124-人を斬る覚悟
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手紙とアリッサの説明のおかげで、すんなりと戦線に加わることができた。しかし気を張り詰めているラーバルの表情は固く、戦闘前なのに獲物を狩る鷹のような目つきのままで少し心配になった。
天幕から出た私達は、せわしなく動き回る騎士団員たちから少し離れたところにある岩に腰掛けた。
「なんか険しい顔をしていたけど大丈夫かしらね?」
「大規模な戦争だからね~ラーバルだって緊張するでしょ、それよりマルレは良いの?戦争だよ?人を斬る覚悟は出来てるの?」
「ええ、あのとき学園で用意してくれた舞台から私は逃げましたからね。また逃げてしまったら、いざという時困ってしまうと思うの」
魔法学園が2年生の終わりで用意してくれた盗賊退治のイベント……。1から10まで演出してくれた”はじめて人を殺す”といイベントから私は逃げたのです。この国から出たら戦乱があふれている世界では必要なことなのは分かっていました。ですが前世の記憶が邪魔をしてどうしても殺すことができず、仲間に先んじて盗賊を全員無力化する暴挙に出たのです。
「アリッサは、大切な人が殺されそうになった時に躊躇なく人を殺すことができると思いますか?」
「多分できると思う、私は平民出身だけど、お爺ちゃんは名字をもらえるぐらいには偉かったの。それでねお爺ちゃんが死んで私達親子は他の平民と変わらなくなったけど名字だけは残ってね……。金持ちと勘違いされて誘拐されそうになったことがあって、その時に”自分や大切な人の命を守るときに悪人の命を天秤に乗せてはいけない”って教わったの」
時々忘れてしまうけど箱入り娘だった私よりアリッサ、いえハルカはこの世界にかなり馴染んでいる。基本的にこの世界では危険な犯罪者はその場で殺されるもので、これはこの世界のどの国でも同じだろう。異世界に限らず地球でも日本以外ではそういうところの方が多いくらいでした。
例えば銃社会のアメリカだが、それよりもこの世界は厳しい。なぜなら魔法という凶器があり一瞬の油断で大勢の人が死んでしまうからだ。例えるなら犯罪者が見えないロケットランチャーを複数携帯しているような世界だと言ったらわかりやすいだろうか?とにかく敵と認識したものは魔物だろうが人だろうが生かしていては守れるものも守れなくなる。
グチグチといろいろ考えてみたが結局は、[甘えるな!受け入れろ!ここは平和な日本ではない!]ということなんでしょうね。
「そうよね、それが普通よね、ごめんなさいね私の甘えをなくす手伝いをさせてしまって」
「別にいいよ敵の命を助けて大切な人を失ったなんてことになったほうが見てるこっちも辛い」
「ありがとうね、あなたは親友であり家族でありそして一番の理解者よ」
「どうってことないよ、世界を超えて探しに来てくれるのに比べたらこんなの楽勝だよ」
失いたくない物を再確認したことで私は前向きになった。前線に行く覚悟は決まった。
「じゃあ、私は前線だからもう行くわね、アリッサは負傷した騎士団の方をよろしくね」
「任せておいて!私の手の届く範囲で味方は死なないわ!」
なんとも頼もしい言葉を聞けたので、私とアリッサはそれぞれの持ち場へと向かった。アリッサはチェインメイルの上に白いマントを着た治療部隊と思われる一団へと歩いていった。私はちょうど天幕から出てきたラーバルの後を追ってラーバルの率いる緑色のマントを付けた部隊へと近づいていった。
「トモさんちょうどよかった。おい!お前たち急遽この隊に加わることになったトモさんだ」
「トモです。よろしくお願いします」
「クロービから来た腕利きの剣士だそうだ実力は私が保証するので、試してやろうとおかしな真似をするなよ?」
「「はい!了解です!」」
彼らは遊撃隊と名乗っていたが軽装備ではなく全員重装備だ。あちこち動き回るには装備が重そうだが大丈夫なのだろうか?
