本当の顔
夢の中であの女に会った気がする。なんだっけ...
『笛を2回素早く吹け』だった気がする...
いつもは嫌という程はっきりと覚えているのだが、今日は何故かあまり覚えていない。ぼんやりとしていてすぐにでも忘れてしまいそうだ。
多分彼女に聞いても知らなさそうだ。これがあの黒影屋敷を発見した時の直感のようなものなのだろうか?
起きたての脳がぼーっとする中、耳が痛くなるほどの大声が聞こえてきた。
「おめぇさんどこのモンや!出てきぃや!こっちには食べもんもようけあるけぇ!!!」
焦って飛び起きようとする俺を雅は押さえた。
「しっ!...どうやら人じゃないわ。少し話し方が不自然よ。」
既に雅は起きて剣を手にしている。
慌てて楽器を出そうとするがここは狭すぎる。
でも相手を倒せるようなものを手にしなければ足でまといになって殺されるのが見えている。目覚めたタイミングも悪く、遡ってもテントが何者かに囲まれている可能性が高い。となると遡っても未来を変えられる確率は低い。
一か八か小さな音で2度、「ピピッ」と笛を鳴らした。
*****
『アニキぃアイツらテントから出てくるの遅かねぇか?』
『だな、勇者め怖気付いたか!』
『あの方に言われた通り、殺して報酬たんまりでさァ...うへへへへ...』
『油断はいかんぞ!アイツら人間というものは...』
【ぼふん!】
テントが収納される瞬間に発生する煙の中からシルエットとして現れたのは兎1羽と2人の人間、聞いていた話と同じで、うち1人は楽器が武器であのサイズのテントの中で出すのは不可能、ならば作戦の通りにソイツから始末しようとするか。
[おいお前達!狙うのは男のほう...]
指示を出そうとした瞬間、子分があまりにも静かなことに気づいた。アイツらはそんな襲い方はしない。もっと猛々しく叫びながら棍棒や斧を振り下ろす。
それが我々ゴブリン隊というものだ。他の上級共からは下僕のように扱われるがそんな日々の中でも決して戦士としての誇りを忘れない。
「へぇ〜、はるばる私達を殺しにきたのが最下級のゴブリンの群れなのぉ?で、誰を狙うって?」
背後でゴブリンの子分のうちの誰でもない女の声と共に首元に熱い刃があてがわれる。
[なっ!とても女と兎の2人で倒せるような数ではないはずっ...]
長年鍛えた俺の身体の一族の中でも屈指の硬さと太さを誇る首は骨もろともいとも軽く切られた。すみやかに生命機能が停止されるその瞬間___確かに視界にターゲットを捉えた。が、
「剣士の剣を目で捉えなかった貴方の負けよ。」
[聞いてた...話と違う、じゃ...ねぇかよ...]
そこには1羽の兎と2人の剣士が立っていた___
・・・・・
「ほえ〜これ剣にもなるのか〜」
ホイッスルから現れたのは日本刀ならぬ洋風のレイピアでも無い。まさかのバイオリンの玄だ。
一見弓線に見えるのは馬の毛ではない。少なくとも現実世界では見た事のないような金属のようなものでできた切れ味もそこそこある代物である。
『バイオリン剣だね!』
商売道具を振り回し、敵を切りつけて血まみれになるという光景はバイオリニストの皆さんからすれば言語道断であり、ごめんなさいと謝らなければならない名前であるものの、そうとしか形容のしようがない。ともあれへっぽこ勇者でも持てる軽さなのは大きなプラス点だ。
さっきは足でまといになるかと思われたが、3人で一斉に三方位に飛びかかったため、1人大体3匹ゴブリンを倒している。(雅さんだけ特別にその2倍ほど斬っているが...)
「にしてもまーよく切れるわねこの剣。よし、この剣はシンプルに【桜】と呼びましょう!」
滅多切りにされたゴブリンの山の前で返り血が頬についているのも気にせず微笑む雅、もしかしたら彼女の記憶を失う前の本当の性格はこうだったのかもしれない。
人として愛情に溢れ、魔物に対してどこまでも冷血であり、雑魚になんて哀れみもしない。もしゲームの中でこんなキャラ出てきたらドン引きかもしれないが、俺はそうは思わない。
だって魔物もそうだから。
魔物も魔物の味方には愛を持って接し、人に対して憎悪を燃やし襲いかかる。人が、いや勇者がいつ『いかなるときも人情に溢れる』人でなければならないと決められたのだろうか。
俺は嫌いじゃないぜ。魔物を殺しても笑顔な人はな。
まぁでも、この状況でゲラゲラと笑い出す程の人は見たことがないけれど___




