人。

 そちらへ赤い青年の注意が向いたのを僕は見逃さなかった。

 懐に忍ばせておいた麻酔銃を素早く抜き放ち、ちょうど御者台から飛び降りてきた男の衣服の隙間に狙いを定めると、躊躇なく引き金を引いた。


「君は……ッ!!」


 最後の仲間が倒れ、赤い青年が怒りに顔を歪めながら抜剣。肉薄してきた。

 麻酔銃の再照準が間に合うタイミングでもないし、そもそもこれは単発式だ。

 だけど、何も問題はない。わざわざこの赤い青年を後回しにしたのには、ちゃんとした理由があるのだ。


『――後ろが疎かだぞ?』


「――ッ!?」


 いきなり後ろから声をかけられ、赤い青年がハッとして急ブレーキを掛ける。そして、そのまま勢いよく振り向きながら剣を真後ろに一閃した。

 素人目に見ても、今の一太刀が凄いものであることは分かる。だけどそれも、単なる空振りで終われば思わず失笑が漏れてしまうというもの。


「誰も……いない!?」


「またまた後ろが疎かだよ!」


「っ……バリ――」


 自分の背後に誰もいないのを見て愕然とする赤い青年、その背中に不注意を告げると、ハッと息を詰めた青年が何か口にしようとした。

 だけど残念、僕の方が少し速い。


「アぶるるるるるららららあばばばばばばばばばばばばばばッッッッ!?」


 僕の繰り出したスタンガンがもろに入り、赤い青年が巻き舌で絶叫。激しく全身を痙攣させると、そのままゆっくりと地面に倒れ伏した。

 それを見届けてから、僕は「ふぅ」と息を吐きながら雨具をパージして、


「作戦成功だね、マコト!」


『バカ言え。あの最後の一言は余計だ。自分から不意打ち宣言してどうする』


 痙攣する赤い青年、その近くに落ちていたトランシーバーを拾い上げて作戦成功だと告げると、呆れを孕んだマコトの声が返ってきた。

 このトランシーバーは僕が地面に転がっている際に落としておいた物だ。さっきはこれを通してマコトが赤い青年の注意を引いてくれたという訳だ。


「おぶぶばばばババババババババババババババババッッ!?」


「――念には念を、だ」


 野太い絶叫に振り向くと、僕が最初に吹き飛ばした護衛の一人に、茂みから出てきたマコトがスタンガンを押し当てて完全に意識を刈り取るところだった。

 ちなみに他の二人もマコトが茂みの中から麻酔銃で狙い撃ちしてくれた。あの距離で、しかも両手撃ちで露出した肌を狙う腕はさすがだとしか言いようがない。


「な、なんてことを……!?」


 僕とマコトが作戦成功を祝って拳を合わせていると、ぽかんと口を開けて硬直していた女神様が再起動して茂みの中から飛び出して来た。

 そのままこっちに走って来ると、女神様は物凄い剣幕で詰め寄ってきて、


「お二人とも、どうしてこんなひどい事をしたのですかッ!!」


「「どうしてって……」」


 女神様の怒声に、僕とマコトは互いに顔を見合わせ――、


「「資金調達の為だけど(だが)?」」


「強盗じゃないですか!?」


 同時に答えると、女神様は盛大に目を剥いて驚愕した。

 ただ、その言い分にはさすがの僕もむっとなり、


「強盗じゃないですよ! 僕たちの目的は誘拐です!」


「結局どちらも犯罪じゃないですか!?」


 犯罪って、言いがかりにも程がある。だって、僕らはちゃんと――、


「お金を貰ったら解放するつもりなのに!」


「資金調達ってそういう意味だったんですか!?」


 身の潔白を主張する僕に、なぜか女神様は目をまん丸に見開いて絶句。

 そのまましばらく口をぱくぱくさせていた女神様だったけど、やがてその綺麗な青髪をふりふりと揺らしながらかぶりを振って、


「そ、そもそも! お二人が持っているその物騒な物は何ですか!?」


 と、僕とマコトが持っていた麻酔銃とスタンガンを指差してきた。

 その指摘に僕は、なんだそんなことか、と小さく笑って肩を竦め、


「僕の父さん、警察官なんですよ」


「横領ですか!?」


 ――まさか、真っ先に横領を疑われるとは思わなかった。


 このままでは、僕の父さんが犯罪者に仕立て上げられてしまう。

 ここは父さんがいかに善良で良識のある心優しい人物なのかをアピールして、女神様の的外れな誤解を解く必要があるね。


 僕はガッと拳を固く握り締め、我ながら惚れ惚れする熱弁を振るった。


「聞いて下さい女神様! 僕の父さんは『ちょーだい?』ってお願いしたら『いーよ♪』と犯罪者から押収した物品を快く与えてくれるような優しい人なんです!」


「だからそれ横領じゃないですかぁ!?」


 何が曲解して伝わったのか、女神様が鬼気迫る顔でガッと僕の肩を掴んでくる。

 この理解力の乏しい女神様にどう説明したら父さんの人間性がちゃんと伝わるのか、眉間に皺を寄せて必死に頭を悩ませていると――、


「まず、貴方のお父さんは即刻クビにすべきだと思います! だいたい、お二人は自分が悪い事をしたという自覚がぴゃ――――っっ!!??」


 腰に手を当てて、人差し指を立てた女神様がぷりぷりと怒りながら説教を開始。

 が、その途中で突然鋭い悲鳴を上げると、全身を稲妻に打たれたかのように痙攣させ、そのままゆっくりと地面に倒れ伏した。


「――話が長い。以下省略」


 とは、スタンガンで女神様の意識を躊躇なく刈り取ったクズのセリフである。

 さすがの僕もこれにはドン引き。でも、作戦はまだ第一段階が完了しただけだったので、あれ以上お説教が長引くと少しマズかったかもしれない。


「――オイ。こりゃ一体、どういう状況だ?」


 ――マズかったらしい。


 その声に振り向くと、扉の開いた馬車のすぐ脇に一人の少女が立っていた。

 綺麗な金髪のポニーテールに、猫を思わせる赤い瞳。固く引き結ばれた唇からは八重歯が覗いている。

 一見すると気の強そうな女の子だけど、赤を基調とした豪華なドレスを着ていて、身に付ける宝飾品の数々から裕福な家庭の出であることが窺えた。


「もっぺん聞くぞ? この状況は、どういうことだ?」


 腕を組んで仁王立ちする少女は、倒れ伏している護衛達を順に見渡すと、その赤い眼差しをより鋭くして僕たちを睨み付けてきたのだった。


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