第九話 『女神様は情緒不安定』
「んー、何か忘れてるような……」
メニュー表から顔を上げて、僕は斜めに首を捻った。
僕がいるのはとある飲食店、四人がけの木製テーブルだ。昼下がりということもあり、店内は空いていてすぐに席に通してもらえた。
ちなみにマコトは店長と値切り交渉中。ノロイちゃんもマコトに付いて行ったので、この席には僕ひとりしかいない。
あの後、『神樹の実』奪還作戦は明日に決行ということになり、報奨金を受け取った僕たちは遅めのランチを取ることにした。
帰り際、何やら団長が行方不明だとかで騒いでいる人たちを見かけたけど、僕が忘れている案件とは関係なさそうなので、記憶からデリートしておく。
「ま、思い出せないってことは、大した問題じゃないってことだね!」
悩むだけ無駄と結論を下した、その時だった。店内に来店を告げるベルが鳴り響き、扉を潜って一人の少女が入店してきた。
少女は不安そうな顔できょろきょろと店内を見渡し、ちょうど僕と目が合うと、「あ」と声を漏らしてその赤い目を大きく見開いた。
「あ」
僕は好青年の笑みで片手を挙げ、惚れ惚れする美声で少女に声をかけた。
「こんな所で奇遇ですね! お昼がまだでしたら一緒にどうですか?」
「今、『あ』って言いましたよね?」
「幻聴です」
「あと、『やっべ、忘れてた』って顔も見えましたが?」
「幻覚です」
僕の前まで歩いて来た少女――女神様が、じと~っとした眼差しを僕に向けてくる。でも、すぐに慌てて顔を逸らしてしまい、
「ど、どうして裸なんですか……っ!」
「え? あはは、やだなー、女神様。よく見て下さい。僕はちゃんとパンツを履いてますよ?」
「パンツしか履いてないじゃないですかぁ!?」
女神様の大声が店内に響き渡り、数人のお客さんが何事だとこっちを見てくる。
これはいけないと、僕は少し怒った顔で人差し指を立て、
「お客さんが少ないとはいえ、店内で大声を上げるなんて非常識ですよ?」
「え? 常識……え?」
常識人である僕はたとえ相手が神様であろうと言うべきことはびしっと言う。
まさか人から叱られるとは思っていなかったのか、女神様はひどく困惑した様子で首を傾げていらっしゃる。
と、ちょうどそこに値切り交渉を終えたマコトとノロイちゃんが帰って来た。そのままマコトは僕に向かってVサインを突き出すと、
「タダになった」
「さすがマコト!」
「…………」
食べ放題&飲み放題をもぎ取って来たマコトに僕は指を鳴らして賛辞を贈る。
ただ、なぜか女神様は口を半開きにしてフリーズしてしまい、僕たちは互いに顔を見合わせると、揃って「?」と首を傾げたのだった。
――――――――――――――――――――
「なんってことをやらかしてるんですかぁ――っ!?」
はっきり言って手詰まりだったので、ほぼ丸投げする形でマコトが僕たちの置かれた状況とそこに至るまでの経緯を説明。
それを聞いた女神様は、対面席に座る僕、マコト、(の膝にon)ノロイちゃんを前に、目を剥いて盛大に絶叫した。
「大声を出すな。店への迷惑を考えろ。非常識だぞ」
「非常識だね」
「非常識」
マコト、僕、ノロイちゃんに注意されて、女神様が「ひぐっ」と涙ぐむ。
ぷるぷるしながら頑張って耐えていた女神様だったけど、やがて勢いよくテーブルに突っ伏すと、そのままわんわんと声を上げて泣き始めた。
「どうして非常識が服を着て歩いているような人たちに非常識なんて言われなきゃならないんですかぁ……っ!」
「ちょっと待って下さい女神様! 僕は服を着ていません!」
「自覚があるならどうして着ないんですかっ!?」
バンッとテーブルを叩き、身を乗り出した女神様が涙目で訴えてくる。
その動作で微かに揺れた女神様のお胸(手の平サイズ)をガン見しながら、僕は至極真面目な顔で深々と頷き、
「おっぱ…………おっぱいっ!」
「言い直すなら最後まで諦めないでくれませんかっ!?」
僕の渾身のシャウトに、女神様は自分の胸を掻き抱くように両腕で隠すと、真っ赤な顔で上目遣いに僕を睨み付けてきた。
やがて、じんわりと目尻に涙を浮かべると、そのままテーブルに突っ伏して、またもやおいおいと声を上げて泣き始めた。
なんだろう……泣き上戸の酔っ払いの相手をさせられている気分だ。
「おい、情緒不安定女神」
