157-スペクトルリリス
「お嬢!無事ですか?」
「マルレ~みんなを治療し終わったから、助けに来たよ!」
「あいつはどこですか!?」
髪が風に揺られるという久しぶりな感覚に浸っていると、ファーダ、アリッサ、ラーバルが駆けつけてきた。ファーダは傷がないけど、服が破けたり血で汚れていたりするのがとても奇妙な感じがする。
アリッサは魔力をかなり使ったようで、かなり疲れているようですね。けれども一度もダメージは受けていなかったようで少し安心する。
ラーバルの背中の魔導具は戦闘で壊れてしまったようですが、その他は大丈夫そうです。鋭い目つきはまだ闘志の火が消えていません。
「初代様は私が倒しましたよ」
私は耳の後ろに手を入れ、つやつやストレートになった髪をばさっとかきあげた。どう!見て、この髪!と見せつけるように、大げさな動作をした。
「え?倒した?マジで?」
「ええ~!あのむちゃくちゃ強い人倒したの?」
「さすがですね。私はあれに勝てる想像できませんでしたよ」
髪はスルーなのね……まあ、いいですわ。
「戦闘中に枷が付いていると、ヒントをもらいましてね。髪形固定の祝福を操れるようになったんですよ」
私は初代様のアドバイスと、角紋様や流魔血が真の力を出すと、青い光を放つことを説明した。そして、実際に力を込め、青い魔力をまとった状態に変身した。
「へぇ……角紋様とブルーブラッドって実在したんだ……」
「マルレが、ストレートヘアだと変な感じするね~」
「たしかにそうですね。巻き髪しか見たことありませんでしたからね」
ファーダは私の知らないこの状態の呼び方をしっていたようでした。ブルーブラットって、またそのままの名前ね。高貴な血のことを青い血と言うけど、私の場合は比喩ではなく、生物的に青い血が出るのでしょうか?カブトガニですかね?
アリッサとラーバルはやはり、私の艶々ストレートについての感想をくれた。6年以上、形がいっさい替わらない、あの髪形でしたから、違和感があるのはしかたがないですね。
それよりも、髪形固定の祝福についてすごいことができるようになった。私は目をつぶり魔力変換器官に精神を集中させ、祝福を改変する。
頭の後ろでくくられたポニーテイルを強くイメージすると髪がうねうねと動きだし、ひもがないのに髪がくくられた状態に変化した。
「見て、これ!すごくない!?」
私は髪形が自由自在になったことをドヤ顔で自慢する。
「うわ、すごい!なにそれ!自由が効くなら、最高じゃん!」
「驚きました。たしかに便利そうですね」
ファーダはどう思っているのかしら?ちらっと見ると、なんと彼は白黒になっていた!
「お疲れさまでした」
突然、後ろから声をかけられてびっくりして振り返ると、そこには雨降さんがいました。周囲がだんだんと白黒になり始める。どうやら、また時を止めただけでした。
もう!前置きなしで急に時間を止めるとびっくりするわよ!
「雨降さんお疲れさまです」
「アメフリ?」
「アメフリとは?」
そうでしたね、アリッサとラーバルは、まだ名前を知らなかったのですね。私が説明するのも何なので、そこは彼女に任せることにした。
「あらためまして、私はスペクトルイブの雨降 梅と申します」
そういえば、ここが人工惑星で日本だとか、ややこしい話があったわね、後でアリッサにも教えてあげましょう。ラーバルは聞いてもよくわからなそうだけど、親友なので、前世のことを含め、すべて知っておいてほしいわね。
さて、彼女が来たということは、約束通りアリッサの勧誘でしょうね。
「ツールは無事回収しましたので、この国の厄介事がすべてが終わりました。ですので、アリッサさんの死後、スペクトルとして迎え入れます」
「わーい!ラーバル!死んだ後もよろしくね~」
「ええ、こちらこそよろしくおねがいします」
そっか一生の付き合いどころか、永遠の付き合いになるのね……、あれ?私は?
