016-折れた心と幸せの果実
私は夢を見ている。
すぐにここが夢の中だとわかった。
前世の記憶が作り出した風景……。好きな才能を選びそれを伸ばせる現実ではありえない夢のようなゲームの世界だ。その世界で今はギルドで攻城戦をしているところだ。
突撃した前衛に降り注ぐ魔法に合わせて、<属性防御魔法>をかける。倒れそうな見方に<単体強回復>を唱える。それが終わると、範囲攻撃にそなえて<範囲回復>を唱えている。
魔法が使えないと身にしみて理解した私は、すぐに夢だと気がついた。そうだこれが私の理想の戦い方だった。一つの目標に向かうみんなをサポートする役目だった。
「いい援護だった」惜しみない称賛の声が頭の中に反射する。先ほどとは違い声が反射するほど心は豊かに育ち幸せという果実を実らせる。
言葉たった一つでここまで感情が変わるのか……。黒髪の少女……つまり過去の自分を見下ろしている私の心には、幸せという果実は残っているだろうか?
アシハラ・トモカの心の残骸の中心部からあたりを見回すと、いくつも果実は落ちていた。
(冒険者への憧れ)(3人でした何気ない会話)(初めての模擬戦)(スイーツを分け合ったこと)(仲間が一人増えたこと)(親友に魔法の才能があったこと)
それぞれからこぼれ落ちた種は、果実を糧に根を伸ばし、いたるところで細い心の芯が芽吹く。涙でぬれた大地と、幸せという甘い果実から栄養を吸い上げ、天高く伸びる。独立した芽は中心に集まり、複雑に絡み合いながら合わさって行く……。
それは、以前より強固で柔軟な一本の太い心の芯となった。マルレリンド・ドレストレイルの種だけで構成された心の芯は、前世の記憶を一冊の書物へと閉じ込めた。体験から記録へと変化させたのだ。
10歳の頃からある、自分が自分ではないような感覚が消え失せた。
「あれ? ここは?」
意識を取り戻した私が最初に見たのは、心の芯の種となった友人たちの顔だった。部屋を見回すと救護室であることがわかった。
「マルレちゃん! 私がわかる?」
「意識を失っていたんだ。心配したぞ」
「具合はどうですか?」
何気ない言葉が染み込み芯を中心に心が育つ。折れる以前より大きくなっていた。
「思ったより平気ですわ、私はひとりじゃないし夢も希望もある。あなたたちから、もらったものは、つまらない現実を消し飛ばしてしまうほどに大きかったようです」
魔法学園で魔法が使えない……。その重大さにあっけらかんとした様子で対応された友人たちは緊張の糸が切れた。そして、無理やり止めていた涙を自然に任せて流し始めた。
「ちょっと! 私が泣いてないのに、なんでみなさんが泣いてるんですか!」
自分のために、泣いてくれている友人たちを前に、こらえ切れなくなり涙を流す。アリッサとラーバルを抱えて涙を流す。それを後ろから見つめるアークは「良かった」といって涙を拭いながら大きくうなずいていた。
ひと仕切り泣き終わった私はある提案をする。
「敬称を付けるの止めて、名前で呼び合いませんか?」
「わかった」「そうしましょう」「それがいいです」
「ありがとう、アーク、アリッサ、ラーバル」
「無事で何よりだマルレ」
「本当に良かったよ~マルレ~」
「立ち直れないかと心配したぞ……マルレ」
静かになった部屋にノック音が響く。
「どうぞ、お入りになって」
「失礼するよ」
そう言って入ってきた人物を観察する。喪服のような黒いスーツに黒いポーラ・タイ、黒い髪はオールバックです。にらむだけでけで人を殺せそうな鋭く釣り上がった目つきに、鮮血のような赤い瞳。突如現れた人物を見るアリッサとラーバルの顔は引きつっていた。
「お父様! なぜ学園に!?」
私の言葉で、アリッサとラーバルの引きつった顔が驚きの表情に変わった。
「魔法実技があると聞いてな。もしかしたら、おおごとになっているかと思い仕事を投げ出してきた」
「ええ? お仕事は大丈夫ですの?」
「ああ、ヴィクトルに無理やり押し付けてきた。あいつもそのうち後を継ぐのだいい頃合いだろ」
「お兄様が? なら安心ですね」
お父様は視線を落とし、驚いたままの友人たちを見るとあいさつをした。
「あいさつが遅れてもうしわけない……。ザロット・ドレストレイル。マルレの父だ、よろしく」
「お久しぶりです。ザロット卿」
「アーク殿下……。娘が世話になったようですね。ありがとうございます」
「いえ、当然のことです」
「そちらの二人も娘の支えになってくれて、ありがとう」
「支えているのではなく支え合っているのです! 私はそのつもりです!」
「アリッサと同じで私もそのつもりですよ」
「……この子は人にあまり興味がないようだったので、心配だったが安心したよ」
お父様は軽く咳払いをして本題に入った。
「さて……。マルレに伝えなければ行けない事がある。二人きりにしてもらえないだろうか」
友人たちは「分かりました」といって部屋を出ていく。
扉が閉まるとお父様が私の特性について語りだした。