表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8月事  作者: 高木 翔矢
18/61

高校生編~変わった関係と変わらない本質3

話しの都合上、かなり短くなっています。すみません。


 校門で戸惑っている吉川とは、バイトに遅れるからと半ば強引に別れ、ツキは職場への道を歩いていた。

 隣には当たり前のようにコトハが並んでいる。


 奥山言葉。ツキが八年前に守ると誓った相手であり、里親に引き取られ唐突にツキの前から姿を消した女の子。

 ツキと同じく母親から捨てられ、感情の一部を凍結した少女。


 引き取られた後、どこでどうしていたかの一切を、ツキは知らない。施設の院長は元気にやっているようだとは言っていたが、その言葉のどこにも信憑性なんてものはなく、ツキはもう過ぎた事と割り切って考えていた。

 その少女がいま、消えた時と同じく、唐突にツキの前に現れた。

 コトハを横目に見て、その感想を一言呟く。


「変わったな」


 ゆっくりと、コトハが顔を向けてくる。


「なんというか、美人になった」


 お世辞ではない、素直な所感を述べる。


「お兄ちゃんも」


 ツキも目だけではなく顔ごと振り向いて、コトハと目を合わせた。


「凄く格好良くなってる」


 こちらも褒めているのではなく、ただ感想を言っただけという感じだった。

 別に気まずさはなかったが、壁は隔たっていた。八年という、時間の壁が。


「俺がいると知って、あの高校に入ったのか?」


 でなければ、校門で待ち伏せする事などできないだろう。


「そうよ」

「なんで俺があの高校にいるのを知ってた?」

「院長に訊いたの。意外とあっさり教えてくれたわ」


 予想通りの返答に、ツキの疑問は解消される。プライバシーの問題云々は別として。


「なんで今更来た」

「どういう意味?」

「そのままだ」


 正直言って、ツキはコトハにもう二度と会う事はないと思っていたし、進んで捜そうとも思っていなかった。

 あの日、コトハと自分の関係は終わったのだと、そうツキの心ではケリがついていた。


「一緒にいられるようになったから来た、それだけよ。私は復学するまでに二年掛かって、中学は里親に指定された所に行くしかなかったから」

「……来る必要はあったのか?」

「あったわ」


 即答だった。さっきからコトハの言葉には迷いが微塵も見られない。


「私にはお兄ちゃんが必要だし、お兄ちゃんには私が必要だもの」

「昔の話だ」

「いいえ」


 その明確な否定の意思に、思わず足を止める。


「必要よ。私達にはお互いが。いまも昔も」

「……」


 コトハはここまで明確に自分の考えを語る人間ではなかった。確かに譲れないところは頑として譲らなかったが、それはいまみたいに相手を圧倒するようなものではなく、相手の言う事を受け入れないというスタンスだった。

 月日は人を変える。いや、森羅万象あらゆる物事を変えていく。言うなればいまのコトハの姿こそ、ツキの考えが変わる事の証明でもあった。だがそれを言ったところで、コトハは自分の考えを曲げないだろう。見ていて分かる。コトハは多分、昔の思いを捨てるのが怖いだけなのだ。


「もう、俺とお前の生きてる世界は違う」


 それを理解した上で、ツキは決別の言葉をコトハに告げた。


「お兄ちゃん」

「やめろ」


 右手を突き出して止める。


「もうそんな風に、俺を呼ぶのは」


 これ以上ないくらいの拒絶の言葉を、ツキは口にした。

 八年前、コトハが自分を必要とし、呼んだ名前。

 それを、捨てた。


「俺にはお前は必要ない。お前も一人で、幸せにでもなれ」


 コトハを置いて、ツキは再び歩き始めた。コトハも、追ってくる気配はない。

 これで、良かったはずだ。

 八年という年月は、元の関係に戻るには長すぎた。今更何もなかったみたいに、一緒にいるところなど想像もできない。


 コトハも多分、俺がいない方が普通に生活できるはずだ。事実、この八年はそうしてきたのだから。

 コトハには里親もいるし、多分友達もいる。施設に入る前から友達もいなかった俺とは違う。俺は誰かと一緒にいるには、独りに慣れすぎた。


 だからこれが、最善の選択。

 胸が少しだけ痛んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