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第一話 『バカ×2と不思議な泉』


 爽やかな早朝、小鳥たちのさえずりに耳を傾けながらの優雅な通学。

 学校を目指して通学路を駆けていた僕は、気付けば山の中にいた。


「どうして僕はこんな所に……っ!」


 この不可解な現象に僕は頭を抱える。

 すると、そんな僕の嘆きに前方から返答があった。


「お前が約束を忘却していたのが原因だと思うが?」


 とは、僕の前を歩く屑稲誠せつねまことのセリフだ。

 マコトは手元の地図に落としていた視線を後ろの僕に向けると、


「俺は昨日ちゃんとお前に伝えたぞ。その上で忘れたお前が悪い」


 たしかに昨日、そんなことを言われたような気がしないでもない。

 それに、今日の登山は一週間前からこの男と計画していたことなので、うっかり諸々と忘却していた僕に非があるのは認めよう。


「だからと言って、出会い頭に人の意識を刈り取って山奥に連行するのは、一歩間違えなくても犯罪の範疇だと思うんだよね」


 改めて思い出してみても、今朝のあれは電光石火の理不尽だった。

 曲がり角を折れたらマコトがいて、「あ、おはよ!」と挨拶したら返答がまさかの延髄斬り。躱す暇もなく意識を刈り取られ、気付けば山の中である。

 と、マコトはそんな僕の主張をふっと鼻で笑い、


「まさか、露出魔の変態に犯罪者呼ばわりされるとは思わなかった」


「え? ズボンはちゃんと履いてるのに?」


「ああ、ズボンだけな」


 下半身さえ隠していれば問題ないはずなのに、マコトの僕を見る眼差しは犯罪者を見るそれだ。ちょっと納得がいかない。


「――と、着いたな」


 抗議の声を上げようとしたタイミングで、立ち止まったマコトが到着を告げた。

 僕もマコトの隣に並び立ち、その先の光景を視界に収める。


 そこは今までの悪路とは打って変わり、広く開けた場所だった。

 そして、その中心部に見えるのは、日の光を反射して輝く小さな泉だ。


「この地図によれば間違いにない。――これが、『選択の泉』だ」


 そう言って、メガネを押し上げたマコトがニヤリと笑った。

 この男は『未知』と名の付くモノが大好きな性分で、この泉も何やら怪しいサイトで見つけた都市伝説の一つであるらしい。


 ――曰く、ここに来れば素晴らしいお宝が手に入るだとか。


「それでマコト、そのお宝はどこなのさ?」


「慌てるな。ちゃんとした手順がある。まず、例のブツを出せ」


「オッケー、ちょっと待ってね!」


 マコトほどではないにしても、僕も内心ワクワクしながらリュックを下ろす。

 リュックに刺繍されている『五三種実いつみだねみのる』とは僕の名だ。つまり、このリュックは持ってきた覚えのない僕の荷物だった。

 どうやら僕を昏倒させたあと、マコトが僕の家に寄って回収してきたらしい。


 それはともかくとして、僕は事前にマコトからとある頼みごとをされていた。

 それは、一番大切にしている『宝』を持参するようにというもので――。


「あった!」


 その『宝』は一番上に入れておいたので、手触りだけですぐに見つかった。

 リュックから引っ張り出し、「はい」とマコトに渡す。


「…………」


「マコト?」


 僕から『宝』を受け取ったマコトは、裏返したり、引っ張って伸ばしたり、メガネを外して裸眼で凝視したりと、何やら確認作業を始める。

 もしかして、何かマズかったのだろうか。でも、男なら誰でも一つは持っている、ごくありふれた一品のはずなんだけど。


「……ミノル」


「なに?」


「俺の眼球および脳に異常がない限り、俺にはこれが……そう、女児用のパンツにしか見えないんだが?」


 真面目な声で何を聞いてくるかと思えば、全く以て意味の分からないことを。

 僕は思わず苦笑して肩を竦めると、マコトの手にある僕の大切な『宝』を指差して、はっきりと言ってあげた。


「他に何に見えるって言うのさ?」


 もしかしてマコトには、僕の『宝』が男物の下着にでも見えているのだろうか。

 だとしたら、残念ながらその眼球と脳は手遅れだとしか言いようがない。

 治る可能性はほぼ皆無に等しいけれど、今度マコトには評判のいい眼科と脳外科を紹介してあげよう。


「それでマコト、僕の『宝』をどうするのさ?」


「泉に投げ入れる」


「帰宅します」


 マコトの手からパンツを奪い返した僕は即座に回れ右で逃走体勢に移行。

 しかし、僕がスタートを切る前にマコトがこんなことを言ってきた。


「安心しろ。噂が本当なら、お前の『宝』はちゃんと返ってくる。さらに、その『宝』をよりグレードアップさせた品も二つ手に入る予定だ」


「なるほど。それなら確かに安心だね!」


 回れ右から一回転、僕は満面の笑みでマコトと向かい合った。

 話を聞く限りだと、僕には何のデメリットもないみたいだ。安心したよ。


「そして噂が虚実なら、お前の『宝』は水没する」


「え゛っ?」


 安堵に胸を撫で下ろしていると、マコトが不安になる補足を述べてきた。

 思わず声が裏返る僕だったけど、すぐに冷静さを取り戻す。そう、何も心配する必要なんてない。だって、パンツ軽い。つまり――、


「水に浮く!」


「石を包んで投げ入れる」



 ――僕は脱兎の如く駆け出した。



「待て」


 が、背後から伸びてきた鬼畜の手に肩を掴まれる。

 僕は号泣しながら激しく抵抗するも、力及ばずパンツを毟り取られ、マコトは一切の躊躇もなく泉にパンツ(in割と大きな石)を投擲。あえなく沈没した。


「アナぁぁぁああああああああああああああああああああああああああッ!?」


「……まさか、パンツに名前を付けてたのか?」


 いや、布地の裏側に『あ な』って刺繍が……ではなくて!


