■純愛と邪神召喚(4)
「マキくーん、あれ見て」
「ん?」
島に上陸してすぐ、カトゥーが指さした方向には巨大な怪物が現れた。数十メートルはある巨大な物体だ。
ヒキガエルに似た頭部を持ち、中年オヤジを彷彿させるビール腹。身体の色は黒く、体毛は短い毛で覆われている。
「ツァトゥグ」
思わず口からこぼれるその名前。言葉にするだけでもおぞましいような気がする。
「ツァ……なに?」
「へ?」
言葉が出たのは無意識だ。知らないのに自然と口から零れてしまう。いや、知ってるから自然と零れるのか。
「マキくん、今、なんか言わなかった?」
思わず何かを口走ってしまったが、よくわからない。というのが本音。ま、名前なんてどうでもいい。大事なのは転移者へ到達すること。そして、それを邪魔するものは怪物だろうが邪神だろうが、ぶっ倒す!
「今、やっつけるから待ってろ」
俺は怪物に突っ込んでいくと、その柔らかそうな腹にモラルタを突き刺した。
――キュエエワワエエカィッ!!
この世の者とは思えない悲鳴を上げて、怪物は砕けて粒子と化していく。
刃さえ通ればそれほど脅威でもないな。この怪物たち。基本的に動作が鈍いというのも勝因だろう。
「これでこの島に転移者がいるってのは間違いないな」
「そうだね。けど、転移者は怪物と違って強いよ」
「今回の転移者のチート能力はなんだ?」
「愛よ」
「は? マジで言ってんの?」
「ホントだよぉ。彼の愛の力は無敵よ」
「無敵って……具体的には何をするんだよ。物理的な力か? それとも魔法か?」
「だから愛だってば。愛はね、奇跡を起こすの」
「んな、バカな! そういや、あいつ女神から剣をもらったって、そいつがなんか鍵なんじゃないのか?」
「あの剣の力は特別な時にしか効果を発しない。通常はただの大剣と変わらないって」
「だって、あいつ。俺が苦戦した怪物の腕を軽々と切り落としたぞ」
「それこそが、彼のチートである『愛の奇跡』だよ」
「じゃあ、あいつの剣は何に使うんだよ」
「ソーニャさんを殺すためのものだよ」
なんだよ! 魔王の時と一緒じゃないか。
「だったら俺があいつをやっつけて、それでその剣で彼女を殺せばいい」
今度は魔王ではない。異能を持った人間だ。少しだけ躊躇してしまう。
「簡単にはいかないよ。彼は何が何でも彼女を守ろうとする。その愛が強ければ強いほど、彼の能力は強くなるんだよ」
「なら、その奇跡の力でヒロインを救ってやったらどうなんだ」
「残念だけど、その奇跡の力で彼女を助けることはできないの」
「それで、なんで『愛の奇跡』なんだよ!」
納得がいかない。なんだよ、クソ設定じゃねえか。
「えー、知らないよぉ。調和神さまの未来視では『愛の奇跡』で彼女を根本的に助けることはできないの」
「そんなもんがチートなのか?!」
「チートだよ。だって、彼は無敵だもの。どんな苦境に陥ろうと、彼はそれを跳ね返す奇跡の力を持っているもの」
「俺に勝ち目がないってことか?」
「そうは言ってないよ。けど……」
「なんだよ」
「今のマキくんには勝てないような気がする」
「同じじゃねえか」
俺は空を見上げる。
闇を引き摺る茜色の空を。
**
大木の根元のところに二つの人影を見つけた。
「ユウマさんとソーニャさんだね。どうする?」
カトゥーの視線がこちらを向く。いつになく真剣な顔。この世界に来てからの彼女はいつもと少し違っていた。
「適当に話しかけて打ち解けたところを背中から刺せばいいんじゃね?」
「マキくんって相変わらず姑息だよね」
「しゃーないだろ。まともに戦っても勝ち目がないって言ったのはおまえじゃないか」
俺たちは歩いて行く。向こうがこちらに気付いたところで作り笑顔を彼に向けた。
「この間は助けていただき誠にありがとうございました」
「ああ、キミは本土にいた」
転移者が顔を上げる。不信の色はない。よし、いけそうだな。
「ええ、そうです」
「こんな無人島に何しに来たんだ? ここは危険だぞ」
「なにが危険なんですか? この島にしかない薬草を採りに来たんですけど」
もちろん嘘であるが、理由は必要だろう
「前のように怪物が出るぞ。今すぐこの島を去った方がいい」
「ですが、島で待っている妹の為に薬草が必要なんです」
「だが、命には替えられないぞ」
「妹の命がかかっているんです」
「だが……」
「そうだ。報酬は払いますので、どうか俺たちの護衛をしてくれませんか? 薬草を摘む間だけでいいんです」
俺のその演技に、彼はしぶしぶそれを受けることになる。
「わかった。薬草が採れたらすぐこの島を出てってくれ」
「はい。それで報酬ですが……」
これも必要経費になるだろう。さて、いくら吹っ掛けてくるかな?
