高校生編~変わった関係と変わらない本質3
話しの都合上、かなり短くなっています。すみません。
校門で戸惑っている吉川とは、バイトに遅れるからと半ば強引に別れ、ツキは職場への道を歩いていた。
隣には当たり前のようにコトハが並んでいる。
奥山言葉。ツキが八年前に守ると誓った相手であり、里親に引き取られ唐突にツキの前から姿を消した女の子。
ツキと同じく母親から捨てられ、感情の一部を凍結した少女。
引き取られた後、どこでどうしていたかの一切を、ツキは知らない。施設の院長は元気にやっているようだとは言っていたが、その言葉のどこにも信憑性なんてものはなく、ツキはもう過ぎた事と割り切って考えていた。
その少女がいま、消えた時と同じく、唐突にツキの前に現れた。
コトハを横目に見て、その感想を一言呟く。
「変わったな」
ゆっくりと、コトハが顔を向けてくる。
「なんというか、美人になった」
お世辞ではない、素直な所感を述べる。
「お兄ちゃんも」
ツキも目だけではなく顔ごと振り向いて、コトハと目を合わせた。
「凄く格好良くなってる」
こちらも褒めているのではなく、ただ感想を言っただけという感じだった。
別に気まずさはなかったが、壁は隔たっていた。八年という、時間の壁が。
「俺がいると知って、あの高校に入ったのか?」
でなければ、校門で待ち伏せする事などできないだろう。
「そうよ」
「なんで俺があの高校にいるのを知ってた?」
「院長に訊いたの。意外とあっさり教えてくれたわ」
予想通りの返答に、ツキの疑問は解消される。プライバシーの問題云々は別として。
「なんで今更来た」
「どういう意味?」
「そのままだ」
正直言って、ツキはコトハにもう二度と会う事はないと思っていたし、進んで捜そうとも思っていなかった。
あの日、コトハと自分の関係は終わったのだと、そうツキの心ではケリがついていた。
「一緒にいられるようになったから来た、それだけよ。私は復学するまでに二年掛かって、中学は里親に指定された所に行くしかなかったから」
「……来る必要はあったのか?」
「あったわ」
即答だった。さっきからコトハの言葉には迷いが微塵も見られない。
「私にはお兄ちゃんが必要だし、お兄ちゃんには私が必要だもの」
「昔の話だ」
「いいえ」
その明確な否定の意思に、思わず足を止める。
「必要よ。私達にはお互いが。いまも昔も」
「……」
コトハはここまで明確に自分の考えを語る人間ではなかった。確かに譲れないところは頑として譲らなかったが、それはいまみたいに相手を圧倒するようなものではなく、相手の言う事を受け入れないというスタンスだった。
月日は人を変える。いや、森羅万象あらゆる物事を変えていく。言うなればいまのコトハの姿こそ、ツキの考えが変わる事の証明でもあった。だがそれを言ったところで、コトハは自分の考えを曲げないだろう。見ていて分かる。コトハは多分、昔の思いを捨てるのが怖いだけなのだ。
「もう、俺とお前の生きてる世界は違う」
それを理解した上で、ツキは決別の言葉をコトハに告げた。
「お兄ちゃん」
「やめろ」
右手を突き出して止める。
「もうそんな風に、俺を呼ぶのは」
これ以上ないくらいの拒絶の言葉を、ツキは口にした。
八年前、コトハが自分を必要とし、呼んだ名前。
それを、捨てた。
「俺にはお前は必要ない。お前も一人で、幸せにでもなれ」
コトハを置いて、ツキは再び歩き始めた。コトハも、追ってくる気配はない。
これで、良かったはずだ。
八年という年月は、元の関係に戻るには長すぎた。今更何もなかったみたいに、一緒にいるところなど想像もできない。
コトハも多分、俺がいない方が普通に生活できるはずだ。事実、この八年はそうしてきたのだから。
コトハには里親もいるし、多分友達もいる。施設に入る前から友達もいなかった俺とは違う。俺は誰かと一緒にいるには、独りに慣れすぎた。
だからこれが、最善の選択。
胸が少しだけ痛んだ。