夢精霊
「うーん...世界はもふもふだぁ〜」
『起きてくださーい。...ねぇ、起きてってば!』
「ぶはっ!...ふぇ?誰ですかぁ?」
ヒビキはてっきりマンゴーが起こしに来たのかと思っていたが、よく聞いてみると女性の声だった。まだぼんやりとする意識の中でここがテントの中ではないことが分かった。
まさか...俺はいつの間にか白塗りのお殿様番組に出演していたのか...!となるとこれはエッロい女優さんの膝の上かっ!?
「お願いごと3つ叶えてくれるの〜?ボクはトイレのちり紙と結婚指輪なんかでムダな消費はしないよ〜。えへへっ、『願い事を無限に叶えて〜』で完璧でしょ〜。」
『何寝ぼけてんの?ささっ!早く早く!こっちよ!』
声のする方向に顔を向けても俺が熟睡モードだったからか、目が全く開かない。まさか瞬間接着剤で瞼をくっつける新手のいじめか!?
「う”ーん”...エロ女優しゃんはどこれすか!!!」
『やかましいわエロガキ!』
容赦ない平手打ちをくらってやっと目が覚めた。
目を開けると、暗闇の中でスポットライトに照らされたテーブルと向かい合う2つの椅子がある。奥の方の椅子に顔をフードで隠した女性が座っている。
『ごめん!余りにも予想外に酷かったから...目は覚めたかしら?今日は貴方が主役のパーティーなのよ!』
気づけば椅子に座らされていた。テーブルには豪華な料理が並んでいる。
『さっ、食べましょう?タイクツだったの。貴方がこの世界に来てくれて私の仕事が久しぶりにできるのが楽しいわ。だけど貴方みたいな私にとっての誰かさんと食事が出来るのが1番楽しいの。1人だと美味しくないでしょう?』
女は上品にナイフとフォークを使いながら次々と料理を食べはじめた。俺も出遅れまいと食べてみる。
「ここは...夢の中なのか?」
『えぇ。その通りよ。ごめんなさいね。フードを被ったままお食事するなんてマナー違反だけどこうするのが私流なの。あと私口調もなかなか定まらないのよね。』
少し申し訳なさそうにする女に(自称)ジェントルメンのヒビキは粋な言葉をかけることにした。
「どれも全然気にしてないよ。それよりこのお料理美味しいね。」
『あら、嬉しいわ。私の手作りなの。』
フードの下の笑顔が少し明るくなった。
二人はこの間食べる手を止めなかった。食事はどんどん進み、そして机の上の料理が無くなると女はパチンと指を鳴らすと机から空の皿が一斉に消える。
『ああ美味しかったわ。さぁ、本題に入りましょうか。』
しんと静まり返った暗闇の中に女の声は響き渡った。
『貴方はつい昨日この世界に招かれた。違う?』
するとふいにスポットライトが女の斜め後ろで光る。シンプルで大きな時計だ。時刻は深夜2時、現世で言うところの【丑三つ時】 である。
「あぁ、その通りだ。」
すると女は少し意外そうな顔をした。
『あら、驚かないのね。』
もう慣れた。何でもありのこの世界で誰に監視されていても不思議ではない。
『貴方は変わった人ね。お料理を並べても、夢の中と分かっていても私とお料理を食べてくれる人なんてあまり居ないわ。』
「そう言えばお名前聞いてませんね。」
『私はこの世界ではちょっとした有名人なの。でも名前はある都合上言えないわ...』
また一瞬フードの下の笑顔が曇ったが、今度は女がはっとしたようだ。女は逸れかけた話を思い出したかのように手を叩く仕草で話を無理やり戻した。
『貴方に1つプレゼントしてあげたいものがあってね。』
『貴方は昨日この世界へとやって来た。言い換えれば【この世界へ生まれ変わった。】強引だけど言い換えられなくはないわ。そこで!一日遅れの誕生日会をしようと思ったの!昨日のうちに祝ってあげたかったけど、私から会おうとするとこの時間にしか出てこられないのよ。』
この女は少なくとも俺を歓迎してくれているようだ。
『貴方はかくしてめでたくこの世界で0歳の誕生日を迎えたわけ。だけどプレゼントにおしゃぶりをあげるわけにはいかないわよね。』
この世界の辞書や参考書の山を渡されるのかと一瞬かなりビビった。異世界学生生活や異世界社畜生活が始まるならば満面の笑みで喜んで引きこもるつもりだ。その様子を見て女はケラケラと笑っている。
『そんなに身構えなくてもいいわ。貴方はこの世界で魔法が使われているのはご存じ?』
手紙さんのような不思議な道具やマンゴーが魔法の道具を持っていたことから薄々感じていたが本当に魔法があるらしい。
『貴方の周りの仲間たちに使われたり仲間たちが使っている魔法は物を操ったり作り出したりする魔法よ。だから戦うためのものじゃない。でも魔物が存在するこの世界において戦う手段を持たないというのは非常に危険よ。』
どうやらまだ見かけてはいないが魔物も存在するらしい。
『この世界は10歳になったら魔法の武器がどこからともなく与えられる。10歳の誕生日を迎えた日の朝気づけば身につけているわ。人によってブレスレットであったりイヤリングであったりする、けどたまに気づかないで捨てちゃう人もいる。そういう時に私達【夢精霊】が夢に現れるの。私は貴方みたいな特殊なタイプの子供担当なのだけれど、貴方ほど10歳よりかけ離れた歳の子に現れるのは初めてだわ。』
俺は今は現実世界で高校2年生だから17歳。10歳~その直後に現れる精霊からすれば確かに俺はイレギュラーだろう。
『ふふふ...ここまで話せばとっておきのプレゼントの予想がつくわよね?』
女はおもむろにポケットに手を突っ込んで何かを探り始めた。