「誰のせいですかっ!?」
「ミノルのせいだ。それより、元の世界に帰れないと言っていたが、なぜだ?」
「っ……そうでした……その説明がまだでしたね……ぐすっ」
「ちょっと待って? 今、さらっと全責任が僕で決着しなかった?」
手を挙げて異議を唱える僕だったけど、三人は漏れなくスルー。
女神様は涙を拭いつつ、水をぐいっと飲み干して深呼吸。頬の筋肉をほぐすように両手でこね回すと、やがてキリッとした面持ちで真っ直ぐ背筋を伸ばし、
「私は天界を追放されました」
と、自分で言って悲しくなったらしく、女神様の目尻に再び涙が滲む。
でも、今度はどうにか耐え切ったようで、深く息を吐くと、
「本来、人が不必要に世界の境界線を越えることは禁忌とされています。ですが、私の不始末で次元の穴を閉じ忘れてしまい……」
「そこへこのバカが飛び込み、その責任を問われて天界を……という流れか」
「その通りです」
「え? 明らかに責任逃れしようとしてるクズが一人いるんだけど?」
僕の冷静なツッコミは、またもや華麗にスルーされた。
あんまりな扱いに絶句する僕を放置し、マコトと女神様の会話は続けられる。
「人が世界の境界線を越えることは禁忌と言ったが、それはつまり俺たちも?」
「はい。私と同じく、お二人にも咎人の判決が下っています。上の神々は、禁を破った者を元の世界に帰すつもりはない、というか面倒くさいと……」
「思わぬ私的な沙汰で驚愕だな。天界の神々というのはそんな適当かついい加減な連中ばかりなのか?」
「同じ神である私としては否定したいのですが、残念なことに仰る通りで……」
腕を組んだマコトの言及に、女神様はしゅんと肩を落として項垂れる。
かと思えば、今度は握った拳を怒りに震わせながら、「ヘルメスの頼みなんて……!」と恨み言をぶつぶつと呟き始めた。
聞いてみれば、どうやら女神様は『ヘルメス』なる神様にバイトを頼まれて、臨時で『選択の泉』の管理を引き受けていたらしい。
「まさか、初出勤でこんなことになるなんて……っ!」
頭を抱えた女神様がもの凄い勢いで落ち込んでいく。でも、腐っても神様。すぐにハッと我に返り、少し頬を赤くしながら「こほん」と咳払い。
「安心して下さい。私も含め、お二人にはちゃんと犯した罪を償う機会が天界より与えられています」
「女神様も?」
「はい。お二人だけでは困難なので、女神である私も協力せよとのお達しです。私はお二人に協力して事を成し遂げることで罪の償いになります」
「それで、その『償いの機会』とは具体的に?」
「――お二人には、この世界に散らばった『神器』を回収していただきます」
「「『神器』?」」
声を揃えて首を傾げる僕とマコト。そんな僕たちの反応に、女神様は「いいですか?」と真面目な顔で人差し指をピンと立て、
「『神器』とは、簡単に言えば恐ろしく強大な力を秘めたアイテムのことです。ちなみに、回収対象ではありませんが、お二人が食べてしまった『神樹の実』……厳密に言えば、その実がなる『神樹』も『神器』の一つです」
「え、あの木が!?」
意外な事実の発覚に、僕は窓から見える『神樹』を見上げて目を丸くする。
そんな僕の隣で、顎に手を当てたマコトが「そういえば……」と呟き、
「あの裸王が言っていたな。『神樹の実』を口にした者は、強大な『ギフト』をその身に宿すと。……『ギフト』とはなんだ?」
そんなマコトの質問に、女神様は「お二人はまだご存じなかったのですね」と微笑むと、どこか教師然とした態度で説明を始めた。
「『ギフト』とは、この世界の人間が生まれながらに有する特殊な力のことです。裁縫が上手くなる、料理が上手くなる、といった生活の営みを手助けするようなものから、圧倒的な剣技を授かる、とある条件下で身体能力を増幅させる、といった過激なものまで多岐に渡って存在します。お二人にもわかりやすくゲームに例えると、魔法やスキルに近いでしょうか」
そこでなぜかドヤりとしてくる女神様を無視して、僕は「そういえば!」と思い当たる節があって手をぽんと打った。
「魔獣の群れに追われてた時、なんか手から光の衝撃波が出たよ?」
「それは初耳だな。どうなったんだ?」
「僕が光の衝撃波に呑み込まれた」
「それは素晴らしいな。ぜひもう一度やって見せてくれ」
「うん、いいよ!」
「いいんですか!?」