「トモさん、私達の部隊について説明しておくよ」
ラーバルが部隊の詳細を教えてくれた。やはり遊撃隊なので戦況に応じてあちこち動き回る部隊のようだ。重そうな鎧は足かせになりそうだと思った。だがこの部隊は全員ラーバルが作り出した風魔法による速度強化の[疾風迅雷]を習得しているらしい。
お調子者のような隊員が実演して見せてくれた。鎧を着ているとは思えないスピードで左から右へ右から左へと駆け回っている。
「ね?重装の動きじゃないでしょ?」
「見事だ!」
ラーバルの作り出した魔法を見事に習得している姿を見て私は声を上げた。私の使う自己強化の増強魔法が体内に作用するのと違い外部に作用する魔法ですね。確か手足の武具から風を起こして動きをサポートするのでしたね。
「私達の進軍スピードはこんなものだ。大丈夫だと思うが同行は可能か?」
「大丈夫だと思います」
私はラーバルにそう言うと、走り回っている彼と並走してみせた。すると見本を見せてくれた団員は「世界は広い」と謎の言葉を発したあと急におとなしくなってしまった。
なんか悪いことしちゃったわね。
「よし!確認終わり!戦闘準備に入れ!」
「「了解!」」
「はい!」
私は配置に付きながら改めて戦場を見回した。
戦場は飛び道具主体の魔術師団に有利な障害物が一切ない広い平原だ。唯一ある障害物といえば中央よりやや手前の右側に飛び地のような小さな林があるぐらいだった。
戦術を学んでいない私にすら、もう少しマシな場所があったんじゃないかと思える地形だった。
軍の配置は中央に騎士団長率いる大盾を持った重装歩兵の前衛とその後ろに重装に剣盾の通常装備の大隊がいる。
かなり密集した陣形で戦いにくそうだけど大丈夫なのかしら?
その後ろには、チェインメイルに剣と杖という見たこともない組み合わせの装備をした一団がいた。
夕日のようなオレンジのマントが鮮やかですね。
その部隊の横にラーバル率いる緑のマントの私達、遊撃隊がいて、2つの部隊の後方に白マントの衛生部隊が控えている。
アリッサの姿がちらっとみえて後方支援が万全だと思うと心強い。
最後にラーバルのお父さんがいる本陣がある。大盾を持った兵士と、ローブの下から重装鎧が見える杖を持った一団でガッチリと固めていた。
見るからに強そうな人たちね本陣を奇襲されても耐えられそうね。
さてさて相手の布陣は……先頭は防御魔法を使えそうな一列で、その後ろは兵科が定まっていない有象無象の魔術師がひしめき合っているような感じで、整列すらまともにできていない。
「ラーバルさん、相手は攻め込んできたのに前衛すら居ないようだが?」
「ああ、改革前に噂を聞いた平民や冒険者が、夜の闇に紛れて王都へ逃げて来てしまったからな」
「王都の賑わいはそんな理由だったのだな、しかし、よく脱出を許したな」
「貴族と平民の住む地域が城壁で完全に分かれていましたからね……。城壁の中身だけを残して城門の警備兵ごといなくなりましたから」
「警備兵にまで見捨てられたのか……」
人が多かったのは避難してきた人たちだと予想はついていけど、まさか相手の領地の人まで来てるとは思いもしなかった。命がけで自分たちの領土のために立ち上がると思っていたのですが……。
「領民に見捨てられるほど酷いところだったのですか?」
「他の貴族と違って自領の産業も作らず王から与えられた食料の生産だけで領地運営してましたからね。国から離脱するなんて噂が出たら逃げ出しますよ」
産業を持っていなかった!?嘘でしょ!あの広い領地を国営農地のおこぼれだけで運営してたってこと?普通貴族は国営の農地と特色を持った産業の二本柱で運営するのが基本でしょ!?例えば私に変装してアリッサに嫌がらせしたトトリア・リウスの家は陶器製造だったり。勇者の居るロットヴァルデ領は加工肉の輸出だったりするので私の家のような特殊な仕事を除いて必ず産業があるものだと思っていた。
「それでは今は食料を買う金すら稼げないではないか!領民を飢えさせて何が貴族だ!」
「そうです自力で貴族の矜持を守れない3家が卑しくもその地位にしがみついたのです」
話を聞けば聞くほどその酷さが分かっていく。不正の監視をしていたトレイルは何をしていたのでしょうか? ……いや、無能は不正ではないから放置されたのかしら? 父様とお兄様を思い浮かべてみる……是正勧告とかしなさそう……。
相手の状況を聞いていたら、ネスティエイン陣営が魔法を唱え始めたようだ。
ついに戦争が始まったようです。
「砲撃くるぞ!大盾騎士!障壁展開!」
魔道具によって音量をあげられたラッシュ騎士団長の声が響いた。
戦争の最初の一手は騎士団らしく防御から始まった。
前世の日本で生まれた倫理さんを説得する回でした。
次回は戦争の開始と実は既に死んでた倫理さんの話になる予定