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第五章 〜対峙〜

<■十六>

 四度目の航海でついに乙姫たちの国へ着くことができました。浦島の故郷と比べると気候は温かく、空は蒼く、海の水は澄んで底まで見通すことができます。浦島にとっては完全に異国の地でした。一方で乙姫とあやは懐かしそうに周囲を見渡しています。特に乙姫にとっては体感的に数年ぶりの帰郷ということもあり感慨も一入でしょう。

 しかし、感慨に浸ってばかりではいられません。まだ大きな仕事が残されています。


 「浦島様、ここからは私が案内します。街の中心部を通ればここから城までは半日程度あれば到着します。しかし、敵に見つかる訳にはいきませんので、向こうに見える森から城へ向かいましょう。」


 乙姫はそう言いながら北の茂みを指さしました。


 「分かりました、城へはどうやって侵入しますか?」


 「城の者しか知らない抜け道が地下にあります。見張りの者がいるかもしれませんが、今ではほとんど使われていない通路ですので、数は多くないでしょう。綾水丸で十分対応できるはずです。」


 三人は森へ分け入り乙姫の案内で道を進んでいきます。森の動植物は浦島が初めて見るものも多く、浦島の好奇心を刺激しました。できれば物見遊山としてこの国を訪れたかったと浦島は思いました。

 そんな浦島の心を知ってか、あやがときおり目に入る動植物の説明をしてくれます。そんな二人を乙姫がにこやかに見守り、浦島は敵地とは思えないほどゆったりと落ち着いた気持ちになれました。


 日が傾きかける頃、ようやく城が見えてきました。


 「美しい。」


 浦島は思わず感嘆の声を上げました。造り自体は浦島のよく知る城と大きな差異はありません。しかし、青みがかった深い黒色をした瓦と真っ白な城壁との対比で城の輪郭が鮮明になり、見る者に大きな存在感を与えていました。


 「瓦の原料にはこの地で算出される希少な鉱石が使用されています。姫様の玉簪に使われているものと同じです。」


 あやの説明に浦島は乙姫の玉簪を見ました。玉簪は浦島と乙姫が最初に出会ったときと同様に美しい瑠璃色で輝いています。


 「しばらく歩けば地下通路の入り口に到着します。」


 乙姫は玉手箱をあやに手渡します。


 「あやは私たちが出てくるまでここで隠れていてください。玉手箱をお願いします。」


 「姫様、私も共に行かせてください!」


 「なりません、玉手箱は国になくてはならないものです。玉手箱の略奪や破壊は何としてでも防がなくてはなりません。ここで玉手箱を守れるのはあやしかいません。どうか、お願いします。」


 こう言われるとあやは頷くしかありません。


 「浦島様、姫様をお願いします。必ず二人でここに戻ってきてください。」


 どんな結果になろうとあやのもとに乙姫と浦島が再び現れることはありません。敵将を討ち取れば浦島は玉手箱の呪縛から解放され乙姫たちと出会ってからの記憶を失います。玉手箱は国の重要機密であるため、乙姫たちが浦島に再び接触することはないことを以前浦島は聞かされていました。

 ここで浦島とあやが永遠の別れになることをその場にいた三人全員が理解していました。それをあえて無視するあやの言葉に浦島は強く激励されているように感じました。


 「約束します。必ず戻ってきますので玉手箱をお願いします!」


 あやと浦島はお互いにやりと笑みを浮かべました。あやに背を向け地下通路へ歩く乙姫と浦島をあやはいつまでも見守っていました。





 しばらく歩くと枯れ井戸に行き着きました。


 「この枯れ井戸の壁面から地下通路へ入ることができます。」


 一見したところ何の変哲もない井戸ですが、浦島が覗き込むと壁面には所々小さな杭が打ち込まれていることが分かりました。浦島はこの杭を足場にして井戸を降りていき、乙姫もそれに続きました。

 井戸の底には腰をかがめれば何とか入れそうな大きさなの横穴続いていましたが、錠の付いた金網で閉ざされています。それを見た乙姫は自分の玉簪の先を錠にあてがいました。浦島は玉簪が鍵となっていたことに驚きます。


 「地下通路の存在自体は城の者は知っていますが、外から開けることができるのは私を含めて数名ほどです。どこに見張りの者がいるか分かりませんので、ここから先は慎重に参りましょう。」


 地下通路内には灯りがなく井戸から入るわずかな光のみのため、目を懲らしてもほとんど何も見えません。しかし、しばらく歩くと行灯のほのかな灯りが見えました。

 見張りの敵だと考えた浦島は見張りに突進していきます。音で見張りが浦島の存在に気づきいたときには、浦島は完全に距離を詰めていました。刀を振るうだけの広さがないため、勢いよく見張りに体当たりします。


 「乙姫、様・・・!」


 見張りはそう叫ぶと通路に倒れ込みました。


 ——様?


