032-ファーダの苦労
俺は雇い主であるザロット様によばれ、ドレストレイル家の屋敷に戻っている。お嬢の訓練状況の報告だろうと軽く思っていた。お嬢の流魔血の制御は完璧で、もう教えることがない。ただひとつだけ心残りなのが、全力を出したときの戦闘訓練ができていないことだった。理由は単純で全力を出すと、自然破壊するレベルになるであろうことが予測できたからだ。
「失礼します」
「ファーダか……入れ」
入室の許可をもらい執務室の扉を開き入室する。すると、機嫌がいい時でさえ怒っているように感じる凶悪な表情がさらに険しくなっている。ザロット様は書類を置くとボソリとつぶやいた。
「ドレスを脱ぐ……か……」
まさかの第一声に心臓が止まるかと思った。それは建国の秘話から来る言葉……。
◆
はるか昔に、影のトレイル、豊穣のレイト、守りのレイスこの3人が率いた勢力があった。この国は周辺の勢力に対抗するために、3人が同盟を組むことから始まった。いつしか同盟は、別の地方で誕生した王制をマネて、一つの国となることに合意した。トレイルとレイスは、民のために力を使えるレイトが王になるべきだと、王を辞退した。
レイトは、恵みを与える聖人を冠しセイントレイト家を名乗り、領民の生活向上を約束し。
レイスは、地すべりや洪水から人を守る森を冠したバルトレイス家と名乗り、領民の安全を約束し。
トレイルは、貴族なんだからドレス着てお行儀よくしなくちゃな! と訳のわからない理由でドレストレイル家と名乗り、裏の敵の排除を約束した。
その後は順調に国の運営がなされていた。だがレイトが引退した事により王権を得たレイトの長男は、傲慢になりその無能から国も傾いていた。そして、ついに大事件が起こる。レイトの長男がトレイルの娘に無理やり迫ったのだ……。それを恐れた娘は自殺をすることで、レイトの長男の魔の手から、永遠に逃れる事に成功した。トレイルは赤い霧を纏い静かに涙した。
レイトの長男と、それをかばったレイスの長男つまり、セイントレイトとバルトレイスの当主だ。この二人は優秀な兄弟がいたにもかかわらず、長男だからというくだらない理由で当主になっていた。その不満も重なりトレイルは、二人を暗殺しその首を前当主のレイトとレイスの前に転がした。「おまえらに恩はあってもバカ息子どもに恩はない……。われわれにドレスを脱ぐ様なマネをさせるな! 次はないぞ?」と宣告した。
傾きかけた国も、優秀な兄弟が当主になったことで立て直し。この事件の後[ドレスを脱ぐ]は国の終わりを意味する戒めとして3家に広まった。
◆
ドレスを脱ぐ……。その意味を思い出したすと冷や汗が吹き出した。お嬢の友人たちを血の海に沈める嫌な想像が浮かび、すぐさまそれをかき消す。次に考えたのはどちらに付くべきか……。すると殺気が漏れてしまった。
「落ち着け! 開戦の合図ではない!」
その言葉に安堵した俺は、いつもの調子に戻した。
「嫌な想像させないでください!」
「すまない、しかし[あの言葉]が国内で発言された」
それは当主が言ったなら開戦の合図……。トレイル所属の者が言ったら開戦打診……。その他の2家が言ったなら国を揺るがす失敗を意味する。
「それはトレイルの関係者ですか?」
「いやアリッサ・エトワンスからだ」
「え? どういうことですか?」
アリッサは、トレイルのことすらも知らない。王族やバルトレイス公爵家の人間ですら一部者しか知らない言葉を知っているわけがない。
「ヴィクトルの報告によると、彼女は入学前に未来を見たとラーバル嬢に話している」
「未来視ですか?」
「ああそうだ……。その未来でわれわれが[あの言葉]を使ったらしい」
「それで信頼性があり、国が終わると?」
「その内容だが……」
アリッサの見た予言の内容を詳しく説明されると俺は納得した。多分やるだろう……。先程のありえないと思った想像が、お嬢の死をベースにすると途端に納得できる未来へと変わった。
「また殺気が漏れてるぞ……。しかし、それは去年の予言ですでに回避されてるらしい」
「去年? ああ! 雑魚が集まって兵を集めてたときですね」
「そうだ、きっとそのことで後手に回り、マルレの救出が間に合わなかった、ということだろう」
「そういうことですか……」
大事は小事より起こる、とはよく言ったもので、そのとおりだと納得した。
「では、何かまだ問題が?」
「アリッサ・エトワンスは、まだそれが起こる可能性があると思っているらしい」
「なぜそんな事を?」
「マルレがアリッサに『私がアークとアリッサが親しいのに嫉妬するのです。そして、えげつないイジメをして婚約破棄&追放処分になるという計画ですの』と言ったからだ」
それをきいて俺はあきれた……。お嬢が隠せていると思ってる[冒険者になるためには、ノート]の最初に、でかでかと書いてある計画そのものだったからである。
「あれ……。本気だったんですか?」
「マルレはいつでも本気だよ……。なぜか私が冒険者になることを反対すると、かたくなに思ってるらしい」
「はぁ……。お嬢は思い込んだらおしまいですからね……」
そう、お嬢が10歳の時に熱を出して奇行に走った時から常に監視されている。魔法が使いたいこと。こっそり(バレバレ)剣の訓練をしていること。それらは、屋敷の中に知らない人がいないくらい広まっていた。そして、隠蔽能力の低さと、隠密行動の才能のなさに、旦那様はトレイルへの加入をあきらめた。奥さまは夜会の心配から貴族家との結婚を諦め、早々に自由が認められていったってのに……。
「それで、どう対処するのですか?」
「実際に裁判をやらなければ納得しないだろうなアレは……」
「まさか、俺を呼び出したのって……」
「その通りだファーダ……。おまえにすべて任せる……」
「マジですか?」
「卒業式後にアリッサ嬢が計画しているらしい、頼めるか?」
嫌だ! すっごいめんどくさい! どうにか逃げ道はないかな?
「それはご命令でしょうか……?」
「命令と言わざる負えない……」
お嬢に、本当のことをぶちまけてしまえばいいんじゃないか? そうすれば説得でき……る?
「お嬢の説得は、無理ですかね?」
「マルレとアリッサ嬢の両者の説得だぞ?」
そうか! 頑固コンビを両方説得しなくちゃいけないのか!
それに正直に話したら……。「計画がバレてしまっては仕方がありません!」とか言って海外逃亡しかねない……。
「――舞台を用意するほうが楽ですね」
「ああ、マルレには悪役令嬢として舞台に立ってもらうのが一番楽だ。そうすれば、外国まで行ってしまうことはないだろう」
「はぁ、分かりました。うまくやりますよ」
あーあ! またお嬢のせいでややこしいことになってるな~。そんな事を思いながらも口元が自然に緩むこの楽しい気分は心地よいものだった。




