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海津国四条宗近霧雨  作者: 藍澤ユキ
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第一幕

「いいえ。今回こそはやっていただきます」

 いつになく頑ななその物言いに、ベルノ=インテグラは少女を怒らせたことを悟った。


「しかしだなミラ。それは仮にも士分であるワシがやるようなことではあるまい」

 ベルノはその若さに似合わない、訛りのある古い言葉遣いで不服を洩らす。


「何が士分ですか!?」

 年の頃なら十五、六であろうか。ミラと呼ばれた小柄な少女は眉を吊り上げて、さらに語気を強めた。


「あれは不似合いだ、これは嫌だと誰か様が仰るため、我が家は明日のパンにも困窮している有様なのですよ!? 士分だと言って食べられるのは主君にお仕えしている方であって、ベルノ様のようなご浪人ではございません!」

 少女に痛いところを突かれて、ベルノはその整った顔立ちに苦味を浮かべる。


「わかった、わかった。ワシが悪かった。して、今回の標的はどんな奴かの?」

 ようやくベルノが取り掛かることに承諾する様子を見せると、ミラも少し落ち着きを取り戻した。


「ウェストリバー地区はおわかりになりますか?」

「あぁ、知っておる。街の西側の小川を渡ったあたりじゃろ?」

「そうです。このザガートでも一二を争う高級住宅地です。そこで最近、物盗りが頻発しているんだそうですよ」

 

そこまで聴くとベルノは話の続きに見当がつき、思わずため息を吐いた。

「その賊を捕まえればよいのであろう?」


「いえ。それだけではありません。物盗りが持ち去った金品の回収も条件に含まれております」

 ミラは手配書に視線を落とすと、詳細を確かめながら答える。


「そんなもの、とっくに賊が使っておる。残っている訳がなかろう」

 ベルノは呆れながら掌をひらひらと振って見せた。


「それがそうでもないのです。なにせ、この物盗り。盗んだ金品を使うことができませんので」

 そう言ってミラはニヤリとベルノの顔を見やった。


「使えない? うむ……そなたの言っている意味がよくわからんのだがな」

 訝しげにベルノは眉をひそめると、眼で続きを促した。


「この物盗り。実は人ではありません。なんと山猫なんです」

 なぜか胸を張るようにしてミラが種明かしをしてみせる。


「山猫だと?」


「えぇ。食べ物を漁りに人家に忍び込み、ついでに金品を咥えて巣に持ち帰るとか」


「山猫風情がなに故、金品など持ち去るのだ?」


「さぁ、それはわかりませんが、賞金は六十万ガロだそうですから、なかなかに割りの良い獲物ではありませんか」


 すると、ベルノが苦り切った声をあげた。


「そこだ。そこをそなたはわかっておらん。ワシは賞金稼ぎなどというさもしいことをやっている場合ではないのだ。ワシには命を賭してもやり抜かねばらぬ重要な使命がある。そのためにワシの今日は存在しておるのだ。それを糊口を凌ぐためとはいえ獣の類を捕まえるなど、冗談にも程があるというものだ」


「確かに使命は重要ですが、果たすためにはまず生きねばなりません。生きることとは食べること。そして、食べるためには稼がねば。ベルノ様にできる事といえば、剣術ぐらいのものではありませんか。文句を言っている余裕はありませんよ。それにしたって、わたしはベルノ様がちゃんと戦っているところを一度も見たことがございませんので、果たして本当に剣術も優れているのかどうか……」


 ミラはそう言いながら胡乱な視線をベルノへと向けてくる。これには流石のベルノも気分を害したのか、落とした声音でミラへと語りかけた。


「ミラ=ココア殿。ちと、そこへ直りなさい」


 引き締められたベルノの表情に、ミラは自分がやり過ぎたことを理解した。おとなしく言われた通りにダイニングチェアに腰を下ろし、ベルノと向かい合う。


「ミラ殿。いまそなたが侮辱された某の剣はの、我らが姫君、セリカ姫がお認めになられた剣なのだ。我が剣は姫様のための剣である。冗談でも軽んじてよいものではないのだ」


 ベルノはセリカ姫の事となると、常に真剣な表情をみせた。そして、セリカ姫に直接会ったことのないミラには、その真剣さが少し羨ましかった。直接その人柄に触れていれば、もっと違う感情を持てたのかもしれない。ミラは時々、そんなことを思わずにはいられなかった。


「申し訳ございません。無礼を働きました。どうかお許しください」


「うむ。わかっておるのならよいのだ。そなたの性根の正しいことは、ワシがよく知っておる。それにな、そなたにそう言わせてしまったワシに、そもそもの問題があるのだ。誠に相済まない」

 

 言ってベルノは深々と頭を下げた。


 ――きちんと謝ることができる。


 当たり前のようだが、これができる大人は少ないことをミラは知っていた。特に男であれば、偉丈夫であればこそ、その傾向は強まるものだった。


 しかし、このベルノ=インテグラという青年は違っていた。相手が年下の女子であろうと偉ぶることなく、己に非があればそれを素直に認め、躊躇わずに頭を下げることができる。

 

 そんなベルノの実直で公正な資質を、ミラは好ましく思っていた。


「どれ。ではウェストリバーまで下見に行ってくるとするかな」

 照れ隠しをするように大声でそう呟くと、ベルノはすっと立ち上がり、大小そろいの拵えをそれぞれ腰のバンドへと差し込んだ。


「ベルノ様」


「なんじゃ。下見なら一人で構わんぞ」

 戸口へ立ったベルノが振り返ると、ミラは彼の顔を見据えながら笑みを浮かべた。


「そろそろ、そのお国言葉は直した方がいいですよ。なんだかウチのおじいちゃんみたいです」

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