第一章 〜邂逅〜
様々な昔話の中でも『時間』がテーマになっており、物語の趣旨が分からない(よくある勧善懲悪物ではない)点で浦島太郎は興味深いお話だと以前から思っていました。
『時間』を扱った創作は現代でも『ループ物』というジャンルを築くほどの人気があり、私も大好きな設定です。そこで今回は『玉手箱がループアイテムだったら』という視点で書いてみました。
久々の投稿ですが楽しんで頂ければ幸いです。
冬の童話祭2018参加作品。
昔々、丹後の国に浦島太郎という齢十七・八の男がおりました。
両親はすでに亡く、海辺の家で漁をして暮らしておりました。
丹後の国では長月になると雨風の強い荒れた天候が続きます。そのため、この季節になると日の出より早く海に行き、漁ができるか確認することが浦島の日課となっていました。
この日も浦島は海の様子を見に行きましたが、雨風が吹きすさんでおりましたので、漁を諦めて家へと戻ってきました。獣のようなうめき声をあげる風と、雨が屋根を打ち付ける音だけが聞こえてきます。しかし、この日はこれらの音にまぎれてかすかに人の声が聞こえてきました。最初は気のせいだと思いましたが、よく聞くと若い二人の女性の話し声のようです。
浦島が声の主を確認しようと家の扉に手をかけた瞬間、
「すみません、旅の者です。もしよろしければしばらく雨風をしのがせてもらえませんでしょうか?」
と外から若い女性の声が聞こえてきました。
こんな天候の日に若い女性が外にいては危ないと、浦島は勢いよく扉を開けました。
声の主は齢十一・二のまだ幼さの残るおかっぱの女の子でした。その幼い風貌には不釣り合いな刀が浦島の目を引きますが、それ以外は普通の女の子のように見えます。少し離れて浦島と同じくらいの年齢の女性が心配そうに見つめています。
「もちろんです、狭苦しい家ですがどうぞお上がりになって暖をとってください。」
「ありがとうございます。姫様、ひとまず上がらせて頂きましょう。」
「姫?」
浦島は思わず聞き返します。言われた女性をよく見ると、着ている服はボロボロですが、腰までかかるつややかな髪、透き通るように白い肌、憂いを含んだ瞳、そしてこの辺りではまずお目にかかれないような瑠璃色の玉簪をしています。瑠璃色の玉簪はまるで海を封じ込めたようであり、浦島はそれを見ているとなぜか懐かしい気持ちになりました。また、縦横五寸、高さは一寸ほどの箱のような形をした荷物を大事そうに抱えていました。
浦島は間近で「姫」という身分の女性を見たことはありませんでしたが、目の前の女性は浦島の想像する「姫」をそのまま現実に持ってきたような風貌でした。
「あ、いえ、お姫様のことではなく、私たちの故郷では姉のことを『ひめ』と言うのです。」
おかっぱの女の子が慌てた様子で続けます。浦島は以前市場で出会った商人を思い出しました。その商人は何十日もかけて丹後の国へとやってきたようで、浦島は注意深く話を聞かなければその商人の言っていることが分かりませんでした。そのときのことを思い出すと、「ひめ」という言葉が姉を意味する国があってもおかしくないと思いましたが、おかっぱの女の子の慌てた様子はやはり気にかかりました。ただ、仮にこの女性がお姫様であったとしても、何か事情があって明かせないのだろうと思い、それ以上の詮索はしませんでした。
浦島は二人を居間に上げて火を起こし、死んだ母親の使っていた着物を手渡した。
「あなた達のことはなんとお呼びすればよいでしょうか?」
お姫様のような女性が答えました。
「私はおと、この子はあやとお呼びください。突然押しかけた上にこのような衣服まで使わせて頂き感謝の言葉もございません。」
言葉を発するだけでも何か品のようなものが感じられます。おとと名乗った女性の話によると、二人は遠く離れた西国から船に乗ってやってきたものの、途中で船が難破してしまい、この浜辺に行き着いたということでした。
「それは大変でしたね。この季節は今日みたいに荒れた天候になることも多いですので、陸路で向かわれる方が良いと思います。どこに向かわれる予定なのですか?」
「申し訳ありませんが、行き先をお伝えすることはできません。ただ、ご助言の通り、残りは陸路で向かおうと思います。」
先ほどの「ひめ」の件といい、旅路の行き先も言えないとはよほどの訳ありだと浦島は思いました。