「報酬はいらない」
「へ?」
「いや、大した手間じゃない。いつもの日常なだけさ」
彼は自嘲するかのように苦笑する。
「なら、お願いします。薬草はこの先にある草原になります」
「わかった。先頭を歩いて警戒しよう」
男が木の根元から立ち上がると、歩き出す。それに伴って隣の少女も無言でそれに付いていった。
隊列というほどでもないが、先頭が転移者とソーニャ。そしてその後ろを俺たち二人が歩く。
彼は革の鎧を着けていたが、兜はない。これは、かなり有利になるだろう。背中は刺せないが後ろから近づいてその首を切ればいい。もしくは頭にぶっ刺せば終了だ。
俺はタイミングを計りながら、彼にそっと近づき、背後に回した手でモラルタを掴むと、そのまま刃を突き刺……。
「おっと、スネ当ての紐が切れたようだ」
彼の歩みが止まり、急に前屈みとなる。突き刺そうとした刃は空を切った。というか、お約束だな。しかも、自分が失敗する側に回るとはなんとも貴重な体験。
しかも、刺さるはずのものがないとバランスを崩してしまう。
「やべ!」
転移者の背中にぶつかってそのまま地面へとコケてしまう俺。かなり格好悪い。
「あーあ」
カトゥーが冷めた目で、俺を見下ろす。なんかムカつくな。
「大丈夫か。いきなり止まって悪かったな」
親切に手を差し出してくれる転移者。これでは、どちらが悪だかわからない。
気を取り直そう。もう一度やればいいだけのことだ。偶然、紐が切れるなんて、そんなことがそうそうあってたまるか!
さらに歩き出し、再びタイミングを計って実行。
「おっと」
だが、再度の失敗。また同じことが起こったのか?
俺が倒れる瞬間、ソーニャという少女と目が合った。その瞳には怒りの感情が宿っている。
「この人、今、ユウマを殺そうとした」
「なんだと?!」
「ユウマに危害を加える人間は許さない!」
少女の叫びに、それまで晴れていた空に雲が渦巻き、雷光が轟く。
「ソーニャ、ダメだ!」
そして、ズシンという重い地響きの後、巨大な怪物が現れた。
「ゴル=ゴロス……」
カエルのような姿に触手の生えた怪物だ。でも、こいつ皮膚が柔らかそうだから楽勝かな。
俺は怪物に突進していくと、その柔らかそうな腹にモラルタを突き刺した。
この世のものとは思えない咆吼をあげ、崩れていく怪物。楽勝楽勝!
