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第四十二話 『僕の知らない女神様』


 アルティメットモードに突入し、天使となった僕がふわりと宙に舞う。

 だけど、どうやら背中に生えた翼はただの演出だったらしい。僕はその場でぴょんとジャンプして普通に着地した。


 他の面々はと言うと、いきなり天使化した僕に唖然としている。

 また、僕が繰り出した謎の小ジャンプにも困惑している様子だ。それぞれ顔を見合わせて、自分と似た相手の表情を確認することで困惑を共有している。


 そして、満場一致で『意味不明』の沙汰が下ったらしい。説明を求める視線が五つ、眩い後光を放つ僕へと向けられる。

 彼らの期待に応えたいのは山々ではあるものの、一番驚いているのは他でもない僕自身だ。え? 飛べないの? という感じである。


 ――だけど、僕は慌てない。


 いつ如何なる時でも冷静沈着な紳士、それが五三種実だ。

 僕は何事もなかったかのようにバサッと翼を広げ、ついでに両腕も広げながらゆっくりと背を逸らしつつスーッと天を仰ぐ。


 目を閉じれば、瞼の裏に小宇宙の広がりを感じられる。

 今のアルティメットな僕の妄想力にかかれば、一から世界の創造を想像することすら朝飯前だ。もはやそれは、神の所業にも等しいだろう。

 であれば、僕のすべきことはただ一つ――。


「――新世界の、神になる」


「オイ、何かトチ狂ったこと言い出したぞ? 大丈夫なのかよ?」

「見ておけ、アトラよ。アレが、衣まとわぬ者の頂に指先をかけた男の背中だ」

「マコト様を差し置いて神を名乗るなんておこがましい。マコト様が本気を出せば、あんな安い演出よりも遥かに派手かつ華麗な――」

「おいよせやめろ。アレと同じ土俵に俺を担ぎ上げようとするな。俺は人でいい」

「HAHAHA! クレイジー!」


 などと、下々の者らが何やら口々に囀っている。

 その囀りを聞き流しながら、僕は崇高なる神としての務めを果たすべく、迸る妄想力で脳内に力強いイメージを構築していく。


「エッセンス・オブ・ザ・フール、アルティメットバージョン……」


 ゆっくりと、閉じていた瞼を持ち上げる。

 そして、神が啓示を下すように、僕は厳かに『力』を解き放った。


「――発動」




 ――次の瞬間、天空に巨大な穴が空いた。




 先ほど『アナ』が降臨した際に生じた雲の穴をより大きく押し広げながら、神の裁きを代行する『力』が世界に顕現する。

 まず、最初に感じたのは目を焼くほどの強い光だ。

 炉の中を覗き込んだかのような鮮烈すぎる紅蓮の輝き。その赤い光が王都を照らし、染め上げ、一種の別世界へと塗り替えていく。


 ――紅蓮の炎球。


 あの巨大なレイトさんを呑み込んでも余りある大きさの炎球が、まるでその威光を知らしめるかのように、ゆっくりと降下してくる。


「ホーミング性能搭載、対象に命中すると同時に緩やかに萎んで消える、環境にも優しい仕様です」


 ふっと穏やかに微笑み、下々の不安を取り除くための補足説明を述べておく。

 でも、誰一人として僕のありがたいお言葉を聞いていなかった。

 ジリジリと焦がすような熱が地上まで届く中、誰もが呆然と空を見上げ、その威容に目を見開き、言葉を失いただただ立ち尽くしている。

 きっと、王都の外に避難した人々も似たような状態であるに違いない。


 とはいえ世の中、何事にも例外は存在する。

 その例外ことレイトさんが、鎖に縛られた状態のまま大きく口を開けた。開かれた口の前に、ギュンギュンと黒炎が凝縮して肥大していく。

 それを見たマコトが小さく舌打ちして「目敏いな」と呟いた。


「狙いは『祭壇』だ。現在進行形で結界展開用である『呪具』の一部を束縛の性質へと書き換えているこの『祭壇』が破壊されれば、ヤツを縛る鎖が消失するぞ」


「マジかよ!? オイ、あの火の玉もっと速く落とせねェのか!」


 マコトの言葉に目を剥いて、アトラさんが声を荒げながら僕に聞いてくる。

 そんな彼女の慌てた問いかけに対し、僕はバサッと純白の翼を広げると、麗しのエンジェルウィンクでバチっと返信した。


「ムリですね!」


「っ……バーカ! アホ! あと、バーカ!」


 どうやら上手く言葉を捻り出せなかったらしく、アトラさんがシンプルな罵倒という手法を用いて僕に八つ当たりしてきた。

 正直、控えめに言っても可愛すぎたので、思わずムラッときた僕を誰が責められよう。むしろ、手を出さなかった鋼の精神を褒めて頂きたい。


 などとしている内に、レイトさんのチャージが完了したようだ。

 見るからにヤバい高密度の黒炎弾が発射され、僕たちのいる噴水広場に向かって落ちてくる。その速度と言えば、僕の召喚した炎球よりもずっと速い。


「なるほど。ピンチだね」


「言ってる場合かよ!?」


 腕を組み、不敵な笑みと共に頷くと、横からアトラさんにビンタされた。

 一方、今さら逃げても爆発範囲からは逃れられないと悟ったのか、巨漢のちょび髭メイドと変態キングが男として最期の力比べを始めた。

 互いにうつ伏せで地べたに寝そべり、ガシッと手を組んで至近距離で睨み合う。レフェリーを務めるのは、どこからともなく現れたマーガレットさんだ。


「は~い、力抜いて~。見合って見合って~」


「ふっ。パプリカよ。貴様との腕比べ、いつぶりだ?」