僕が快く承諾すると、女神様が驚いたように声を上げた。
たしかに、自分が痛い目を見ると分かっていて再演するなんて普通はしない。だけど、自分を攻撃する光の衝撃波を放てるなんて方がおかしいはずだ。
つまり、あれは使い方を間違えた結果なんだと思う。ちょび髭さんの仇を取るなんて言ったけど、あの時の僕は憎しみに囚われていた。
だから今度は、憎しみを捨て去り、清く正しい平和を愛する心で使えば、きっと光の衝撃波は僕じゃなく悪を滅ぼす閃光になるはずだ。
「ふぅ……」
目を閉じて、集中する。負の感情を捨て去り、愛で心を満たすんだ。
僕は心を愛で満たす為、おっぱいのことを考えることにした。
「――!」
――僕の心が(性)愛で満たされた。
「今ならいける!」
カッと目を見開いた僕は、悪を滅ぼさんとマコトに手の平を向けた。
次の瞬間、僕の中から力の奔流が解き放たれ――、
「わぴゃあ――っ!?」
――なぜか女神様の服が胸元だけ弾け飛んだ。
熟れたトマトのように顔を真っ赤にした女神様が、悲鳴を上げながら可愛い下着が覗く胸元を両手で覆い隠して前屈みになる。
僕もすかさず前屈みになった。
「な、なななんで私の服がぁ……っ!?」
「大変だ! 女神様、僕の手を貸すので使って下さい!」
「い、いりませんよバカぁ――ッ!!」
僕の素早い紳士的な対応を女神様は涙目で遠慮。ここで無理に押し通すのは紳士的じゃないので、僕はリュックからジャージを取り出して渡して上げた。
女神様はそれをひったくるように掴むと、ジャージで胸元をガードしながらお手洗いの方へと駆けて行った。
――およそ一分後。
「どうして服を持っているのに着ないんですかっ!?」
僕のジャージに着替えた女神様が戻って来るなり吠えてきた。
なので、僕はふっと微笑をこぼしながら前髪を掻き上げ、
「下を忘れたからです」
「バカなんですか!?」
上だけ着て下は丸出しなら、潔く上下共に丸出しにするのが真の男気だと思う。
そんな僕の男気に感激のあまり眩暈を覚えたらしく、女神様が額に手を当てながらふらりと着席。女の子がしてはいけない類の老成したため息を吐いた。
「おい、ミノル。お前の話では光の衝撃波が出るんじゃなかったのか?」
「あ、そういえばそうだね。なんで出なかったんだろ?」
マコトの言及を受けて、僕は腕を組みながら首を捻った。
さっきはたしかにあの時と同じ力の解放を感じたはずなのに、光の衝撃波は出て来ず、なぜか女神様の衣服が弾け飛んだだけだった。
「まあいい。力の詳細は不明だが、力の発動は確認できた。どうやら本当に『ギフト』とやらを授かっているらしいな」
「ねえ、もう一回やってみていい?」
「やめろ。何が起きるか予測できん。それよりも今は俺の方だ。お前が『ギフト』を使えた以上、俺にも『ギフト』が宿っているはずだからな」
そう言うと、マコトは僕に手の平を向けてきた。
ぎょっとする僕だったけど、しばらく経っても光の衝撃波が放たれることも、僕のパンツが消し飛ぶようなこともなかった。
「友達を使って人体実験しようとするなんて人として最低だよ! このクズ!」
「お前が言うな。そんなことより、力の使い方を教えろ。お前だけズルいぞ」
どうやら『未知』好きセンサーにびびっときたようで、この男にしては珍しく、本気で羨ましそうな目を僕に向けてきた。
ただ、僕が反応を示すよりも先に、回復した女神様が「あの」と胸の前で小さく手を挙げながら割り込んできて、
「おそらくですが、貴方の『ギフト』は『召喚系』のものだと思います」
「召喚だと?」
「はい。『ギフト』は能力の系統によって大まかに分類されるそうで、その中に『守護者』と呼ばれる存在を呼び出して使役する『召喚系』というものがあります。一般的には虫や獣、希少な例では精霊や幻獣の召喚が確認されています。ただ、やはり『神樹の実』がもたらす『ギフト』は凄いですね。天界の情報にも、人型の『守護者』が召喚されたという前例はなかったはずですから」
「ちょっと待て。その言い方だとまるで、俺が既にその『守護者』を召喚しているように聞こえるが?」
とマコトが聞くのに対し、女神様は「ええ、ですから――」と言って、
「その子が『守護者』です」
マコトの膝の上――デザートを頬張るノロイちゃんを指差したのだった。