「なんてことをしてくれたんだこの鬼畜外道!? これでマコトの言う噂とやらが嘘でした、なんてなってみろ! 僕には今すぐ警察を呼ぶ準備が出来ている!」


 僕は涙を拭いながらケータイに『11』まで入力。あとは『9』を打ち込むだけで警察をすぐにでも呼べる状態で待機させる。

 そんな臨戦態勢の僕に対し、マコトは慌てるでもなく、やれやれと嘆息しながらメガネを押し上げて、


「その場合、捕まるのはたぶんお前だな。それより、見てみろ」


「え?」


 マコトが指差した方向を充血した目で追うと、今しがた僕の大事な『アナ』が沈没した泉で目を疑うような現象が起きていた。


「泉が……光ってる?」


 驚く僕の視線の先、『選択の泉』がほんのりと淡い光に包まれている。

 そして、その光はみるみる内に強くなっていき――、


「この泉に一番大切にしている『宝』を投げ入れると、その『宝』をグレードアップさせた品を二つ手にした女神が現れ、どちらが落とし物か尋ねてくるらしい」


「……へ? めがみ?」


「ああ、女神だ。そして、その女神の問いに正直に答えることが出来れば、女神は正直者にその宝を与えてくれるとのことだ。無論、落とした方も返ってくる」


 なるほど。つまり、宝を手に入れる為にはまず自分の宝を差し出さなければならない訳で、そんな博打に等しい事実を今まで伏せていたこのクズ野郎を泉に沈めてまともな方と交換しようそうしよう。


「くるぞッ!!」


「ぅえっ!?」


 泉に突き落とすべくマコトの背後に忍び寄っていた僕はマコトの大声に驚いて空振り。振り向いてくるマコトの視線から逃げるように泉に目を向けた。

 まさにその瞬間、泉が一際強い輝きを放ち、眩い光の中から一人の少女がゆっくりと浮かび上がってきた。


「――――」


 腰に届くほど長い髪は青く、優しく細められた瞳は炎のように赤い。

 美しさと愛らしさの中間にある端正な顔立ちと、その身にまとう神々しさを目の当たりにすれば、十人が十人、深く息を呑んで僕と同じことを言うに違いない。



「……めがみ、さま?」



 掠れた声でそう呟くと、女神様がその赤い瞳を僕に向けてきた。

 そして、次に僕――の主に上半身辺りに視線を移すと、その白い頬をほんのりと赤く染めて、慌てたように視線を逸らしてしまった。


「?」


 その反応に僕が首を傾げていると、女神様は頬に赤みを残したまま、仕切り直すように小さく「こほん」と咳払いを一つ挟んで、


「あなたの落とした物は――」


 と、自分の手元に視線を落とし――なぜかそこで彫像のように固まった。

 よく見てみれば、女神様の両手にはそれぞれ何か布らしき物が握られている。




 右手――銀色に輝くトランクス(男物)

 左手――金色に輝くボクサーパンツ(男物)




「…………」


 ――脳が、理解を拒絶していた。


 一体何をどう間違えれば、女児用の下着がグレードアップして男物の下着になるのか。全く以て意味が分からないし、微塵も理解したくない。


「おい、ミノル。黙ってないで、さっさとその金色に輝くボクサーパンツを返して下さいと言え。話が先に進まん」


「このクズ野郎!? それだと僕が金色に輝くボクサーパンツを欲しがっている変態に聞こえるじゃないか! 僕が欲しいのは女児用のパンツだよ!」


「変態という一点においてはどちらも大差ないように思えるが?」


 どうやらこの男、どんな名医でも匙を投げるレベルに脳がイカれているらしい。

 でなければ、紳士という概念をそのまま体現した存在であるこの僕に向かって変態などという不当な評価を下せるはずがない。


「……ミノル、なんだこの手は? 握手なら掴む場所を間違えてるぞ?」


「あはは。マコトの方こそ、掴む場所を間違えてるけど?」


 握手の代わりに互いの胸ぐらを掴み合い、友情を確かめ合っていた時だった。

 何やら「ぴっ」と小鳥の首を絞めたような音が響き、僕とマコトは同時にその音がした方へと振り向いた。


 まさに、そのタイミングで――、


「ぴゃああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 と、今まで硬直していた女神様が錯乱したかのような悲鳴を迸らせ、そのまま光り輝く泉の中へと勢いよく潜水した。

 辺りにはシンとした沈黙が落ち、残された物といえば、足元に舞い落ちた無駄に豪華な二枚のパンツ(男物)のみ。


「ふっ」


 現状を把握した僕は、肩を竦めて優雅に苦笑した。

 慌てても仕方ないからね。まずは冷静に深呼吸を挟もうじゃないか。


 では、大きく息を吸って――、



「泉の光が徐々に弱まってきたぞ」



 ――そのまま止めると、僕は泉の中へ華麗なダイブをキメた。


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