「陛下が即位する前日に、私の家に遊びに来た日以来です」


「ああ……あの夜は、楽しかったな……」


「ええ……陛下はとても、とても激しく……」


「――ファイッ!」


「「ふんっ!」」


 マーガレットさんの合図と同時、二人の変態による力比べが幕を上げた。

 何やら不穏な昔話が聞こえた気がしたけど、男と男の真剣勝負に水を差すほど僕は無粋じゃない。気遣いの出来る紳士、五三種実です。


「…………」


 ああ見えて、あの変態二人は人外じみた身体能力を有している。その二人が真っ先に逃走を断念した。つまり、逃げ切るのはまず不可能ということだ。

 自慢の逃走は選べず、『神の神髄』も今日は打ち止め。上を見れば、黒炎の玉がすぐそこまで迫っている。余命はあと五秒くらいだろうか。


 ……なるほど。


「マコトぉ! 貴様の命を捧げて僕を守れぇ――ッ!!」


「この土壇場でお手本のようなゴミ発言だな。お前は天才か?」


「自分一人が助かることしか考えていない点も見逃せない」


 と、マコトとヒカリちゃんが冷静にコメントしてくる。

 正直、どうして二人がそんなに落ち着いているのか理解できない。涙目でアワアワしているアトラさんを見習って欲しい。


 ――おっと、どうやらタイムリミットのようだ。


「来世は、女子更衣室のロッカーに生まれ変われますように……」


 ふっと穏やかに微笑み、僕が来世に夢と希望を託した時だった。


「大丈夫だ。――間に合った」


「え――」


 マコトの呟きに僕が疑問の声を漏らした、次の瞬間だった。

 バッと、目の前に人影が飛び込んできて――。




「アイギス――ッ!!」




 そう叫び、その人影は手に持っていた盾を絶妙な角度で振り上げた。

 まるで悪球をファウルチップするように、斜め下から跳ね上がった盾が黒炎弾を擦るように叩き、後方の空高くへと弾き飛ばす。

 弾かれた黒炎弾が上空で爆発し、地上まで届いたその余波が青い髪を揺らす。そして、僕たちを窮地から救ってくれた女神様が凛と振り返った。


「どうにか……ぜぇっ……間に合い……はぁっ……ましたぁ……っ!」


 いや、全く凛としていなかった。

 お疲れの様子のアテネさんは、膝に両手を置いてぜぇぜぇと荒い息を吐いている。疲労の色濃い顔は汗だくで、頬に張り付いた髪がとても艶めかしい。


「あの黒龍が……はぁ……頻繁に動き回るので……ぜぇ……あちこち走り回る……ふぅ……羽目になりまして……っ!」


 息も絶え絶えに、アテネさんが恨めしそうに呟く。

 おそらく、原因はあの魔獣パレードだ。レイトさんも参加して、王都の中を動き回っていたからね。それを、アテネさんはずっと追いかけていたのだろう。


「ああ、そういえば……」


 ふと、共闘していたはずのレオナルドが一人でいたことを思い出す。

 たぶん、アテネさんは足が遅くて置いて行かれたのだ。今のバテバテの様子からも分かるけど、女神様とはいえ、その体力は人並みのようだしね。


「…………」


 おっと、何やらアテネさんが悲惨なモノを見るような目で僕を見ている。

 しかも? 何かに気付いたようにハッとして? 顔を赤くしながらわなわなと震え始めた。どうやら僕のエンジェルスタイルに感銘を受けたご様子だ。


「ミノル君! そのパン――」


 と、アテネさんが僕に向かって何か言いかけた時だった。

 起死回生の一撃を無に帰され、もはや僕の召喚した炎球に滅却されて死を待つのみとなったレイトさんが、どこか焦りを孕んだ声で語りかけてきた。


『て、天上の者! 汝、麗しき者なり!』


 どうやら女神であるアテネさんを褒め殺しにして助命を乞う作戦のようだ。

 僕も追い詰められた時によく使う手なのですぐに分かった。


『蒼天の如き毛髪! 烈火の如き眼! 比する物なき無二の至高なり!』


 おっと? 容姿を褒められたアテネさんは満更でもないご様子だ。手櫛で乱れた髪を整え、そわそわと落ち着きがない。

 その反応に、レイトさんは手応えアリと見たようだ。自然とアテネさんを褒め称える声にも熱が入る。


『寛容なる母なる大地! 大輪を予期させし若き蕾! 青き果実の慎み深きは――』


「今、胸が小さいって三回言いました?」


『…………』


「胸が、小さいと、三回も、言いましたね?」


『……い、否』


 気圧されたように、レイトさんがそっと目を逸らして否定する。

 嘘か本当かは別に、その対応がマズかった。見れば、アテネさんは慈母のような優しい笑みを浮かべているのに、目が微塵も笑っていない。




 ――変化は、直後に起きた。




「え?」


 レイトさんを見上げるアテネさんの青い髪が、まるで色水にでも浸したかのように、その先端からみるみる内に赤く染まっていく。

 瞬く間に髪は赤で塗り潰され、アテネさんがゆっくりと瞬きする。すると、カチリと何かが切り替わるように、その表情が一変した。


「――女神を侮辱するなんて、いい度胸ね?」


 ひどく大人びた冷笑を口元に浮かべ、髪色の反転に合わせたかのように青く染まった瞳が、上空の無礼者を鋭く射抜く。


「身の程を知りなさい」


 ――気付くとそこには、赤い髪に青い瞳の、僕の知らない女神様が立っていた。


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