異世界で主人公になる何か をどっかに投稿する予定の物
「ゲンジ、お前は主人公になれ。」
居間の座布団に胡坐をかき、当時、既に人々の家庭から失われて久しいブラウン管のテレビでファミコンのドラクエ3をやりながら、親父はそう言った。
細かくは覚えていないが、確か僕が小学校低学年の頃だったはずだ。僕は親父の膝に座り、親父のプレイしているファミコンのドラクエ3を見ながら、それを聞いていた記憶がある。
正直、意味が解らなかった。何せ小学校低学年なのだから、親の小難しい発言の意味なんてほとんど理解出来ないし、そもそも理解しようと努力していたかも分からない。
まして「主人公になれ」だ。せめて大学生だとか医者だとかの明確な職業であれば「なれ」という意味も多少は理解できただろうが、実際に「主人公」なんて、なんとなく抽象的で不確かな物を挙げてくるのモノだから訳が分からない。分かるはずもない。
一応、僕は当時から割とゲームや本に親しんでおり、ゲームの操作キャラが主人公だという事位は分かっていたので、フロストギズモのヒャダルコ連打で全滅していたゲーム画面を見て、「これが自殺教唆ってやつなの?」
当時読み齧っていた本から覚えた、意味が分かっていなかった言葉で返した覚えがある。
その時の親父の、なんか物凄く嫌な物を見る顔が忘れられない。いや、小学校低学年だった当時はよく考えずに適当に思った事を口にしていただけなんだけど、どう考えても曲解な上にそりゃ小学生の息子の口から自殺教唆なんて言葉が出たら嫌だよね……。
何にせよ親父は「馬鹿野郎」と否定の言葉で返したのだ。所持金が半額になるという全滅時のデメリットを嫌ったのか、リセットボタンに手を伸ばしながら、親父は続けて語った。
「いいか、主人公ってのは……そうだな」
リセットボタンを押す際にファミコン本体に体重を掛けすぎたのか、ゲーム画面が軽く文字化けを起こしていたが、親父は特に構う素振りも見せず、手際よくゲームを再開していく。
王様の無責任な送り出しの言葉を飛ばすと、そこに映し出されるのは主人公と三人の仲間。
「仲間と一緒に世界を救うヒーロー……っていうのが一番理想的なんだけど」
さっきの親父の表情ではないが、今度は僕が顔を顰める番だった。
「それは色んな意味で無理だし。普通に友達を作って、進んで人助けが出来る様な優しい奴……に、なってくれれば嬉しいかな」
今度こそ普通というか実現可能なレベルの願いだったが、顰めた顔は崩せなかった。それどころか、『ダサい、子供っぽい』と、親を小馬鹿にするような感情が湧いて仕方が無かった。
その頃、既にレンジャーだとかライダーだとかのヒーロー物をカッコいいと思わなかったし、何なら人に優しくしてもメリットなんか無いよね、とか思ってたり……要するに、当時の僕は子供特有の、綺麗事を馬鹿にする、『大人ぶった考え』真っ盛りだったのだ。
そんな当時の僕にとって、親父の言ってる事はまさしく馬鹿にする対象だった。ゲーム画面の文字化けが、いよいよ何のモンスターの絵か判別できないレベルのヤバさに達していたのも、どこか親父の間抜けさを演出している気がした。
「まあ、結局は自分の人生だから、この辺りは強要できないけどな」
そう言って親父は戦闘のコマンド入力を終えると、空いた手で僕の頭を、髪を掻き回すように乱暴に撫でた。クソガキ真っ盛りではあったが所詮はガキ。なんとなく嬉しくて、それが妙に悔しかったのをよく覚えている。
「いいかゲンジ、主人公として一番大事な事は――」
僕の記憶が確かなら、もう十年くらい前の事だ。
僕は記憶力が無い方だが、それでもこの日の事はよく覚えている。
何も、この話が心に響いて云々という理由からではない。……この後すぐにゲームがフリーズして、リセットしたら案の定、冒険の書が消えてて、親父が頭を抱えているのが面白かったから……という、割とどうでもいい理由からだ。
でも最近、その出来事の前にあったこの言葉をよく思い出す。それは僕が異世界に来るちょっと前からで、理由も……なんとなく分かる気がする。
だからこそ、僕は思うのだ。
僕は主人公になれそうにない、と。