121-大丈夫峰打ちよ!
私はアリッサを抱えて屋根の上を逃げている。
なぜこんな事になったのでしょうか……。殺気を向けられてつい逃げてしまったのが悪かったのね。
「あのさマルレ……逃げる必要なくない?」
「うん……殺気を放たれたからついね。トレイルのみんなと戦いになるのも嫌でしたし」
今まで感じたことない強い殺気を受けて、慌てた私は戦うか逃げるかの2択になってしまい話し合いが頭から抜けてしまったのです。
「大丈夫このスピードなら振り切れるでしょ!」
「ここで残念なお知らせ……一人だけ付いてきてるよ」
え?嘘でしょ!?脚壁まで使ってかなりのスピードで屋根を飛び回っているのに追いついてくるですって!?
「ファーダのお父さん?」
「いや息子の方」
「え?ファーダが来てるの!?」
ファーダは私より早いはず……アリッサを抱えたままじゃ確実に追いつかれますわね……。
「森まで行ってやり過ごしましょう」
「別に兜をとれば済むことじゃない」
「いざとなったらそうするわよ、今はとにかく森に行くわ」
私はそのまま街を出てもう少しで森に入ろうかというところでファーダに追いつかれてしまった。
「やっと追いついた。トレイルについてどこで知ったのか話してもらいましょうか」
久しぶりに対面したファーダはそう言うと腰にある2本の短剣を抜いた。どいつもこいつも!なんで話をする前に刃物を抜くんですか!?根性叩き直してやる!
「ハルカ……あいつ刃物を抜いたぞ、ちょっと根性叩き直してくる」
「あーあ、外道丸さんのときみたいにまた戦闘民族が勝手に戦いはじめるのね、もう好きにしなよ……」
戦闘民族ってなによ!と思ったけどそんな事を気にしている暇はない。私も太刀を抜き構える。
「やる気か……話は後で押さえつけた後にゆっくり聞くことにするよ!」
戦闘の火蓋が切って落とされた。
長物を持ってる私は懐に入られては不利なので、近づけないように距離を取りつつ斬撃を繰り出す。ファーダはそれを最低限の動きで回避したり短剣で剣筋をずらしている。
ファーダも少ないパターンを読み切りつつあるのか、刀を振っても最小限の動きで回避される。それほど距離を取れなくなってきた。
しかし一瞬ファーダが足元を見たのを私は見逃さ無かった!そのスキに大きな太刀を振り下ろす。
ガキィン!と言う音と共に手応えを感じた。
しかし私の刀は交差させた二本の短剣で受け止められていた。そして短剣を刀に沿って滑らせるようにして私の懐に潜り込んで来る!
振り下ろしを誘われた!?とっさに前蹴りで腹を蹴り飛ばした。
「ぐぅ!」
「すまないな、近づかれるとつい足が出てしまうんだ」
ピンチになると、とっさに格闘が出ちゃうのよね!
「ははは……これがとっさに出した威力って剣はお遊びか……。これは本気を出さないとやばいね」
ファーだから赤い霧が漂い始める。うわぁ……本気ですか……。これは流石に刀で遊んでる場合ではありませんね。
「これは、遊んでいる場合じゃないな」
私は太刀を鞘に戻しインベントリに収納した。ファーダも短剣を鞘に戻すと格闘戦へと移行した。
ファーダの本領はスピードなので、それに警戒して見逃さないように気を張り詰める。
初めに動いたのはファーダだった。突撃からの右ストレート!私は迫りくる拳を左手のひらで弾いた後に相手の鳩尾を狙って右の拳を突き出す。しかし後ろに飛び退かれて拳は空を切った。
「イテテテ、こりゃ厳しいな……。あの速さでパワータイプか……想像以上の化物だ」
「化物とはひどい言い草だな」
ちょっとイラッとしたので今度はこちらから攻撃に打って出る。すばやくファーダの側面に回り込み左ストレートでフェイントを掛けて死角を作りそこへ右蹴りを叩き込んだ。
回避はされなかったけど、しっかりとガードされたようで吹っ飛びはしたけどダメージは殆ど無いみたいね。
「あれを防御するか……ただの格闘では分が悪いな無属性拳法を使わせてもらう」
「嘘だろ、こっから技があるのか!?仕方がない!エンド・オブ・ブラッド・フルバースト!」
ファーダの体から勢いよく赤い霧が吹き出してスピードをさらに増し私へと迫ってくる。
おかしい……たしかにスピードは増したけどそれほどでもない、その証拠に私はエンド・オブ・ブラッドすら発動していない。
もしかして……ファーダ弱くなってない?鍛錬をやめたのかしら?現に右ストレートのフェイントからの左ミドルキックまでの間が空きすぎてフェイントだというのがバレバレだった。
「興ざめだ!」
私は繰り出された左足を右手でがっちりと掴み、そのまま振り上げて空中に投げた。
ファーダは驚きながらもなんとか空中で体勢を整えようとする。どんな身体能力があろうとも足場がなくてはどうにもできない。
「脚壁!空歩壁!」
地面を蹴り垂直に飛んだのち空歩壁で空中に足場を作り、それを蹴ることによって急激に方向を変える。空中で何もできずにいるファーダへと迫る。
「空中で曲がった!?」
「挟掌壁!」
「うわ!なんだ!?」
「一人でデュオ・イ・クロスできるのよすごいでしょ」
ファーダの背中に半透明の壁が出現したのを確認してそれと挟むように拳を突き出す。
「なっ!ちょっとまっ……おじぉ!ガハッ!」
吹き飛ぶことを許さず全身に衝撃をうけたファーダは意識を失い、そのまま地面に落ちた。
「やりすぎじゃない!?」
観戦してたアリッサは急いでファーダに駆け寄りすぐに治療魔法をかけようとしている。
「大丈夫峰打ちよ!」
「拳の峰打ちって何!?アホなこと行ってないでちょっとは心配しなさいよ!ん?無傷だね?」
「だから言ったでしょ峰打ちだって!ただ衝撃で体内を揺さぶっただけよ」
エンドオブブラット中の筋肉を傷つけるにはかなりの力を必要とする。けれどファーダの魔力量では内臓まではそうも行かないので、無理やり衝撃を閉じ込めてあげればこの通り気絶してしまう。
「というかファーダ弱くなってたわ、全然鍛えてなかったみたい」
「どう考えてもマルレが強くなってるんでしょ!邪竜退治して絶対レベルが上がってるよ、私は4も上がってたしマルレも1ぐらい上がってるんじゃないの?」
「そうなんですか?バグっててステータスわからなかったからスキル完成してから一度も見てませんでしたわ」
そうかレベルが上ってたのねそれに素手スキルも上げたから攻撃力や身のこなしも良くなっているのかも。自覚がないと周りが弱くなったように感じるのね……。これからは手加減するのも注意しなくてはいけませんね。
「そんなことよりこれどうするのよ……」
アリッサが転がってるファーダを指さしてこれからどうするのかと聞いてきた。
どうしましょう……先のことを全く考えていませんでした。
「よし!逃げましょう!」
「もう遅いよ既に遠巻きに囲まれてる」
気配を探るとたしかに遠くに大勢の気配を感じる。人数を確認しながら「全員いけるかしら?」と声を漏らすとアリッサの語気が強まり
「もういい加減にして!ややこしくなるからもう黙ってて!全部私が話す!」
あわわわわわ……ガチ切れしてる……。私は小さな声で「はい」と素直に返事して嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。
マルレのレベルが上がってましたって話でした。もちろん物事を穏便に処理する能力は上がっていません!
次回は怒るアリッサの予定。