エピローグ
気が付くと浦島は家の前に立っていました。眼前には日本海が広がっています。
——こんなところで何をしているんだ。
太陽は出ていませんが風は凪いでいます。いつもなら漁に出ているはずの時間です。
ぼーっと海を眺めると、怖いような悲しいような、それでいてとても愛おしいような不思議な気持ちにになりました。同時に心の奥に靄がかかったようにすっきりとしません。
——何だこの感覚は。
考えても一向に分からないため、浦島は自分の家へと戻りました。家の中はいつもと変わらずしんと静まりかえっています。しかし、居間に古い着物が無造作に置かれていることに気付きます。近づいて見ると亡くなった母親がよく着ていた物です。
——なぜこんなところに出したんだ?
浦島はこの家で一人で暮らしているため、女性の着物が使われることはありません。大切な母親の着物を片付けるため浦島は着物を畳もう持ち上げました。すると着物の袖から何かが落ち床に転がります。不思議に思った浦島が拾い上げると女性の玉簪でした。玉は瑠璃色をしています。
——っ!
それを見た瞬間、浦島の脳裏に不思議な映像が流れ込んできました。
おかっぱの女の子、刀、荒れ狂う海、そしてこの玉簪をつけた女性。その女性の後ろ姿が一瞬母親と重なります。
——そうだ、母さんはいつもこの玉簪をつけた。でも母さんとあの女性は違う。
心の中の靄が晴れそうで晴れない、今まで感じたことのないような歯がゆい思いが全身を駆け巡ります。
——私はあの女性と出会っている。会話し、苦楽を共にし、命を預け合った、そして私はあの女性のことを・・・
浦島が溢れる思いに駆られていると、雲の隙間から太陽が顔を出しました。薄暗い家の中に日の光が入ってきます。光は浦島を、そして浦島の持っていた玉簪を照らしました。玉簪は光に照らされると、一層深くそれでいて透明感のある瑠璃色になりました。まるで小さな海を包み込んでいるようです。
「ああ、この色は・・・乙姫・・・!」
気付いたときにはいつの間にか浦島の頬は濡れていました。
——そうだ、私の側にはいつも乙姫がいてくれた。世界が私を忘れても乙姫だけはいてくれた。いつも私の側に。ずっと・・・!
ふと視界の隅に太陽が反射したような光が差し込んできました。浦島はまぶしさに思わず目を細め、光を目で追います。
その先には瑠璃色の玉簪が太陽の光を浴びて美しく輝き、そしてその玉簪をさした一人の女性が立っていました。
「浦島様・・・。」
女性の頬を伝う涙は異国の地の海のように澄んでいました。
浦島物語 -Tiny Azure in the World-
おしまい。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
ループ物を書くのは今回が初めてだったのですが、ループ部分を書くのは予想以上に難しいということが分かりました笑ある程度ループを繰り返さないと終盤のカタルシスにつなりませんが、どうしても単調になってしまいがちです。
この作品でもあと1・2回ループ増やそうかと思いましたが、全体の半分以上ループというのも・・・と思って必要最小限に留めました(そもそも2万程度でループ物というのが無理あったのかも)。次回ループ物を書くときは、もう少し長い物語にしようと思います。
最後に、『童話(昔話)にifを持ち込んだ話』という点では冬の童話祭2018の趣旨に沿っていますが、果たしてこれが『童話』と言えるのかは甚だ疑問です笑