「……あの私は……」
私だけだめだとしたら寂しいわね……
「そのことなんですが、マルレさん、あなたに、この世界から贈り物があります」
彼女が”この世界”と言うときはAIのタカミムスビのことなんですよね。贈り物ってなにかしら?
雨降さんが、空に手をかざすと私の頭の上に光の玉が現れた。なんだろうかと見とれていると、それはゆっくりと下降し、私の前でピタリと止まった。
光が収まると、そこには四角錐の物体がフヨフヨと浮いていた。不思議に思いながらも、私はそれを手にとった。
四角錐は、黒くてつやつやしていて中央付近に、カメラのレンズのようなものが埋め込まれている。
「受け取りましたね。それは摂理の瞳というものです。」
摂理の瞳?なんでしょうか、これは?
「オホン!マルレリンドさん、この世界は、あなたをスペクトルリリスと認定しました」
え?リリス?何ですか、それ?リリス……何でしたっけ……あっ!生まれてくる子供の運命を好き勝手できる人じゃなかったかしら?なんか怖い名前ね。
「ちなみに勧誘ではなく、私と同じ様に認定なので、拒否権はないです!」
え?拒否権はない!?というか、なんでこの人ニッコニコしているの!?
「ちょっと待ってください!いったいどういうことですか!」
「前に言ったでしょう?死ぬ前から手伝ってもらいますって」
そういえば、そんなこと言ってましたわね……。
「あなたには、これからスペクトルリリスとして働いてもらいます。問題が発生して停滞してしまった物語を、その摂理の瞳を使用して再び動かす任務が与えられます」
「え、えっ?なんで私なのです?」
「まずは、その強さですね、スペクトルの筆頭であるトレイルを倒したその実力」
初代様って筆頭でしたのね、どうりで強いはずです。
「そしてクロービでの実績を鑑みまして、私がこの世界に推薦しました!」
あー!それでこの人、さっきからニヤニヤしていたのですね……。
――『力を奪われて怒っているだとか、私の半分が仕事を投げ出して楽しくやってるのが、癪に障るといったことはいっさいありません』――
そういえば前にこんなこと言ってましたね……これで、あなたも仲間だよってことですね。
「それにあなたにとっても悪い話ではありませんよ。なにせ冒険者や技術者としていろいろな国を回ってもらいますから……そういうのお好きでしょう?」
冒険者としていろいろな国を回るですって!?
「はい!喜んでやらせてもらいます!」
私は後先を考えず、楽しそうという理由で快諾した。よく考えたほうが良かったかもしれないと思いましたが、強制のようなので、どちらにしろ結果は変わりませんね。
私が快諾したのを見届けると、雨降さんは帰っていった。
すべてが終わった……。
この後、城に戻り、お父様やお兄様と無事を確かめあっているところに、もう終わっていることを知らなかったアークがゴーレムで乗り付ける、といった珍事があった他にはトラブルはなく、皆は元の生活へと戻り始めた。
◆
この国の厄介事が全て片付き、私たち姉妹は転生者としての役割から開放された。これからはタカミムスビの力を借りず、自分たちで平和を維持していかなくてはならない。もう誘導される道はないのだから。
荒れた地域の復興や新体制での政治が始まる。
ネスティエン領では、選挙制度のモデルケースとなるように、各地の力添えで領主の選挙が行われるようです。レジスタンスのリーダーや農業の知識が豊富な農民の方が候補に上がっているそうです。
エプロストリング領はロットヴァルデ領の力を借りて復興を目指すそうです。どうやらニーニャちゃんとレイシーズさんが意気投合したようで、ロットヴァルデ領でよく使用する岩塩の採掘を領地の産業の軸として復興をめざすそうです。
トラディネント領はとりあえず元王太子であるカヴァナント・セイントレイトが復興まで統治し、その後、こちらも選挙で領主を決めるようです。
小国郡は生き残った人たちで、一つの小さな国を作っているようです。レイグランドからは賠償として、当面の食料を融通していくそうです。
とにかくレイグランドの傷は深いですが、再び立ち上がり、平和の道を続けていけそうです。
次回エピローグで最終回となります。