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海津国四条宗近霧雨  作者: 藍澤ユキ
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第四幕

 回想に耽っていたベルノがふと気付くと、ミラが描いて寄越した地図の場所までやって来ていた。出がけにミラが言っていた尋ね先を思い起こす。


「確か、地区の副代表だとか言っておったな」


 ベルノはウェストリバー地区の会議所へと入ると、要件を伝えて取次を頼んだ。壁に貼られた回覧などに眼を通して待っていると、暫くして肌艶の良い中年の男がやってきた。


「いや、これはお待たせしました。わたくし、ウェストリバーリージョンの副代表をやっております、ロラ=アクシオといいます。この度は山猫の退治に動いて下さるそうで、有り難い限りでごさいます」


 アクシオは腰の低い挨拶をしながらも、ちらりと盗み見るようにしてベルノの身なりを確認してくる。そして、二本差しの腰の物へと視線を留めると、すぐに視線を上げた。


 そんな人を品定めするかのような視線は不快だったが、ベルノはそれも致し方あるまいと、己の置かれた立場をあらためて自覚する。


「これはご丁寧に。ベルノ=インテグラと申す。そなたらが手配をかけておる山猫について、詳しく教えていただきたいのだが」


「えぇ、えぇ、そうでしょうとも。なにせ奇妙な話でございますからね。山猫の奴、食べ物だけではなく、金目の物まで一緒に持って行くんですから」


「その山猫を実際に見た者はおられるのか?」


 山猫というのは、何かの見間違いではないのかとベルノは考えていた。そんな金品を自分から持っていく獣がいるなどとは、到底思えなかった。しかし、アクシオの答えはそれを事もなげに否定する。


「大勢いますよ。わたくしなんか何度も見ておりますから。夜中にガサガサっと物音がしたと思ったら、サッと屋根へ上がっていってしまうんですよ。結構、大きな奴でしてね、夜闇の中で眼だけが爛々としているんです。喉の奥から唸り声なんてあげましてね、そりゃあ、怖いのなんのって、いや、怖いと言えばウチのかみさんも怖いんですがね、こっちは怖さの質が違うと申しましょうか、底意地が悪いと申しましょうか、昨日なんかもわたくしがこう、書を読んでいるとですよ、」


「盗られた金品も回収することが条件だそうだが」


 アクシオに喋らせていると際限がなさそうだったため、ベルノは無理やり質問を被せて話を戻した。


「えぇ、山猫が持っていたところでどうせ使えやしませんからね。ちゃんと返していただこうかと、そんな訳でして」


 そこで、ベルノはこの話を聞いた時から疑問に思っていたことを尋ねた。


「盗った金品を山猫が持っていると、どうしてわかるのだ?」


 何かの拍子に持っていったとしても、山猫がそれをきちんと保管しているとは、ベルノには到底思えなかった。


「いえね、巣を見つけたんですよ。そしたら旦那、今まで盗られた物がそこにあるじゃないですか。まぁ、他所にも寝ぐらがあるみたいで、物は全てが返ってきた訳じゃないんですがね。なので、巣を見つけながら盗られたものを回収して、最終的には奴さんをふん縛る。そういう寸法がよろしいかと」


 言ってアクシオは、合点でもいったように独り頷きはじめた。


「ちなみに、何故その山猫をそなたらが捕まえんのだ?そこまでわかっているのであれば、そう難しい事とも思えんが」


「いえいえ。そうも簡単にはいきません。えらく動きが俊敏で、日々、平々凡々と過ごしている我々ではとても敵いません。それで、山の猟師に頼んでもみましたが、これがまた賢い奴でしてね、罠や仕掛けにはまったく捕まらない。ついに困り果てた我々は、奴に賞金をかけて捕まえられる御仁を広く募ろうと、まぁ、そういった訳なのです。しかし、今までに来られた方々も結局は捕まえられませんで……」


「そう聴くと存外手強そうだの、その山猫は」


 ベルノが思案顔でそう呟くと、アクシオがいえいえと言いはじめる。


「これまでにやって来た連中は、街のゴロツキや、まともに賞金首を相手にできないような手合いばかりでして、旦那のようなご立派な方はおられませんでした。騎士様にお引き受けしていただけるとは、我々もこれで安心して暮らせるというものですよ」


 世辞を言いながら、アクシオはまたベルノの二本差しへ視線をやった。


「しかし、まぁ、旦那。まためずらしい物をお持ちのようですな。どうも商売柄、そうした物が気になってしまいまして」


 アクシオは自分は綿問屋を営んでいるが、頼まれて刀剣を扱う事もあるのだと言った。


「これは東洋の刀だ。こっちの剣とはちと違ってな、斬る事にその存在価値の全てをかけておるような代物だ」


「ほう、それはそれは。あの、大変不躾なこととは存じますが、少しお見せいただく訳にはまいりませんか? そのような物にお目にかかるのは初めてなものでして。後学のために是非」


 アクシオはごくりと唾機を呑み込んだ。しかし、これにはベルノが応じなかった。ベルノとしては応じる訳にはいかなかったのだ。


「いや、済まんな。これは人に触られるのを嫌がるのでな」


 本当にすまなそうにするベルノの様子に、アクシオも思うところがあったのか、素直に引きさがった。


「いえいえ。こちらこそ失礼なお願いをいたしました。お許しください」


「悪く思わんでくれ。して、話は変わるが、賞金だがの、そなたが出資されたのか? 今回はめずらしく治安省預かりではなく、直接支払いだと聴いての」


 通常、手配と賞金の管理は治安省が担っており、依頼者と賞金稼ぎが直接金銭の授受を行うことはめずらしかった。


「あぁ、いえ、賞金を出したのはリージョンのの代表でして、直接渡しというのも、その者の意向でございます」


「代表?」


「えぇ。小麦商のスピアーノ=ラパンといいます。なかなかに忙しい身でしてね、旦那に賞金をお渡しする際にはご挨拶をさせていただくかと思いますが、すぐにお目にかかるのは難しいかと」


「いやいや、それは結構だ。ちと聴いておきたかっただけだ」


 ベルノはそう言うと、記憶するようにラパンの名を口の中で呟いた。


 その後、山猫に侵入されたという家々を見て回り、最後に巣だという場所を確認してベルノはアクシオと別れた。


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