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第二章 〜胎動〜

 異変が起きたのは次の日でした。

 雨風が夕刻になると少し弱くなったため、明日には漁に出られるかもしれないと思いながら浦島は夕食の準備をしていました。


 「浦島様はそのまま、姫様は私から決して離れないでください。おそらく追っ手に囲まれています。」


 あやの緊迫した声色から冗談ではないことは明白でした。外に目を向けて状況を確認したい気持ちを抑え、浦島は何事もなかったかのように夕食の準備を続けます。


 「二、三、四、、、全員で六名です。さすがにこの人数では分が悪いですね。浦島様、姫様、合図で私が煙幕を張って飛び出しますので裏手から二人でお逃げください。」


 「三、二、一、、、!」


 パンっとあやが手を叩き、懐から煙玉を取り出して着火しました。辺りは白い煙に包まれます。同時にあやは腰に下げていた刀を鞘から抜き、音を立てずに玄関の扉を開けて追っ手の方向へ突撃しました。数秒後、追っ手の悲鳴が聞こえたかと思うと、刀を打ち合う音が響いてきました。あやのあまりの素早い身のこなしに驚きながらも、浦島は我に返り乙姫の手をとって裏手から家の外へ出ました。


 浦島たちが家を出た瞬間、新たに四人の追っ手が姿を現しました。丸腰の浦島に対して追っ手は全員帯刀しています。


 「最初から表は囮だったのか・・・!」


 この人数では乙姫だけを逃がすことも困難です。追っ手たちはじりじりと浦島たちとの距離を詰めてきました。



 ——玉手箱、離人、時の守人・・・



 浦島は乙姫たちの言うことを信じ切ったわけではありませんし、玉手箱の呪縛によって自分だけが年老いるというのは今でも受け入れられません。しかし、


 ——このままでは自分も乙姫も追っ手に捕まり、おそらく自分は殺されるだろう。


 浦島は背に腹は代えられないと悟り決断しました。


 「すみませんが、このままではお守りできそうにありません。私が離人になりますので玉手箱を開けてください!」


 乙姫は浦島の目を見てその覚悟を感じ取りました。


 「・・・誠に申し訳ございません。このご恩はいつか必ずやお返し致します!」


 乙姫が抱えていた玉手箱を開けると白い煙が浦島を包みました。その煙を吸い込んだ瞬間、浦島はまるで体が溶けていくような感覚に陥りました。溶けた体は液体となり大海原に包み込まれるような、恐ろしいのに妙に安心できる不思議な感覚です。やがて煙が晴れるとともにその不思議な感覚も薄れていきました。


 状況は先ほどと変わりありません。


 ——そうだ、時間を巻き戻すには・・・。


 昨晩乙姫から聞いた話が脳裏に浮かぶと同時に、浦島は下腹部に鋭い痛みを感じました。見ると乙姫が短刀を浦島に突き刺していました。


「っがは・・・!」


 自分の着物が次第に赤く染まっていくのは現実感がなく、最初は他人事のように眺めていました。しかし、続く痛みが浦島を現実へと引き戻します。正確には痛みと言ってよいのかすら分かりません。浦島がこれまで感じたことのない、気持ち悪さと熱さを伴った『痛み』が下腹部から浦島の体を侵食していきます。


 ——時間を巻き戻すには離人の死が、必、要・・・。


 このとき浦島は玉手箱の呪縛によって生を彷徨うことの恐怖を真に理解しました。

 薄れゆく意識の中、おとの悲痛な顔だけは妙にはっきりと浦島の目に映っていました。





「・・・!」



 気が付くと浦島は家の前に立っていました。眼前には日本海が広がっています。雨風の強さや明るさから夕刻から同日の朝方に時間が巻き戻ったのだと浦島は察しました。先ほど乙姫の短刀を受けた下腹部も今は傷一つありません。


 「浦島様・・・!」


 乙姫が家から飛び出し浦島の元へかけてきました。浦島が薄れゆく意識の中で見たときと同じ悲痛な表情です。その表情を見て浦島は、玉手箱によって時間が巻き戻ったのだと改めて実感しました。


 「浦島様、退っ引きならない状況であったとは言え、私たちにご協力頂きまして誠にありがとうございます。」


 家に戻った乙姫はあやと共に深々と頭を下げました。


 「正直なところ、自分の死と時間の巻き戻しを体感してようやくその恐ろしさが理解できました。こうなってしまったからには後には引けません。私は今後どのようにすれば良いのでしょうか?」


 浦島は単刀直入に尋ねます。乙姫の国を救うために行動することは分かりますが、具体的にどうすれば良いのか浦島には皆目見当がつきませんでした。


 「まずはできる限り早くこの家を離れ、夕刻の襲撃を回避する必要があります。その後、追っ手を避けながら私たちの国へ向かい、」


 乙姫は自分を奮い立たせるように一呼吸置いて言い放ちました。


 「敵国の将を討ち取ります!」


 乙姫の力強い語気に感化されたのか、あやも大きく頷きます。二人の女性とは対照的に浦島は不安が拭えません。


 「玉手箱の呪縛で何度も時間を巻き戻せば追っ手の襲撃を回避することは可能かもしれません。しかし、敵国の将を討ち取るとなると、相当の戦力が必要になります。我々はわずか三人。あや殿は忍術や武道の心得があるように見受けられましたが、私は一介の漁師で戦うことなどできません。」


するとあやが腰にかけた刀を外して浦島の前へ差し出しました。乙姫が説明します。


 「この刀は綾水丸(りょうすいまる)と呼ばれています。一見したところ普通の刀ですが離人が使うことによって特殊な力を発揮します。浦島様、刀を鞘から抜いて構えてみてください。」


 浦島は言われたとおりに刀を鞘から抜いて構えます。同時に目の前のあやは両手に苦無(くない)を持ち、なんと浦島に襲いかかろうとしました。やられるっ、と思った瞬間浦島は不思議な感覚に襲われました。あやが二人に分裂したかと思うと、一人のあやはゆっくりと苦無を持った腕を振り下ろそうとします。一方、もう一人のあやは目にも留まらぬ早さで浦島に苦無を振り下ろしました。しかし、苦無は浦島をすり抜けたかと思うと、苦無を振り下ろしたあやの姿も消え失せました。残るは緩慢な動作で苦無を振り下ろしてくるあやのみです。浦島は未だ事態をうまく呑み込めていませんでしたが、何とかあやの攻撃を回避しました。


 「どうでしたか?」


 乙姫の問いかけに浦島は自分が体験した一部始終を話しました。


 「私の目ではあやはずっと一人でした。あやが襲いかかるのも浦島様がそれを避けるのも一瞬の出来事でしたよ。」


 「それでは、私の体験したことこそが綾水丸の秘められた力ということでしょうか?」


 「その通りです。綾水丸は離人が使用すると、数秒の未来予知可能にします。この力があれば浦島様も熟練した武士に決して引けを取りません。」


 ——確かにこの力があれば自分一人で複数の相手を倒すことも十分可能だろう。それでも無理な場合は時間を巻き戻す。これを繰り返していけば確かに私たちでも敵国の将を討ち取ることができるかもしれない。


 依然として険しい道だがやれないことはないという気持ちが浦島に芽生えました。浦島は綾水丸を鞘に戻し自分の腰にさしました。刀は手に持っていたときよりもずっしりと重く感じます。


 遅い朝食を食べた後、三人は浦島の家を後にしました。このときから乙姫の国を滅亡から救う、三人の長い旅路が始まりました。

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