高校生編~変わった関係と変わらない本質
学校。小学校、中学校、高等学校。確か大学は何かの略称ではなく、そのまま正式名称が大学だったはずだ。しかしなぜ、高校も学校と名付けられているのだろうか。小学校と中学校は義務教育のくくりであるから違和感はない。だが高校に通うのは義務ではないので、それなら小学校や中学校と同じく、学校とひとくくりするのはおかしいのではないだろうか。もし教育機関全般の事を学校と呼ぶのなら、今度はそのくくりに大学が含まれないのは矛盾している。
もしそんな疑問を学校の教師(この場合は高校の教師にしておこう)に呈したとして、それに明確な答えを返せる者は何人いるのだろう。多分、半分もいないのではないか。だとすれば、自分達の働く機関の名前の矛盾にも答えられない教師が何を教えるのかと、一笑ものですらある。
そんな屁理屈をぼんやりと考えながら、ツキは何もせず自分の席に座っていた。
新学期初日。白晴高校二年四組の教室は二週間もない春休みを終えて、久しぶりに会った友人との情報交換に忙しない。
親しい友人がいないのは小学生の頃から大して変わらず、朝の時間を暇に過ごすのにはもう慣れていた。
窓際の席で、一人空を見ながら時間を潰す。クラス替えは二年から三年に上がる時にしかなく、その結果席は一年の頃から繰り上げで、出席番号順にはなっていない。
「塩見君」
名前を呼ばれ、ツキは緩慢な動作で振り向いた。
「久しぶり。塩見君は、春休み何してた?」
訊きながら前の席に座る女子生徒。苗字は吉川。名前は……覚えてない。
「バイト」
「えっ、ずっと?」
「あぁ」
素気ないツキの返事に、へぇ、と吉川は感心する。
「凄いね。私なんて部活してるか、そうじゃない日は遊んでるだけだったよ」
そう言って、照れ臭そうに笑う。
その笑顔に嫌悪を覚えるが、それを表情に出さないくらいには、ツキも成長していた。
「今日からまた学校かって思うと、テンション下がるよね。もうちょっと休みが長くてもいいのに。なんで春休みだけ短いんだろう? そのくせ宿題の数は変わらないから、嫌になるよね」
「そうだな」
吉川のマシンガントークに、ツキは適当に頷く。
周りを見れば、この朝の時間に春休みの宿題をやってる生徒も何人か見受けられた。無駄な足掻きに見えなくもないが、遅れて評価が下がっても結局最後にはやらされる事を考えれば、無駄でもないのだろう。なぜわざわざ忙しくなってからやるのかは別として。
「塩見君は宿題全部やってきた?」
「あぁ」
「実は私、数学だけちょっと終わってないんだよね。あとで見せてくれない?」
吉川は両手を合わせて小首をかしげてくる。ツキは無言で鞄の中に宿題を渡した。
「貸してくれるの? ありがと!」
お礼と共に笑顔になる吉川。その笑顔を見て、ツキは失敗したと己の行いを後悔した。
「塩見君って優しいから大好き」
「別に」
言葉通り優しさを感じさせない、抑揚のない声音でツキは答える。
それを特段気にした風もなく、吉川は会話を続けた。
「私数学ってどうにも苦手なんだよね。公式とかは覚えられるんだけど、応用になるともう何がなんだが。他の教科は割とできるのになあ」
「ふぅん」
「塩見君、今度数学教えてくれない? 塩見君って苦手教科ないでしょ?」
自然な流れで吉川が提案してくる。確かに苦手教科はない、が――
「悪いな」
ツキからすれば、バイトで他人に勉強を教えてる時間などない上、もし教えたとして、解答が分かる度に笑顔になられては無駄に苛立ちが募るだけなので、メリットどころかデメリットしかない。
「そんなぁ。それじゃ私また赤点だよ」
がっくりと肩を落とす吉川。と、そのタイミングでチャイムが鳴る。
吉川が別れの挨拶と共に自分の席に戻り、担任が教室に入ってきた。クラスと同じで担任も変わっていない。
担任は上級生になった事での心構えや、受験も視野に入れて、学業に一段と力を入れるようにといった耳タコな注意を教壇で語る。
それを聞くでもなく聞きながら、ツキは手元でシャーペンを回していた。
周りのクラスメイトも担任の話には興味がないらしく、欠伸をしたり、こそこそ雑談をしていた。もちろん担任に目もくれず宿題をしているやつもいる。
自分の働く機関の名前の矛盾に答えられない以前に、生徒の大半から無視され、それでも多少の気遣いから目立たないように声を潜められている様は、立場が逆転しているようでもありそれはそれでお笑い草だ。一笑ものでもお笑い草でも、ツキが笑う事などないわけだが。
そんなある種滑稽な学校で、今日も教育が始まった。
心機一転、清々しいはずの高校二年初授業が。