「おまえ、何者だ?!」
背中から転移者の声がする。
やべっ、つい倒しちゃったよ。けど、どっちにしろあのソーニャって少女に見られていたんだ。助けてくれはしなかっただろう。
「ただの異世界巡遊者だよ」
振り返り転移者と対峙する。
「巡遊者?」
「ブラック企業ばりの女神に雇われた転移者ハンターと言ってもいい」
「俺を殺すのが目的か? ソーニャを殺しに来たんじゃないのか?」
「んー? あんたがそこの子を殺さないから俺が代わりにその剣を引き取りに来た。剣を渡してくれるならあんたを殺す必要は無い」
「断る!」
「だろうな。だから、俺はあんたを殺そうとしたんだよ」
なんだか俺の方が悪役っぽいな。
転移者が大剣を構える。まともな戦いは不利だ。
「カトゥー! 防御の魔法だ。硬度を最高にするやつ」
身体が淡い光に包まれる。カトゥーのカード魔法が効いたようだ。これであの大剣のダメージは通らないだろう。
一方こちらは、モラルタの刃をその皮膚に当てさえすれば勝ちだ。
逸る心を抑えながら、ジワジワと間合いを詰めていく。
「おまえには勝てないぞ」
相手の挑発には乗らず、フェイントをかけつつその懐に飛び込む。頭だけが弱点じゃない。鎧を着ているとは言え、その脇の下には固い防部はない。せいぜい下に着込んでいる布の服ぐらいだ。ならば、モラルタの刃でも切れる。そこから肉を直接ぶっ刺せばいいだけだ。
「っ!」
懐に突っ込んで脇を狙ったところで、転移者が何かに躓いたように一瞬こけて狙いがズレてしまう。
モラルタを引き寄せ、再度攻撃を行おうとしたところで、大剣がこちらに向かって振り下ろされる。
ガキンっと金属同士がぶつかるような音が響き渡る。俺がガードのために出した左腕に大剣がぶつかったのだ。生身だったら腕は切り落とされていただろう。今はカトゥーにサポート魔法をかけてもらっているのでダメージはない。
それも防御レベルはこの世界最高のもの。これを切れる剣などありはしなかった。
「残念だったな。こっちも女神の加護を受けているんだ」
俺は、相手に余裕の笑みを見せる。
「オレは――」
転移者の瞳に力が宿る。そんな風に感じてしまうほど、彼の力が増したように思えた。
「そんな力押しで、女神のサポートが打ち消せるわけないだろう」
少しだけ、俺は余裕をなくしていたのかもしれない。だから、そんな台詞を吐いてしまったのだろう。
「オレはソーニャを守るって誓ったんだ! うぉおおおおおおおおお!」
転移者が魔物のような咆吼を上げると、なにやら剣に光が集まっていく。
強大な力に、ガクンと俺の膝が折れた。
バシュっと肉を切り裂く音が響き、俺の左腕が落ちる。いってええええええええええええ!!!
その場に転がり、転移者から距離をとる。痛覚を遮断してほしいくらいだ。というか、防御マックスの俺の身体をぶった切るなんて、あいつの能力はどんだけチートなんだ?
じんわりと左腕の切り口が熱くなり、痛みが治まっていく。カトゥーが治癒魔法をかけてくれたのか。
そういえばカトゥーが言ってたな、あいつのチートは『愛の奇跡』だったと。愛の力で強敵にも勝利するっていう、まるで主人公のようじゃないか。
これはヤバイ。勝てる気がしない。なんでもかんでも奇跡の力で乗り越えられちゃ、たまったもんじゃないぞ。
リスタートをかけるか?
いや、まだ試していないことがある。
「カトゥー、煙幕だ!」
魔法ではなく、煙幕弾が俺たちの周りで炸裂した。ピンク色の煙が視界を遮っていく。
俺は事前に位置を確認しておいた目的に向かって走る。一直線に。
何かにぶつかる。柔らかな感触と、甘い少女の匂い。ソーニャという少女だ。
モラルタを少女の首元に近づける。この剣で少女が殺せないのは知っている。だが、転移者はどんな反応をするか?
「止まれ!」
こちらに近づいてくる気配に向かってそう告げる。数秒で煙幕は晴れていった。
「俺のソーニャに何をする?!」
数メートル前には転移者。
「止まれ!」
俺のその強気な台詞に、転移者の顔が引きつっていく。
「キミの剣じゃ、その子は殺せないよ。バカな真似はやめろ」
なぜか必要以上に脅えたような声を出す転移者。何か違和感が……。
「ユウマ助けて!」
少女がそう叫ぶと同時に、禍々しく雲が渦を巻き、ズシンと怪物が空から降ってくる。ただ、それは一体ではなかった。
「助けて!!!!!!」
ドスンドスンと、大量に怪物が降ってくる。五体、十体、二十体、三十体……数え切れないほど。この様子だと、世界中にその怪物……邪神は降り注いでいるだろう。
それは、破局噴火で見た世界の終わりとは違った絶望的な風景だった。
禍々しい邪神たちの降臨。古き神々の復活。この世界はやつらに支配されるのか?
ダメだ。これでは本当に世界が滅ぶ。
「カトゥー! リスタートだ」




