幼少期編~夢想
かなり短くなっています。申し訳ありません。
「『満月の園』ってお兄ちゃんの名前が入ってるよね」
「そうだね。『満月の園』って何って感じだけど」
「月ってなんで欠けたりするんだっけ?」
「確か太陽との位置が関係してるってテレビで見た気がする」
「えっ? でも夜になると太陽沈んでるよね」
「そうだけど、それとはまた違って……」
上手く説明できなくて、僕は首をかしげる。
昼食を食べ終わって、裏庭で手をつなぎながら僕とコトハは話してた。もちろんコトハの隣には猫がいる。
「そういえばコトハ、その猫に名前はつけたの?」
少し照れ臭かったけど、あれからは呼び捨てでコトハを呼んでる。その方が、守ってるって感じがするから。
「うん。つけたよ」
「なんて言うの?」
「ネコ」
「は?」
「だから、ネコって名前の猫なの」
「……」
言い切られて、黙り込む。
さすがにそれは、センスがどうとかの問題を超えてるように思えた。人間にヒトって名付けるようなものだし。名詞を名前にされた僕の方が、まだ五十五倍くらいマシな気がする。
「ネコも気に入ってるみたいだし」
「にゃあ」
返事をするように猫、もといネコが鳴く。
賛同しているようにも見えるけど、結局言葉は通じてないわけで、もしかしたらネコはそれが褒め言葉だと勘違いしてるかもしれないのだ。
「ネコ」
試しに呼んでみる。
「……」
無視された。
「ネコ」
今度はコトハが呼ぶ。
「にゃお」
返事した。
「……」
名前がどうとかじゃなくて、コトハの言葉にだけ返事をするらしかった。女の子が好みなのかコトハが好みなのかはっきりとは分からないけど、多分後者じゃないかと思う。人が猫の性別なんて分からないみたいに、猫だって人の性別なんて分からないだろうし。
「ネコ、お兄ちゃんにも返事しなさい」
コトハが両手で猫を持ち上げる。もう触るのに躊躇いはないみたいだった。
「にゃーお」
「はい、お兄ちゃん」
コトハが猫を僕の方に向けてくる。
「はいって……」
呆れながら、仕方なくもう一度呼び掛けてみる。
「ネコ」
「……」
またもや無視。
これはもう、コトハが好きなんじゃなく僕の事が嫌いなんじゃないだろうか。
「こらネコ。なんでお兄ちゃんを無視するの」
目線の高さまで猫を持ち上げて、説教するコトハ。
前までと比べて随分コトハは感情豊かになった。前はネコと遊ぶ時でさえ、基本冷たい無表情のままだったのに、いまでは表情がたびたび変わる。といっても、まるで笑わない事には違いなくて、それは僕と一緒なら必要な事でもあるんだけど。
「コトハには、夢とかあるの?」
ふと思いついて、そんな事を訊いてみた。もちろん、僕にはそんなのない。
「あるよ」
「どんな夢?」
「お兄ちゃんとずっと一緒にいる事」
「……」
「それだけでいい。それだけで満足」
「そっか」
それなら、僕もそれでいいや。それが夢でいい。
投げやりに、適当に、だけど確かに、そう思った。
とりあえず死ぬまでは、一緒にいよう。