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第三章 〜旅路〜

<一>

 旅に出て数日後、一行は山間の小さな宿屋に着きました。宿屋の側には小さな川が流れており、四、五人の幼子が笹船を流して遊んでします。


「あー、また沈んじゃった!」


 ここ数日で雨が降ったのか、川の水かさが増し水の流れも速くなっているようです。幼子たちが作った小さな笹船は川の勢いに飲まれてすぐに沈んでしまいます。


 「浦島様、私も混ざって来てもいいですか?」


 「あの幼子たちにですか?別に構いませんが・・」


 浦島が戸惑いながらも了承すると、乙姫は嬉しそうに幼子たちの元へ賭けていきました。


 「浦島様、宿の手続きは私がしておきますので、浦島様も行ってきてください。」


 あやの申し出を浦島は一度断りましたが、妙に強情なあやに根負けして乙姫の後を追いました。この年で幼子たちと笹船遊びをすることに戸惑いもあったので少し離れた場所から乙姫たちを見守ります。


 どうやら乙姫は幼子たちに沈まない笹船の作り方を伝授しようとしているようです。まず乙姫はよく吟味して笹の葉を二枚とりました。どちらも周りの笹に比べて青々とした部分が多く大ぶりでそのうち一枚には鞘がついています。乙姫は鞘のついた笹で笹船を作りました。鞘がちょうど船の中央で真上を向いています。そして、残りのもう一枚の笹を折りたたみ、鞘を突き通しました。


 「お船に帆が張ってる!」


 笹の鞘の部分を帆の柱にすることで、二枚の笹から見事な帆船ができあがりました。乙姫は早速その帆船を川に浮かべます。大きな笹で作っているため川の流れにも負けず、また帆で左右の均衡が保たれているのか、沈むことなく安定して川を下っていきます。幼子たちは目を輝かせて笹の帆船を追いかけています。そんな幼子たちを見守る乙姫の顔にも笑みが浮かびます。


 ——あんな風に笑うんだ


 出会ってから悲痛な顔をしていることが多かった乙姫の屈託のない笑顔は浦島には新鮮に映りました。


 いつの間にか宿の手続きを終えたのかあやが戻ってきていました。


 「乙姫様はあのように笑われるのですね。」


 「どちらかというとあれが本来の姫様ですよ。姫様の周りはいつも子供たちの笑顔であふれていました。」


 笹船の川下りを見届けた乙姫と幼子たちは、今度は巻耳を投げ合ってじゃれています。子供のような乙姫を見て浦島も思わず笑みがこぼれます。


 「ひょっとして、この乙姫様を見せるために、宿の手続きを代替わりしてくれたのですか?」


 「さあ、どうでしょうかね。でも姫様の笑顔が見れて良かったでしょう。」


 あやはふふっと笑って乙姫と幼子たちの方へ駆けていきました。そのときのあやの表情も浦島が初めてみる年相応の女性のものでした。





<一>

 旅に出てから十日目。日の出とともに出発し、夕方に宿屋を探して宿泊し、翌朝また日の出とともに出発する、こんな旅路にもようやく慣れてきました。ただし、乙姫はもちろんのこと、浦島も普段は長い距離を歩くことはほとんどないため、日が傾きかける頃にはへとへとになってしまいます。そんな中最も幼いあやは健脚で疲れ一つ見せません。


 「ほらほら、浦島様。足取りが重たいですよ。何ならお荷物お持ちしましょうか?」


 あやが茶目っ気たっぷりに手を差し出します。浦島は、これくらい何ともないです、と言いながら歩きを心持ち早めました。それを見た乙姫はくすくすとにこやかに笑います。


 「あやは忍びの国の出身ですからね。体力や武術の面であやには頼りっぱなしです。私一人では浦島様にお会いすることもできなかったでしょう。これからも頼りにしていますよ。」


 その言葉で乙姫があやに寄せる信頼の大きさが浦島にも伝わってきました。あやは照れたのか頬を赤く染めます。こういうところは年相応なのだと思うと浦島は思わずくすっとおかしくなりました。そんな浦島をあやは睨み付けましたが、幼い顔のためか迫力はありません。


