表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある文之物語  作者: ここ
2/2

ある悩める女子之物語(壱)

 喜び、幸せ、期待、希望…そのような良い感情(とで言おう)と同時に、裏腹に不安、苦しみなどと葛藤する思いを抱いてしまうのはどのような場面だろうか。それはおそらく、人生の新時代の幕開けの時だろう。つまり、これまでとは異なる生活が始まる時である。この世に生まれ、成長する。幼稚園(又は保育園)から小学校に進学する。小学校から中学校に進学する。いや、ここで少々飛躍があるようだ。小学校の中でもクラス替えというものがあるらしい。以前のクラスから新しいクラスに変わる。そして、小学校から中学校に進学する。もうクラス替えの話は省略させていただくが、中学校から高校に進学する。高校から大学に進学する者もいれば、就職する者もいるだろう。ここで親元を離れ、自立する者が多いらしい。まあ、ここで言う自立とは経済的な自立で精神的な自立は敢えて含んでいないが……。大学を終えた者は就職する。社会人として生活する中で良い異性と出会い、結婚する。結婚した後は、同じ屋根の下での生活が始まる。次第に歳をとり、退職する。身体が弱くなるかもしれない。家から介護施設に移る。もっと衰弱していくかもしれない。介護施設から病院に移る。そして、やがてこの世での一生を終える。


 これまでの生活を顧みず、新しい人生に向かっていくのは易いことではない。だからこそ、私たちはそういう時に葛藤するのだ。本当にこの道で良いのかと。これが、私の最善の道なのかと。言っておくが、人の一生は学歴で決まるものではない。だから、ここの話では学校の話は割愛させていただく。結局何を言いたいのかと言うと、最も選択に悩み、苦しみ、葛藤するのは結婚を決める時ではないかと思う。否。ではないかと思うではない。そうでなければならないのだ。本当にこの相手で良いのだろうか。これからの人生をこの相手と過ごしていけるだろうかと。悩まなければならないのだ。本当にこの道が正しいのかと。悩むときは一人でない方がよい。人が一人でいるのは良くないからだ。本当の友は、悩む時に一緒に悩み、苦しむ時に一緒に苦しむ者だ。そのような友を見つけ、一生の宝にしてほしい。



***



1、2003年9月X日


 よもや引き返しはできないのに、今更だ。なぜ今になり困惑しているのか、この状況自体が困惑そのものだ。今、困惑という言葉を持ってきたことに対しても困惑だ。困惑という言葉では語りきれない。言葉足らずすぎる。それは個性ではない。今や、私は状況の犠牲者だ。


 なぜだ。決めた。それを受け入れた。両親にも言った。了解を得た。それで良しだ。でも良くない。なぜだ。


 今の私を作り出した昔の私を恨んでしまいそうだ。思えば昔から私は楽観的すぎた。いや、それだけじゃない。というより、そうではない。私は人の意見に流されすぎなのだ。


 孔子の言葉を借りれば、私はもう而立(じりつ)だ。周りの友だちはもう結婚している。子どもを授かった家庭もある。1人や2人ではない。何度も呼ばれた。結婚式。3回目以降は断った。行けば行くほど羨望(せんぼう)してしまうと思ったからだ。


 プレッシャーもあった。1番は両親。広義では親類。毎年会う度に言われてきたのだ。良い相手はいないのかと。いないならこちらが用意するとか。ふざけたことだ。自分の人生の選択権を他人に握られるのだけは嫌だった。なによりも嫌だった。なによりも避けてきた。


 それがどうした。今や周りに流されているではないか。それは間接的に言えば自分の人生を、他人を見て決めているのと同じではないか。究極、自分の人生が他人によって決められている現状だ。1番なりたくないものに私はなっていたのだ。周囲の空気に飲み込まれ、大多数にいようとするそれが嫌だったのに。反対するものがあれば徹底的に戦おうと思っていたこの私が、今やそうではない。過信していた。自分の弱さから目を背け続けてきてしまっていた。


 だから今心配になる。この相手が、本当に私に与えられた道なのかと。結婚は後戻りはできない。だからこそ、今心配になる。今なら後戻りできるから。



***



 その時、見計らったかのように携帯電話が音を鳴らした。彼女は電話の相手を確認すると、そのまま床に伏せて無視した。彼女はため息をついた。再び鳴った。次は応答した。



***



 なぜ無視してしまったのか。明日から共に住む人を無視した。そんな私に怒りさえ込み上げてくる。


 2回目もとりたくはなかった。だけど、さすがに2回も不応答なのは不自然すぎると思われると危惧して、今回も相方の目を気にして、いや、見ていないからこの表現は間違っているかもしれないが、つまり人に流されて自分の行動を決めてしまった。


 「もしもし?」

「あ、彗さん。良かった、繋がって……」

「どうかされましたか?咲太郎さん。」

「いや、大した用事は無いんだけどね。なかなか寝付けなくて。明日のことで緊張してるのかもな。」


 ふと気になって時計を見ると、既に十一時を回っていた。引越しの準備をしながらあれこれと悩みこんでいる内に時間の感覚まで衰えていっていたらしい。逆に言えば、人とは思考するのに意外と長い時間を要するという事だろうか。いや、そんなことはどうでもいい。

「私も、あまり眠れませんの。」

とっさの嘘だった。いや、とっさの反応ならば、それが本音なのかもしれない。


 その後は咲太郎さんの今までの思い出を語られた。生まれた瞬間、泣かなくて死んでいるんじゃないかと思われたが、羊水を口にくわえていただけだったという話。学生の頃は何にでも興味を示し、特に火に興味を持った時は大変だったそうだ。野原の草に火を付けたら、その野原の半分が焼けてしまったらしい。そういう話。手に職を付けてからの話、そして、今の話も。

「彗さんに出会えて本当に幸せだよ。ありがとう。じゃあ、電話切るね。」


 そのまま切れた。私は何も言わなかった。言えなかった。私については、何も聞かれなかったから……。


 今の私の精神状態のせいか、電話の内容があまりにも一方的に感じてしまった。頷くことしかできなかった。私は今、心から咲太郎さんを愛せていない。それどころか懐疑の念まで抱いてしまっているのだ。明日からこんな私と共に過ごすのは、咲太郎さんにも申し訳ない。ああ、まただ。結局、私は人の顔色を伺うことでしか決断できないのだ。


 私は一体、自分の価値を何に置いているのだろうか。



***



 そして、彼女は一冊のアルバムを開いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