「お気になさらないでください。雨風が止むまではここにいてもらって構いません。」
浦島の言葉におととあやは深々と頭を下げました。
それから数日雨は降り続け、その間おととあやは浦島と寝食をともにしました。最初は畏まっていた二人も少し気持ちが和らいだのか、時折笑顔も垣間見えるようになりました。
おととあやが浦島の家に厄介になり三日間目の夜、「お話があります」とおとは浦島にに切り出しました。その神妙な顔に浦島はただならぬものを感じます。
「初めてお会いしたとき、あやと私は姉妹で旅をしていると申し上げましたが、これは真実ではありません。私は遠い西国の領主の娘で、あやは古くからの私の侍女です。」
おとは浦島が感じた通りお姫様でした。浦島は話の続きを促します。
「私の家系は代々ある道具を受け継いできました。その道具は人の理を超えた力を持つ故、国内でも一部の者しか存在を知りません。しかしながら、先日敵国がこの道具を略奪するために攻めてきました。道具が敵国の手に渡ると私たちは為す術がありません。私とあやは敵の目を掻い潜って脱出し、この窮地を救ってくれる人を探していました。」
「その道具というのはあなたが肌身離さず持っている包みのことでしょうか?」
浦島はおとがずっと肌身離さず持っている包みを指さします。
「はい、私たちの国では『玉手箱』と呼ばれています。」
おとが言いながら包みを開くと中には木箱が入っていました。おとの玉簪と同様の瑠璃色の装飾が美しく施されていますが、特に変わった点はありません。
「ご覧の通り一見するとただの木箱のようですが、箱を開けて煙を浴びると、国の滅亡を救うまで永遠に生を彷徨うことになります。」
——生を彷徨う——
聞き慣れない表現に浦島が首をかしげます。
「具体的に申し上げますと、玉手箱の煙を浴びた人間——私の国では理から離れた人間という意味で『離人』と呼ばれます——が命を落とすと煙を浴びた日まで時間が巻き戻ります。そしてまた同じ日を繰り返します、国救われるまで。」
「なるほど、死ぬことができずに永遠に同じ日を繰り返すから『生を彷徨う』。その間他の人間の記憶はどうなるのですか?また、国の滅亡を救う離人はどうなるのでしょうか?」
「基本的に離人以外は時間が巻き戻ったことを感知できません。また、国の滅亡を救うと離人は巻き戻った時間分だけ老い、巻き戻った時間の出来事を含めて玉手箱に関する一切の記憶を失います。これは『玉手箱の呪縛』と呼ばれています。」
『基本的に』という部分が気になった浦島はおとに尋ねた。
「はい、『基本的に』と申し上げたのは、私の家系ではこの時間の巻き戻しを感知できる人間——時の守人と呼ばれています——が時おり生まれます。時の守人は巻き戻った間に起こった出来事も記憶することができ、国の滅亡が救われた際にも離人のように老いることもありません。現在、時の守人は」

「乙姫様だけなのです。」
会話に割り込んだあやは自分のことにように誇らしげです。
「俄には信じられない話ですが、経緯は分かりました。ただ、1つ気になる点として離人は国の滅亡を救ったとしても、最終的にはその記憶を失うだけはなく年老いてしまう。そうすると見つけるのは非常に困難になるのではないでしょうか?」
「過去の離人の多くは私の国の民でした。国を治める立場としては非常に心苦しいですが、皆国のためならと進んで離人の役割を引き受けたと聞いております。しかしながら、今回は敵がすでに国内へ侵入しているため、民から離人を募ることができませんでした。」
ここまで聞いて浦島はおとは自分に離人を打診するつもりであると確信しました。生まれ故郷を救うため命がけで航海してきた女性の力になりたいという想いはありました。しかし、かといって記憶を失った上に老いることを簡単に受け入れることはできません。それに浦島はこの話に妙な違和感を覚えました。
「申し訳ありませんが、少し考えさせて頂けませんでしょうか?」
「もちろんでございます。家に匿って頂いたにも関わらず、非礼とも言える申し出をしましたことご容赦ください。」
その日はこれ以上何も話さずに浦島たちは就寝しました。まどろみながら浦島はなぜか母親のことを思い出していました。幼い頃に亡くなった母親との思い出は多くありませんが、よく笑う人だったということ、浦島が笑うと母親にそっくりだと周りの大人に言われていたことは今でもしっかりと覚えています。