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第六章 〜真実〜

 領主が時の守人となったのは齢二十の頃、長く続いた他国との戦乱が一時休戦に入ったときでした。表向きは膠着状態でしたが、国力は限界に達しており再び戦端が開かれると攻め込まれることは確実でした。

 このような劣勢に対処するため、領主と行動を共にする離人候補が集められ、海辺の小さな漁村に住む女性が選ばれました。

 

 将来の領主と名もなき漁師の娘。

 

 平穏に暮らしていれば出会うことすらない間柄です。そのため、出会って間もない頃はまともに会話を交わすことすらありませんでした。


 「ずっとそんな調子だと私としてもやりづらいので、その娘が喜びそうな物をあげたこともあった。しかし、最後まで頑としてその娘は受け取ろうとしなかった。」


 それでも二人で危機を乗り越え、何度も時間を巻き戻す中で、徐々に親愛の情が芽生えていきました。ただし、その情が実ることはないと二人とも理解しておりましたので、お互い口に出すことはありませんでした。


 「その娘は何回も死んだ。自害したこともあったが私が手をくだしたこともあった。そして、ついに私たちは敵陣に忍び込み、機密情報を握ることに成功した。その情報を持って共に国へ帰還したかったが叶わなかった。娘はその場で消えた。消える瞬間、私は瑠璃色の玉簪を手渡した。乙姫、お前が身につけているものと同じものだ。そして、娘が私から物を受け取ったのはそれが最初で最後だった。」


 領主が自分の玉簪を一瞥し、少し寂しそうな表情を見せたことに乙姫は驚きました。それは領主が決して人前で見せる表情ではなかったのです。


 「その後、その娘さんはどうなったのですか?」


 「機密情報を元に敵国を打ち破った後、すぐ隠密にその娘の消息を探らせると、異国の地で漁村の男と結ばれ子も授かったということは分かった。それ以上のことは分からん。」


 予想していたより遙かに動揺した、最初から分かっていたが娘は私のことなど全く覚えていないようだった、と領主は自嘲も込めて笑いました。


 「私の繰り返した時間を覚えている者はこの世に一人もいなくなった、私は世界から取り残された。そして、同時に想いを寄せる相手がいなくなることの悲しみ・孤独・ぶつけられない憤りを理解した。」


 「もしかして、叔父様が軍隊を増強されるようになったのは・・・?」


 「ああ、自国の民にはこのような思いを決してして欲しくないと感じた。人から人を奪う最たる物は何だと思う?」


 領主は乙姫に問いかけました。乙姫も浦島もすでに答えは分かっていましたが、領主の心情を察すると咄嗟に言葉になりませんでした。


 ——戦だ。


 「私はそれ以来、他国に攻め入る隙を与えないよう軍備増強に努めた。実際にこの方針をとってからこの国は一度も他国には攻め入られていない。」


 浦島は心の中で領主の言葉を反芻します。領主と先代の離人の姿を自分と乙姫に重ね合わせると、遠く離れた異国の地の出来事とは思えなかったのです。全ての出来事が今の自分につながっている気さえします。


 ——全てつながっている・・・!?


 浦島は驚くべき推論に達しました。あまりに突拍子のないことであるはずなのに、妙な確信があるのです。それは理屈で説明できるものではなく、ただただ心の底から『そう思う』という感情が勝っているのです。


 ——まさか、そんなはずは・・・それでもわずかな可能性に賭けてみる価値はある!