 「あや殿のことを馬鹿にした訳ではありません。むしろ私ももっと精進せねばと気を引き締めていたところです。」


 浦島はあやの持っていた荷物を持ち上げ自分の肩に乗せました。あやが取り返そうとしますが二人の身重差でなかなか肩の上の荷物には手が届きません。やがてあやは諦めたのかおとなしくなりました。


 「いつか私たちの荷物を全部持ってくれることを期待しますよ。」


 あやのどこか悔しそうな言葉に、任せてくださいと浦島は頷きました。



<七>

 その後の道中では何度か追っ手の襲撃を受けました。追っ手の数が少なかったり、前もって襲撃に気づいたときは綾水丸を持った浦島とあやとで何とか撃退できることもありました。しかし、そうでないときは浦島は綾水丸で自害し、最初に浦島の家で襲撃を受けた日まで時間を巻き戻しました。また、追っ手とは関係なく盗賊に襲われたり、自然災害や戦乱に巻き込まれて時間を巻き戻さざるを得ないことも多々ありました。


 旅が長くなるにつれて、巻き戻す時間も多くなっていき、それに比例して精神的な疲労も蓄積していきました。また、乙姫と浦島は記憶を共有できますが、あやは時間の巻き戻しとともに浦島との記憶も忘却してしまいます。そのことを考慮してあやと接するのことも浦島にとっては思いのほか負担になっていました。


 「ほらほら、浦島様。足取りが重たいですよ。何ならお荷物お持ちしましょうか?」


 あやが茶目っ気たっぷりに手を差し出します。浦島は、いつか見た光景だなと思いながらも、精神的な疲れから咄嗟に反応することができませんでした。


 「どうされたんですか?そんなことでは姫様をお守りできませんよ。」


 浦島が何度も時間を巻き戻していることは、その都度あやには伝えていました。しかし、実際に経験しない限りはその気疲れを想像することは困難です。あやにとってはあくまで軽口のつもりでしたが、その言葉は浦島を苛立たせるには十分でした。


 「何度も守ってるさ・・・」


 小声でしたが静かに怒気を含んだ浦島の言葉はしっかりとあやの耳にも聞こえました。あやは思わず立ち止まり、困惑の表情を浮かべます。


 「浦島様、あや。まだ日は高いですが、今日は次の宿が見つかるまでにしましょう。」


 嫌な沈黙を断ち切るように乙姫は努めて明るく提案しました。浦島もあやも無言で頷き、再び歩き始めます。首尾よく宿屋を見つけたその晩、乙姫は浦島を一人宿屋の外に連れ出しました。


 「浦島様、私なりに考えたのですが、ここでしばらく休息をとりませんか?次に追っ手の襲撃を受けるのは当分先のはずです。」


 「お気遣い感謝致します。しかしながら、ここで追っ手との距離を詰められれば、この先で襲撃される可能性が高くなります。あやにつらくあたってしまったのは自分の忍耐が足りなかったためです。今日はゆっくりと休みますので、明日もいつも通り日の出とともに出発しましょう。」


 いつもと同じ丁寧な口調でしたが、その言葉には乙姫の提案を受け入れるつもりが微塵も感じられない冷たさがありました。しかし、乙姫はそんな浦島に怖じ気づくことなく凜とした声で反論しました。


 「今まで何があったのか私は全て覚えています。他の人から見れば私と浦島様は出会って間もない間柄でしょうが、同じ時間を繰り返す中で浦島様のお人柄も理解してきたつもりです。浦島様はお優しくとても責任感の強いお方です。ご自分でも気づかれないうちに無理をし過ぎていらっしゃるっように思います。どうか、ここは私の提案を受け入れて頂けませんでしょうか?」


 いつもは穏やかな乙姫が一気にまくし立てるのを見て浦島は動揺した。そして、乙姫にここまでのことを言わせるほど自分がおかしくなっていることが恐ろしくなりました。しかし同時に例え世界が自分のことを忘れても乙姫だけは覚えていくれるという安心感が浦島を包み込みました。


 浦島は乙姫の国を救うことを目的に旅に出ました。しかし、このときから浦島にとってこの旅は国ではなく乙姫自身を救うためのものとなりました。

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