122-お怒りモード
「はーい!この人は気絶してるだけだからトレイルの皆さんはさっさと集まりなさい!剣は絶対抜かないでくださいね!隣の戦闘民族が襲いかかりますから!」
まったくひどい言われようね、でもめんどくさくなって自然と殴り倒す方向に持っていくのは私の悪い癖というよりドレストレイルの血のせいかもしれませんね。
「ほんとぉ?」
ファーダのお父さんであるディータが恐る恐る近づいてきた。
「はい本当です!」
「殺気を飛ばしたり剣を抜いたらわからないがな」
敵意はないからあなた達もわかっていますわよね?という気持ちでちょっと牽制しておく。
「黙ってろ……」
「ひゃい!」
ドスの利いた声でボソリと言われ思わず声が上ずってしまいましたわ……どこからそんな声出したのよ。
ディータさんがファーダの首元に指を当てて脈を確認している。
「うん、ファーダは気絶してるだけだね、コイツが負けたんじゃ俺たちが束になっても無理だ」
ファーダはトレイルでは敵地への潜入を任されるほどの実力者ですものね。
「争うのは得策じゃないとわかっていただけたので、次は誤解をときましょうか?」
アリッサがどうにか丸く収めるために話をしだした。その話の内容はこうだ。
カクドウセイが初代様とあったという伝記からトレイルという個人の名前を知り、クロービではレイクランドの黒い衣装で音もなく動く人々のことを[トレイルの忍]と言い他の忍と呼び分けるために通常はトレイルと呼んでいると説明した。
嘘と本当を適度に混ぜた見事な言い訳でした。クロービには忍がいなかったけど……ん?居ないよね?いたのかしら?あ!忍術スキル有ったわ!今度クロービに行ったときにでも探してみましょう!
「うーん、初代様と敵対して唯一生き残ったって言われてる白い服の青年の事かも……殴り倒した後、動けるようになるまでいろいろな話をしたらしく「ビビリだけど良いやつだった」と評価したって何かで読んだおぼえがあるな」
「きっとそれがカクドウ様です。私達の誤解は解けましたか?」
「うん、敵対しても良いことなさそうだしわかったよ」
アリッサはニコニコしながら対応していたが私にはわかる。あれは表面上だけでものすごい怒っていると……。
「では!あなた方の問題点を挙げさせてもらいます!」
あっあっあっ!
「だいたいね!初対面が尾行から始まり挙句の果てに大人数で殺気をぶつけるとはどういう教育を受けているのですか!!!そりゃ逃げるか戦闘になるに決まってるでしょ!それに!そこで転がってるバカにも話をしてもらうと言いながら剣を抜くなと、きつーく!言っておいてください!」
「は……はいぃ……すいません」
アリッサに圧倒されるディータさん……私のちょいミスがとんでもないことに!いえアリッサの言ったとうり向こう側にも非があるわけで……あれ?今ここにいるのってドレストレイルの関係者だけだわ……。
ここにいるメンツの顔を見回す。私も含めて戦闘能力は高いけど、どこかポンコツな3人が揃っている……。
これは起こるべくして起きた悲劇でした……トレイルはアリッサに完全敗北してしまったのでした。
「とりあえず今日はもう夜遅いので続きは明日!朝一で代表者は宿屋うさぎ亭に来るように!それでは解散!」
私は戦闘の熱気もヒエヒエになりトボトボと帰路についた。
アリッサはまだ怒っているみたいで無言なのが怖い……。機嫌を取る方法をぐるぐると考えているがいまいち良い案が浮かばないまま宿屋うさぎ亭へ到着した。
「ほら!さっさと宿をとってきなさい!」
まだお怒りモードのアリッサに言われてすぐに、うさぎ亭に入り部屋を二部屋取りに行った。女将さんと娘のペトラちゃんに久しぶりに会ったけど久しぶりというわけにも行かず普通に接する。
「二部屋お願いします」
「はいよ二部屋だね!悪いけど夕食は終わっちゃったから何も出せないがそれでも良いかね?」
「構いません」
あーあファーダのせいで夕食を食べそこねたわ。
私達は一旦それぞれの部屋に行き荷物をおいた後に私の部屋で合流することにした。
「夕食を食べそこねたのはマルレのせいなんだから、マルレの非常和食から私のぶんも出してよね」
私達はクロービを離れて和食が恋しくなったとき用のために、日頃からおにぎりや豚汁などの和食を[非常和食]として時の流れが止まる次元リュックや次元ポーチに収納してあるのです。アリッサのポーチは容量が馬車一台ぐらいしかないけど私のリュックは倉庫2件分ぐらい収納できるので和食に限らず中華料理までたんまり詰め込んであるのです。
「中華も持ってますけど、何を食べます?今日は特別に何食べてもいいわよ」
少しでも機嫌を直してもらうためできる限り要求に答えなくてはいけませんね……。
そしてアリッサは私の言葉を聞いてニヤッとした。
嫌な予感しかしませんわ。
「じゃあ特上天丼ちょうだい!」
特上天丼!スキルで増やせない貴重なエビを贅沢に3本と鱚と獅子唐の天ぷらまで乗った贅沢品!こっそり一人で補充したから知られていないはずなのに!?なぜ知っているの!?
