142-スペクトル
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「それは建設用の道具で、ブロックにセメントを均等に塗るためのものです。名前はブロック鏝といいます」
ああ!何処かで見たことあると思ったら!確かにセメントを平らにするやつだわ!
「そういえばそうね……わかったわ、じゃこれ返し……」
って納得してどうするのよ!わたし以外に見えないとか絶対普通のコテじゃないでしょ!
「って!そんなわけ無いでしょ!そういう事を聞いてるんじゃありませんわ!」
「チッ!」
神の使いと名乗っている彼女から信じられないことに舌打ちが聞こえた。
私はイラッとしたので無言でコテの先と柄を持ってぼそっと呟く。
「普通のコテなら壊しても大した問題じゃないわね~」
「まって!まって!」
どうやらよほど大事なものらしいわね!
「もう!二人共遊んでないで!」
「私もスペクトルとやらになる約束をしたのだスルーベルが持っていたそれについて聞かせてほしい」
遊んでるつもりはなかったのですけど……。
「わかりましたラーバルさんだけにはご迷惑をかけたのですべてをお話しますわ」
言い方が気になったけど、神の使いさんが詳しく説明をしてくれるというので、手に持っていたコテを彼女にわたした。
すると彼女は、コテを見回した後「無事だね」と言って、空中をぽんと叩くとステンドグラスのようなものが現れた。
そのステンドグラスには左右に柱が描かれ、その間にいくつかの道具と黒く何もない穴があるのがわかった。その道具の中には、何度もわたしの頭を叩いた木槌も収納してあった。
「これは、いくつかある[世界建設道具]、通称[ツール]の一つです。」
そう言うと彼女はステンドグラスの黒い部分に先程まで私が持っていたコテをはめ込んだ。
「ツールは全部で6種類あります……」
そう言うと彼女の説明が始まった。
まずは一番下位から。
第一のツール[水準器]
薄い金属製でTを逆さまにしたような形をしていて、真ん中に溝があり下の方は丸く穴が空いている。その溝にはチェーンが垂らしてあり、下部には丸い重りがついている。
能力は、スペクトル化。
第二のツール[鏝]
スルーベルが持っていた三角の金属に木製の取っ手がついているものでした。
能力は、スペクトル化、スペクトルへの命令
第三のツール[彫刻刀]
木工用のものではなく、石材用の鉛筆のような形をした全体が金属製の物らしいです。ステンドグラスは黒くなっていてその形は見ることができなかった。
能力は、スペクトル化、スペクトルへの命令、スペクトルの呼び出し
第四のツール[木槌]
私が何度か頭を叩かれたあの木槌です。
能力は、潜在能力の開放、時間の停止
第五のツール[角定規]
への字型をした金属製の定規でした。
能力は、別次元への鍵の片方
第六のツール[コンパス]
形は誰でも知っている。中央で折れ曲がり先に針がついているものです。
能力は、別次元への鍵の片方
確かに建設道具だった。それもすべて石工職人の道具ですね……。
「以上がツールの説明です」
スペクトルを生み出す道具?過去のことを考えるといろいろと思い当たることがあった。
アリッサも思い当たることがあったようで、真剣に何かを考えている。
一方ラーバルは、先程の質問の答えがまだだともう一度同じ質問をした。
「その道具についてはわかりました。なぜスルーベルがコテをもっていたのか聞かせてください」
神の使いさんは、私とアリッサの顔をちらっと見ると現在に至るまでの経緯を話し始めた。
「ある事故が起こり力を失っていたところを国に古くからいる悪霊に襲われ、水準器、コテ、彫刻刀を奪われてしまったのです……」
神の使いさんも意外と、ドジね、と思っていた私の耳に「えっ!」とアリッサが小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。顔を覗き込むと、まるで花瓶を割ってしまった子供のように、絶望的な表情をしていた。
アリッサの動揺の理由がわからないけど、とにかく話の続きを聞くことにした。まず奪われた3つのツールは、悪霊の部下へと分配されたようです。
水準器はラーバルに傷を負わせ私の心に入り込んだターダと呼ばれる者に渡ったそうで、私が倒した後にこっそりと回収したそうです。ツールの使用履歴を見たところ、ミノタウロスをスペクトル化しただけでした。
次にコテは先程討伐したスルーベルに与えられツールの使用履歴を見たところ小国郡の住民をスペクトル化しその使役を行っていたそうです。
そして最後の彫刻刀は未だに発見されていないそうです。
私の勘違いでなかったらこの人は、グールやゾンビミノタウロスの事を[スペクトル]と呼んでいるわね……。
「先程からグールのことをスペクトルだと言っているようだが……。先程、私が勧誘されたものと話が違うではないか!」
ラーバルの怒りを帯びた声に神の使いさんは直ぐに返事をした。
「いえ……私が先程説明したスペクトルが真の姿です」
真の姿……ということはグールは間違った姿のスペクトルってこと?
