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8月事  作者: 高木 翔矢
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幼少期編~夢想2


 その日、コトハはやけに静かだった。

 お互いの過去を話し合ったあの日からいつも一緒にいるけど(正確には施設の男の子達を殴った後からだけど、あの日までは大して意識してなかったから含めない)、こんなにも何もしゃべらない日はいままでなかった。それでいて、何か話したそうに上目遣いで何度もこっちを見ているから分からない。試しにこっちから聞いても、なんでもないと首を振るだけで何も話そうとしなかった。


 そんなコトハの表情は目に見えて暗かった。いままでは笑わなくとも暗くはなかったのに、これじゃあ施設に来た頃に戻ったみたいだ。手もいつもより少し強く握られてて、痛くはないけど、離さないって思いが伝わってくる。本当に、今日はどうしたんだろう?


 何も話さないで、ただ手をつないでいる内に夜になった。僕とコトハは就寝時間に布団から抜け出して、施設の庭で合流する。あの日から、みんなが寝静まった夜にこうして会うのが秘密の日課になっていた。

 二人で寝転がりながら、夜空を眺める。

 月は満月で、それをこの『満月の園』の庭で見るっていうのは、なんだか洒落が利いている。


 黙って、手からお互いの温もりを感じながら、ただ星を眺め続けた。

 こうしてる時だけは、時間がゆっくり流れていく。笑顔もなくて、だけど一人じゃない。自分でもよく分からない心地良さがあった。

 しばらくして、起き上がる。

 もうそろそろ、部屋に戻って寝る時間だ。


「コトハ」


 呼び掛けたら、コトハも頷いて起き上がった。

 伸びをしつつ、いつものように定番の挨拶をする。


「おやすみ、コトハ」


 だけどコトハは、いつもみたいには返さないで、僕の手を握ってきた。


「お兄ちゃん、あの……」


 何かを喋り掛けて、俯きながら口ごもる。


「どうしたの、コトハ?」

「ううん。なんでもない」


 コトハが手を放す。再度上げた顔には、涙がたまってた。


「おやすみ、お兄ちゃん」


 それだけ言って、駆け足にコトハが施設に戻っていく。


「ちょっと待って! コトハ」


 このまま帰らせたくなくて、咄嗟に呼び止めてしまう。

 僕は早足に近付きながら、いつもポケットに入れていたものを取り出した。


「これは?」


 コトハの疑問には答えないで、円形のそれを開いて中の取っ手を回す。

 手を放すと同時に、流れる音楽。


「わぁ……」


 穏やかな音色が、小さいオルゴールから聴こえてくる。

 形は女の人が良く使う手鏡のみたいに丸くなってて、色彩は全体的に紅色、淵は金色に染められている。中はガラス越しに仕組みのよく分からない構造になってたけど、取っ手だけが回せるように突き出ていた。その綺麗な音色と形に、僕は見つけた時に一目ぼれした。それでお母さんと仲直りするために、なけなしの貯金をはたいて買ったのだ。前の日に壊した、アイポットの代わりに。


「これ、あげる」

「えっ?」


 コトハが目を丸くする。


「なんでもないなら、それでも聴いてみて」


 呆然とするコトハの手に、オルゴールを乗せる。同時に、音が止まった。

 コトハはオルゴールと僕の顔を見比べて、目からちょっとだけ涙を流した。


「ありがとう。お兄ちゃん」

「どういたしまして。じゃあ、また明日。おやすみコトハ」

「うん、おやすみ。ホントにありがとう。じゃあね。お兄ちゃん」


 大事そうにオルゴールを両手で抱えて、コトハが施設の中に戻る。

 それを見届けて、僕も部屋に戻った。


 これでコトハも、明日には何があったか話してくれるんじゃないかって思う。

 それにたとえ何があろうとなかろうと、僕がコトハを守る。

 だってずっと、一緒なんだから。






 だけど、僕がコトハから話を聞く事なんてなかった。

 次の日、僕は朝早くにコトハが里親に引き取られた事を先生から聞かされた。

 先生はコトハを引き取った里親がどれだけいい人か熱心に語ってたけど、僕は何一つ聞いちゃいなかった。


 結局、コトハもお母さんと同じでいなくなった。

 時間は全てを、変えていく。

 そんなのは、分かってた事。


 胸がまた軽くなる。

 僕の夢は、たった半月程度で壊れた。

 所詮は淡い夏の、子供の夢想だったんだって、思い知らされた。




幼少期編はこれで終わりとなります。お楽しみいただけたでしょうか?

次回からは高校生に成長したツキが再び学校に通います。

文章は一人称視点から三人称視点に変わり、雰囲気も幼少期編とはまた違ったものとなっていますが、変わらずお付き合いいただければ幸いです。

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