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海津国四条宗近霧雨  作者: 藍澤ユキ
2/10

第二幕

 首都国家ザガート。周辺諸国による三百余年に及んだ闘争の結果、約八十年前に四十三の国々の合意によって共和連邦政府が樹立された。ベルノの国はそのうちの一つであり、ザガートより東北の遠方に位置する、ジアーロ王国という小国だった。


 ベルノはウェストリバーへと歩みを進めながら、自分が国を出奔した時の事を思い出していた。


 半年前、国の剣術指南役とし召し抱えられていたベルノは、第一王女であるセリカ=ジアーロ姫に内密の相談があると呼び出されていた。そして、ベルノが姫の執務室へ出向いてみると、荒らされた部屋の中でセリカ姫が胸から血を流して倒れていた。お付きの侍女は袈裟斬りにされて絶命しており、セリカ姫も重傷を負い既に虫の息といった状態だった。


「姫っ!どうなさいましたか!?いま人を呼んでまいります故、気をしっかりお持ち下され!」

 ベルノは取り乱しながら駆け寄ると、セリカ姫を抱き起こした。


「べ、ベルノ……」

「姫っ!お話になられてはなりません!」

「ベルノ=インテグラ……聴きなさい」

 

 荒い呼吸の下から、セリカ姫が毅然とした声音でベルノへ呼びかけた。


「姫……」


「わたしはもう助からない……。お父様も病に伏されたままだというのに……この国の、この国の行く末が案じられてなりません……」

「ごほっ……首謀者は宰相のマジェスタです……手を打つのが遅すぎました……わたしの無念を晴らしなさい、ベルノ」


「姫っ!もうこれ以上は……お命に関わります」

 ベルノの止血も虚しく、セリカ姫の胸に広がる血の滲みは、容赦無くその色を濃くしていく。


「……ザガートへ行き我が妹を探しなさい。彼女を立ててジアーロを守るのです……。国屋敷のコンチェルト大使が万事了解しています……」


「姫っ!」

 

 その時、廊下の向こうから大勢の足音が聞こえてきた。


「……さぁ、もうお行きなさい。きっと、そなたが下手人という筋書きでしょう……」


「しかし、姫……」


 ベルノには瀕死のセリカ姫を見捨てて、ここを離れることなどできるはずもなかった。


 すると、セリカ姫は平時と変わらぬ凛とした声を張り、ベルノに毅然と命令を下した。


「ジアーロ王国第一王女セリカ=ジアーロが、その名の下にベルノ=インテグラに命じます。行きなさい!そして、この国を守るのです!」


 最早、セリカ姫は喋ることもままならないはずだった。そのセリカ姫の気高い姿に、ベルノは己の覚悟の甘さを恥じた。最後の気力を振り絞るセリカ姫からその意を託されたにも関わらず、ここで自分がぐずぐずしていて良いはずがない。


「はっ。この命を賭してでも、必ずや本懐を遂げてみせます」

 

 すると、セリカ姫は唇に笑みを湛えながら頷き、自分の首筋に力なく指を添わせはじめる。


「……これを……これを持って行きなさい」


 姫の指先が探していたのは首飾りだった。ベルノは、もうセリカ姫がそれを自分で外せないことを見てとると、その首の後ろへと手をやって留め金を外した。


「……そなたに武運があることを」


 ベルノは最後にセリカ姫の手を取り、嗚咽を押し殺しながら忠誠の接吻をした。

 それから執務室の出窓を開け放ち、下の植え込み目掛けて飛び降りた。

 

 そして、その足で自宅へ戻ったベルノは、唯一の家族である幼い妹のクイントを遠縁へと託し、そのまま首都ザガートを目指したのだった。

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