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第三話 『無一文』


「……ねえ、マコト」


「なんだ」


「僕らは今、一体何をしているの?」


 そう質問する僕とマコトは、二人揃って茂みの中に身を潜ませている。

 あの後、どうにかして森を抜けた僕たちは、そこで一本の道を見つけていた。獣道やただの砂利道などではなく、ちゃんと舗装された道だ。


「舗装された道があるということは、つまり、人がいることの証拠だ」


「それはさっき聞いたし、実際に人が通るのも見たから知ってるよ」


 とりあえず、僕たちと同じ人間で、喋っている言葉も理解できた。

 だけど全員、日本ではまず見られないような衣服を身に付けていて、しかも中には血のりがこびり付いた大剣を背負った人もいた。


 そして極め付けが、痴話喧嘩を始めた一組の男女である。

 グッと拳を握り締めながら観戦していた僕たちの目の前で、キレた女の人が手の平に生み出した火球を投げつけて男の人を焼却したのだ。


 燃えカスとなった男を引きずって歩き去る女の人を見て僕は悟った。

 どうやらここは、本当に僕たちのいた世界とは別の世界らしい、と。


「って、そんなことはどうでもいいよ! 僕が聞きたいのは、茂みの中に隠れ潜んでる理由の方だってば!」


 そんな僕の意見に対し、マコトは小さくため息を吐くと、


「いいか? この道の先に町や都市があったとする」


「うん」


「無事そこに辿り着けたとしても、女神がすぐに見つかるとは限らん。たとえ何か他の行動を起こすにしても、短時間で事を成すのはほぼ不可能だろう」


「うんうん」


「となると、活動拠点の確保は必須だ。そうだな……出来れば宿を取りたい。野宿は何が起こるか予想できないからな。無論、食糧の調達も急務だ」


「なるほど。……つまり?」


「――金がいる」


 そう締め括ったマコトに、僕は「ほほう」と納得の声を漏らして頷いた。

 たしかに『円』がこの世界で通用するとも思えない。だとすると、僕の全財産である五十三円も宝の持ち腐れということになってしまう。


 ――つまり、現在の僕たちは無一文という訳だ。


「で、お金が必要なのは分かったけど、それとこの状況がどう関係するのさ?」


「そうだな……麻酔銃は持ってるか?」


「うん、持ってるよ!」


 頷いて、僕はリュックの中から取り出した麻酔銃をマコトの前に掲げて見せる。

 いつ如何なる時でも自分の身を守る為の手段はきちんと用意しておく。まあ、紳士として当然の心得だよね。


「もちろん、他にもあるよ!」


「スタンガンに、スタンバトンか。さすがだな、いい品揃えだ」


 続けて僕が取り出した紳士の心得の数々を見てマコトが満足げに頷く。

 そんなマコトに、僕は手に持った麻酔銃を揺らしながら質問した。


「それで、この子たちを何に使うのさ?」


 するとマコトは、顎に手を当てながらしばし考え込むように俯き、やがて顔を上げるとこんなことを言ってきた。


「『対谷口制裁作戦』……こう言えば分かるか?」


「理解した」


 あの時の、クラスメイトである谷口君が叫んだ「およそ人間の所業じゃねぇ!?」という慟哭は、今も僕の鼓膜に心地いい響きを以て焼き付いている。

 まさか、あの恐ろしい作戦をお金稼ぎに流用しようだなんて、相変わらずマコトの考えることはいつもクズ過ぎて本当に驚かされるよ。


「――ああ、そっか! ここに隠れ潜んでいるのは、エロ本が通りかかるのを待っているんだね?」


「あの作戦の立案者である俺だから理解できるが、何も知らない奴が聞いたら耳を疑うような発言だな。――まあ、正解だが」


 と、僕の回答にマコトが正解だと頷いた時だった。


「ようやく……見つけました!」


 その声は突然、僕たちの真後ろから発せられた。

 驚いて振り返った僕は、そこにいた人物を見て大きく目を見開く。そしてすぐさまケータイを取り出し、『119』とコール。


「もしもし警察ですか!? 目の前に下着泥棒がいます!」


「だ、誰が下着泥棒ですか!?」


 顔を真っ赤にして抗議してくるのは、青い髪に赤い瞳の少女だ。

 というか、『選択の泉』で会ったあの女神様だった。


 どうやら森を抜けてきたらしく、髪には葉が付着し、服には泥が跳ねている。

 そして僕はもう一つ、重大な事実に気付いてしまった。それは――、


「圏外……だと?」


「当たり前だと思うが?」


 開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 とはいえ、こうして女神様は見つかったんだし、さっさと『アナ』を返して貰って、元の世界にも帰していただこう。


 と、僕は満面の笑みで振り返るもなぜか女神様にサッと目を逸らされた。

 どうしたのだろうかと首を傾げていると、女神様は人差し指を突き合わせながら、どこか言い辛そうに――、


「……帰れません」


「what?」


「えっと……その、元の世界には、帰れないんです……」


「oh……」


 僕は両手で顔を覆うと絶望のあまり天を仰いだ。

 一体何の冗談だろうか。僕はこんな見知らぬ世界で超絶美少女と結婚して十人くらいの可愛い娘たちに囲まれて暮らしながら最後は五十人くらいの可愛い孫娘に看取られて縁もゆかりもないこの地に骨を埋めるつもりなんて毛頭ない。


「……いや、アリかな?」


 将来について本気で考える僕を余所に、マコトが小さく息を吐いて、


「なら、ひとまず作戦はこのまま続行だな。元の世界に帰れない理由とやらについて問い質すのは後回しだ。――エロ本がやって来た」


「え、えりょほっ!?」


 マコトのエロ本発言に顔を赤くした女神様が面白い噛み方をした。

 泉の一件でもそうだけど、この女神様は少し初心なところがあるらしい。

 おっと、女神様を舐め回すように分析している場合ではない。僕は素早く茂みに飛び込むと、リュックから双眼鏡を取り出してマコトの指差す方向を見た。


 遠くから、何やら馬車のような乗り物が舗装された道を真っ直ぐ、それもこちらに向けて近付いて来ているのが見える。

 だけどこれは、どうも一筋縄じゃいかないみたいだね。


「マコト、護衛らしき人たちが見えるよ。それも、四……いや、五人!」


 僕は馬車を誘導するように歩く四人の人影と、どうやら彼らの仲間らしい御者を合わせた五人の敵影を報告。全員もれなく武装している。

 双眼鏡から顔を外して「どうする?」とマコトを見ると、マコトは不敵な笑みを浮かべながらメガネを押し上げて、「無論、排除する」と即答した。


「ち、ちょっと待って下さい! お二人は一体何をするつもりなのですか!?」


 と、何やら慌てた様子の女神様が僕とマコトの間に割り込んできた。

 そんな女神様の質問に対し、僕とマコトは女神様を挟んで顔を見合わせると、同時にニヤリと笑って答えた。


 もちろん、それは――、


「「バカでも出来る、簡単な資金調達だ(よ)――ッ!」」


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