「あなた達がグールと呼んでいるのは、英雄に足る能力がない者を無理やりスペクトル化した結果、魂の意識が封印され、そして肉体に引き寄せられ閉じ込められた姿なのです」
ある一定の功績や強さがないと、アンデットのような姿に……。確かに説明を聞く限りスペクトルと亡霊はかなり近い存在に思える……。未練のある死体がグールになるのと同じ様に、肉体から離れられなかったスペクトルはグールのような姿になるのですね。
普通のグールは意識が多少残っており、首を切られたという事実に直面すると死を受け入れるが、意識がないスペクトルの場合だと首を切られても命令通り動き続けるということなのですね……。
「なぜそんな大事なものを奪われる事になったのですか!」
「そうよ!あなた何やってるのよ!」
私はラーバルと共に神の使いさんの失態を攻め立てた。するとアリッサが真っ青な顔をして近寄ってきたかと思うと、私の後頭部を鷲掴みにして無理やり頭を下げさせた。
「姉のせいでとんでもないことになってしまって申し訳ありません!」
アリッサはそう言って私と共に神の使いさんに頭を下げた。
私は訳がわからず頭を下げさせられながらアリッサを見た。
凄い小声でアリッサが驚愕の事実を伝えてきた。
(どう考えてもお姉ちゃんが転生した直後の出来事だよこれ!)
ええ…………力を失った事故……転生前の最後の記憶を蘇らせる。
妹が死んで神の使いさんが、コンパスと角定規で開いたゲートを通って旅立った現実を受け入れられなくて。私は神の使いさんを掴んで一緒にゲートに飛び込んだんでした。
本来通れないはずのゲートに飛び込んだ私は、自分の肉体と神の使いさんの半分を魂の力として無理やり取り込みゲートを強行突破したのでした……。
「私のせいですわ!本当に申し訳ないです!」
「前にも言ったようにもう許していますよ。お二人とも頭を上げてください」
心の広い?彼女は言葉では許すと言ってくれたけど、奪われた経緯を「誰かさんのせいで」を多用しながら話し始めた。
急に力を失った彼女はゲートからはじき出されるも、必死にコンパスと角定規の動作を止め無事にゲートを閉じた。
ほぼ力を使い果たしたが、どうにかなったことに安心し周囲の確認を怠った。
ツールをステンドグラスに収めているところに、運悪く悪霊が来てしまい激しい攻防の末に、絶対に渡してはいけない別次元への鍵と能力を開放する木槌だけを持って逃げたということでした。
「スルーベルにツールが渡った経緯は理解できましたが、転生とか姉妹とかは一体何のことですか?」
ラーバルの存在をすっかり忘れ転生やら妹やら姉やら普通に話してしまっていた。
すると神の使いさんは、私達姉妹の事を丁寧に話し始めた。
「マルレは3人の魂を持っていて、そのうちの一人がアリッサの前世の姉で二人共前世の記憶がある……ですか?」
私達3人は、首を縦に振り肯定した。
「信じられませんが、嘘でも事実でも今までと何も変わらないのですよね?」
たしかにそうね、何も変わらないわね……ラーバルってこういうとこ結構ドライよね。
「だいたい事情はわかりました。それでマルレにさせたい仕事というのが最後のツールの回収なんですね」
そうか!そう言うことだったのね!私がツールを回収できれば神の使いさんの嫌味も木槌での殴打もなくなるってことですわね!
「そのとおりです。マルレさんにはツールの捜索と回収をおねがいします」
「わかりました!必ず探し出して私が起こしたこの流れを収めてみせます!」
悪霊がいるとしたらきっとアークが戦っているであろう中央のトラディネント領だ!
私は当初の予定通り前線をすべて回ることに決めた。
グールの正体は失敗したスペクトルでした。ラーバルは出生や過去にこだわらないので、転生者と聞いても特に何も思うところはないみたいです。
次回は、時間停止が終わった後のマルレたちの話と別視点を少々の予定(未定)です。