 近しい者でなけばこの暗がりで後ろにいる乙姫を認識するのは困難です。また、様と呼んでいたのも気になります。どちらも敵国の見張りが攻め入った国の姫を見た反応としては不自然なように思えたからです。ここで浦島ははっと気づきます。乙姫に玉手箱の話を聞いたときに覚えた妙な違和感の正体が分かりました。



 再び静寂に包まれた地下通路で、浦島はゆっくりと、しかし真っ直ぐに乙姫を見据えて問いただします。


 「乙姫様、この国は本当に敵国の侵入を受けているのでしょうか?」


 浦島が最初に抱いた違和感、それは『なぜ敵国が玉手箱の存在を知っているのか』ということでした。乙姫の話を聞く限り玉手箱の存在を知る者はこの国でもほんの一握りです。また、仮に内通者が他国に玉手箱の存在を話したとしてもほら吹きと思われるだけで、実際に攻め入る国があるとは思えません。そして、先ほどの見張りの反応から浦島は一つの結論に行き着きました。


 ——敵国など存在しない、乙姫自らが玉手箱を持ち出したのだ、と。


 「はい、おっしゃる通りです。玉手箱は私とあやが自ら城から持ち出しました。」


  あっけなく言い放った乙姫に、浦島は無言で続きを促します。


 「この国が滅亡の危機にあるのは確かです。しかし、それは敵国の侵入によってではありません。現在の領主である私の伯父によって自滅の道を歩んでいるのです。この国の民はもともと争いを好みません。若かりし頃の伯父もそれを誇りに思い、軍備に回す費用があれば水田の補修に使うような青年であったと聞き及んでおります。」


 乙姫は一言一言を吟味するように言葉を紡いでいきます。地下通路に響くその言葉はどこか寂しげです。


 「しかし、伯父はある時からまるで戦乱の絶えない国であるかのように軍隊を増強し始めました。家臣の武家だけではなく農民や商人も強制的に兵とし、刀や鉄砲などにも多大な費用をかけています。それらの費用は全て民からの年貢や税から賄われています。結果として、戦乱のない平和な治世であるにも関わらず、民は常に飢えております。近年では民による一揆も頻発し、それに対応するためにさらに軍隊を増強するという悪循環に陥っています。」


 「領主様がそのような政をされるようになった原因は何かあるのでしょうか?」


 「私が生まれたときにはすでにこの状態でした。実は伯父は先代の時の守人だったのですが、古くからの重臣によるとその御役を全うされてから軍隊を増強され始めたようです。ただし、はっきりした理由は誰も分かりません。」


 ——それで、あやと二人で玉手箱を持ち出したのか。国の滅亡を回避するために。しかし、これが真実だとすると『敵将を討ち取る』というのは・・・。


 「あえて不快な言い方で申し訳ありませんが、身内を手にかけるお覚悟ということでしょうか?」


 乙姫は浦島の目を見たままゆっくりと頷きました。


 「伯父にも何か考えがあってのことでしょうが、どのような理由であれ現状として民は疲弊しています。民あっての国です。このままでは自滅の道を避けられませんので、最悪の場合は覚悟しております。もちろん、そのような事態はできる限り避けたいと思っています。」


 ——最初の説明は事実ではなかったが、乙姫の民を守りたいという思いに偽りはなかった。


 始めから事実を話して欲しかったという気持ちもありましたが、改めて乙姫の覚悟や優しさを感じることができ、浦島はあまり悪い気はしませんでした。


 これ以降見張りの姿は見えず、しばらく進むと次第に通路は明るくなってきました。


 「もうすぐ地下通路は行き止まりになりますが、そこから上へ登る階段が伸びています。階段は直接伯父の居室につながっていますので、慎重に登ってください。」


 浦島は言われたとおりに音を殺して階段を登ります。耳を澄ませば場内の人々の声も聞こえてくるようです。二人は残り数段のところで立ち止まります。


 「階段を登り切った先は返し扉になっています。」


 「分かりました。それではまず私が外に出て様子を伺うので、乙姫様はここに待機して、、、」


 言い終わらないうちに乙姫は浦島を押しのけて返し扉の先へ行ってしまいました。慌てて浦島も乙姫に続こうとしましたが、時期を見計らって出てくるよう目で合図されたため浦島はその場に止まります。


 「伯父様!」


 乙姫の呼びかけに恰幅の良い中年男が振り返ります。立派に蓄えられた口ひげと深く目元に刻み込まれたしわが威厳を放っています。


 「おお、乙姫!心配したぞ。今までどこに行っていたんだ?」


 「叔父様、やはり考えを改めて頂けないでしょうか?このままでは民も疲弊しいずれ国も滅びてしまいます。」


 領主は乙姫を見たときの浮き立つような声から一転して、険しい声色になります。


 「いや、ならん。他国からの侵入を防ぐためには今後も軍隊を維持しなければならん。」


 「それならばせめて、理由をお聞かせ願えないでしょうか?」


 領主がこのような治世を行う理由、それが分かれば説得の糸口になるかもしれないと浦島は固唾を飲んで聞き耳を立てます。


 「ん、時の守人であるお前にまだ聞かせていなかったか?それくらいなら一向に構わんが、私の考えが変わることはないぞ。」


 領主は語り始めました。先代の時の守人と離人の物語を。

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