 その推論が正しければ領主は考えを改めてくれるかもしれない、そう思いながら浦島は返し扉をくぐって領主の前に姿を現しました。領主は警戒しすぐさま抜刀します。対する浦島は綾水丸を床に置いて丸腰になりました。


 「浦島様っ!」


 「綾水丸、なるほど、離人というわけか。」


 「領主様、その娘の名を教えて頂けませんでしょうか?」


 乙姫も領主も質問の意図を掴めません。


 「其方に教える必要はない。乙姫、お前の言いたいことは分かる。軍備を縮小し民に回せということだろう。しかし、敵国に攻め入られれば今よりも多くの民が苦しい思いをすることになるぞ。」


 決して声を荒げたわけではありませんが、強い威圧感を浦島は感じ取りました。


 「民を富ましつつ他国の侵入にも対処するのが領主としての責務ではないのですか!」


 「甘ったれたこと言うな、小童が!」


 領主は刀の先を浦島の首筋へあてます。少しでも身動きすると浦島の命はありません。。


 「民の疲弊の上に成り立つ平和などその娘も望んではいない!」


 「なぜそんなことが分かる?乙姫を無事ここまで連れてきたことには感謝しよう。だが想像で娘を愚弄すれば命はないぞ!」


 「分かりますよ、その娘、いや——」


 浦島の言った娘の名、そしてそれに続く言葉に乙姫と領主は目を丸くします。それを見た浦島は安堵します。


 ——やはり間違っていなかった・・・!。


 一目で引きつけられた乙姫の玉簪、妙に懐かしさを覚えたこと、浦島の中で全てがつながりました。





 ——その娘は、私の母親だ。





 浦島は幼い頃の母の様子を語ります。


 浦島の母はよく笑う女性でした。父親と母親のやりとりを見るに母親の故郷は遠く離れた地であると、浦島は幼いながらに理解していました。一度だけ浦島は母親に故郷がどんなところか尋ねました。


 「海辺に近い漁村で、裕福ではなかったけれど、争いごともなくみんな幸せそうに暮らしていたわ。私はそんな村が大好きだった。」


 それではなぜ遠く離れた地にやってきたのかと浦島は尋ねます。


 「んー、どうだったかしら。実はあんまり覚えていないの。とても大切な人がいたような気もするんだけど、お互い遠く離れた方が良いと思ったのかしらね。」


 納得できない浦島に母親は、あなたにはまだ少し早かったかしらね、と言いながら家事に戻りました。当時の浦島には母親の言葉を理解することはできませんでしたが、それでも母親が村を、ある人を大切に思っていることは十分に伝わってきました。


 そして、母親が背中を向けるといつもキラキラと何かが光っていたことを浦島は思い出します。初対面の乙姫に出会ったときに目を引いた瑠璃色の玉簪。浦島の母親が身につけていたからこそ、浦島はその玉簪に懐かしさを覚えたのです。


 「そんな偶然があるなんて・・・。」


 浦島本人でさえ、完全に信じ切れた訳ではありません。乙姫が信じられないのも無理はないでしょう。対照的に領主は浦島の話を聞き終わると過去に思いを馳せるようにしばらく目を閉じた後、静かに口を開きました。


 「私は時の守人の御役を拝命するにあたり、時の守人と離人の関係について過去の文献を詳しく調べたことがある。時の守人と離人には奇妙な縁があることが多く自分でも驚いたことを覚えている。まさに今回のような事態の先例がないわけではない。だから、」


 領主は刀を収め、浦島を真っ直ぐ見据えて言いました。




 浦島殿、其方の話を信じよう、そしてあの娘の愛した国を目指そう、と。




 「しかし、だからと言って直ちに軍備を弱めることはできん。」


 「大丈夫ですよ、叔父様。何も急ぐ必要はありません。少しずつ浦島様のお母様の愛した国にしていきましょう。私も微力ながらお手伝いさせて頂きます。」


 ——これで終わったのか?


 無事に領主を説得することができ、今まで強ばっていた浦島の体から急に力が抜けました。浦島は思わずその場に座り込みます。と同時に浦島の体を青白い光が包み始めました。


 「む、玉手箱の呪縛が解かれるぞ!」


 領主の言葉に乙姫は慌てて浦島に駆け寄り自分の玉簪を浦島に手渡しました。


 「浦島様、どうか私のことを——」


 それから先の言葉は浦島には届きませんでした。乙姫の玉簪を握った瞬間、浦島は玉簪と同じ瑠璃色の光に包まれ、その場から姿を消しました。

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