ぐぬぬ!2杯しかない虎の子の一つをここで失ってしまうのね!……仕方がありませんわ。
「うう……わかったよ」
私は仕方なく次元リュックから特上天丼と箸を取り出しアリッサの前に配膳した。
「うわ~美味しそう!いただきます!」
いい香りが部屋中に充満する。私はその香りをかぎながら、全面を海苔で覆われたバクダンと呼ばれている大きなおにぎりを食べることにした。私も特上天丼を食べようかと思ったけど、なるべくリーズナブルなものを食べてアリッサの機嫌を損ねないようにした。
作戦は功を奏しアリッサの機嫌はすっかりと良くなった。
「よし!じゃあ明日も私に任せてね!自然な流れで前線にいけるようにするから!」
そう言って自室へ戻っていったアリッサを見てやっと肩の力が抜けた。使い終わった食器を清潔の祝福で洗って次元リュックへ戻しておく。今度クロービに行ったときにまたこの器に盛り付けてもらうためだ。
「ふぅ~アリッサを怒らせると大変ね……。怒りに任せてビンタでもしてくれたほうがよっぽど楽だわ……」
私は鎧を脱ぎベッドに横になるとすぐに深い眠りに落ちた。
次の日の朝、私は面頰の口の部分からなんとかスプーンを突っ込みシチューを食べているとディータさんが訪ねてきた。
既に朝食を食べ終わっていたアリッサが対応することになった。彼女が既に朝食を終えていた理由は食事用に目の部分しかない狐面を用意していたからでした。
私も目の部分だけしかない食事用の面頰を作るぞ!と心に決めながら難易度の高い食事を続けることにした。
やっと私が食事を終え話し合いに加わろうとするとすでに終わっていたようでディータさんが宿から出ていくところでした。
やっぱり交渉事には参加させてもらいない運命なのかもしれませんね。でも短いやり取りでも失敗するので交渉なんて避けるに越したことないのかしら?
「話し合いの結果はどうなりましたの?」
「今後のクロービとの関係強化のため友軍として前線の手助けすることになったよ」
「え?前線へ行ってもよいのですか?」
「アロイーンとかアークとかラーバルのこと気になってたでしょ~?正体を隠したままならマルレのお父さんに止められることもないし何だかんだ有ったけど結局いいとこに落ち着いたよ~」
上手いことまとめてくれたようで、みんなの様子を見に行けることになった。アリッサは私が失敗しても結局最後は良いところに落ち着くので怒りにくいと愚痴っていた。私はアリッサの軌道修正あっての事だと思いひっそりと、しっかり者の妹に感謝した。
「さて!最初は一番近い騎士団とネスティエインの戦場に行くわよ!」
「ラーバルのところですね、かなりの重症を負ったけど戦闘力に変わりないと良いですね」
私達は準備を整え女将さんにお礼を言うとすぐに戦場へと出発した。
マルレがやらかしアリッサが収めるいつもの光景でした。
キスの天ぷら食べたい!
次回はラーバル視点で戦争前の予定です。